雨の日は猫を抱いて

雨猫 第25話 偽り

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ポツポツとまばらだった雨は、倉田のマンションに辿り着く頃、本降りになった。
傘を借りるだけだからね、と渋々付いてきた由希をリビングに上げ、熱を測ると38度7分あった。
倉田は由希をソファに座らせたまま、自分はキッチンに行き、湯を沸かしながら由希に声を掛けた。

「家に帰ってもひとりなんだろ? なんか少し食って解熱剤飲んで、朝まで寝るといい」
「明日朝からバイトだし、帰ります」
「アホか。休め、そんなもん。こんなに熱あるのに」
「でも」
「だいたい何で由希は学校サボってバイトしてんだよ。この前会ったお前のお母さん、お前が学校に行ってるもんだと思ってたぞ? 学校は辞めたわけじゃないんだろ? サボってること親に隠してんのか? ・・・いや、そもそも、なんでお前の親はいつも不在なんだよ。高校生のガキ置いて」
そう言いながら倉田がキッチンから戻ってくると、由希は少し怒ったような目で、倉田を見上げた。

「ほっといてください。人の家のことなんか」
いつの間にか、また余所余所しい敬語混じりの言葉に戻っている。
倉田は何か釈然としない思いで少年を見、自分もその横に座った。
「あのな、このまま高熱のお前を1人住まいの家に帰したら、俺は気になってぐっすり眠れない。それにシロウさんとも約束したんだよ。“あんじょう”しなきゃ、なんないんだよ」

逆に由希を睨むように威圧的にそう言うと、由希は少しばかり不安そうな目になり、暗い窓の方に顔を向けた。
シロウのことをまた考えて、胸を痛めてるのだろうかとも思ったが、それなら尚更、今夜は1人にしておきたくなかった。

「ごめんなさい。僕が頼ってしまったから、迷惑かけちゃったんですよね。でも倉田さんはそんな責任感じることは、何もないですから」
「ほんと可愛くないな、お前は。迷惑とか責任とか、そんなんじゃないだろ? 1人じゃあ、具合悪いとき寂しいだろうから泊まって行けって言ってるだけだろ?」
「1人じゃないですから」
「猫はほっとけよ。明日エサやればいいだろ」
「ミィは猫じゃないです」
由希は眉間に皺を寄せたが、目は相変わらず窓の外の闇に向けられたままだ。
排他的な敬語が、倉田の神経にカチンと来る。
「猫でも犬でもカメでも金魚でも、何だっていいよ。そいつがお前の看病してくれるのか? 優しくしてくれるのか? そうじゃないだろ?」

不意に由希が振り返り、驚くほど幼い表情で倉田を見た。
一瞬倉田は、なにか変なことを言ったかと思い返したが、思い当たらない。
「とにかくさ、・・・俺は由希が俺を頼ってくれて嬉しかったんだ。昔から他人に無関心で、役に立とうとか思ったことも、頼られたことも無かったしさ。頼られるって、こんなに嬉しいもんなんだって初めて知ったよ。結局まあ、・・・なんの役にも立っちゃいないんだけどさ」
「・・・」
「でもさあ。変だよな、お前。俺のこと怖かったんだろ? 何で俺に電話してきた? 天敵だったんじゃないのか?」
由希はやっと少し表情を緩め、自分の手を見るように視線を降ろした。

「この前の夜、助けてくれたし。それから、わざわざ生徒手帳、返しに来てくれたし」
「ああ、そんなことか」
「ごめんな、って」
「ん?」
「手帳に、ごめんなって書いたでしょ」
「ああ・・・まあ」
「優しい人なんだと思った」

ケトルがお湯の沸騰を知らせて、けたたましく鳴り始めた。
倉田は小走りにキッチンへ行き、火を止めた。
妙に胸の中がざわついて居心地が悪かったのは、決して由希の言葉に照れくさかったからでは無かった。
それはハッキリ分かる。
倉田はさっき脱いで椅子の背にかけたジャケットの所まで戻ると、無言でポケットからデジカメを取りだし、中のデータすべてを消去した。

