「白昼夢 」
第3話 その手の中の天使

白昼夢 第3話 その手の中の天使(前編)

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風船



今にも何かを落としそうな鉛色の真冬の空。
吐く息も白く凍る夕暮れ。
溢れる音楽とイルミネーションで彩られた街を行き交う恋人同士や若者達は、それでも浮かれるように笑い合い、楽しげだった。

坂木はジャンパーのポケットに両手を突っ込みながら、少し背を丸め気味にして彩られた街並みを見渡した。
歳は38。背はそれほど高くはないが、均整の取れたガッチリした体つきのせいで、優しげな目元にもかかわらず逞しさを感じさせる。

「俺さあ、クリスマスシーズンってなんか苦手なんだよなぁ」
坂木は頬からアゴに掛けて短く生やした髭を触りながら、後ろを歩いているはずの青年に話しかけた。

何の反応も無いので振り向くと、坂木の少し後方で、その青年は立ち止まって低い街路樹を見上げている。
木にはピンクの風船がひっかかっていた。
すぐ傍には、同じようにそれを見上げる泣きそうな顔の4、5歳の女の子と、母親らしい女性。

長身の青年はジャンプして枝を引き下げ、器用に風船を取ると、慣れない手つきで女の子に風船を差し出した。

女の子は満面の笑顔でその手元に飛びついてきたが、青年はまるで女の子の小さな手に触れるのを避けるかように、風船を持った自分の手を引っ込めてしまった。


「何やってんだ? あいつは」
坂木が顔をしかめる。

ありがとうございますと母親が笑顔で風船を受け取ったが、青年は「いえ」と言っただけで親子に背を向けてうつむき気味にこちらに歩いて来た。


「陽(よう)?」
坂木は彼の名を呼んだ。
もう7年間も片時も離れずにいっしょに行動を共にしているその長身で細身の青年は、名を呼ばれたのに坂木を見ようとしなかった。
横に並んで黙ったまま歩き出す。
坂木はまたか、とばかりに軽く肩をすくめた。

「なんだ? お前、あんな小さな女の子も苦手なのか?」
「そうじゃないよ」
「あんな態度はないだろ? いきなり手を引っ込めて。子供もびっくりしてたぞ」
「え? ……ああ、そうか。ごめん」
「どうした? まぁお前が他人に愛想無いのは今に始まった事じゃないがな。
さっきの母親なんてすごい美人だったじゃないか。もうちょっと人と会話を楽しめないかねぇ。かわいいお子さんですねェ、とか。
そういうのはな、何だっていいんだ。人間ってのはな……」 

そこで坂木は言葉を止めた。
陽はじっと自分の手を見つめていた。
笑うととても愛嬌のある魅力的な目が、今は何か思い詰めたように自分の手を見つめている。

―――ああ、そうか、そういうことか。

鈍感な自分に少し腹を立てて坂木は舌打ちした。


『陽(よう)』と言う名は坂木が勝手に付けた彼の愛称だ。本当の名は知らない。
自分たちの組織の中で本名や素性は意味を持たない。

そこでもう7年、二人は組んで仕事をしてきた。
誰にも語れない、誰にも理解されない仕事を。

財と暇を持ちすぎてしまった富豪たちが、自ら「神」になるために立ち上げた
巨大組織、OEA。

One Eyed Angel。―――片目の天使。

法をかいくぐって平然と生きる悪魔を自分たちの手で一掃しようというのだ。
けれど組織に身を置きながらも日々、坂木は葛藤する。

富豪どもは「神」を気取り、使いっ走りの天使は時に善の意味がわからなくなり
途方に暮れて目を閉じる。

“手を下すのは誰だと思ってんだ”
傲慢な老人達に悪態をつきながらも坂木は、足を踏み入れた以上はもう、ここでしか生きられないことを痛感していた。

―――だけど陽はそうじゃない。


「ん??」
不意に首のあたりが暖かくなって坂木は足を止めた。
となりで陽がいたずらっぽく笑っている。

「やるよ、そのマフラー。寒くなってきたからね」
「人を年寄り扱いするな」
むくれた坂木の声に、陽はおかしそうにフッと笑う。

「僕はクリスマス、好きだよ。人の笑顔が増える気がする」
「なんだ、さっきの、聞こえてたんじゃないか」

坂木はポケットに手を入れて少し前を歩く青年の後ろ姿をじっと見つめた。
こいつには、クリスマスの良い思い出など、ガキの頃にあったのだろうかと思いながら。


初めて出会ったのは15年前の冬。
23歳になった坂木が初めて一人で仕事を任された日だった。

ターゲットは麻薬や銃の密売組織の元締め。何人もの未成年者を廃人にし凌辱し、それでも組織力と金にモノを言わせ、法の手から上手く身をかわして来た男。
法で裁く価値もないとOEAはその冬、烙印を押した。

