雨の日は猫を抱いて

雨猫 第30話 残ったもの、失くしたもの

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『・・・はあ? なんで倉田さんがぶっ倒れちゃうんですか。救急車呼んだ本人でしょ?』
沢村は電話の向こうで呆れた声を出した。

不覚だった。
仕事に遅れてしまう理由を、馬鹿正直にこいつに話すんじゃなかった、と、倉田は心底後悔した。
なぜ〈自分も気を失って、病院に一緒に運ばれた〉、などと言ってしまったのか。

「あのな、沢村。お前みたいな、心臓がプラスチックで出来てるような奴には、俺のように繊細な人間の気持ちは分からないんだよ!」
声が大きかったのか、病院ロビーの隅っこに立って携帯電話を掛けている倉田を見ながら、ナース服の看護師が苦笑いした。
倉田は一つ深呼吸したあと、声のトーンを落として再び沢村に話しかけた。

「分かんないんだよ、お前には。自分の手の中で・・・死なせてしまうんじゃないかって。
それが、どんなに怖いか。その緊張が、どんなんなのか。・・・あの子が息してなかったのは、ほんの短い時間だったんだろうけどさ、俺は・・・俺はさ・・・」
思いがけず声が震えた。
あの時の、どうしようもない恐ろしさが不意に蘇った。
光に満ちた、心地よい病院のロビーだというのに。

『分かりますよ』
沢村は、穏やかに返してきた。
『分かります。倉田さんってね、本当はめちゃくちゃ繊細でナイーブなんですよ。慎重で正直で。わがままで、臆病で』
「・・・なんか増えてないか? 余計なものが増えてないか? 褒めてないよな、それ」
『いいんですよ、それで。それが倉田さんですから。だから、僕、ここに居るんです』
沢村は、やんわり言った。

「は?」
『奇跡のような繊細な写真、撮る人だから』
「何の話だよ」
『倉田さんはさ、受賞作品以上のものが、なかなか撮れないって思ってるんだろうけど、そうじゃない。本気出すのが怖いんですよ。本気出して越えられなかったとき、本当に凹むから。
でもあの賞は、偶然の産物に与えられたものじゃない。倉田さんっていう才能に与えられたものです。そして、あの受賞作も偶然の産物じゃない。倉田さんにしか撮れなかった写真です』

倉田は、妙な方向に飛んだ沢村の言葉を理解しようと、まだ少し霞のかかった頭を巡らせた。
けれど、うまくいかない。
たしか自分は、遅刻の報告をしていたはずではなかったか。
『だから、オレ、倉田さんについて行きますから』
「・・・・・・」
『聞いてますか?』
「・・・聞いてるけどさ。その・・・電話で告白されても、困るんだけど」
『あ、じゃあ、そっち、行きましょうか?』
「来るな、ボケ」
沢村が電話の向こうで軽やかに笑った。

沢村とは、この後の仕事の連絡を幾つかサラッと流して、電話を切った。
沢村の信頼の言葉に浮かれたい気持ちもあったが、その裏に隠された難題も、しっかり受け止めていた。
それでもいつかは、あれを越える作品を撮らなければならない。
そういう事なのだ。
沢村の、優しさに似た手痛い励ましを受け止め、倉田はそれでもニンマリと笑った。

課題は山ほどある。だが、気分は悪くなかった。
程良い明るさの病院のロビーを抜けて、倉田は由希のいる病室に向かった。
ICUからすでに一般病室に移され、今は4人部屋の窓際のベッドに居る。

助かってくれた大切な命が、そこにあった。
倉田が病室に入ると、由希は待ちわびていたかのように、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


             ◇

病院に搬送されたあと、すぐに由希は自発呼吸を取り戻し、そして意識を回復させた。
意識の回復も、脳に後遺症が残らなかったのも、倉田の処置のお陰だと医師に言われたときには、正直嬉しかった。
けれど、由希があんな状態になってしまった原因と、そして一緒に搬送され、別の神経科病棟に移された由希の義母の症状を聞くに連れ、そんな高揚感はすぐに萎んでしまった。

由希はやはり熱により、極度の衰弱状態、そして脱水症状を起こしていたらしい。
そして、元々持っていた過換気症候群の症状が、その時の極度のストレスと熱で、心臓発作を併発したのだろうと、医師は言った。
その想像を絶するほどの心の不安の訳を、医師は知りたそうにしていたが、倉田は何も言わなかった。
言えるわけもなかった。
同時に搬送された由希の義母、38歳の高瀬希美子の重篤な症状を見れば、倉田が言わずとも、心療内科医の医師には、おおよそのことは分かるはずだった。

