【短編】 カエルヒ

カエルヒ 第2話 固執

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初めてその作品を見たときの感覚は、今と少し違う。
ただ単純に美しい作品だと思ったのだ。
まだここへ来て1ヶ月足らずの時だったろうか。
先生が少し部屋を出た間に、カーテンの隙間から薄く差し込む夕日の明かりでそれを見た。

薄い膜をキラキラ輝かせる繭の中には、瑞々しい水蜜桃を思わせる肌をした小さな幼児が眠っていた。
胎児のように背を丸め、穏やかな表情で目を閉じている。
私は横のダンボールをずらし、近寄って細部まで眺めた。

中の幼児はきっと特別な粘土で作ってあるのだろう。今までそんな色の塑像を見たことは無かった。
床に這いつくばるようにして、更に覗き込んだ。

小さな鼻。華奢な肩。柔らかく閉じた瞼。どれも愛らしく、そして生々しい。
膝を抱え込む小さな指先は、皺や爪まで精緻に再現され、その中には柔らかな骨を想像させた。
強く捻ればポキリと折れそうで、ムズムズする。
足の付け根に小さな男性器が見えた。
男の子だ。それでも美しいと思った。

透けて見えるほどに薄い膜を隔てられているだけで、決して触れることができない汚れのない命。
いや、これから生まれ出ようとする未熟な生命体。
こんなに汚れ無いものはないと、その時確かにそう思った。

だけど、今は違う。

「仁科さん。本当にもう、帰らないと」
「邪魔ですか?」
「そんなことはないけど」
冗談っぽく言ったつもりだったが、先生は少し困惑した顔つきになった。
けれどそれも、私の好きな表情だ。

あの幼児はどんな素材で作ってあるのですか?
あの作品の名前は? 
モチーフはなんですか?
質問はいくらでも頭の中に湧いてきたが、いざ訊こうとすると、どれも違うように思えて、結局やめた。
この質問では、欲しい答えは得られない。

私は隅っこに置いてあったデスクチェアを引き寄せてポスンと座り、先生を見上げた。
どうやって先生を責めようか。
どうやってあの作品の正体を聞き出そうか、考えながら。

「卵に妙な固執があるんだ。たぶんね。それだけ」
思いがけずに先生は口を開いた。
私の頭の中を読まれたのかと、一瞬ドキリとした。
「え?」
先生は作業机の椅子に自分もそっと座り、私を見た。心なしか笑っている。
『仕方ないお嬢ちゃんだ。そんなに気になるかい?』とでも言っているように思え、少しばかりカチンときた。

「農家に一週間、体験で宿泊したことがあってね。その時、僕の分担は、チャボの生みたて卵の回収だった」
何の話だろう。
「子供の頃ですか?」
「うん。まだ施設にいた頃ね」
施設という言葉を、先生は躊躇わずに使った。
先生が、親に育てるのを放棄され、施設で育ったと言う話は、ここに通う他の生徒から聞いたことがある。
けれどそんな話は別に、聞きたい話ではなかったし、興味もなかった。

「先生は、卵係だったんですね」
「うん、そう。だけどある日、その卵係はちょっとショックな失敗をやらかした」
「全部割っちゃったとか?」
「そんなヘマはしないよ。誰にも咎められなかったし、農家の人も笑ってくれたし。でも僕は、今でも忘れられない。何度も夢に見るよ」
先生は、少し笑いを残したまま、そのショックな思い出を静かに語ってくれた。

その朝、先生がチャボの小屋から取ってきた卵は全部で9個で、すぐに茹でられ、子供らの朝食の一品になった。
食べるのが遅かった先生は、その卵に手を伸ばすのが一番最後になったが、剥こうと手を掛けた卵から出てきたのは、茹で上げられたヒナだったという。

