雨の日は猫を抱いて

雨猫 第26話 血色の花

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食欲の無さそうな由希に何とか食事をとらせ、常備薬の解熱剤を飲ませた後、倉田は寝室にある自分のベッドを貸してやった。
かなり大きいが倉田のパジャマを出してやると、由希は申し訳なさそうに礼を言い、それに着替えた後すぐにベッドに横になった。
さっきまで帰ると言ってゴネていた少年とは思えないほど、素直に倉田に従う。
きっとそれ程、体が辛いのだろうと倉田は思った。

「熱がまた上がってきたんじゃないか? 測ってみろよ」
「いいよ、どっちだって。あとは寝るだけだもん」
「まあ、な」
少し赤い頬をして笑う由希の額に、倉田は巾着型の氷嚢をそっと置いてやった。
不安定な氷嚢に添えてきた少年の手は、少女のそれのように白く華奢で、頼りなさげだった。
手だけでなく、大体においてこの少年は、すべての造形が規格外だ。

最初電車で初めて見たときには、本当にどっちかわからなかったもんな、と倉田は由希を見下ろした。
あの時の情景が再び倉田の脳裏をよぎる。
そういえば。
それ以前にも、そんな感覚に陥ったことがあったような気がした。
その感覚の向こうに、かすかな疼きがある。
既視感。それとも自分の幼い頃の記憶か。
けれど曖昧なその感覚は、思い出そうとすると更に霞んで消えていくのだ。
もしかしたら、自分は初めて見たとき、すでにこの少年に何らかの感情を持っていたのかもしれない。

それは、小さい、小さい、敵意に似た・・・。そんなことが、あるはずもないのに。

いつの間にか閉じていた目を開いて、由希がベッドサイドに立っている倉田を見上げていた。
困ったようにその目を細めてクスリと笑う。
「そうやって睨まれてたら、気になって眠れない」
「睨んでなんかないよ。ちょっと考え事してただけだ。・・・さ。俺も、風呂入って、さっさと寝るわ」
「ベッド取っちゃってごめんなさい。どこで寝るの?」
「そんなもん。床でもソファでも、どこでだって寝れる。枕が変わったり、見つめられると眠れないような繊細さは持ち合わせてないもんでね」

由希は2度ゆっくり瞬きして微笑んだ後、目だけで倉田の寝室を見渡した。
クローゼットとキャビネットと、ライティングデスクそしてベッド。
6畳の小さな部屋に、窮屈に押し込まれてはいるが、一応はそれなりに片づいてはいる、と倉田は思っていた。

「倉田さんって、何やってる人?」
部屋を出ていこうと背を向けた倉田に、由希が気だるそうな声で訊いてきた。
「そうだな、写真撮って、食ってる」
「カメラマン?」
「まあ、恥ずかしながら名刺にはそう書いてある」
「でも、写真とか、飾ってないんだね」
「飾れるほど立派な写真、撮れてないんでね」
「プロなのに?」
「ほっとけ。早く寝ろ」
倉田がワザと不機嫌な声を出すと、由希はイタズラっぽく笑いながら、掛け布団を頭まですっぽりとかぶった。
そして、その下からくぐもった声で、「いいの撮れたら、今度見せてね」と呟いた。
何気ないはずの由希の言葉が、倉田には妙に嬉しかった。
“こんど”という、緩い約束の言葉に、甘い安心感があった。

パラパラと、カーテンの向こうにガラスを叩く雨の音がする。
安普請のマンションは、外からの音に寛大だ。
「雨と風、強くなりそうだな。あした出勤前に、お前送って行こうと思ったけど、こんな天気だし、明日はずっと一日寝てていいぞ。食いもんは何か用意しといてやるから。バイト先には、早めに電話しとけよ」
「・・・うん」
掛け布団の下から、眠そうな返事が返ってきた。
「前から訊こうと思ってたんだけどさ、お前なんで学校行かなくなったんだ? 何か学校でトラぶったのか? 金の心配はないんだろ? バイトなんかより、学校行ってたほうが楽だろうに」