「また、助けてもらっちゃったね、倉田さんに」
病室の白い光の中で、ベッドの上に半身を起こして座り、由希はやんわり笑った。
けれど、心の底からの笑顔では無いことが、倉田には痛いほど感じられた。
「礼なんて要らないよ」
倉田はベッドに近づくと、丸椅子を寄せて、由希の傍に腰掛けた。

さり気なく病室を見渡すと、由希以外の患者は皆談話室にでも行っているのか、誰も居なかった。
ここは数日で退院してしまうような、比較的症状の軽い患者の病室なのだろう。
今なら少し、込み入った話が出来そうだ。
倉田は視線をスイと、由希に戻した。

「由希のお母さんは・・・いつからミィになったんだ?」
身構えていたのだろうか。由希の体が少し強ばった。
不安そうな目で、そっと倉田を見つめて来る。
「お礼の代わりってわけじゃないけど、良ければ、話してくれないか?」
威圧的にならないようにそう言うと、由希はほんの少し視線を漂わせたあと、小さく頷いた。

「父さんと、美衣さんが死んだ後からだよ。今から1年とちょっと前。父さんが僕と母さんを置いて出ていったのは2年前だけど、母さんはその時は気丈に振る舞ってて、僕を引き取りたいって言って、連れ子である僕の親権も取ってくれたし、仕事にも行ってたんだ。
でもね、やっぱり母さんは、父さんを待ってたんだよ。いつかまた、自分の所に帰ってきてくれると思ってたんだ。だから父さんと美衣さんが一緒に死んでしまった日、別人のように暴れて泣きわめいて・・・手首を切ろうとした。
僕は必死にそれを止めて、その晩はずっと、泣きじゃくっていた母さんを抱きしめてあげた。
でもね・・・だんだんと様子がおかしくなって行ったんだ。母さんの中に、別の人が居るような、そんな話し言葉になって。そして、・・・自分はミィなんだって言い始めた。
自分はミィだ。あんたの義母の体の中に入り込んだミィだ。死んで欲しくないなら・・・母親の人格を殺して欲しくなければ、いう事を聞け、って」

そこまでしゃべった後、急に力が抜けたように、由希はベッドに肩肘をついた。
点滴のボトルが揺れ、カチャリと乾いた音を立てる。
倉田は慌てて立ち上がり、由希の頭を抱えるようにしてその半身をベッドに横たえてやった。
そうしてやりながら、ジクジクした痛みを胸に感じたのは倉田の方だった。
これは自分などが聞くべき話ではないのかもしれないと。

「すまない。やめよう。ごめんな、まだしんどいのに、こんな話させて。俺・・・ちょっと、看護師さん呼んでくるわ。何かあったらすぐ呼べって言ってたし」
「待って、平気だから!」
病室を出ていこうとする倉田を、由希の声が止めた。

「ねえ、聞いて。聞いて欲しい。ここで止めたら、よけい苦しいよ。全部聞いて欲しい。お願い、倉田さん」



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~ Comment ~

 

いろんな意味ですまん(汗)
  • #7450 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.10/13 08:11 
  •  ▲EntryTop 

NoTitle 

由希の気持ち、わかります。
辛いことだけど、でも誰かに話を聞いてもらいたいんですよね。
でもそれは信頼した人間にしか話せない話で。
だから、信頼を持てるようになった倉田さんに話したいと思ってるんだ。
これでやって由希は苦しみから開放されるのかしら・・・?

沢村君の倉田さんを見る目がいい感じですね。
だいぶ、最初のころと印象が違ってきました。
これも由希と知り合うことによってやさしい気持ちを持てるようになった倉田さんの余波が沢村君に伝わったからでしょうか。

ポール・ブリッツさんへ 

またもや、ポールさんのコメが難解だ(汗)

西幻響子さんへ 

> でもそれは信頼した人間にしか話せない話で。
> だから、信頼を持てるようになった倉田さんに話したいと思ってるんだ。

由希の気持ち、わかってくださって嬉しいです。
由希、今までだれにも相談できなかったでしょうからね~。
こんなに関わって来たのは倉田だけだし・・・こいつしか、いないし(爆
いや、倉田の優しさを、きっと由希は理解したんでしょう。^^

> これでやって由希は苦しみから開放されるのかしら・・・?