シロウが、殺された鳩を土に埋めている画像だ。
そこに、倉田自身の醜さが映っていた。
きっと何らかの殺人事件に関わっているだろうシロウが、ニュースにもなった鳩の死骸を埋めている画像。
マスコミはきっと、そんな写真を喜ぶのだ。
もしもシロウの事件が明るみに出れば、それに週刊誌は破格の値段をつけてくる。
そのデータこそ、倉田が“写真の威力”を、まだそんなふうに使おうと思っていたという、醜さの証なのだ。

由希を初めて見たときの感情も、重なるように沸き上がってきた。

あの時。この、“幸せに育ったであろう”少年の小さな犯罪を見たとき、自分の中にあったのは正義感などではなかった。
嗜虐心。他に、言い表すことができない。
さっき沼田少年をいたぶっていた奴らと、何ら変わらない。沼田少年がホームレスに向けた感情と、何も変わらない。
たまたま、イライラをぶつけるのに、おあつらえ向き標的が目の前にいた。
あの時自分の中にあったのは、目の前の少年をただ虐めてやりたいという何とも醜悪で残酷な感情だったのだ。

「俺はさ・・・酷いやつなんだ」
倉田が呟くと、由希は窓の外に向けていた視線を倉田に移した。そして、じっと静かに倉田を見つめる。

「俺は優しくなんか無い。冷たい人間なんだ。由希にも酷いことをいっぱいしたと思う。だから・・・何か、償いがしたかったんだ。ごめんな、押しつけがましくて。これだって由希からしたら、いい迷惑だよな。俺の、ただの自己満足なんだよ。自分に言い訳をしたかっただけなのかもしれない。俺だって、良いとこあるんだって」
情けなさが、奇妙な笑いになって口元に貼り付いた。
16歳の子供に、30男が何の泣き言なんだ、と。
ソファから由希の静かな視線をずっと感じていたが、倉田はあえて顔をそむけ、キッチンへ戻って冷蔵庫を開けた。

「ごめんな。帰りたいなら、送っていくよ。でも、ここで何か食って、薬飲んでからにしろよ。な? 昨日作ったシチューがあるんだ。白い奴。そんなんだったら食欲なくても食えるだろ? それから明日はバイト休めよ。もし薬で熱が下がっても、そいつは体が誤魔化されてるだけで、治ってる訳じゃないんだからな。過信してバイトなんか行ったら、ぶり返してぶっ倒れるぞ。あ、風呂はやめとけ。それから、汗かいたらすぐに着替えろ。それから・・・・」
「倉田さん」
「ん?」

冷蔵庫からシチューの入った手鍋を取りだしながらソファの方を見ると、由希がやや熱で潤んだ目をして、まだじっと倉田を見ていた。
頬が少し赤い。また熱が上がったのかと倉田は不安になった。
「しんどいのか? 横になってろ」
「ねえ、倉田さん。・・・帰らなくても平気だよね」
由希が小さく呟いた。

「あ・・・ああ。そりゃ、大丈夫だよ。どうせお前1人住まいだから無断外泊ってわけでもないし。一応、俺も、ちゃんとした社会人だし。・・・こんなんだけどな」
倉田は笑った。
それにつられるように由希もやわらかく笑った。

安堵なのか、高揚感なのか。
子供の頃、雨に濡れた子猫を拾って、そっと部屋に連れ帰った時に似た、胸を熱くさせる何かが、倉田の中に満ちていった。


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~ Comment ~

NoTitle 

死亡フラグ。
なんて無粋な言葉が浮かんだ(笑)
この倉田の図は登場時を考えると、ありえないですね。人生を絶賛猛省中と言うのでしょうか、ただただプライドもへったくれもないカミングアウトに、弱さを感じると同時に、それ以上に優しさと強さを感じました。

それにしても雨の日に抱かれる猫は--まさかね。

晩冬さんへ 

> 死亡フラグ。
ん。この段階でそれを感じるとは! むむ。

>この倉田の図は登場時を考えると、ありえないですね。人生を絶賛猛省中と言うのでしょうか、ただただプライドもへったくれもないカミングアウトに、弱さを感じると同時に、それ以上に優しさと強さを感じました。