「ちょっとしたトラウマかな。だからこんなもの作っちゃったのかも」
「有精卵だったんですね。でも、そんな話、よく聞きますよ」
「そう?」
「はい」
私は先生を慰めると言うよりも、苛立ったように返した。
そんなくだらないことが、あの作品のコンセプトであるはずがないのだ。私には分かる。

「蚕だって、みんな同じ目に遭ってるんです。そんなこと気にするのは変です」
「かいこ?」
「蚕は繭を作った直後、生きたまま茹でられちゃうんでしょ? 何千、何万のサナギを茹で殺して、あの綺麗な絹糸を採るんだって聞いたことがあります」
「そうか・・・。うん、そうだよね」
「ヒナ1羽で、トラウマなんて、らしくないです」

らしくない。自分で言って、おかしかった。
たった半年、週に2回通っただけで、こんなことを言ってしまう自分がおかしかった。
そもそも、自分が思っていた『先生らしさ』は、10日前に姿を変えてしまった。

あの繭の中の幼児に、何を想うのですか、先生。
あの子は、誰ですか?

10日前に見た光景が再び鮮明に頭を過ぎった。
このアトリエの裏手にある、小さな空き地。その片隅の、手入れされていない、植え込みの横。
先生は、チョロチョロと走り回る小さな男の子を見つめていた。
その子は先生の前で転び、すぐさま先生に抱き起こされた。
転んだショックで泣き出しそうになった男の子を慰めるように、先生は両腕でぎゅっとその子を抱きしめ、そしてその子の唇にキスをしたのだ。


「僕らしいって、・・・何だろうね」

ラジオが再びノイズを響かせる中、先生は、誰に問いかけているのか分からない声で、ぼんやり呟いた。


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~ Comment ~

NoTitle 

アートって、こういう風に鑑賞するのですね。

一個の作品の前で数時間過ごす人、の気持ちが、この頃ようやくわかってきたところです。

画面を理解するのに、画の裏にあるものを知りたい、そんな心理。

センセ、卵の子、今のところ、まだ全く・・・

NoTitle 

うーむ、どんなコメントをしても、「決定的なところをハズしそう」な気がする。

というか、先生の心がまったくつかめん。卵の存在が先生にとってプラスの記念碑なのか、マイナスの象徴なのかについてもどう読めばいいのかわからん。

続きが楽しみであります。

けいさんへ 

> アートって、こういう風に鑑賞するのですね。
>
> 一個の作品の前で数時間過ごす人、の気持ちが、この頃ようやくわかってきたところです。

アートの鑑賞の仕方は、決まりなんかないんでしょうね。
でも、私は気になった作品は、とことん見入ってしまいます。
そればっかりw
(だから、興味がわかない作品は、素通りしてしまう。これももったいない話で)

> 画面を理解するのに、画の裏にあるものを知りたい、そんな心理。

うんうん、わかります。作者は、何を思ってこれを作ったのだろうとか。
でも、この「私」の見方はちょっと刺がありますよねw
こんな風に見られたら、作品も冷や汗かも^^;
もっとお気楽に見てやってって。

> センセ、卵の子、今のところ、まだ全く・・・

まだまだ、先生の気持ちがわかりませんよね。
もうちょっと、探ってみましょう!!

ポール・ブリッツさんへ 

> うーむ、どんなコメントをしても、「決定的なところをハズしそう」な気がする。

あ、これまさに、ポールさんのにコメするときに、悩むことです(笑)
ぜったい外すなあ・・・と。
分かるまで、待とう・・・と。

あ、私の場合、そんなややこしい裏はないですから^^

>というか、先生の心がまったくつかめん。卵の存在が先生にとってプラスの記念碑なのか、マイナスの象徴なのかについてもどう読めばいいのかわからん。

そうなんです。まだ、先生は半分しか語ってないですからね。
そして、ちょっとばかりごまかしています。
ヒントを言ってしまえば、先生の話の本質は「トラウマ」ではなく、「固執」なのです^^

<(|||。。)>アタマカカエル・・・・・・ 

コメを書くのが難しい 読者にとって手探りな状況ですね。

でも 思い切って!ビシッ...( ゚ェ゚ )b

サブタイトルと 10日前に 彼女が見た様子から 今の私に推測できるのは
先生は、幼子に 酷く執着を感じているのは 確か!