あの義母は、それでも由希の大事な母親ですし・・・。苦しいと思います。
でも、由希はそれでも前向きに生きていくと思うのです・・。(あ、まとめに入っちゃった・汗)
まだまだ続きます^^

> 沢村君の倉田さんを見る目がいい感じですね。
> だいぶ、最初のころと印象が違ってきました。
> これも由希と知り合うことによってやさしい気持ちを持てるようになった倉田さんの余波が沢村君に伝わったからでしょうか。

えへ。沢村、今までは感情を表に出さない草食系青年でしたもんね。
今も、口調は恐ろしく淡々としてるはずです。(でも、けっこう情熱家だったりします)
倉田が、いい感じでアタフタしてるのが、嬉しいのかもしれません。

・・・沢村の番外ってのも、面白いかなと、ふと・・・。

NoTitle 

私も理解不能だけど ポールさんのコメに 何故か笑える~( *´艸`)クスクス

前回の私のコメ「由希の笑顔が再び 見れます様に」への 
limeさまの返事が「由希の笑顔…私も見たい…んですが…><」だったので
良くない方にばっかり 考えが行ってたの~~(´;д;`)ウッ・・

でも 生きてたぁ...( iдi ) ハウー 
意識もあった...(;´д`)ノはうぅ
ちゃんと喋ってる...(〃´o`)=3 フゥ
もうそれだけで 充分です(*´・д・)*´。_。)ゥミュ

あっでも 倉田には 由希の話しを 全部聞いてあげて欲しいです。
倉田 ビビって逃げなんじゃねぇぞ!(◎`・ω・´)σ you!

沢村の番外編~~!
コメ欄の返事で そんな事を書いちゃったら 期待しちゃうぞぉ♪
ヾ(≧▽≦)ノわくわく...byebye☆


 

けいったんさんへ 

> 前回の私のコメ「由希の笑顔が再び 見れます様に」への 
> limeさまの返事が「由希の笑顔…私も見たい…んですが…><」だったので
> 良くない方にばっかり 考えが行ってたの~~(´;д;`)ウッ・・

あはは、そんなこと書きましたっけか。ひどいやつですね~(爆
私のことだから、主人公でも、バッサリいっちゃいかねませんもんね^^;

でも、由希を心配してくださって、めちゃくちゃうれしいです。
作者冥利につきます。

> でも 生きてたぁ...( iдi ) ハウー 
> 意識もあった...(;´д`)ノはうぅ
> ちゃんと喋ってる...(〃´o`)=3 フゥ
> もうそれだけで 充分です(*´・д・)*´。_。)ゥミュ

わたしも、ここで由希に抜けられると、辛いです。
おっさんだけじゃ、絵柄的にも辛く・・・。(そういう問題じゃない?)

> あっでも 倉田には 由希の話しを 全部聞いてあげて欲しいです。
> 倉田 ビビって逃げなんじゃねぇぞ!(◎`・ω・´)σ you!

自分で訊いておきながら、逃げ腰ですよね、倉田。
これが、倉田です>< 性根が弱い。
逃げたら、けいったんさん、ヤキいれてください!

> 沢村の番外編~~!
> コメ欄の返事で そんな事を書いちゃったら 期待しちゃうぞぉ♪
> ヾ(≧▽≦)ノわくわく...byebye☆

わ~い、意外と沢村、人気でしょうか!
そんなこと言ったら、本当に書いちゃいますよ~。(クリスマス企画とか?)
でも、絵にならないかなあ、沢村。倉田をオプションでつけても、華やかさがないなあ・・・。
この事務所の行く末が心配!

NoTitle 

こう見ると、倉田が尖っていたころが懐かしい……
暴言好き暴君な倉田を忘れたりはしないよ、僕は――

最後の沢村成分のような気がしてならない。杞憂であればいいが(笑)
  • #7456 十二月一日 晩冬 
  • URL 
  • 2012.10/13 20:48 
  •  ▲EntryTop 

十二月一日 晩冬さんへ 

うん!
そこを攻められると、一番辛いですね。
いい人になりすぎました、倉田。
好意を持ったら、途端にこれです><

沢村を、いつも気にかけてくださって嬉しいです。
はははは。汗
沢村~、出番増やすかーーーーー??

NoTitle 

聞きたい!早く聞きたい!

NoTitle 

こんばんわ^^
わ~~~~(>_<)
やっと更新分読めたと思ったら
めちゃくちゃ気になるところで続きました(笑)
ミィは義母だったのですね
由希がかわいそう過ぎるけど
ちょっとミィに同情しちゃう自分も★
でも同情したくないんですが・・・
由希とミィがちょっと似てるからかなぁ(;O;)

kaziさんへ 

> 聞きたい!早く聞きたい!