そうですよね。
ここはちょっと、豹変しすぎなような気もしますが。
イライラしているときと、そうでないときって、人間本当に別人な態度をとってしまうような気がします。
とにかく今、倉田は由希に嫌われたくない心境みたいです^^
そんな倉田の優しさ、そしてプライドを捨てられる強さを感じてもらえてうれしいです。

プライドを捨てられるって、ある意味、強さなのかもしれませんよね。
弱い人ほど、勘違いのプライドにすがるっていうか。

>それにしても雨の日に抱かれる猫は--まさかね。

ははは。そっちに行っちゃったら、ヤバイですが(爆

さて。抱かれる猫は、どこにいるのか・・・。

NoTitle 

由希と出会い 関わりを持ってから 日増しに いい人になりつつある倉田
只今 倉田”好感度アップ作戦”実施中~♪って、ことなの? 
by私 キモッ( ;¬_)ジーーーッ → ( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ♪ by倉田

由希の何が 倉田の琴線に触れたのでしょうね。
両親不在で 無登校で バイトで生活を遣り繰りしている家庭環境
年の離れたホームレスを友と呼ぶ 由希の内面

それとも…
由希の 気丈に振る舞いながらも あまりにも 心許ない雰囲気に 倉田の奥底に隠れてた庇護欲が、目覚めたのでしょうか!
Σ-=≡(|li゜Д゜ノ)ノギャァー!...byebye☆

けいったんさんへ 

倉田、最初の登場がひどかったから、何やってもキモッになっちゃいますねえ(爆
でも、確かにこの変わりようは大きい。
せっかくつかんだ友人を、手放したくないって感じかな? それにしちゃあ、小さな友人ですが^^;

> 由希の何が 倉田の琴線に触れたのでしょうね。
> 両親不在で 無登校で バイトで生活を遣り繰りしている家庭環境
> 年の離れたホームレスを友と呼ぶ 由希の内面

そうですよねえ。ここが問題ですよね。なんでだろ(回答がなかったら、怒られるかな・汗)
でも、由希を見て、「幸せに育った子ども」と感じたところも大きいんでしょうね。
実際そうじゃないって、わかって、親近感とか。
まあ、倉田の考えることですから(おい、作者)

> それとも…
> 由希の 気丈に振る舞いながらも あまりにも 心許ない雰囲気に 倉田の奥底に隠れてた庇護欲が、目覚めたのでしょうか!
> Σ-=≡(|li゜Д゜ノ)ノギャァー!...byebye☆

ふふふ。それは大きいかも。
由希には、庇護欲をかきたてる何かがあるのか・・・。

きっと、そのどれもが正解だと思いますが、作者から、もう一振り、スパイスを用意します。
最後にちょっとだけ。

NoTitle 

小説としてとても難しい部分ですね。
楽をしようと思ったらいくらでも楽が出来てしまう部分で、しっかりと伏線はっとかないと伝わりにくいと思います。
とても苦労が見える部分ですね(^_^;)この後が楽しみです!!!

ちなみにダイエットがうまくいきません(笑)

kaziさんへ 

恐れ入ります。
ラストへ向けての、入口ですからね^^。
読者様には、ちょっと退屈かもしれませんが、作者には省けないシーンで。
この後、倉田という男を知ってもらうためにも大事な部分です。
でも、地味な会話シーンって、好きなんだけど、中だるみさせちゃうんですねえ。

でも、このあとじわじわと、ラストスパートに入ります。
書きながら、具合悪くなったシーンとか・・・あります><

ダイエットは、進まなくなってからが、本番ですよ~~。
でも、無理しないように^^
塩分を控えると、いいみたいですよ。

 

意味深なサブタイトルだなあ……。
  • #7313 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.09/25 11:07 
  •  ▲EntryTop 

ポール・ブリッツさんへ 

おかしいですよね、このタイトル。
倉田は、今までにないほど、素直になってるのに^^;

