「ラビット・ドットコム」
第4話 稲葉くんの憂鬱

ラビット 第4話 稲葉くんの憂鬱(1) 

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時刻は午前10時20分。
約束の時間から20分過ぎている。
稲葉は少しソワソワしながら映画館の前で腕時計を何度も見た。

二日前の金曜日、やっと意中の校医、前園洋子と映画を見る約束を取り付けた稲葉は、もうその日からずっと落ち着かなくてソワソワしっぱなしだった。

今日も約束の時間よりもずいぶん早く来てしまったために、映画館の清掃員のおばさんに、次第に気の毒そうな視線を投げかけられ始めていた。

20分くらいの遅刻、何でもないさ。女の人はいろいろ支度に時間がかかるんだ。
稲葉はひとつ深呼吸し、気持ちを落ち着かせようと彼女が来る反対方向に視線を向けた。

すぐさま、ひとりの男と目が合った。

否、その男の異様なまでの強い視線に、嫌でも目が吸い付けられてしまったのだ。

稲葉に視点を合わせたまま、その50過ぎぐらいの男は危なげな足取りでじりじり近づいて来る。
思わず稲葉は回りを見回した。
しかしやはり男が見つめているのは確実に稲葉だった。

丸坊主にした頭、浅黒い顔、目の下にはクマができ、ぎょろりとした目つきはかなり尋常ではない。
よく交番の掲示板に貼ってあるような形相の顔だった。

―――なんだ? なんで僕の方に来るんだ? 違うよな、僕じゃないよね。

けれど男はさらにフラフラと至近距離まで近づくと立ち止まり、持っていた紙袋を無造作に稲葉に差し出した。

―――やっぱり僕!?

