【短編】 カエルヒ

カエルヒ 第4話 儀式

 ←カエルヒ 第3話 嫉妬    →カエルヒ 最終話 完結

予想外の先生の言葉にトンと胸を突かれた。
けれどこちらを見つめてくる先生の目はあまりにも穏やかで、私は「どういうこと?」という頭の悪い質問を飲み込んだ。
やっと視線が絡まった。
きつく結ばれていたものが解けかけている。
待っていようか。こじ開けようか。その中身が見たい。

「あの空き地にはね、僕とその子供と、もう一人いたんだけど。気がついた?」
先生は、そう続けた。
「いえ・・・分かりませんでした」
「そっか。ならいいんだ」
「よくないです。先生は私の質問にまだ、何も答えてくれていません」
「ひとつ目の質問なら答えられるけど」
「二つ目は?」
「仁科さんは、いったいどうしたいの」
「気になって仕方ないんです。先生のこと、先生のいろんなこと、気になって仕方ないんです」
先生は椅子に深く座り直し、おかしそうに声を出して笑った。明るい笑い声だ。
何かに妄執し、心を病んでいる男の声では無いように思えた。
けれどその軽やかな声が、私を無性に苛立たせる。

「笑わないでください」
「ああ、ごめんね。仁科さんが僕なんかにえらく興味を持ってしまったみたいだから、何か、おかしくて」
「悪いですか?」
「・・・いや。悪くはないけど、意味のない事だよ」
「意味は関係ありません。ただ私は、好きなモノの正体は、ちゃんと知っておきたいんです」

正体を知りたい。確かにそうだった。
好きだった蝶は何匹も捕まえて瓶に閉じ込めた。毟った。バラバラに分解した。
命というものを理解したくて、理科の魚の解剖実験も、興味深く参加した。
顕微鏡の微生物を、目がヒリヒリするほど凝視した。
心惹かれるモノの正体を知りたい。
それは小さな頃からの、自分の最大の欲求だったように思う。

「仁科さんは、いいね」
ふいに、先生が言った。
馬鹿にしているようでも、からかっているようでもない言葉だった。
「ちゃんと自分が分かってる」
「どういう意味ですか?」
「僕はさ、茹でられたヒナだ」
先生は薄く笑い、そしてしばらく黙った。

「ヒナ?」
「孵化する前の卵をうっかり茹でた話をしたよね。あの時ね、本当はショックだったと言うよりも、うらやましかったんだ。仁科さんが蚕の繭が茹でられてしまう話もしただろ? あれを聞いたときも同じ気持ちだった」
「どうして? うらやましいって、変です。何もかも、これからって時なのに」

「人間は母親の子宮の中で。ヒナは卵の中で。サナギは繭の中で、夢を見てるんだ。これから飛び出す世界がどんなに厳しいか知らず、夢の中で満たされて眠っている。寒くもなく、暑くもなく、寂しさや、不安もなく。もしかしたら、一番幸せな時間なのかもしれない」
「じゃあ、そこで時間が止まったら、一番幸せだと思うんですか?」
私の質問に、先生は答えなかった。
けれど先生のまわりの空気に、答えが漂っているように感じた。

「けっこうネガティブなんですね」
ポロリと口から出てしまった言葉に自分でもハッとしたが、先生は声を出して笑ってくれた。
「そうだよ。ネガティブで弱虫だったんだ。施設にいるときの僕は特にね。外界とは少しばかり異なる空間で、特別な時間を過ごしている自分は、外に放り出されたらどうなるんだろうと、いつも不安だった」
「施設ってそんな閉ざされた場所じゃないんでしょう? 普通と変わらないはずよ」
「そうだね。・・・でも、僕らは違った」
「どういうふうに?」
「飼われていたから」

私が催促するように先生をじっと見つめると、先生はそれから逃れるように再び部屋の隅の繭に目を向けた。
ダンボールの影に隠されて、中の幼児は今日も姿が見えない。

「空き地にはね、もう一人いたんだよ」
「そうなんですか」
「挑戦なのか、了承を得るためなのか。気に入った子がいると、あの人はいつもここに見せに来る。この儀式は、施設を出てからもずっと続いてるんだ。そろそろ、終わりにしなきゃいけないと思ってるのに」
「あの人って、だれですか? 儀式って?」
そして、終わらせなきゃならなかった事とは、何だろう。
私が空き地の側を通ったとき、誰がいただろうか。散歩中の老人が1人、ぼんやり佇んでいた気はするが。あの子供は、その老人が連れてきた子供だったのだろうか。
「先生?」
「弱虫だったから。もう少し、夢を見ていたかった」

再びアトリエの外壁に何かがぶつかる音が響いた。
先生は少し慌てるように立ち上がり、小窓のカーテンを捲って外を確認した。
「仁科さん、もう帰った方がいい。風が強くなってきてる。雨が降り出さないうちに、早く」
「別に構いません。雨くらい」
「僕は困るよ。これから、いろいろ片付けがあるんだ」

