冬の犬 (RIKU・番外)

冬の犬 第7話 火がつかなくて

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寒い。・・・とにかく寒い。
玉城は両手をジャケットのポケットにつっこみ、カチカチと鳴る歯の音を情けない気持ちで聞きながら歩いた。

何度リクの名を呼んでも応答はなく、これはもしや、かなりやばい状況なのではなかろうかと、遅ればせながら感じてきた。
足先や指先の感覚は既になく、酸欠でもあるまいに、焦りからか息が苦しい。
リクのことが心配で追いかけてきたのだが、あきらかに遭難しかかっているのは自分の方なのだという情けない事実を、ようやく事実として認めるまで1時間近くかかった。

よくよく考えれば、リクは山でどうにかなってしまうような柔な奴ではなかった。
どちらかというと、山で遭難するよりも、邪念に満ちた都会の雑踏で遭難する率の方が明らかに高い。
あいつは野生の生き物であり、旅鳥なのだ。
頭に磁石か何か入っていて、富士の樹海に放り込んだって、きっと平気で帰ってくる。すっかり失念していた。
こんな山の中で一番危ないのは、3つ角を曲がったら来た方向を忘れてしまう、方向感覚ゼロの自分なのだ。

細い道は更に細くなり、登ったと思ったらすぐに下り、生い茂った巨木の森から抜け出させてくれない。
もう自分は一生ここから出られないのではないのだろうかと、玉城は真剣に思った。
やけくそでもう一度リクの名を叫んでみたが、前よりも更に寂しげな静寂が戻ってくるだけだ。
感覚の無くなった手足はもとより、頬も耳も鼻も、ちぎれる様に冷たく痛む。
情けなくて泣きたくなった。
「リクの馬鹿野郎!」
ボソリと口の中で悪態を吐いたときだった。

目の端に、チラリと白いものが動いた。生き物の動きだ。
目で追うと見失ってしまったが、また遙か道の先でチラリと動く。
犬だ。
今度はちゃんと確認し、ほんの一瞬その犬と目を合わせることが出来た。
犬はまた前を向くと、ひょこひょこと歩いていく。
「おい、どこ行くんだよ。待てよ!」
玉城は慌ててその後を追った。
もしかしたら近くに民家があり、そこで飼われている犬なのかもしれない。
夢中で走って追いかけていくと、不意に前面の木々が開け、まるで森の中の休憩所のような丸い空間が現れた。
その一角だけ木が生えておらず、曇天ではあるが、空もよく見えた。

中央には丸太が2本並べられ、その一本に男が静かに座っていた。
俯いているので年齢は分からないが、ずんぐりした体つきと年季の入った服装から、かなり年輩だろうと思われた。
どうやら目の前に集めた小枝や枯れ草に火を点けて暖を取ろうとしているらしい。
思いがけない出会いに玉城はうれしくなり、その男に走り寄った。
いつしか犬の存在も頭から消えていた。

「あの・・・あの・・・」
男のすぐ傍まで近寄って声を掛けようとしたが「道に迷ったんです」とも「ここはどこですか」と訊くのも馬鹿っぽくて、一瞬口ごもった。
男はゆっくり玉城の方に顔を向け、「ああ」と、喉の奥から声を絞り出しただけで、また前を向き、持っていたマッチをゆっくりと擦っている。
湿っけているのか、火がなかなか付かないようだ。
顔色も悪くぼんやりした印象の男で、見た目50歳くらいに見えた。
古ぼけたジャケットは、元が何色なのかも分からない。登山に来たという感じでもなさそうだ。
この近くの住人で、フラリと山の散策にでも来たのだろうか。

「あの・・・寒いですね」
「ああ。寒いね。だがね、こんなのは寒いうちに入らんよ。もっともっと、寒い冬がある」
「はあ・・・。まあ」
確かにそうだろう。まだ1月末だ。もうひと月すればここは雪に閉ざされ、極寒の地になるのかもしれない、と玉城は素直に同意した。