「ほれ、受け取れ。約束のものだ。まったくこんな人通りの多いとこまで来させやがって。いいか? ボスに言っとけ。今度から金は前金でよこせってな!」

「え? あの、……え?」

「いいからさっさと行けよ! ごちゃごちゃぬかすとぶっ殺すぞ!」

「は、はいっ!」

あまりにもドスの利いた声で凄まれ、稲葉は何も言えぬまま紙袋をガシッと受け取った。そのまま数歩後ずさる。

男はもう一度濁った異様な目で稲葉を睨むと、またフラフラと人混みに消えてしまった。

唖然として立ちすくむ稲葉。

間違えられたんだ……。誰かと間違えられたんだ! どうしよう、返さなきゃ。

けれども男はもうすっかり人混みに消えて見えなくなってしまった。
たとえ居たとしても、もうさっきの男に「人違いですよ」などと言う勇気もなかった。

途方に暮れて稲葉はその小さな、使い古して皺のよった紙袋をじっと見つめた。
小さいくせにズシリと重量感がある。

どうか大したものじゃありませんように。
そう願いながらのぞき込んだが、新聞紙で乱雑にくるまれている塊があるだけで、それが何なのかは分からない。

「……僕が悪いわけじゃないよな。僕のせいじゃないよな、この状況」

稲葉は誰にともなく言い訳をしつつ、指にぶら下がって揺れる紙袋を凝視した。

けれどその瞬間、ハッと大事なことを思い出した。

―――前園先生。

時刻は10時40分。
あのきっちりした人がいくらなんでも遅すぎだ。

稲葉の携帯番号も渡してあったのにどうしたのだろう。何かあったなら掛けてくるはずだ。

稲葉はショルダーバッグの中の携帯を探した。


―――ない。携帯、忘れた。

こんな大事な日に、どうして!? 稲葉はのけぞりながら自分のバカさ加減を呪った。

これでは前園は連絡取りたくてもとれるはずもない。だからといって、今から自宅に携帯を取りにもどっても小一時間かかる。

必死の思いで聞きだした前園の携帯番号も、携帯に登録しただけで記憶してはいなかった。
ダメだ、最悪だ。

稲葉何か策は無いかと、すがる思いで周囲を見渡す。
再び目が合ってしまった清掃のおばさんは眉尻を下げ、さらに気の毒そうな視線を投げかけてくる。

稲葉はどうにも居たたまれなくなり、映画館のすぐ横の路地に逃げ込んだ。

左手にぶら下がる、わけのわからない紙袋がやけにズシリと重い。じわじわと苛立ちが募る。

なんだよこれ。こんな物ここに置いていってやる! ……いや、さっきのおばさんにしっかり見られてるし、“あの兄ちゃん、こんなゴミ置いて行っちゃって、なんて常識の無い。そんなだからデートもすっぽかされるんだ”、なんて思われたらやりきれないし。

あれこれ思考を巡らしたが、やはりどうにもその荷物が諸悪の根源のような気がして堪らなくなった。
稲葉は紙袋の中の塊をガッと勢いよく掴み出すと、バリバリとその新聞紙をめくり始めた。

中身は新聞や油紙で何重にも巻いてあったが、やがて顔を出した。

稲葉は手の中のそれをじっと見つめ、無表情のまましばらく固まっていたが、急にまた無表情のままガサガサと包みを元に戻して中身をしっかり隠すと、そのままもう一度固まった。


ああ。あれは知ってる。
何度も見たことがある。ドラマでも、映画でも。
思考回路がショートでもしたのだろうか、笑いさえ込み上げてくる。

どっからどう見ても正真正銘、それは拳銃だった。


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~ Comment ~

がははは 

第四話 出だしから笑いました。
やっぱりこの「ほわーん」とした雰囲気好きやわ。
心が落ち着くと言うか。

拳銃が登場しても笑えますね。
また癒されにやってきます。笑。

よかった〜。 

ヒロハルさん、いらっしゃい♪
笑っていただいて、とっても嬉しいです(*^-^*)
シリアスなのが多い中で、稲葉くんだけはゆるキャラです。
癒しになってくれればいいなあ。

でもまだまだ稲葉君に災難は続きます。
どうぞ、笑って見守ってやってください・笑

NoTitle 

白ちゃん、いくらなんでもマズいよ。
それにしても前園先生はどうしたんだ。
初デートなのに、可哀想な白ちゃん。
あーしてこーしてこうなる予定の相手が居ないじゃね。
厄介なものはやっぱり厄介な事に巻き込んでいくんだろうな。
キリキリする白ちゃん、想像するだけで楽しい。
サドってる・・・
v-389

ぴゆうさんへ 

かわいそうなシロちゃんなんです。
ああしてこうしてこうなるなずのデートが・・・。
このあとも、てんやわんやです。

いったなんの厄か陰謀か。
酷い目に会うシロちゃんを、どうぞよろしくwww
さいごにちょろっと登場する、宇佐美もよろしく♪

私もSなのかしら(*^_^*)

おおおおっ!! 

何やらちょっとドキドキして、一旦、このまま帰ります。
ちょっとここでタメてまた次回~(^^)

fateさんへ 

ドキドキしてくださって、うれしいです^^

今回も、ちょっとドタバタな感じで進めていきます。

可哀そうな稲葉君を、笑ってやってください。

(バタバタしてて、そちらにもなかなか伺えずにごめんなさいーー。あとで、またお邪魔しますね♪)

NoTitle 

稲葉さん・・・タイミング悪いですねぇ~
そして、最悪な展開になってしまいましたね。
かわいそうな稲葉くん。
やっと前園先生の夢のデートだったのに!!
なんてついてないんだぁ~

しかも渡してきた相手は強面の海坊主!!
これはディープな裏社会がからんできそうですね。

今日はもう眠いので寝ます。
また明日♪

さやいちさんへ 

このお話は、ラビットのなかで、一番のコメディだと思います。
軽~い気持ちで、楽しんでもらえたらうれしいです。
このあと、少しずつラビットもシリアスな方向に向かっていきますから。
さやいちさんは、コメディタッチと、シリアス系と、どちらがお好きでしょうか^^
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