雨の日は猫を抱いて

雨猫 第33話 あの日の君に

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由希の手の中で、ほんの少し震えるその写真を一緒に覗き込みながら、倉田は改めて美しいと思った。

薄暗く、陰気で冷たい雨だというのに、早々に点灯した街灯の光を受け、その少年とも少女ともつかぬ子供の笑顔が柔らかく浮かび上がっていた。
その子供は情景の一部のように、画面左寄りにポツンと立っているだけだった。
けれどモノトーンに近いその空間に、その笑顔と、胸のあたりに大事そうに抱いた灰色の猫が、雨の冷たさを払拭し、体温を与えている。
その子の足元には、仄かな街灯に照らされた、母親の影が伸びていた。
画角には入っていなかったが、その子の愛くるしい瞳の中には、優しい最愛の母親が確かに居るのだ。

10歳くらいの愛らしい子供と、猫と、母親と。そして、倉田が羨む程の母子愛が、その写真には写っていた。

快晴の青空や、燃えるような夕焼けや、そんな誰もが感嘆する美ではなく、泣いた後に見る虹のように、心をくっと掴んでしまう、懐かしい切なさがあった。
誰もが『帰りたい』と思ってしまうそんな一瞬を、倉田は写真という永遠に閉じ込めたのだ。

「俺は、母親の愛情をあんまり受けずに育ったから、なんか、悔しかったんだと思う。大人げなくて、今まで気付かない振りをしてたんだけど。やっぱりそう言うことなんだよな」
倉田はそう言って、クスリと笑った。

「それからさ・・・女の子かな、男の子かなって、凄く気になったんだ、その子を見て。さすがにどっちですかなんて失礼すぎて訊けなかったんだけどさ。
そのかわり俺は『この写真をコンテストに出して良いですか?』とだけ、母親に訊いて、承諾をもらったんだ。どんなコンテストだとか、その母親はまるっきり興味ないようで、バッグから取り出したハンドタオルで必死にその子の頭を拭いてやってたよ。くすぐったそうに笑うその子の声を、今でも覚えてる」

目を潤ませた由希が写真から顔を上げ、横に座る倉田を見た。
倉田は何となく胸が詰まってその視線を避け、正面のテーブルを見つめた。

「そしてさ、あの日。5年後の由希を電車の中で見た時も、思ったんだ。女の子かな、男の子かな、って」
「じゃあ、知ってて・・・僕を?」
「いいや全然。その子は背も小さくて、まだ本当に幼い表情だったし、電車で見た由希はすっかり成長してたから、この写真の事なんか思い出しもしなかった」
「じゃあ・・・どうしてこれが僕だって?」
「お母さんの顔を覚えてたんだ。希美子さんは5年前と変わってなかったし、目の下の黒子も印象的だったし。だから・・・昨日、あの部屋で彼女を見て、心臓が跳ね上がった。そして今までの奇妙な感覚の訳が全部分かったんだ」
「奇妙な感覚?」
「由希を電車で見かけてから、何ともザワザワ、気持ちが落ち着かなかったんだ。なんて言うのか、嫌悪感とは違う、ただむしゃくしゃをぶつけたいような、妙な気持だ。初対面なのにな。
でも、ああ、これか! って。・・・あの瞬間、自分の中の疑問が晴れた。まあ・・・すべてに気付いたあの瞬間は、それどころじゃ無かったけどね」
倉田が苦笑いすると、由希はただ倉田を見上げ、ゆっくり瞬きした。

「これだけはハッキリ言える。この俺を5年間も嫉妬させた愛情が、希美子さんの中にはあった。だからこの写真の由希は、こんなにいい顔してんだ。鬼のような審査員達の心を掴むほどの幸せが、ここにある。
もし、おまえ達親子を狂わせたモノがあったとしたら、それは、忌々しい病なんだ。だからお母さんを憎むな。それから、今まで過ごした時間を、疑うな」

倉田を見つめたまま、由希はもう一度瞬きをした。
目の縁に溜まった涙がこぼれ、頬を伝い、写真を持った手の上に落ちた。

『きっとお前の母さんは、元通り帰ってくる』とは、倉田には言えなかった。
自分に今、何もしてやれることがないのも、嫌というほど感じていた。

「分かってるよ」
不意に横で明るい声がした。

由希が、微笑みながら倉田を見上げている。
「夢だったんだと思う。きっとこの1年半、悪い夢を見てたんだ。僕、待ってるよ。昔の母さんに戻れなくても、あの人が普通に人として生活していけるようになるまで、ずっと側で見守りたいと思う。3歳から今まで、大事に僕を育ててきてくれたんだもん。恩返ししようと思う」
由希はいつの間にか笑みを収め、今度は決意するような真剣な眼差しで倉田を見、手に持っていた写真を返してきた。
「ありがとう。倉田さん」