「疲れてるでしょう。まあ、座りなさいよ」
男がそう言うと、さっきまでの疲れがどっとぶり返し、玉城はヘナヘナと男の向かいの丸太に腰掛けた。
本当言うと一分でも早く男に道を訊いて山を降りたかったのだが、男がつけようとしている火にも、魅力を感じた。
少しばかりここで暖を取ってもいいかもしれない、と。

男がシュッとマッチを擦る。
けれどもそれは、くすぶることもなくポキリと折れて地面に落ちた。
男は腹を立てる様子もなく、また静かに小箱から新しい一本を取り出すと、同じようにシュッと箱の側面に滑らせる。
そしてまたそれはポキリと折れ、振り出しに戻るのだ。
玉城の目の前でそれは何度も繰り返された。

玉城は、ただ何かの儀式のように繰り返されるその男の手元の動きを、じっと眺めていた。
湿気てるからですよ。普段のお喋りな玉城なら口を突いて出そうな言葉が、今は出てこない。
口元が寒さでこわばっているせいもあったが、なんとなく無駄口を叩く気分にはならなかった。

火がつかない。火はつかない。
ただ、その事を確認し続ける為だけに、男はその作業を続けているような気がした。
不思議なことに、いつの間にか玉城の震えは止まり、体が寒さを感じなくなった。
ああ、大丈夫だ。寒くない。
玉城は心の中に広がる安心感に酔いしれた。
寒くないということが、これほど不安を取り除いてくれるものなのだという事を、玉城は改めて感じた。

いや、反対なのか。
不安だったから、あんなに体が凍えてしまったのかもしれない。

「本当だ。こんなの寒いウチにはいりませんよね。俺、道に迷ってしまって、それでガチガチになってたんですね」
「道に?」
「はい。恥ずかしながら、友人とはぐれてしまって。どっちに行ったら山を降りられるのか分からずに、ウロウロしてたんです」
「ああ・・・そう。難儀なことだな。そりゃあ」
男は柔らかく笑った。
「ここは迷うよ。道が無いから」
浅黒い顔に這うようにびっしりと生えたヒゲを、親指の腹でザラりと撫でる。
「そうなんです。もう泣きそうでした。そしたらね、犬がいたんですよ。・・・あ、そうだ、犬がいたんだ。あの犬どこ行ったのかな。その犬を追ってここに来たんです。見ませんでした? 犬」
「犬・・・。白い犬か? 白い犬だったか? あんた、見たのか!?」

それは男にとって、かなりな衝撃の言葉だったらしい。
今まで少しも動じずぼんやり作業を繰り返すだけだった男の目が大きく見開かれ、向かいに座る玉城を食入いるように見つめた。




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~ Comment ~

拍手鍵コメNさんへ 

Nさん、こちらにもさっそく、ありがとうございました。
そうなんです、玉城、いましたね(笑)作者も、うっかりするところでした。

>白い犬、、てっきり白い犬がリクの所にいくのかと思いきや

そうですね。時間にズレがあるのか・・・。それとも別の犬なのか。
そのへんは、追々^^

このあとはしばらく、玉ちゃんの独壇場です。
頑張ってもらわねば。ヘマするんじゃないよ~~、玉城!
(玉ちゃんにシーンを任せるのが、今ひとつ心配な作者)

NoTitle 

男が 玉ちゃんの見た犬の存在に驚いてたけど 私は アンタ(男)の存在に吃驚だよ~!
だって、ねー。この人って、ねー(゚∀゚ ;)タラー

玉ちゃんは 自覚無しの霊視ちゃんだからなぁ
それって リクよりも 始末が悪いでしょ
だって 今も…
寒さを感じないってのが ほんと ヤバイってぇーー!

( ;  ̄0)≪≪≪リク~~、玉ちゃんがぁ~~!....::;.:. シーン:::;..シーン::;.:......byebye☆

NoTitle 

お。ワンちゃんがとりあえず、玉ちゃんを助けてくれた格好?

また、この男の人も、ここで何してるかね。
もしや・・・なんちて。振りです。

実は、うちに暖炉があって。
マッチで簡単に火がつくときと、つかないときとが確かにあるんです。
さあ、玉ちゃん。どう展開する?

