冬の犬 (RIKU・番外)

冬の犬 第10話 ひとつ場所に

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フワフワした粉雪は、いつの間にか牡丹雪に変わった。
重量感のある雪片がファサファサと自分の頭に積もって行くのが感じられる程だ。
玉城は、「させるか」とばかりに頭を振り、必死に道を辿った。

腹が立つのは、雪のせいばかりではない。
助けるフリをして、玉城の前をヒョコヒョコ歩いていたあの犬の姿が、もうどこにもないのだ。
「ちょっとまてよ犬! こんな山道を、走らす気か?」とボヤいたあとだったか。
『このグズが』というような目をして一度振り返ったと思ったが、気がついたらもう居なかった。
とんだ気まぐれ犬だ。
賢そうだと思ったのは間違いで、きっとあれはただ餌を探していただけの山犬なのだ。
自分を納得させながら、木々の間をダッと走り降りた玉城だったが、薄く積もった雪のせいで草が滑り、見事にその場に転倒してしまった。

「ってーーー」
何年ぶりの尻餅だろう。痛みが脳天を突き抜けていくあいだ、息もできなかった。
しばらくそのままの姿勢で尾てい骨の痺れが和らぐのを待つが、じわりと水の染み込んだ尻がなんとも気持ち悪く、更に玉城を凹ませた。

パキリと、少し先の木立の中から小枝を踏む音がした。またあいつだ。あの犬だ。
「おい、犬!」
案内するなら、ちゃんと最後までしろよ! そう言うつもりで前方を睨むと、そこにいたのはさっきの犬では無かった。

「玉ちゃん?」
心底驚いた表情のリクが、そこに立っていた。
リクからすれば、もうとっくの昔に帰ったと思っていた友人が、こんな所に、こんな格好でうずくまって居るのだ、驚きもするだろう。
けれどもこの時の興奮は玉城の方が遙かに勝っていた。
正直なところ、泣きそうだった。

「リク!」
「玉ちゃん、帰ったんじゃなかった?」
「か、帰ったさ。ああ、ちゃんと帰った」
「何で、こんなところに?」
「そりゃ、お前・・・」
「うん?」
「雪だから、迎えに来てやったんだ」
リクは表情を変えぬまま、しばらく玉城をじっと見ていたが、やがて得心したようにニコリと笑った。
「有難う」
「おう」

その後は本当に順調だった。
これは道じゃないだろう? と思う斜面を当然のようにサクサク歩いていくリクの後を、ただついて行けばよかった。
「やっぱり雪積もったら、いくらリクでもヤバイでしょ。もう、俺ん家の近くまで帰ってたんだけどさ、引き返してきたんだ」
安心したこともあり、すこしばかり恩着せがましい嘘を織り交ぜながら無駄口をたたいていた玉城だったが、車の停めてある場所まで来てすぐに、全てを後悔した。
倒木の向こうに停めてあった玉城の車は、綿菓子のような純白の雪を5センチほど乗せて、静かに佇んでいた。
当然、動かした形跡など、微塵もありはしない。
けれどリクは何も追求しない。
ただ、「寒かったね」と、ねぎらうように笑ってくれただけだった。

来た時とは一変。帰り道はすっかり雪化粧を施されていた。
リクは窓の外を楽しげに眺め、玉城はいくらかけても暖まらないヒーターにぼやきながら、車を走らせた。
助手席のリクがひざのカバンを足元に下ろしたとき、ほのかに香るものがあった。
「あれ? なんだろ。花の匂いがしないか?」
玉城が訊くと、リクが小さく頷いた。
「ああ、フィキサチーフ。木炭画のあとに使う定着液の匂いだよ。これ、花の匂いに似てるんだ。スイカズラっていう花の」
そう言ったあとで、何かを思い出したようにホワリと笑った気がしたが、玉城にその意味は、もちろん分からなかった。

