「ラビット・ドットコム」
第3話 0.03秒の悪魔

ラビット第3話 0.03秒の悪魔(1)

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窓の無いその部屋は、蛍光灯がついているにもかかわらず、どこか陰気で薄暗く思えた。

稲葉と李々子は二人がけのソファに窮屈に座りながら、その雑然とした書庫のような部屋をぐるりと見渡す。

相談内容を聞くために、2人はその依頼人のマンションに出向いていたのだが、2人をその部屋に招き入れた中年の依頼人の男はすぐに「大事な電話の途中なので」と、挨拶もそこそこに隣の部屋に消えたのだった。

稲葉にとっては初めての事であり、どうしても緊張を隠せない上に、その部屋の雰囲気も相まって、体が妙にもぞもぞする。

けれど李々子は相変わらずのリラックスムードだ。

「ねえねえ、脳神経外科の先生だっていうから豪邸を想像してたのに、こんなちっぽけな2DKのマンションなのね。儲かってないのかしら」

李々子は左手を稲葉の膝にのせ、体を寄せてきた。

まだ梅雨が明けたばかりだというのに露出の多いノースリーブのワンピース。
低いソファに座っているため形の良い膝と柔らかそうな太ももが、稲葉の視界にガッツリ入る。

稲葉はまたもや目のやり場に困り、いろんな意味で発汗を余儀なくされた。

「そんなこと言ったら失礼ですよ。聞こえたらどうすんですか。それに……あの、李々子さん、ちょっと、申し訳ないけど、もう少しだけ離れてくれますか。くっつきすぎな気がするんですが」

「え~、だってソファが小さいんだもん」

口元で笑いながら李々子は猫のようにすり寄って来る。

フワリとしたいい香りに一瞬ドキッとしながらも稲葉は、この場にいつも助けてくれる宇佐美がいないことを激しく残念に思った。

小さなノックの後ドアが開き、ようやく今回の依頼人、笹倉が入ってきた。
慌てて立ち上がり、稲葉は慣れない手つきで名刺を差し出す。

「あのっ、稲葉と申します。今日は所長が所用で……ボク……いえ私が代理で来ました」

「かまいませんよ、所長もいろいろ大変でしょうし。私も忙しい身なので本題から入らせてもらいます」

笹倉は、黒縁メガネを神経質そうに触りながら、やや薄い髪をひと撫でしてソファに座った。

「依頼と言うのは最近ニュースで取り上げられている突発性異常行動の事なんですよ」

稲葉はハッとして笹倉を見た。

「あ、あの突然普通の穏やかな人が殺人鬼のようになるって言う? 少し前にテレビで報道を見て、僕もビックリしたんですよ。あれは一体なんなんでしょうね」

思わず笹倉に質問を投げる。

この7日の間に、ある一部の地域に限り、同じような異常行動を取る人間が8人も確認されている。

普段は良識のある穏やかな人物が、何かをきっかけにいきなり傍に居た人に殺意を持って飛びかかって行くという信じられない事件だった。いや、発作と言ったほうがいいかもしれない。

いずれも死者は出ず、かすり傷程度ですんでいるが双方の心の痛手が大きい。

襲い掛かった方の人間に後で事情を聞いてもその瞬間の記憶はまるで残っていないというので、警察も医師も何の対応策も取れない。

最悪の人格崩壊ウイルスか! などという噂もネット上でチラチラささやかれ始めていた。

笹倉は本題に入った。

「実はつい昨夜、私の叔父夫婦にそれに似た現象が起きましてね。叔父がテレビを見てる最中にいきなり叔母に殴りかかってしまって。公にすると騒がれるし、身内だけの秘密にしてあります。
とにかく、本当に仲の良い夫婦だったので私もびっくりしました。幸い叔母はたいした怪我ではなかったのですが、二人ともかなりなショックを受けていました」

「そりゃそうですよ。その気持ち、すごく分かります。怖いし悲しいし、大変ですよね。……で、依頼というのは?」

「叔父夫婦に……。いや、この街にいったい何が起きているのか調べていただきたいんです」

「え………」

思わず稲葉は声を出した。その依頼はあまりにも漠然としていて、そして規模が大きすぎる。
そんな依頼を持って帰ったら宇佐美は何というだろう。
稲葉は戸惑った視線を隣の李々子に移した。