ふと、沸き上がってきた疑問を口にしてみたが、もう返事は返って来なかった。
そっと布団を捲ると、由希は氷嚢を頭の横に落とし、小さな寝息を立てていた。
まるで小学生のような、あどけない寝顔に、倉田は思わず笑ってしまった。
まあ、いい。
そんな込み入った話をするほど、こいつとは親しくなれていない。
倉田はずり落ちた氷嚢を由希の額にそっと乗せると、足音を忍ばせて寝室を出た。
「さてと・・・」
すぐにもシャワーを浴びたかったが、倉田にはもう一つ、シロウから頼まれた仕事があった。
チャトラの死骸を埋葬すること。雨も強まっていたが、これだけは後回しに出来ない。
倉田は由希を起こさないようにそっと支度をし、公園へ向かった。
全ての工程を終えてマンションに戻ったのはそれから2時間後だった。
     

シャワーで冷えた体を温め一息ついた後、倉田は気になって、もう一度寝室を覗いてみた。
熱が下がりかけているのだろう。
由希は布団を剥ぎ、汗でぐっしょりパジャマを濡らしたまま、寝息をたてていた。
このままでは体が冷えてしまう。
倉田は替えのパジャマと乾いたタオルを持ってきて由希の傍らに腰掛けた。

一人っ子で、年下の子供の世話などしたことが無かった倉田は、起こしはしないだろうかと気を配りながら、不慣れな手つきで由希のパジャマのボタンを外していった。

こういう場合、ちゃんと濡れた服を着替えさせた方がいいという一般常識は、もちろんあった。
けれど、自分が母親にそうやって介抱された記憶はない。
父親が家にいるときは、母親は仕事と称して外泊していたし、父親が長期出張の時も、母の関心は、もっぱら自分の仕事と、倉田の見知らぬ男に注がれていた。
あれは確か小学校5、6年の頃。
熱を出し、濡れたままのパジャマの冷たさに震えながらも、母を呼べなかった夜。隣のリビングから聞こえてくる、見知らぬ男と母親の笑い声を聞きながら必死に目を閉じて眠ろうとした耐えがたい時間。
子供の愛し方など知らない女だったのだと、倉田は改めて思う。
自分は、あの母親を今でも憎んでいるのだろうか。
それとも、もう諦めて、許してしまったのだろうか。

「・・・あれ?」

倉田は小さく声を出した。
パジャマのボタンを外して露わになった少年の上半身には、その白い肌に浮かび上がるように赤いアザがいくつも散っていた。
何かのアレルギーだろうか。それとも、虫さされだろうか。
けれど、不規則な花びらのようなそのアザは、どう見ても鬱血した痕に見えた。

首の付け根、胸、脇腹、そして下腹の方まで続く、おびただしい数の血色の花。
倉田はそのアザと、あどけなく眠る少年の表情を見比べながら、ゆっくり首を振った。
まさかな。

自分の奇妙な勘ぐりを笑いながら、倉田は手早く由希の体をタオルでそっと拭き、乾いたパジャマを着せてやった。


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~ Comment ~

NoTitle 

さて、面白くなってきやがった(by次元)

kaziさんへ 

次元、ありがとう(笑

はい! 次回から、更に盛り上げていきます。じわじわ核心にせまります!
ついに、ミィが・・・。

NoTitle 

あっ、見っかちゃった!
倉田も 「まさか!」と、そう思うでしょd(≧ω≦)ネッネッ

所が、
由希の家では 夜な夜な 怪猫みぃが現れ 由希の体を…
もう これ以上は 言えねぇ~~( ̄≠ ̄:)クチチャック♪

倉田は 由希が抱える もう 一つの悩める問題を 解決できるのでしょうか!?
次回 乞うご期待~~(してるからね♪)v(≧∇≦)v イェェ~イ♪...byebye☆