「へえ、そうなのか。・・・で? 絵は描けた?」
「時間がもう少し欲しかったんだけどね。雪が酷くなりそうだったから今日は下絵だけにしておいた」
「そうだろう? だから言ったじゃないか。冬の山ってのは信用ならないんだ。ふらっと出かける場所じゃないんだって。お陰でひどい目にあった」
もうすっかりリクにはお見通しなのに安心して、玉城は自分の不甲斐なさを暴露した。
「犬がいてくれなかったら、リクとも会えてなかったしさ。そしたら今だってあの山ん中、グルグルだよ。考えただけでゾッとする」
大げさに体を震わせてそう言うと、助手席のリクが、少し驚いたように玉城の方を見た。
「どした?」
「いや・・・犬が居たの?」
「ああ、いたよ。白いのがさ。野良犬って言うより、山犬っていう感じの奴。ずっと俺の周りをチョロチョロしてたよ」
そう言ってやると、リクはまた静かに前を向いた。
「そっか」
「そうさ。なんかちょっとやさぐれた感じのさ。腹が減ってて食い物でも狙ってたのかもな。あ、もしかしたら、俺がくたばるのを待って、食おうとしてたとか」
「そんなわけないって。犬なんだから」
リクは声を出して笑ったが、あながち間違いじゃ無さそうな気が、玉城にはしていた。
目つきが悪かったのは、確かなのだ。

そんな他愛もない話をしながらリクの家に帰り着いた二人だが、やはり結構疲れてしまっていたようで、
上着を脱ぐとすぐにソファに沈み込んだ。
お茶を入れようか? というリクの申し出を辞退し、勝手にストーブとエアコンをつけて安心した玉城は、足元にあったカバンから覗くリクのスケッチブックを見つけた。
見ていい? と聞いてからパラパラと捲っていった玉城の手が、ハタと止まる。

美しい冬の湖の横に犬がいる。
玉城が見た、白い犬にとても良く似ている。

「なあ、リク、この犬・・・」
振り返って訊こうとしたが、すっかり疲れ果ててしまったのか、リクは2人掛けソファの壁際に猫のように丸くなったまま、寝息をたてている。
起こすのも気の毒だ。
玉城はもう一度その絵をじっと眺めた後、「犬の多い山だな」と、ボソリと呟いた。


         ◇

JR線の終着駅で降り、バスに乗り換えて12分。
リクの家へ行くには、そこから更に15分歩く。
両手に福引きで当たった景品を抱え、長谷川はただ黙々と目的地に向かって歩いた。

リクの家まで行き、留守宅の前に、これらの品を全部置いてきてやる。
そうして恨み言のひとつもドアにデカデカと走り書きしてやるのだ。
そんな子供じみた計画を頭の中で企てながら、長谷川はただ歩いた。

雪はひとしきり降ったあと、ぴたりと止み、いまでは柔らかく薄日も差してきた。
きらめくばかりの景色を鼻歌交じりに眺めながら、あながち自分がもう腹を立てていないことにようやく気づく。
あれから少し時間も経っているし、リクはもしかしたら家に帰っているかもしれない。
チラリとそんな考えが頭を過ぎっただけで、両手の荷物が軽くなり、浮き足立ってくる。
まったく妙な気分だった。
あの無愛想な絵描きを思うだけで湧いてくる、この落ちつかなさは、いったい何だというのだ。

そんなザワザワとした気持ちは、リクの家の前に見慣れぬ車を確認したあたりから、さらに激しくなった。
これは確か、玉城が数ヶ月前に買ったと言っていた中古車だ。
嬉しそうに写メで送ってきたのは、これだったような気がする。
あまり興味がなくて、ちゃんと見なかったのだが、確かこの趣味の悪い水色だったような気がする。
いや、車のことは別にどうでもよかった。
玉城の車がここにあるということは、リクも玉城も今現在、ここに居るということなのだ。

長谷川は緩んでくる頬をぐっと引き締め、いつもの如く軽くノックだけして、鍵の掛かっていない
木製のドアをそっと押し開けた。



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次回、最終話になります^^



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~ Comment ~

NoTitle 

そして扉を開けた長谷川の目に飛び込んできたのは、恐るべき地獄絵図だった!

……いや若くて女に縁のない独身男性の部屋なんてものはそんなもので(笑)。

ポール・ブリッツさんへ 

うんうん、わかります。

若い男の部屋って、どうしてあんなに散らかってるんでしょうね。
まさに地獄絵図。

まあ、リクは、きっと綺麗好きな子でしょうから(^^)
女の手は、いらないのです(爆)

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鍵コメSさんへ 

ありがとうございます~。

何度も読み返してるのに、誤字って完璧に見つけられないんですよね><
助かります。
昔のを読み返して、見つけた時にはかなり恥ずかしくなりますね。2年も放置したのかと。