先生は本当に困ったような表情をワザとつくり、大げさに手を腰に当てて私を見つめる。
下手くそな役者のような仕草に、私は笑いながら、しぶしぶ立ち上がった。
まだまだ訊きたいことはあったが、またこの次にしよう。
ひとつだけ、大きな謎は解けたのだから。

「先生、私、勘違いしてました。撤回します」
「なに?」
「あの繭の中で眠っている幼児は、先生だったんですね」
先生は柔和な笑みをひとつ作って私に返すと、「気をつけて帰りなさいね」と、それだけ言ってくれた。

あの時もっとたくさん話をしておけば良かった。
その胸の内を切り開いて、深い部分まで見ておけば良かった。
熱いのか。冷えているのか。どんな痛みに震えているのか。何を願うのか。

もっと、もっと、もっと。




関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 凍える星
もくじ  3kaku_s_L.png モザイクの月
もくじ  3kaku_s_L.png NOISE 
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU・3 托卵
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【カエルヒ 第3話 嫉妬   】へ
  • 【カエルヒ 最終話 完結 】へ

~ Comment ~

NoTitle 

ここからどうやって結末に持って行くのかさっぱり見えません。

恐ろしい結末になるのだろうなあ。ここからハートウォーミングな結末に持って行けるのだったらすごいと思います。

「カエルヒ」の意味もまだ判然としないし。ダブルミーニングが仕掛けてあると思うんだけどうむむ。

あと2回でしたっけ? 先入観もちたくなくて「あらすじ」を読んでないのでよくわからないのであります(^^;)

楽しみにしております~♪

NoTitle 

物言わぬセンセ、穏やか過ぎる・・・
センセの施設時代がちょっとだけ垣間見えた。

センセのネガティブをワタシの好奇心が解き放ってくれると良いなあ。
何も知らなかったときに想いを馳せて、それが幸せの時だなんて、切ない。

あの時・・・?

ポール・ブリッツさんへ 

お。そういう感じなんですね。
私はこの作品に関しては、客観的に見れなくて、毎回の皆さんのコメントがとてもありがたいです。

あと、一話で終わりです。^^

>恐ろしい結末になるのだろうなあ。ここからハートウォーミングな結末に持って行けるのだったらすごいと思います。

う~ん、どうなんでしょうね。
恐ろしい結末でも、ハートウォーミングな結末でも、どちらでもないような気がするんですが。
「あらすじ」を読んでいないのは、正解かもしれません。
(でも、あらすじには、ほとんど何も書かれていないんですが)

最終話は、さらっといきますので、どうか、何気なく読みにきてください^^(どうやねん)

けいさんへ 

あ、コメ返してたら、ちょうどけいさん。いらっしゃい^^

> センセの施設時代がちょっとだけ垣間見えた。

そうなんです、この、先生の施設時代が、すべての始まりで。
詳しくは書いていませんが、ここに書いてあるだけの情報で、いろいろ良からぬ推測をしていただけると、うれしいです。

> センセのネガティブをワタシの好奇心が解き放ってくれると良いなあ。
> 何も知らなかったときに想いを馳せて、それが幸せの時だなんて、切ない。

「私」が、先生になにか、いい影響を与えてくれたらいいんですが。
でも、この物語の根幹は、そこでは無いのかもしれません。

> あの時・・・?

ああ、ここ。分かりにくかったですか><
この部分だけは、回想になってます。
すべてが終わってから、「私」がチラッと思い返した、回想なので、時間差があります。
唐突なので、わからなかったらどうしようと、迷ったのですが。
どうしてもこれを入れて、次へつなげたかったのです。

拍手鍵コメNさんへ 

Nさん、拍手コメ、1番乗りでした^^ ありがとうございます。

>相手の心内を純粋にしりたくてえぐるように探っていく主人公とやんわりかわしながらも確信をにおわせる先生、、。どんな時でも相手の深いところに問いかかけていくのはパワーと勇気がいりますし自分もその気持ちに添わないといけないのでなかなか出来ないことを自分の気持ちまっすぐに入り込んでいく主人公がうらやましくもあり怖くもあります。

この主人公「私」自身が、一番わからない人物かもしれませんよね^^
ちょっと前のめりすぎて、危ない感じがします。
実際にいたら、ちょっとお友達にはなりたくないかな?(いや、逆に面白いかも)

世間や、人間をまだ必死で探求している子供・・・だからでしょうか?
このパワーが、どこに向かうのか、彼女が何に熱くなっているのかが、この物語の本質なのかもしれません。
じゃ、先生は・・・?・笑

あと1話で終わります^^
猛スピードで、駆け抜けます^^

NoTitle 

まさかあの中にいたのは先生自身だったとは。

謎の老人。
飼われていた幼少時代。
張りつめた空気の中でも、飄々とした先生が魅力的です。

やっぱりこの作品面白い。
キャラの輪郭が定まっていていいなぁv-20

ごろちゃんさんへ 

ごろちゃんさん、ありがとうございます^^
気に入っていただけて、舞い上がっております!

