雨の日は猫を抱いて

雨猫 第27話 失いかけているもの

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携帯電話のアラームが、遠くで小さく鳴っている。
いつもはすぐ側で鳴る目覚ましなのに。

不思議に思って飛び起きると、倉田はソファから転げ落ちた。
その弾みで自分が昨夜はリビングのソファで寝ていた事と、携帯電話はいつもの癖でベッドサイドテーブルに置いたままだった事を、やっとボンヤリ思い出した。

時刻はもちろん、アラームをセットした6時半だ。
こんな朝早くに由希を起こしてしまっただろうかと心配になり、倉田は隣の寝室をそっと覗いた。

けれど由希の姿は、どこにもなかった。
布団は慌てて飛び起きた時のようにくしゃくしゃだったが、パジャマだけは、きちんと畳まれてベッドの上に置いてあった。
充電コードに繋がれた携帯電話が、サイドテーブルの上に、開かれたまま転がっている。

「由希?」
倉田はにわかに不安になり、スヌーズで再びアラームを鳴らし始めた携帯を掴むと、玄関ドアに向かって走った。
やはり外へ出て行ったのだ。鍵は開いたままで、由希のスニーカーは無かった。
何故だろうと倉田は必死に頭を巡らした。
まだ体は辛いはずなのに、なぜ由希は帰ってしまったのだろうか。
この携帯で、どこかへ電話でも掛けたのだろうか。

発信履歴を見たが、その形跡はなかった。
ついでに着信履歴を見た瞬間、倉田の心臓が跳ねた。
3時56分に着信の記録があった。そして、それは通話済みになっている。

発信元の電話番号は、同じ市内の局番の、見知らぬ番号だ。
由希が他人の携帯電話の、更には見知らぬ番号の電話に出るとは到底思えない。由希の自宅の番号だとしか、倉田には考えられなかった。
母親が深夜に突然帰ってきて、所在の分らない由希を捜したのだろうか。
自宅の電話の最終発信履歴を見て、あるいは生徒手帳のページが開かれていて、そこに書かれた倉田の番号に掛けてきたのだろうか。
こんな深夜に?
だが、そう思うのが一番妥当と思われた。母親というものはこういう場合、不安になって子供を捜すものだろうし、何より由希は母親が大好きなのだ。
きっと由希はこの電話の音に起こされ、何気なく発信ナンバーを見たのだろう。
帰宅した母親からの電話だと知れば飛びつくし、すぐに帰りたいと思うに違いない。

けれど。
倉田は何故かザワザワと落ち着かないものを感じた。
子供をほったらかしにし、学校へ行っていない事も知らずに、長期間家を空けている母親。
それなのに、まるで小さな子供のように無心に母親を慕う少年。
その胸に散った無数の鮮やかなうっ血痕。

ふと泳がせた視線が、ライティングテーブルの上のメモ紙を見つけた。
メモパッドから一枚剥がしたその紙に、幼い筆跡があった。

《 倉田さん、いろいろありがとうございました。本当は、もっといろんな話がしたかった。
いろいろ聞いてほしかった。最初は怖かったけど、倉田さん、本当はとっても優しい人だと思うから。
さようなら。倉田さんに会えて、良かったです。 》

胸の中にあった砂粒を、更に激しく棒きれでかき回されたような苦しさだった。
まだ何も話をしていない。何もしてやっていない。
あの少年に何の義理があるわけでもないが、ひどく中途半端な気持ちがして、胸がスカスカした。

メモに残された、その優しい言葉の中に、最愛の母親の元へ帰る喜びは微塵も感じられなかった。
考えすぎだと分かっていても、倉田にはまるでその文章が、絞首刑になるために階段を登らされていく人間の言葉のように思えてならなかった。
いったい由希は、どこへ行こうと言うのだ。

早朝ではあったが、倉田は迷わず履歴に残っていたその番号へ発信した。
予想が外れ、良識のある由希の母親が電話に出たとしたら、平謝りに謝ればいい。

電話の向こうで呼び出しコールが延々と続いた。
留守電に切り替わるでもなく、早朝の電話を頑として無視するように、コールは空しく繰り返された。
誰も家に居ないのだろうか。そう思い始めた時だった。
突如途切れたコールは、想像もしていなかった奇声に変わった。