あれの写真、見たんですか?
私はちょっと気味が悪くて、見れなかったですね~><
自分のも、もちろん><

NoTitle 

実際問題、犬についていって、下山できるかどうかはかなり微妙ですよね。
確かに暖が取れる場所には連れてもらってもらえる可能性はありますが。。。

LandMさんへ 

そうですよね。
かなり特訓しないと。犬も気まぐれですもんね。

あ、でもこのまえTVで、山奥の神社まで、登山客を案内する野良犬を見ました。
訓練もされてないのに、勝手に道案内してくれるんです。
賢いなあ~。
きっと、喜んでもらえるのが、嬉しかったんでしょうね。

でも、下山の案内はできないみたいです(笑)

犬の気持ち~♪(^o・ェ・o^)ワンワン 

本当に 白犬は 玉ちゃんを助けようとしたのか からかったのか
たぶん 後者だと思うな 私(笑)

霊男には 捕まって 話し相手をさせられるわ、犬には からかわれるわ
玉ちゃんって どんな存在なのでしょうね~( *´艸`)クスクス♪

まったり寛いでいる2人の所に 乱入者 接近中ーーー!
この後に待っているのは 長谷川の理不尽なお説教でしょ♪
もちろん その矛先は…玉ちゃん!
ズンズン C= ズンズンC= ズンズン C= o┤*`∧´├oムッキー!б(´・ε・`;) どうして 俺なの?...byebye☆

P.S.だって リクに 乙女な長谷川が怒れると思う?(▼皿▼)ニパッ♪ 

けいったんさんへ 

私も、「玉城は犬にからかわれてた」に、一票ww
謎の白犬。リクのことは、ただじっと見つめていたのに。
やっぱり玉ちゃんは、犬にも見くびられる存在なのか・・・。
(せっかく、前話ですごくいいことしたのに、誰にも褒められない玉城って・・・)

ええええ!
長谷川の怒りの矛先も、玉城に?
ああ、でもなんか、想像できますね。
「なんで俺~~?><」と叫ぶ玉城・・・。
もう、すっかり玉城中心で回ってしまってる、この番外。
やばい、リク祭りのはずなのに。

そうですよね、すっかり乙女な長谷川が、リクを怒る姿が想像できない。
さて、どうなることやら。

次回、最終話。
もうすこしだけ、作者の遊びにお付き合いください^^

拍手鍵コメNさんへ 

>やった!拍手カウント5959です!

おお、おめでとう~ございます~、って、何かあったっけ(笑)ゴクゴク。ww

Nさん、いつもお付き合い、ありがとうございます。
今回はわりとコメディタッチにしてみたんですが、ハイなかんじにはならずに、どこかしっとりしちゃったみたいですね^^
でも、それもなんだか、いいかな・・・なんて。

あ、ハッとする部分、感じて貰えましたか。
小さく、小さく、いろんな種明かしをしていきます。(次回も)

> もっと沢山の人に読んで欲しいなぁって読み終わったあといつも思います(#^.^#)

おお~、うれしいですね。
でも、なゆさん始め、ここの皆さんに読んでもらえるだけで、幸せです。
いつか、もっと胸を張れる小説が書きたいな、と思っています。

そして、コラボ、夢ですねえ~。
今まで、コラボとか、やったことないのです。
不器用なもので、テーマを与えられて、即効で短編を作るということが、下手くそで。
でも、なゆさんの絵とのコラボ、楽しそう。
しかし、私がストーリーをつけると、シリアス化しちゃうかもです><
可愛らしいショートファンタジーとか、書いてみたいです。

NoTitle 

玉ちゃん、こんな所に、こんな格好で発見。
生きて帰れてよかった。ワンちゃんのお陰。

雪の中で二人とも疲れたよね。
ゆっくりと休んでくだされ。

趣味の悪い水色の車の持ち主がリクだったら、長谷川さんはその色を何と表現するのかな。
きっと色が変わるんだよね。ぷぷ。

けいさんへ 

わんこのおかげ(?)で、玉ちゃん、無事帰還です^^
こんなとき、ブラックリクなら、「何してんの?バカじゃない?」って、言われそうですね^^;
(ブラックリク、どうしてるかなあ)

> 趣味の悪い水色の車の持ち主がリクだったら、長谷川さんはその色を何と表現するのかな。
> きっと色が変わるんだよね。ぷぷ。

おお、これは私も想像しませんでした。
そりゃあもう、その色が、長谷川のラッキーカラーになるでしょうね^^

もう、長谷川、すっかり乙女です。
最終話、呆れてやってください><
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