李々子は口元に指を当てたまま、いぶかしげに笹倉をじっと見ていたが、やがていつもと違う低いトーンで言った。

「マスコミも警察も水面下で調べてますよ? 自腹を切ってマイナーな探偵事務所なんかに依頼するよりも、もう少し待ってみたらどうですか?」

笹倉はメガネの奥の冷たい目を李々子向けてきた。

「ご自分の探偵事務所を卑下なさるのはいかがなものかな。それに私は宇佐美に……いや失礼。宇佐美所長に調べてもらいたいんですよ。他の誰でもなく、ね」

「あ……もしかしてうちの宇佐美とお知り合いなんですか?」

稲葉は体を乗り出し早口に聞き返した。

「あれ? 彼から何も聞いてないんですか? 心外だなあ。知り合いも知り合い。私たちは同じ大学の同期なんですよ。同じ医学部のね。互いに大学院まで進み、彼の方は楽々と専門職学位を取得したというのに、ある日突然医学の道から手を引いてしまった。教授陣も一目置くほど優秀だったのに」

笹倉は遠い日を思い出すような目をしたまま黙り込んでしまった。
その先を続けようとしないため、何とも奇妙な沈黙がその場を満たした。

李々子は一つ身震いすると、稲葉の手をぐっと掴んだまま立ち上がった。
稲葉は戸惑いながらも、少し遅れて立ち上がる。

「ご依頼の内容はわかりました。帰って所長と検討します。失礼します」

事務的に頭を下げ、李々子は一刻も早く立ち去りたいと言った様子で稲葉の手を引っ張り、ドアに向かった。

「あ、そうだ、ちょっと待ってください」

笹倉が二人を呼び止めた。

「駅に行く途中に最近出来た大型ショッピングモール『ガイア』があるでしょう? 3階に友人がやってるエステ&リラクゼーションサロンがあってね、私の名前を言うと初回は無料になるんですよ。良かったらいつでもどうぞ」

そう言って営業的な笑顔を二人に向けた。

* * *

笹倉の部屋を出てしばらく、李々子は無言で稲葉の前を早足で歩いていた。
訊きたいことはたくさんあったが、稲葉はなぜか声をかけ辛く、後ろから黙ってついて行く。

けれど交差点を越えたあたりで急に歩幅を縮め、李々子は子供のように稲葉の腕を掴んで寄り添ってきた。

「あの……李々子さん? ここ人が多いからダメですって。 ね?」

「怖かった」

「え?」

またいつもの様にふざけているのだと思っていた稲葉は少しおどろき、李々子を覗き込んだ。

「怖かったって、何が?」

「あの依頼人」

「笹倉さんのこと?」

「あの人、キライ」

まるで子供の口調になっている李々子に再び驚いて稲葉は足を止めた。
そこはもうショッピングモール「ガイア」の入り口だ。

「……ねェ、李々子さん。ちょっと寄り道して行きましょうか。宇佐美さんもまだきっと帰ってないでしょうし。ね?」

李々子は気遣うようにのぞき込む稲葉の目をじっと見つめていたが、やがていつものようにニッコリと微笑んだ。

「それいいわね! え~と、じゃ、私、一階にあるネイルサロン寄っていくから! そうだ、上の階にシロちゃんの好きそうな大きなゲームショップがあるわよ。そんな急いで帰ることもないし、ちょっと寄って行けば? 私少し時間かかるかもしれないし、シロちゃん、私よりも先に帰ったら諒に適当に言い訳しておいてよね。あの人けっこう細かいことにうるさいのよ。じゃ、頼んだわね。バイバイー!」

「は……はい」

猫の目の様にくるくると表情を変えていく李々子に圧倒されながら稲葉はその少し年上の女性を見送った。

けれどどこかしら、今日の李々子はナーバスにも見えた。今のは空元気なのかもしれない。

まだまだ知らないところがいっぱいありそうだ。
李々子にしても……宇佐美にしても。

「優秀な医学生……かあ」

稲葉は少しの間考え込んでいたが、やがて頭をガシガシっとかきながら、エレベーターに向かった。

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NoTitle 

おっはー

にゃんとも怪しげで恐ろしげな。
そんなことが現実に起こりそうだからイヤだぁ~~
タイトルも怪しいし・・・

稲葉の白ちゃん、いいのかなぁ。
君には荷が重いだろ、どう見ても。
宇佐美の秘密も関わって来るのかな。
今日はここで我慢するのだ。
ニャハハハ
v-283

ぴゆうさんへ 

こんにちは~^^

0.03秒・・・は、ラビットの中でも、ちょっと悪質な事件です。

シロちゃんには荷が重いですょ。今回のは特に。
でもまあ、宇佐美がいますから。

今回は宇佐美の秘密の、ほんの一部だけ見えてきますよ~。
でも、本当の過去は、なかなか語ってくれません(^o^;…

この先、いろいろ急展開して行くハズです。
ゆっくり、見守ってやってくださいi-189
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