内縁の妻とその連れ子がいるらしいが、その男からとうてい家族と言える扱いは受けてなかったらしい。
「飼われていた」と言ってもいいかもしれない。
深夜、首尾良く坂木はマンションのそのフロアまで忍び込んだ。
下調べではその夜、妻と子は家にいないはずだった。
心臓麻痺に見せかける。坂木には余裕の仕事。

けれどターゲットの寝室のドアを開けた瞬間、坂木は信じられない光景を目にしてしまった。

まだ11、12歳だろうかと思われる少年が薄いシャツ一枚でベッドの横に立っていた。
あどけなさの残る青白い横顔。折れそうに細い体。
華奢なその手に握られたナイフからは真っ赤な血がしたたり落ちていた。
まるで人形のように表情を失ったその視線の先に、ぶよぶよと太った男が仰向けに倒れている。

“しまった!”

瞬時に事態を把握した坂木は少年の後ろをすり抜けて隣の部屋に飛び込んだ。
そこには自ら命を絶ったと思われる女性が赤く染まった床の上に横たわっていた。

“遅すぎたんだ”

坂木は胸を締め付けられるような悲壮感に襲われながら少年の元へ戻った。

「大丈夫。大丈夫だからね。だいじょうぶ」
そればかりをつぶやきながら少年の固まった指先からナイフをもぎ取った。
少年のうつろな大きな瞳はもう、何も見ていなかった。
ナイフを奪われたその手の中には鈍く光るクロスだけが残された。

どうしていいのか分からず、冷え切ったその細い体を抱き寄せると、少年はそのまま崩れ落ちるように意識を失った。

―――もう少し自分が早く来ていれば。
激しく悔やみながら坂木は、自分の腕の中で動かなくなった細い体を、温めるようにしばらく抱きしめた。


あのまま陽をその場に残してくれば、この国の制度がそれなりにケアし、更正させてくれたのかもしれない。
けれど坂木はそのまま連れ去ってしまった。
すべての痕跡を消し去り、少年をこちらの世界に引き込んでしまった。
なぜそんな事をしてしまったのか、明確な答えが見つからない。

母親を死に追いやった男を自らの手に掛けたこの子を、世間の興味本位な視線に晒したくなかった、という気持ちは確かにあったが、それは思考が戻ってからの後付けだった。

――――ここにこいつを 置いてはいけない。 
ただ、そう思った。
他の選択肢など、思いつかなかったのだ。


顔を見られてしまったという理由と、心神喪失状態で脱走の可能性が極めて低いという2点で、OEAはその少年をすんなり受け入れた。
坂木に連れ去られた陽はOEAの施設で少年期を過ごし、そして今から7年前、再び二人は再会した。「仕事」のパートナーとして。
8年間OEAの訓練施設で過ごした陽はもう、すっかりこちらの人間の顔をしていた。


「どうしたの? 坂木さん。今日はしゃべらないね」
不意に話しかけられて坂木はハッと現実に戻る。
「ん? あ、いや、……寒いからなぁ」
「マフラーあげただろ?」
「まだ寒いんだよ! 寒くて死にそうだ。さぁ、もうホテルに帰るぞ!」
「ったく……わがままだなぁ」
あきれたように少し笑って陽は坂木について歩き出す。
いつもそれとなく歩幅を合わせて付いてきてくれる青年の優しさが、坂木には辛かった。

連れ去っていなかったら、今頃こいつは普通の若者のように気楽に笑っていたんじゃないだろうか……などと、今更なのに思う。


「おにいちゃん、これ、あげる!」

不意に背後でかわいらしい、弾んだ声がした。
驚いて振り返った二人の前に、さっき風船を取ってやった女の子がいた。
火照った顔に満面の笑顔を浮かべ、まっすぐに陽を見上げている。

戸惑って一瞬チラリと坂木を見たが、陽はゆっくりと女の子と同じ目線になるように片膝をついてしゃがんだ。


「なに?」
陽の声が優しくなる。

「これね、二つ取れたの。ママと一緒にゲームしてたらね。だから一つあげる」
そう言って女の子はニコニコしながら猫くらいの大きさのテディベアを、陽の胸の前に差し出す。
さっきの風船のお礼のつもりなのだろうと、坂木は微笑ましくなった。
女の子の後方で母親がすまなそうに軽く頭を下げた。

陽は少し戸惑うように女の子の笑顔を見ていたが、やがてそっと両手でテディベアを受け取った。
「もらってもいいの?」
「うん、いいよ。二つはいらないもん」
そう言ってぬいぐるみを持つ陽の手に、可愛らしい小さな手を重ねてきた。