NoTitle 

しっかりしろ、しっかりしろ、玉城くん、このままでは死ぬぞ! おーい(^^;) これって、「わたしは見た 死後の世界」だぞ! そのままいったらお花畑だぞ!(^^;) 違うかもしれんが。

それはそれとして、この前図書館で借りて読んだE・W・ホーナングの「ラッフルズ」シリーズが意外と拾い物だったのでおすすめいたします。

アルセーヌ・ルパンよりも前の紳士盗賊ものの元祖ということで、ミステリの教養のために読んだのですが、ルパンみたいなスーパーヒーローじゃなくて、どこまでも等身大のアマチュアなんですよね。だからしょっちゅうドジは踏むし、いろいろとミステリ的にも弱いところがあるのですが、ミステリではなく「青春小説」として読むとべらぼうに面白い(^^)

相棒のバニーというやつが語り手なのですが、こいつもホームズとワトスンのようなエキセントリックなやつじゃないから、同じくアマチュアで、なんというか、「お前とラッフルズ、デキてるだろ!」(笑)といいたくなるような相互依存ぶり(^_^;)

決して痛快な作品ではないですが、「青春」の持つ興奮とキラキラした時間とやりきれなさとが、慣れると病みつきになります。欧米で「怪盗」ものの代名詞的存在になったのもわかるような気が。

全26篇が三冊の単行本としてまとめられ、論創社から和訳で出ています。第一短編集「二人で泥棒を」がいちばんまとまっているかな? limeさん好みかどうかはちょっとわかりませんが、新しいタイプの登場人物のヒントになるかもしれません。これでハードカバーでお高くさえなければ、「真夜中の相棒」のときのような啖呵もきれるのですが、ううむ……。(^^;)

けいったんさんへ 

ははは。やっぱり、けいったんさんは玉ちゃんを熟知してらっしゃる!
ここで玉城と一緒に、ほっかりするような読者さんではないのですよね。

ああ、そうだった。
ヤマネユリちゃんの、痛い例があった!
でも、そんなになんども、惑わされるでしょうか!
・・・いえ、玉ちゃんですもんね。

ここはもう、寒さを忘れた玉ちゃんといっしょに、暖を取っていってください。
(ん?もう暖はいらないのか?玉城)

本当にねえ。リクよりよっぽど世話の焼ける男です><

けいさんへ 

ワンちゃん、ウロウロしていますね。
落ち着きのないやつです^^
こんどはどこに行ったのやら。

今度も、ちょっとムサい男登場。何やってるんでしょうか。
まあ・・・玉城ですからね。いろいろ想像を沸き立たせてやってください^^
今回は、ほんわりしみじみな物語なので、ホラー展開はしないはずです!!(まじか)

おおお。いいなああああ。
けいさんのおうちには、暖炉があるのですね!
やはり、薪に火をつけるんでしょ?(炭?)
私の生まれた家は、五右衛門風呂なので(今でも)薪にマッチで火をつけるんですが、なかなかうまくいかないのです。
でも、暖炉って、ほどよい暖かさで、いいだろうなあ~。
速暖ができないのが、ちょっと辛そうですが。

ポール・ブリッツさんへ 

「たまき、うしろ、うしろ~!」とか、いざとなったら叫んでやってくださいww
まだ、亡くすには惜しいキャラですから(笑)
いや、この作者は、何するかわかりませんがね。

> それはそれとして、この前図書館で借りて読んだE・W・ホーナングの「ラッフルズ」シリーズが意外と拾い物だったのでおすすめいたします。

おお、そうなんですか。それは始めて聞く作家さんです。
なんだか、面白そうですね。
私、じつはホームズは小説で読んだことがないのです。
私が好きそうなキャラなのに(自分で分析)
エラリークイーンは、ずっぽりはまってしまったのに。
思えばあれは、父子愛だったような気もします。それが中学生の小娘にはキュンで。

バニーとラッフルズですか。なんだか興味がわいてきました。
煮詰まっていることだし、ちょっと目先の変わった物語を読んでみようかな。

いろんな影響、受けたいなあ~。なかなか自分の殻が固くて、飛び出せません。

NoTitle 

わんこってこう、見てない時にわりと悪戯したりしてますよね。
帰ってきたらゴミ箱わちゃってなってたり。

それがまたかわゆいのですがw

レルバルさんへ 

るるさんは、実家で犬を飼ってたんですか?
それとも、今かな?