相変わらず女子高生、突っ走っていますが・笑。
先生も、押され気味だけど、頑張っています。がんばれ、せんせ。

でも実は、説明めいたものはこれで終わりなのです。
ここまでで、何となく先生の背景を推測していただけましたでしょうか。
まだ全然不足のような気もするのですが、これ以上語らせたくなかったもので><

次回最終話で、一気にざざっと終わるのですが、さて、読者様にどんな余韻を残すのか。

また、教えていただけるとうれしいです^^

だから難しいって…イジイジ(; ´-ω-)σ@|壁| イイモン イジイジ・ 

これから書く私の文章には、全部「と、思った」
若しくは「と、感じた」を付けて読んで下ったら有難いです┏○))ペコ

あの作品は、先生自身を 先生の魂を表している。
そして あの繭は 中の幼児を外界から守る役割ではなく 幼児を永遠に捕らえる為の役割をしている。

あの野原に居た もう一人の誰かは 先生の心の中だけに存在している?
それに 先生は支配され 拒みながらも 支配されてる事に安堵感を持っている

…、…、あぁ~これ以上は もう無理っす!
ラスト一話となっても まだ こんな状態の私に 読後の余韻を楽しむ『ゆとり』があるのかぁーーー!?
(ヾノ・ω・`)ナイナイ~~!!...byebye☆

P.S.読む事 数回!
果敢に挑んだ勇気だけは かっておくれよ、limeさま♪

 


けいったんさんへ 

おお~う、これはけいったんさん、申し訳ない。
まだ、難しかったのですね><
私はもうすっかり9割は暴露したつもりで・・・。
でも、それでも果敢にコメをくれるけいったんさんが嬉しいっす。

> これから書く私の文章には、全部「と、思った」
> 若しくは「と、感じた」を付けて読んで下ったら有難いです┏○))ペコ

了解!

> あの作品は、先生自身を 先生の魂を表している。
> そして あの繭は 中の幼児を外界から守る役割ではなく 幼児を永遠に捕らえる為の役割をしている。

うんうん。そう言う感じですよね。

> あの野原に居た もう一人の誰かは 先生の心の中だけに存在している?
> それに 先生は支配され 拒みながらも 支配されてる事に安堵感を持っている

もうひとりの誰かは、しっかり現実に存在します。
2行目は、ばっちりです。

> …、…、あぁ~これ以上は もう無理っす!

ありがとう、けいったんさん。けいったんさんの意思は、無駄にはしませんぞ><
では、整理するために、重要なポイントを、今までの本文から抜き出してみましょう。

・先生は施設育ち
・先日、施設の子供が遺体で発見された
・先生がキスをしていた子供
・その子供を連れてきて、先生に見せびらかしにきた人物がいる
・↑それは儀式であり、先生が施設を出てからもずっと続いていた
・先生は、最近やたらと、ラジオでニュースをチェックしている
・先生は、施設の中の出来事を、少なからず外界とは違う、異質なものであると知っている
・終わらせなきゃならないと、思っている

・・・こんなところで、どうでしょう。

> P.S.読む事 数回!
> 果敢に挑んだ勇気だけは かっておくれよ、limeさま♪

うう~、かたじけない!
これで、最終話、さっぱりわからなかったら、滝に打たれてきます><

NoTitle 

う~~~ん。
謎だ。でも、好きだぁこういう雰囲気!!
最近、変な夢ばかり見る梶。
そんな夢を見た後のような気分というか匂いがする。
次も楽しみにしてます。

kaziさんへ 

おはようございます。
kaziさん、夢をいっぱい見るんですね。
夢って、見ない人は、ほとんど見ないみたいなんですが、私は、疲れてしまうくらいに夢を見て、困ります(笑)
あれ、なんか、エネルギー使うんですよね^^;

この物語も、全体像や登場人物が謎なので、ちょっとそんな雰囲気なのかもしれませんね。
でも、ここまでは、気に入ってもらえてうれしいです。

次回、最終話は、ほぼ謎が明らかになるはずです。(ほぼ?)
最後、気に入ってもらえるか、そうではないか、ちょっとドキドキです。

NoTitle 

・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
ここからどうやって後一話で終わるのだろうか。
話の展開よりも物書きとしての興味の方が強いですね。
これで一気に最終話で集約されたらすごいなあ・・・。
と思います。

LandMさんへ 

物書きとしての興味。
こちらもドキドキしますね。
さあ、あと一話で、まとまるのでしょうか。

でも、そんな大それた展開ではないと思いますので、のんびりと読みに来てください^^
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【カエルヒ 第3話 嫉妬   】へ
  • 【カエルヒ 最終話 完結 】へ