「落としちゃだめだよ、おにいちゃん」

ほんの一瞬、あたりの喧噪がシンとした。
坂木がそう感じただけなのかもしれない。
時間なのだろう、街路樹のイルミネーションがポッと点灯した。

「うん。 だいじにするよ」
陽は優しく女の子に微笑んだ。

満足そうに母親の元へ走っていく女の子を見送った後、陽はそのままの姿勢でじっと手を見つめた。
純真な女の子の手の温もりに、少し戸惑うかのように。


「……その手が汚れていると思うんだったら俺のせいだ。すまないと思ってる」

7年間言えなかった言葉を坂木はようやく口にした。
そしてそれは言ったからといってどうにもならない言葉だった。
許されるレベルのものではないことも坂木には分かっていた。

イルミネーションの光のせいで、夜の闇が深くなった。

陽はしばらく何も答えずじっとしていたが、ふいに暗い空を見上げながら立ち上がった。

「雪だ」

坂木も上を見上げた。
この時期独特のぼたん雪だった。
大きな羽毛のような白いかたまりがひらひらと空から舞い落ちてくる。
それはとても幻想的な光景だった。

そっとすくうようにかざした陽の手のひらの中で、白い羽根がフッと消えていく。

「どうりで寒いはずだね。 帰ろうか、坂木さん」
いつもと変わらない、青年の優しい声だった。

「……あぁ、そうだな」
来た道を、並んで歩き出す。


「今夜、もうここを出るんでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「雪、積もりそうだね」
「あぁ、そうだな」
「ぼくねぇ、坂木さん」
「あぁ」
「逃げ出したいと思った事、ないから」
「あぁ…………あ?」
坂木は足を止めて陽の方を見た。
少し遅れて立ち止まった陽は振り向いて柔らかく笑った。

「ずっとこの旅を続けようと思ってる」
「……そうか」
「ふたりで」
「……おお」
込み上げてくるもので坂木の声が詰まる。

「ずっとだから」
「……おお」
「あ、でも二人じゃないね」
「……んぁ?」

陽は女の子にもらったテディベアを顔の横にかざしてイタズラっぽく笑った。
坂木も思わず大声で笑った。
「厄介なもん貰ったなぁ、おまえ! どうすんだよ、それ」
「そんなこと言うなって」

子供のようにぬいぐるみを抱えて笑う陽を、坂木は少し涙目になりながら包み込むような笑顔で見つめた。

時があの日に戻り、神が再び決断を迫ったとしても、自分は同じ事をするのかもしれない。
いや、きっとするのだろう。

消えることのない葛藤と罪。
全てをこの身に抱いて生きていこう。
もしもこいつに罪があるのだと神が言うなら、その罪も罰も全部この身に引き受ける

だから見逃してほしいと思った。こいつと生きていくことを。


坂木は息が止まるくらい冷たい空気を胸に吸い込むと、ゆっくりと空を仰いだ。
空からは天使の羽根のような雪が音もなく地上に舞い落ちる。
せめて今夜には、この世の中の汚れたモノをすべて覆い隠すほど、降り積もってほしいなどと、ガラにもなく思った。


―――坂木さん。

優し気に自分を呼ぶ声がする。


青年がくれたマフラーをぎゅっと握ると、坂木はゆっくり歩き出した。



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~ Comment ~

こんにちは~ 

まだ休みなので、ネットの世界を波乗りしてます。

いや~、なかなかクールでカッコイイ話になってきましたね。

OEA=One Eyed Angel--(片目の天使)
これ、メッチャしびれました。笑。

ああ、書きたい。こういうの書きたい。
先がとっても楽しみです。

うれしいです! 

ヒロハルさん、こんばんは!
気に入ってもらって感激です。
この後の展開を気に入ってもらえるかがすごく心配なんですが・・。

白昼夢は少しクールに、ハードボイルドな部分も入れながら、静かに寂しげに進む予定です。

ヒロハルさんも、ぜひハードな世界、書いてください。
男の方の世界観って、かっこいいですもん。

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鍵コメKさんへ 

そうなんです。
これが二人の出会いです。
陽はまだ11歳でした。

このOEAって組織が、善なのか悪なのか、とてもわかりにくい組織なんですが、そのへんも探りながら読んでいただけると、うれしいです^^

あ、Kさんの短編も、読んでみたいですね。
物語、なかなか追いつけなくてごめんなさい。ゆっくり読ませてもらいますね。

そして、昨日は興奮しましたね!もう、本当にすごい!ドラマだ~~。
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