「・・・お前さあ」
「え?」
「本当に16歳か?」
「なんで?」
「お前見てると、年だけ食って中身はてんで成ってない自分が悲しくなるんだけど。マジで」
「なんでよ」
由希は16歳らしい、若々しい声で笑った。
倉田はつられて笑いながら、その写真をそっと再びテーブルの上に伏せた。
何も言わないが、きっと由希にとってこの写真は、懐かしい過去の1ページなどでは無いのだろうと、倉田は思った。
ただ幸せに満ちて笑っていたあの日は、もう戻らないかもしれないのだ。

「ごめんな」
今度はちゃんと、由希のほうを見て言った。

由希は黒い大きな瞳でじっと倉田を見つめてきたが、もう「どうして?」とは訊かなかった。
ただただ倉田をみつめ、まるでそこから心の中に入り込んで来ようとするような、強い視線だった。
たぶん由希は、それで倉田の心を理解したのだろう。
この少年は、いつもこうして生きてきたのだ。
胸に熱いモノが込み上げてきた瞬間、ニコッと笑い、由希が倉田に抱きついてきた。いや、体当たりと言ったほうが近いだろうか。
子供が友人とふざけるように、笑い声をあげて倉田をソファに転がそうとする。

倉田の中に込み上げてきた感傷は、たちまち子供の頃に感じた懐かしい興奮と歓喜に変わり、自分もいつしか声をあげ、笑いながらその年の離れた友人をソファの下に転げ落とした。
由希がすかさず倉田の足を掴み引っ張ると、バランスを崩した倉田は自分も由希の横に転がり落ちた。
小学生の子のようにキャッキャと笑い合った後、ソファとローテーブルの狭い隙間に転がったまま、2人は笑いが収まるのを静かに待った。

「なあ、由希。あの家に帰るのか? また、ひとりで」
転がったまま倉田が唐突にそう訊いた。
「うん。そうだよ。あそこで母さんを待つんだ。シロウさんだって、きっと帰ってくる。ひとりぼっちには慣れてる」
「・・・そうか」
「うん。ねえ、送ってくれるんでしょ? 家まで。倉田さんの、あの小さいかわいい車で」
「うっさいわ! 悪かったな、中古の軽で。すぐにビッグになって高級車買ってやる! 見てろよ!」
「誰もそんなこと言ってないのに。ガキなんだから」
「だまれ、チビ!」
倉田は図星をつかれた傷心を隠しながら、まだ床に転がったまま笑う少年の柔らかい髪に手を伸ばし、くしゃりと乱暴に撫でた。



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次回、『雨猫』、最終話になります。
どうぞ、最後まで、見届けてやってください |ω・`)


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~ Comment ~

どうもありがとう!!!!! 

良かったねえ、良かったねえ・・・・・
この先、彼女の病が完全に治って
何の心配も無い
幸せな日々がやってくるのかどうかは分からないけれど、
でも、とにかく明るい光に満ちた部屋の中で転げまわる2人が
ありありと想像できた・・・・
声をあげて泣いてしまいましたよ・・・・・
てか、今もまだ泣いていますが(笑)

NoTitle 

落ち着くところに見事落ち着きましたね。
和気藹々としたのが伝わってきます。相変わらず倉田は上手く転がされているけどww

遂に終わるのですね、次で。
場面転換で、タロット姉さんが出てくるとなると……沢村(汗)
  • #7520 十二月一日 晩冬 
  • URL 
  • 2012.10/25 14:07 
  •  ▲EntryTop 

 

奇妙な出来事から始まった由希と倉田の関係

年も何もかも 極端なほど違う2人だけど、
欠けたモノを持つ者同士、いい友達になるんじゃないかなぁ~

これって ある意味 ハッピーエンド(まだ後1話あるけど)になるよねv(`ゝω・´)キャピィ☆

おお!~~~(/ ̄▽)/\(▽ ̄\)~~~友達じゃぁ♪...byebye☆




NoTitle 

やさしかった女を、あんなふうにしてしまった由希の父親ってどんな男だったのかが気になってしまいました。
すいません、最終回前につい余計なことを。
limeさんの中には明確なイメージがあるのでしょうね。
でも、そこまで書いたら、書きすぎになる。というところでしょうか。

叙述トリックですね(笑) 

『……静かに待った。』から、『「なあ、由希……』までの一行の空白の間に、なにが起こりどのくらいの時間が経ったのかについての情報の開示を要求するッ!