わあ、ここまで読んでくださって、かたじけない!
ええ。聞いてやってください。
へっぽこ倉田の代わりに><

ななおんさんへ 

> こんばんわ^^
> わ~~~~(>_<)
> やっと更新分読めたと思ったら
> めちゃくちゃ気になるところで続きました(笑)

おお~、ななおんさんも、かたじけない!
ここまで、一気にーー。(かなりしんどい部分でしたよね><)
もう、読者を逃がさないために(w)いつもこんなところで止めてます。

> ちょっとミィに同情しちゃう自分も★
> でも同情したくないんですが・・・
> 由希とミィがちょっと似てるからかなぁ(;O;)

新鮮なご意見です! 
ミィに同情してくださって、驚きと感激。
本来、読者に疎まれていい存在なんですが、作者もちょとばかり、ミィが気になってたりもします。
弱くて弱くて、気持ちをぶつける相手が由希しかいなかった、寂しいオンナです><
由希にも、ちょっと似てるでしょうか。
3歳からずっと、親子でしたから(涙)

このあと、由希が、心の内を語ります。
倉田と一緒に聞いてやってください^^

あ、あと4話で完結なので、そのあとゆっくりでもいいですよ^^

こんばんは~~(^0^*)ノ 

とりあえず、良かったですo(^v^*)o
あ~~~ホッとした。
でもって、倉田氏の心も良い方向へ・・・
ため込んでいたものを吐露することによって
由希の心も解放されていくのでしょうね(^^*)
次回も楽しみです(^v^*)v-238

かじぺたさんへ 

かじぺたさんに、ホッとしてもらえてよかったです^^。
最悪の状況は脱したようです。

倉田、かなり丸くなっちゃたねと、各方面からダメだしもありましたが><
でも、根は悪い奴じゃないんですよね(ねって、誰に聞いてるのか)
由希と関わることで、倉田の中に、庇護欲に似たものが芽生えてきたのだと、思っていただけたらうれしいです。
そう!由希の心の解放。ここが重要で、難しいところなんですよね><
倉田、たのむよ~~。

あと4話。
まだまだ、大事なシーンが残っています。
もう少しだけ、ぜひぜひ、お付き合いください^^

プラスチックの心臓 

ああ、そうだったのですか。
意外でした。
重い話の中で、プラスチックの心臓、という言葉がちょっと息をつかせてくれて、笑いました。
鉄の心臓だったらよく聞くけど、プラスチックなのですね。軽くて丈夫なのですね。

ミィって、お母さんだろうとは思っていたのですよ。
でも、その母にこんなに複雑な事情があったとは。
好きな男の心を取り戻すために、その息子を引き取った。自分の子ではなくても自分が育てたのだから、母と息子の感情もあったのか。それ以外の、父親がからんでいない別の感情もあったのかな。そのあたりもからなり複雑にからまり合ってますね。

そうなると悪いのは、父親じゃないか。
とばかりも言いきれないのかもしれないけど、私としては由希くんのお父さんを無責任だと詰りたいです。

この由希くんの義母、彼女の心臓はなにでできてるんだろう。もとに戻るのでしょうか。なんだか哀れに思えます。

あかねさんへ 

うん、沢村は、鉄の心臓というより、プラスチックですね^^;
つるっとして、軽くて丈夫。
重いシーンのあとなので、軽いやり取りを入れてみました。(でも、ここのやり取りは、とても大事だったりします)

このミィ、小さすぎる人間で、臆病で、親になるのは度量が足りなかったところもありますが、
確かに由希に対しては、一時期深い愛情があったと思うのですよ。
その愛情は、『愛する人の血を引く子供』としてだったのかもしれませんが・・・。
このミィの心まで、きちんと描きたかったのですが、あまりにつかみどころのない、狂気を含んだ感情なので、察していただくだけにしようと思いました。(めちゃくちゃ、くどくなるし・・・)

どっちにしろ、まだ子供で、母親に愛されてた記憶のある由希にはつらいだろうな・・・。
そして、私も思うのですよ。諸悪の根源は、父親だなって。

私の知り合いのカメラマンの男性が、ある時再婚したんですよ。高校1年の息子がいたんですが。
その子を、マンションに一人住まいさせて、夫婦だけで新婚生活を始めちゃったんです。
それって・・・・・どうよ。
そう思ったのが、頭の隅にあったのかもしれません。
男の子って、強がっててもやっぱり、寂しがりやなんじゃないかな、なんて思います。

由希のほかに、ここにはもう一人、大きな子供が^^;

このミィ。心臓、何でできてるんでしょうね。まだ、あればいいんですが・・・><
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