子犬は本当にいたずら好きですよね^^
うちのミニチュアダックスは、あんまりいたずらしなかったのですが、友人のレトリバーは、テーブルをかじりまくってますww

でも、それもまた、愛嬌^^

この物語の犬は、ちょっと無愛想ですね。

NoTitle 

こんにちわ^^
冬の犬あらずじ&一話→RIKUシリーズ全話
→冬の犬に戻ってきました^^
RIKUシリーズは、ついつい次へ次へと
止まらず読んでしまいました^^
心霊物って結構好きなんです♪
うまく書かれていないと、
入り込めませんが、RIKUシリーズは
違和感無く読むことが出来ました。
リクが可愛いです。でもブラックリク(?)に
ときめいてしまう自分がいます^^;
もう出てきちゃ駄目よ~~と思いつつ
また会いたい様な…(>_<)
玉ちゃんは、単純な性格の割りに
むしろリクよりも人物像を掴むのが
難しく感じました。
いつもリクに振り回されているからでしょうか(;O;)

冬の犬、全ての登場人物がお化けに見えて
疑心暗鬼です^^
「あ、人間だった…」と…ははは^^:
ワンコがどう絡んでいくか楽しみです♪

ななおんさんへ 

ななおんさん、おはようございます!

> 冬の犬あらずじ&一話→RIKUシリーズ全話
> →冬の犬に戻ってきました^^

きゃ~~、めちゃくちゃうれしいです!
RIKUの本編を全部読んでくださったのですね。
とっても長く、重い物語だったのに、恐縮です。
でも、あのややこしい性格のリクを可愛いと感じてもらえて、何よりうれしいです。
手のかかる子故に、作者もとても思い入れの深いキャラで^^

霊を扱う物語を、まさか自分が書こうとは思わなかったので、書きながら、同違和感をなくせばいいのか悩みましたが、固定観念を取り外し、彼らの世界観に任せることにしました。
すんなり入ってきてもらえたとしたら、すごく嬉しいです。

ああ、ブラックリク!
懐かしい。
一体彼は、どこにいるんでしょう。私も気に入っていたのですが、あまりに強烈過ぎて、本来のリクが霞んでしまうので、なかなか出せません(爆)でも・・・玉城ともう一度対峙させてみたいかも。

そう! 玉城はもしかしたら、話ごとに少し印象が変わって、つかみにくかったかも。
なにしろ、リクを描くうえの、ストーリーテラー君だったので^^
あのドジっぷりがみんなに愛されてはいますが、一番分からない人物かもしれませんね^^

> 冬の犬、全ての登場人物がお化けに見えて
> 疑心暗鬼です^^
> 「あ、人間だった…」と…ははは^^:
> ワンコがどう絡んでいくか楽しみです♪

そして、ようこそ、冬の犬へ。
これは、お気づきのように、作者のわがままの、おまけのような作品で。
もう一度彼らに会いたくて、ついつい書いてしまったものです。
盛り上がりには欠けますが、のんびり、お付き合いいただけるとうれしいです。

たくさん読んでくださって、本当にありがとうございました!

NoTitle 

暑いのは暑いと思うから暑いというのはありますけど、
逆はあまりないですね。
寒いもんは寒いですからね。
寒いと凍えて死にますからね。

LandMさんへ 

そうなんですよ。
寒さって、もうどうしようもないですよね。
即、命の危険性があるわけで。
私、暑さは割と平気なんですが、寒さにめぽう弱くて。

早く半袖で過ごせる陽気にならないかな・・と、待っています。
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