NoTitle 

下腹にも……マニアックすぎる(笑)
倉田がそっちの方だったら、このシーンはエグかったことになりますね(汗)


茶トラに合掌

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NoTitle 

倉田も決して楽しい幼少期を過ごしたわけではなさそうですね。

この二人、どこか通じるものがあって、いつしか知らず知らずのうちに惹かれあっていたのかもしれませんね。

NoTitle 

このタイトルを付けてしまったlimeさん。
ムフフ、悪い人ですねー^^

由希だけは、どれだけ汗をかいても無臭の気がしますね。
実際の高校生男子の汗なんて、異臭騒ぎですが(笑)

 

なにがまさかじゃ!

早く児童相談所を呼べ!

由希は絶対許してくれないと思うけど(^_^;)
  • #7329 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.09/27 16:30 
  •  ▲EntryTop 

けいったんさんへ 

> あっ、見っかちゃった!
> 倉田も 「まさか!」と、そう思うでしょd(≧ω≦)ネッネッ

みちゃいました~~。でも、薄いリアクションでしたね。
(本当に虫刺されとおもってたら、玉城並みです・汗)

> 所が、
> 由希の家では 夜な夜な 怪猫みぃが現れ 由希の体を…
> もう これ以上は 言えねぇ~~( ̄≠ ̄:)クチチャック♪

ええ、もう、コミックだったらR-20でっせ・汗

> 倉田は 由希が抱える もう 一つの悩める問題を 解決できるのでしょうか!?

さあ~~~。どうなんでしょうね。シロウの時も、結局なにもしてない倉田ですから^^;
でも、もう倉田しかいない! つらいね。
次回から、じわじわ引きずり込みます。ついてきてください。

晩冬さんへ 

> 下腹にも……マニアックすぎる(笑)
> 倉田がそっちの方だったら、このシーンはエグかったことになりますね(汗)

倉田がノーマル&鈍感男でよかったです。R、入るところでした。(ぎりぎりな感じが、実は好きな作者)

> 茶トラに合掌

本当、ごめんよ、チャトラ。出番少なくて・・・。

鍵コメSさんへ 

ありがとうございます~。

ああ、もう、お恥ずかしい。また誤字ら~。
何回も校正してこれだもん。
また見つけたら、よろしくです。

ヒロハルさんへ 

> 倉田も決して楽しい幼少期を過ごしたわけではなさそうですね。

そうみたいですね。愛情に飢えてるというか、さびしかったというか・・・。
キレやすいのは、そのせいかも。

> この二人、どこか通じるものがあって、いつしか知らず知らずのうちに惹かれあっていたのかもしれませんね。

倉田のほうは、そうかもしれませんね。
由希も、だんだん倉田に敵意を向けなくなってきたし。
いいお友達になれるかも(年の差が・・・)

ごろちゃんさんへ 

> このタイトルを付けてしまったlimeさん。
> ムフフ、悪い人ですねー^^

もう、これは、こうでしょう(笑)
倉田の反応が薄いのが、無念!

> 由希だけは、どれだけ汗をかいても無臭の気がしますね。
> 実際の高校生男子の汗なんて、異臭騒ぎですが(笑)

ええ、もう、わかりますw
異臭騒ぎって~~(*>艸<) 笑
ええ、もちろん、わかりますw
由希はちょっと、男性ホルモン薄いのかもしれませんね。(作者の陰謀・・・)

ポール・ブリッツさんへ 

> なにがまさかじゃ!

ほんと、ごもっとも(笑
本当に虫刺されと思ったんなら、玉城以下!

> 早く児童相談所を呼べ!

でもほら、キスマークだと気づいても、由希の年頃なら、あり得るかな・・とか、大人は思うもんなんでしょうね。
激しすぎる彼女だなあ・・・とか^^;

> 由希は絶対許してくれないと思うけど(^_^;)

どっちにしても、倉田は今、由希に嫌われたくないモードに入っちゃいましたから・・・。役立たずです><
でも、事態は激しく動きます。次回から・・・。

こんばんは(^0^*)ノ 

ミィ、許すマジ!!!
誰だかわかんないけど!!!