『ドロボウ! ドロボウ! ドロボウ! 由希を取りやがって。お前なんか、死んじまえ!』

鼓膜をつんざくような甲高くヒステリックな罵声にすくみ上がり、倉田は携帯を落としそうになった。
まるで常軌を逸し、精神を歪ませた人間の、地の底から吠えるような声。
自分に向けられたこんな暴言を聞いたのも初めてで、心臓がばくばくと鼓動し、やがてそれは猛烈な怒りに変わった。
すぐにその電話口の女に何か言い返そうと携帯を掴みなおしたが、すでに電話は切られた後だった。
再度かけ直したが、モジュラーケーブルを引き抜いたのか、もうコール音もしない。

---何なんだよ!
倉田は頭で考えるよりも早く立ち上がり、冷たい水で顔だけ洗い服を着替えると、マンションを飛び出した。
雨は夜中のうちに上がっていた。バス通りまで出ると倉田は、運良く流れてきた空車のタクシーを拾い、泉ヶ丘の由希の自宅の住所を告げた。
心臓の鼓動は落ち着いたが、それはじきに胃のむかつきと、頭の鈍痛に変わった。
電話の相手が誰なのか、いったい由希に何が起こっているのかを詮索するだけで、その鈍痛は増してくる。倉田は目の前のシートをつかみ、ストレスに弱い軟弱な自分の体質を呪った。

早朝から客が拾えたのが嬉しかったのか、中年のタクシーの運転手は軽快に話しかけてきた。
「泉ヶ丘って、あの緑地公園の近くでしょ? ニュース見ました? お客さん。例の高校生殺しの犯人、あそこのホームレスだったって。自首してきたそうですよ、昨晩。何だかもう、めちゃくちゃですよねえ。これから日本を背負う、夢も希望もある金の卵をさ、あんなホームレスなんかがさ・・・」
「運転手さん、・・・ごめん」

倉田は両手で頭を抱え込むようにして俯いた。
「悪いけど、頭が痛いんだ。静かにしてもらえるかな」
「ああ、すいません」
運転手は少し慌てたようにバックミラーを覗き、ひとつ肩をすくめると、それからはピタリと口を閉じた。


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~ Comment ~

NoTitle 

シロウさん、そう来たか。

ミイ、やっと尻尾を出したか。

倉田君、やっぱりニブチンかあ。

色々動きだしましたね。楽しみです。

NoTitle 

由希が居なくなったのは、心の何処かで 予想してたので やっぱりかと…

でも 掛けた電話に出た 相手の様子に~ il||li怖||´・д・)コワッ...il||li

由希の身に!
やだぁ~ 想像するだけで 胸騒ぎが ハンパないんですけど、私!
┣¨‡o(;-_-;)o┣¨‡

倉田!アンタ、ちゃんと 立ち向かえるの?
そうじゃなきゃ 承知しないんだからね~!
ソコノ(#`・ω・´)σ おっさんッッ!!!...byebye☆

しのぶもじずりさんへ 

> シロウさん、そう来たか。

はい。ちゃんと、沼田少年のことも、道連れにするつもりだと思います。
(でも、信じてもらえるのかが、心配です)

> ミイ、やっと尻尾を出したか。

やっとですね。長かった~。

> 倉田君、やっぱりニブチンかあ。

ニブチンですねーーー。変に良識ぶってるから、物語がなかなか進まないんです。
ぜんぶ、倉田のせいです><

> 色々動きだしましたね。楽しみです。

本当に、展開がゆっくりで申し訳ない。(きっとブログじゃなかったら、この倍はあれこれ書き添えたと思います。グッと我慢して、これでした・・・。
もうちょっとです。お付き合いください。

けいったんさんへ 

> 由希が居なくなったのは、心の何処かで 予想してたので やっぱりかと…

あ(*゚Д゚*) やっぱりっすか!