その原因は、
1、施設育ちで 愛情に飢えているから
2、過去から今まで 子供らしい生活を送った事が無いから来る 羨望
3、性嗜好 (これは limeさまの作品では 無いなっ(笑)
の どれか!?

どうですか? そこで こっちを覗いていらっしゃる limeさま!
(#`・ω・´)σ*⌒☆б(@ω@;)ヘッ、私?...byebye☆






けいったんさんへ 

> コメを書くのが難しい 読者にとって手探りな状況ですね。
でも 思い切って!ビシッ...( ゚ェ゚ )b

えへへ~><、ごめんなさい~。
でも、思い切って推理を言ってくれて、うれしいです!
とってもそれが参考になるんですよ。^^
いつも、ありがとうございます!

> サブタイトルと 10日前に 彼女が見た様子から 今の私に推測できるのは
> 先生は、幼子に 酷く執着を感じているのは 確か!

うんうん。確かなのですよね!

> その原因は、
> 1、施設育ちで 愛情に飢えているから
> 2、過去から今まで 子供らしい生活を送った事が無いから来る 羨望
> 3、性嗜好 (これは limeさまの作品では 無いなっ(笑)
> の どれか!?

おお、なるほど。
この時点の材料で、めいっぱい想像してくださったんですね。
正解を100としたら、
1は、20%
2は、10%
3は、32%・・・というところでしょうか。

次回の第3話で、もう少しだけ暴露されますが、更に更に、謎が深まる可能性も・・・。
また、迫ってみてください、けいったんさん^^さんくす。

NoTitle 

なんか、ちょっとヤバめの方向へ向かっていく予感が。

まあ、ヤバめっていってもいろいろありますが……。

ヒロハルさんへ 

あ、なんか、そんな感じしますか?

どうなんでしょうね。実際やばいのかどうか、よくわからないのですが。(マヒしてる?)
でも、今までの感じとは少し違うかもしれません。

やばいの、書いてみたいな~^^

NoTitle 

でも確かに食べようと思って開けたら雛だったら……。
嫌ですよね、こう精神的に来ますよね……。
ええ……。

レルバルさんへ 

> でも確かに食べようと思って開けたら雛だったら……。
> 嫌ですよね、こう精神的に来ますよね……。

嫌ですよね~~><
私ならしばらく、卵、食べられませんね^^;

でもきっと、こういうことって、あり得ますよね。
前にテレビで見たんですが、わざと、孵化前のひなを、ゆでて食べる国があるとか・・・。
日本人でよかったです。

NoTitle 

芸術を感じますね。こういう思考に。
こういうのは読んでいて面白いですね。
芸術には全く関心がない才条 蓮ですけど、こういう感覚が新鮮で面白いですね。美術の成績はいつも悪かったですからね。こういうのは面白いですね。本当に。

LandMさんへ 

ありがとうございます^^
いえいえ、芸術などという、高尚なものではないのですが。
私のなかの、美の感覚です。
でも、読んで面白いと感じてもらえるのは、なによりです。
文字を自分の脳裏で映像化して楽しめるLandM さんは、それだけですごいです^^
私も、美術の成績はそんなに良くなかったんですよ。
でも、好きだったなあ~。(美術史のテストが苦手だったけど)

拍手鍵コメNさんへ 

Nさん、こんにちは~。
昨日は日本、めちゃくちゃ荒れましたが、今日は穏やかですよ~。
今日は休日です^^

> ゆっくりとした時間の中で話が少しずつすこしずつ深いところに浸透していくようなそんな雰囲気を感じます。第一話からの伏線、そして今回の文最後らへんの伏線、、この物語がどういう風に(サスペンス?!または実は純愛?!)いくのかが楽しみです