いやわたしは知りたくもなんともないが、ここに来ているお姐様がたが要求しているッ!(笑)
  • #7524 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.10/25 17:15 
  •  ▲EntryTop 

かじぺたさんへ 

かじぺたさん、ありがとうございます^^
ちょっとワンコのように転がり、じゃれあう二人。
ここまで、遠い道のりでした!

> でも、とにかく明るい光に満ちた部屋の中で転げまわる2人が
> ありありと想像できた・・・・
> 声をあげて泣いてしまいましたよ・・・・・
> てか、今もまだ泣いていますが(笑)

もう、そのかじぺたさんの優しいコメントに、泣きそうです。o(≧ω≦)o
重苦しいシーンにも、付いてきてくださって、ほんとうに感謝です。

まるでガキの倉田と、16なのにしっかり前を向いて頑張る由希と。
応援してもらって、ここまできました。
あと1話。
どうか、見守ってやってください♪♥

十二月一日 晩冬さんへ 

収まるところに収まっちゃいました。
最後に、波乱を持ってくる作品というのも、惹かれるんですが、なんか登場人物に幸せになって欲しい願望が、強いんですねえ。
ここらへん、まだまだ勉強です。

あ、倉田がやっぱりリードされてるの、気づきました?(笑)

> 遂に終わるのですね、次で。
> 場面転換で、タロット姉さんが出てくるとなると……沢村(汗)

ほほほ。
さて、タロット姉さん、どんな出方をするのか。
そして、沢村は・・・?

最終話は、すごく穏やかなんですが、回収すべきは全て、回収します!
回収し忘れてることがあったら・・・、胸に収めておいてください(爆)

けいったんさんへ 

> 年も何もかも 極端なほど違う2人だけど、
> 欠けたモノを持つ者同士、いい友達になるんじゃないかなぁ~

ね? なんだか、いい友達になれそうでしょ?
由希が精神年齢高い分、倉田が絶望的にガキだから(笑)
・・・倉田、変な遊びとか、教えたりしないよね><
(いろいろ心配だあ)

> これって ある意味 ハッピーエンド(まだ後1話あるけど)になるよねv(`ゝω・´)キャピィ☆

ここで悲劇をかます勇気は、まだないですw(いつかやるのか?)
次回は、ちょっと気になったままだった諸々を、全部拾って行きます。
さて、全部拾って、そのあと・・・。

しのぶもじずりさんへ 

> やさしかった女を、あんなふうにしてしまった由希の父親ってどんな男だったのかが気になってしまいました。

父親に関しては、ほとんど触れてませんでしたよね。
近所のおばさんのおしゃべりだけで。

そうなんです。あえて、語らなかったと言ったほうがいいかもしれません。
父親についての記述を集めてみますね。

・再々婚後に、後妻にすんなり親権を譲った。
・酔った弾みに、希美子が継母だと、小3の由希に喋った。
・由希のセリフや回想の中に、父を慕う表現や、思い出話が皆無

これらの記述から、この父親が子への愛情の薄い奴だったというのを、それとなく分かっていただけたのではないかと、勝手に思っています。

父親に関しては、きっと掘り下げたらリズムが狂うと思い、触れませんでした。
でも、父親が気になるというご意見、とっても貴重でした^^

ポール・ブリッツさんへ 

うお~~~。
ポールさん、ポールさん、ポールさんo(≧ω≦)o
(と、慌てる私が、お門違いなのか)

どこのオネエサマ方も、そんなことはおっしゃってないのにーー。

そうですね、ざっと45分でしょうか。  ・・・違います!(*`・ω・´)i-201

NoTitle 

泣いた後に見る虹・・・とても気持ちが分かる形容だと思った。
梶が人生で本当に悔しい時に泣い時というのは、飯を食ってる時だった。
2回しかないんだけどね。その後に、泣いた後に見る虹を梶がも見ていればもう少し変わった人生を送っていたかもしれないな。
と思わされた。
素敵です☆

kaziさんへ 

> 泣いた後に見る虹・・・とても気持ちが分かる形容だと思った。

もう一度来てくださって、うれしいです!
そして、そこの部分、ピックアプしてくださって更にうれしいです。
私の中にある画像を思い浮かべた時に、すっと出てきた言葉でした。

>梶が人生で本当に悔しい時に泣い時というのは、飯を食ってる時だった。

それ、すっごくわかります。
なんででしょうね。気持ちが破裂しそうに悲しかったり悔しかったりするとき、食べ物を口に入れたら、なんだかこらえきれなくなってしまうんですよね。
ぶわ~~と気持ちが溢れてきて。

なかなか、救いの虹を見ることは難しいですね。
物語のようにはいかないかもしれないけど。
でも、きっと全ては、気の持ち用で。
素敵な虹をかけるのは、自分自身なのかもしれませんねえ。
なんて言いながら、最近虹、とんと、ご無沙汰です><
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