> でも 掛けた電話に出た 相手の様子に~ il||li怖||´・д・)コワッ...il||li

怒ってますねえ~~~~。最高に怒ってますねえ、ミィ><

> 由希の身に!
> やだぁ~ 想像するだけで 胸騒ぎが ハンパないんですけど、私!
> ┣¨‡o(;-_-;)o┣¨‡

ドキドキしてくださって嬉しいです。
作者も、ヒヤヒヤです。この間、いったいなにが起こってるのかって。
想像するのが怖い・・・。(作者だろ)

> 倉田!アンタ、ちゃんと 立ち向かえるの?
> そうじゃなきゃ 承知しないんだからね~!

ですよね!ですよね! しかし。・・・・・倉田ですから><
でも、けいったんさんにお仕置きされないために、本人頑張るでしょう。
・・・いや、うん。頑張ってくれるはず。
間に合いさえすれば。

NoTitle 

これ、もうクライマックス間近って感じだ。沢村は当面出番なさそうだなあー
何だか久しぶりに雨が止んだ気分です、そんな経っていないのにww
――というかあの書置き、どうみても……ああ、フラグにしかww

  • #7354 十二月一日 晩冬 
  • URL 
  • 2012.10/01 21:39 
  •  ▲EntryTop 

十二月一日 晩冬さんへ 

> これ、もうクライマックス間近って感じだ。沢村は当面出番なさそうだなあー

おお、そんな感じ、わかりますか。(あと7話もあるのにここでクライマックス感を出す・笑)
沢村。大丈夫。まだ出てきます。
てゆうか、晩冬さんだけですよね。沢村を気にかけてくださるのは(爆

> 何だか久しぶりに雨が止んだ気分です、そんな経っていないのにww

いいところに気がつかれましたね!
ここも、雨を降らせたかったんですが、事情(都合)があって、やめました。
後で、「ああ、そうか」と、ばれてしまいますね、きっと。

> ――というかあの書置き、どうみても……ああ、フラグにしかww

よかった~。あの由希の書き置き、「え、普通のお礼の手紙じゃん」と、思われちゃうかなと思ったんですが、
伝わって嬉しいです。
文章って、その時のテンションで、随分取られ方が変わりますもんね。
(だから、メールって、怖い><)

NoTitle 

いきなりそれはひどいんじゃないかと思ったんですが……。
ですが……仕方ないかもしれませんね……。

るるさんへ 

こんばんは~。
るるさん、どこのどれを言ってるのわかりにくいけど、きっと突然帰っちゃった由希のことですよね。
ん? それとも、ミィの電話かな?

いや、やっぱり由希ですよね。

電話がかかってきちゃったらもう、帰るしかないですよね、由希・・・。
かわいそうだけど・・・(見捨てる作者)

 

いよいよクライマックスですか。

どきどきします(^_^)

いい意味で読者を裏切ってくれると最高です。
  • #7363 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.10/02 17:16 
  •  ▲EntryTop 

ポール・ブリッツさんへ 

> いよいよクライマックスですか。
> どきどきします(^_^)

次回はまだ、前段階ですが、いよいよ行きます。
ドキドキしてくださるとうれしいです^^

> いい意味で読者を裏切ってくれると最高です。

いやはや。これはね、最後の最後まで読んでくだされば、私の意図がわかるはずです。
それまでは、ぐっとこらえて読んでやってください!!(まだ7話もありますし^^)

NoTitle 

いいですねー
トントントンと勢いよく階段を駆け上がっているようで気持ち良いです。
ついに、みぃ登場ですね。

この記事が更新されているのはもちろん知っていたのですが、部屋の中がわちゃわちゃしていたので、読まずに一度帰ったのですよ。
もちろん切手騒動によるものです^^
そして本日落ち着いた状態で、改めて読みにまいりました。

倉田との関係がばれてしまった由希は閉じ込められてしまいそうですね。
来てよかった。
次回が楽しみです!