Nさんの感想は、こっちがわくわくしますね。
どうなっていくんだろう・・・って。(あ、私が書くんでしたね)

たった5話の中に、ギュウギュウに詰め込んだので、このあとはすごく急展開なのです。そこがかなり心配です。
実験的な物語なので、読み終わったあとの読者様の反応が気になります><
でも、ずばっと感想を言ってくださいね^^

ではでは、今日は金融機関に走ります~~。

NoTitle 

まだ触りの状態でこれからって感じがしていいですね☆
こういう書き方は見習わないと(-_-;)
楽しみです!

kaziさんへ 

いつも、ありがとうございます!

たった5話の短編なのに、2話もさわりの途中です><
多分3話も、まだ・・・。
すっきりしないまま、どうぞお付き合いください^^(汗

ここに引き寄せられてきました 

冬の犬は完結してから読ませてもらおうかなと思いまして、こっちにやってまいりました。

なかなかショッキングな出だしですよね。
女性の一人称、limeさんにすれば珍しい部類のお話なんじゃないんですか。

彼女は高校生の女の子にすればクールで、まったくきゃっきゃしてなくて、芸術家の卵ってこんな感じなんでしょうか。

卵といえば、この先生も卵にこだわりがあるんですね。
limeさんのエッセイのコメントで、卵のおはなし、書きたくなって、私もファンタジーを書きました。卵と猫です。
猫は生まない卵……イメージは悪くないんですけど、もっと上手に書けたらなぁ、というようなお話になってしまいました。

あかねさんへ 

あかねさん、「カエルヒ」にようこそ^^

そうなんです。私が女の子の1人称を書くのはすごく珍しいです。
でも、私が女の子を主人公にすると、どうしてもこんなふうな気の強い女の子になってしまうのは、なんででしょうね^^;
でも、そのほうが感情移入しやすいのです。
優しくて朗らかな女の子は、書いていて退屈になっちゃうような気がします。
きっと読む方も退屈だろうと・・・。
実際に付き合うのは、そんな女の子の方がいいんですけどね^^

この女の子は、あかねさんの推測通り、すごく芸術肌だと思います。
きっと将来は、すごい現代アートの担い手になるだろうと。

あかねさんも、卵関連のお話を書かれたんですね。
そうやって、触発されたものをすぐにかけてしまうあかねさんがうらやましいです。
私は柔軟性と瞬発力がなくて><
また、おじゃましますね。

NoTitle 

卵のそれ・・・エスキモーの珍味にあったような?
臭いらしいです。
夢も希望もないことを書いてしもた。
へへ

このくらいの時の少女って、体はもう大人の女と変わりない。
だけど「らしくない」と決めつけてしまう処に子供らしさがある。
不安定なんだよね。
心と体のバランスが取れてないから・・
物語が終わるとそんな彼女も少し成長するのかな?

くれぐれもお大事になさって下さい。
コメ返は気にしないでね。

ぴゆうさんへ 

> 卵のそれ・・・エスキモーの珍味にあったような?

そうそう、ありますよね^^
あれだけはぜったい食べられそうにありません。(あと、虫系)

この主人公の女の子、ぴゆうさんのおしゃるとおり!
自分ではものすごく大人なつもりなんですよね。
だけどまだ、人の心の機微は、深く理解できていない。
この短編内で、少女がそれに気づくことはないのですが。

だから、この物語は、少女の成長物語ではなく、そのエキセントリックな高揚状態の結晶を、眺めるというタイプのものかもしれません。
新しい試みです。

ぴゆうさんにも、お気遣いいただいて申し訳ないです。
ぴゆうさんの、拍手鍵コメを見て、びっくりしました。
そうだったのか~。

このあとも、のんびりやっていきますので、またよろしくお願いしますね^^
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