倉田ちゃん、
頑張れ!!!

かじぺたさんへ 

かじぺたさん、倉田に力強い応援、ありがとうございます~~^^

あの、不甲斐ない倉田に。なんて優しい。

そうですね。ミィは、許しがたいです><

次回から、少しずつ片鱗を表します! ミィ。

拍手鍵コメNさんへ 

わくわくしてくださって、うれしいです。
今回、タイトルがちょい意味深でしたかね^^

>由季に対する倉田の思いが無骨だけど素直で、私が倉田より年上だったら目が離せなくて色々かまってしまいそう、、と思っちゃいましたw 

おお。新しい意見、ありがとうございます。
登場時の倉田も、やっぱり倉田なので、幼稚な部分があるのは否めませんか^^;
基本的に、愛されたい、愛したい欲求が、大きい男なんだと思います。

大きな子供みたいなやつなんで、Nさん、付き合ったら苦労するかも。
でも、倉田は大喜びですよおお^^

このあと、由希の事情に迫ります。
深い、深い部分に、じわじわ突入です。
お付き合いくださいね^^

倉田さん 

不器用だけど優しいひとなのかなぁ。
嗜虐心だとも言ってますが、そんな部分もあり、優しい部分もアリ、なんですかね?
それとも、相手が由希くんだからでしょうか。
由希くんは特別で、倉田さんの心のどこかに触れるのでしょうか。

血色の花……ふむ、ものすごく想像をかきたてるサブタイトルですよね。
前にも書いたような気がしますが、limeさんがつけてらっしゃるサブタイトルは、ほんと、かっこいいです。
タイトルをつけるのが上手なのも、すごい才能だなぁ。

興奮するとあらわれる刺青っていうのがあるそうですよね。
官能小説なんかで、そういったシーンになって、抱いている相手の(私はBLで読んだので、想像が美少年になりますが)身体にぽーっと浮かび上がってくる極彩色の絵……う、色っぽ~い。

とかいうのを想像しました。不謹慎ですみません。

あかねさんへ 

> 由希くんは特別で、倉田さんの心のどこかに触れるのでしょうか。

倉田、ここまでは自分で言ってるほど嫌な奴じゃなさそうな感じ・・・かな。
でも最初の登場時の意地悪さは、ちょっと度を越えてるような気がしますよね^^;
何か、あるのかもしれません。
倉田も気づかなかった事実。じわじわ、出てくるはずです。

> 血色の花……ふむ、ものすごく想像をかきたてるサブタイトルですよね。

サブタイトル、気に入ってもらえてうれしいです。
ここはちょっと、意味ありげ過ぎかな、と思ったんですが、タイトルは印象的な方がいいですもんね。
やっぱりタイトルを付けるのは好きです。
最近は、タイトルが先に決まっていて、それに当てはめてストーリーを組み立てている傾向があります。
このメインタイトル「雨猫」もそうですし。
でもサブタイトルは、毎回のことなので、うっかり前にほかの作品で使ったのとダブルこともあったり^^;
ボキャブラリーを増やさなきゃ、って思います><

> 興奮するとあらわれる刺青っていうのがあるそうですよね。
> 官能小説なんかで、そういったシーンになって、抱いている相手の(私はBLで読んだので、想像が美少年になりますが)身体にぽーっと浮かび上がってくる極彩色の絵……う、色っぽ~い。

うおお、それはなかなか色っぽい。実際にそういう刺青があるんでしょうか。
なんか、そそられますね。
そりゃあ、相手はおっさんよりも、美少年のほうがいい^^
胸に真紅の牡丹とか。・・・きれいだろうなあ。
絵に描きたいかも。あ、でも公開できない(笑)
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