NoTitle 

こんにちは、私のブログへのご訪問ありがとうございました。
沢山の小説のラインナップに驚きました。
limeさんに比べると私などはまだまだ駆け出しです。
また勉強させてもらいに参ります。

ごろちゃんさんへ 

そう言っていただけて、すっごくうれしいです。
なかなか展開しませんでしたからね^^

でも、これがブログ小説じゃなくて、一冊の本にするからというコンセプトで作ったら、きっとこの倍はいろんな描写を詰め込んだと思います。
ブログ用に、余分なものを削って削って作る作業が、なかなか難しいです。

ごろちゃんさん、今、めちゃくちゃ忙しい時なのに、来てくださってうれしいです。
でも、コメントは本当に、時間のあるときでいいですからね。
(皆様のコメントが、生きがいではありますが^^)

さて。
由希。・・・どんな状況になってしまってるのか。
作者もドキドキです。
次回は、ご対面までもうちょっと引っ張りますが、ミィの正体がわかるはずです。
また、ゆっくりと来てやってください^^

城ケ崎孤高さんへ 

ご訪問、ありがとうございます。
始めてコミュニティというのに参加したので、珍しくていろいろ見させてもらっていました。
こっそりおじゃまして申し訳ありません^^
私も4年目になり、作品は随分増えてきましたが、まだまだです。
ジャンルは違うかもしれませんが、お互い楽しく執筆していけたらいいですね。

出た!ミィが出てきた!! 

ミィが本性曝け出してきましたね。。。
謎の人物ミィの正体がやっと明らかになってくるのですね^^

由希の置き手紙、何かを決心したような書置き。
倉田のおっちゃんの活躍に期待^^

ほらっ!おっちゃん早く行かんと由希に痣が増えちゃう…
痣だけならまだしも・・・

sarahさんへ(2) 

はい、ここでやっとミィの登場です。
きっと、半分位の読者さんは、すでに正体に気づいてるんだろうと思うのですが。
それでも、行きますよ~w

この辺から物語のクライマックスに入っていくのですが。
さて、倉田は活躍するのか・・・。

と、すべて読み終わったsarahさんに語るのがちょっと、こっぱずかしいですが><汗

ミィ? 

ずいぶんとよそ見ばかりしていて、こちらが途中だったので戻ってきました。
よそ見しすぎて内容を忘れてしまいそうだったのですが、前回は印象的なタイトルの「血色の花」まで読んでいたのですよね。
そうそう、思い出してきました。
なんとか彫りという、興奮するとあらわれるタトゥ。

またまた話はそれますが、最近、大阪市内だとは思えないような田舎(住所は田舎ではないのですが)を歩いていますと、彫り物師の店を発見しました。
なんだかこう、ミステリアスというか背徳的というか退廃的というか、未知の世界ですので、外を歩くだけでどきどきしました。

刺青の写真なんかも飾ってあって、というそれだけの話なんですけどね。

で、ミィの正体を勝手に推理してみていたのも思い出しました。
やっぱりそうなのかな。
だとしたら、それもかなり背徳的、退廃的かも。
おっと、勝手に先走ってはいけませんので、limeさんが用意なさったミィの真実の正体を楽しみにしています。

あかねさんへ 

ああ~、そうでしたか。
あかねさんはここを読んでくださってたのですよね。
いや、思い出してくださってうれしいです。
長いですし、ゆっくりと読んでやってください。

忘れちゃいますよね^^;以前のこと。
でも、きっとぼちぼち、読むうちに思い出されるはずです。

おおお、彫物師の店ですか。大阪にはありそうですね。どのへんでしょうか。
市内でも、すごい雰囲気のところありますもんね。
どのへんかなあ。歩いてみたいな。
ものすごくね、そう言った雰囲気の場所を歩いてると、物語にしたくなりません?
思いっきりハードな、高村薫さんの小説のような。ぐわ~~っと妄想してしまうのです。
新今宮に昔、職場がありまして。あの辺もハードだったなあ・・・。

でも彫師って、それ自体は認可されているのでしょうか。
あれを芸術と見るのか、違法行為と見るのか。
そのグレーゾーンがまた、大阪らしいですね。

ミィの正体はきっと、次回でわかります。
そしてその次あたりが・・・。早くもクライマックス?
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