NoTitle 

そういえば、捨て猫で思い出しましたが、私の家族は全員捨て犬・捨て猫を拾って飼っていたというかなりの豪快な家族でしたね。。。姉は3匹、母親は2匹、父親は3匹、私は1匹拾いました。全て、飼って寿命を真っ当したか、貰い手を捜して飼っていただいたというなかなかな家族です。

私ごとですが、連載終了しました。
今まで読んでいただきありがとうございます!!
次回作もよろしくお願いします。
  • #7319 LandM(才条 蓮) 
  • URL 
  • 2012.09/26 21:28 
  •  ▲EntryTop 

LandM(才条 蓮)さんへ 

素敵なご家族ですね!
最高です^^
猫ちゃんもワンちゃんも、きっとご家族に感謝されてますよ^^

連載、お疲れ様でした。
10月からさっそく新連載ですね。
また、寄せてもらいます。
いつもコメント、ありがとうございます。

NoTitle 

limeさん。
こんばんは♪
シロウさんは結局自首したのかしら?
強い者が弱い者を叩く、
今も昔もそこだけは変わらないのですねぇ。
悪しき行いですよね?
でも、必然的に私たちが他者と共存してるこの世界は、
弱者と強者があり、
社会での、家庭での、プライベートでの、
そういった場面を、
そうひどい事にならずに、またならないように、
うまい事あれこれかわして、生きていってるのだと思います。

そうできない人たちの、
そうできなかった人たちのお話なのかな?

倉田の、由希に対する、
~しなさい、~しちゃだめだ・・・は、
さやいち的には、
ドリフの『風呂入れよ!』『歯ぁ、磨けよ!』みたいで、
ちょっと笑ってしまいましたよ☆

心情深い場面にそのような事を想ってしまって、
すみません(;´∀`)

さやいちさんへ 

> limeさん。
> こんばんは♪
> シロウさんは結局自首したのかしら?

はい。最後に詳細が出てきますが、シロウはあのまま自主しました。
沼田のことも話し、沼田も事情聴取されることになります。


そうですね、このお話は、強いものが弱いものを叩く、というのではなく、
弱い者同士の、悲しい殺し合い・・という部分を描きたかったのです。
沼田はもちろん、弱い人間です。
でも、それに耐えられず、更に弱い者に刃を向けて自分を誇示しようとした、愚か者。(これが現代のいじめの構図だとおもいます)
シロウも、とても弱い人間。
でも、自分たち落語者に対するプライドは強く持っています。
だから、そのプライドを守り、怒りをぶつけるために、あんな弱い高校生たちに復讐した愚か者です。
弱者、心が弱いゆえに起こしてしまった、悲しい連鎖を描きたかったのです。

> 倉田の、由希に対する、
> ~しなさい、~しちゃだめだ・・・は、
> さやいち的には、
> ドリフの『風呂入れよ!』『歯ぁ、磨けよ!』みたいで、
> ちょっと笑ってしまいましたよ☆
>
> 心情深い場面にそのような事を想ってしまって、
> すみません(;´∀`)

ふふふ。いいのですよ。それこそ、作者の狙いです。
倉田と由希の、何気ない、幼稚なやりとりを笑って、ほっこりしてください^^

しんどい展開が多いですからね。
少しでも和んでもらえたらうれしいです^^

こんばんは^^ 

倉田のおっちゃんの心境の変化・・・

やっぱり由希には人を引き付ける何かがある。。。

倉田のおっちゃんの心の奥に眠ってたものを引き出した由希。

ん~、、、なおさら由希に会ってみたくなりました^^

ほんとは女の子なんじゃないの?
とか思ってしまうほど色気が漂ってきます^^

ちょっと、、、このあと変な想像しちゃった(//∇//)
シロウさんの時のこともあるし・・・
いや、違うだろう・・・な・・・
とか、妄想を掻き立てて
次いかせていただきます^^

sarahさんへ(1) 

うわ~い、sarahさん、たくさんのコメありがとうございます!
まさか、深夜に全部読んでくださるなんて。
そしてていねいなコメ、本当にうれしいです。
私もいっこいっこ、ちゃんと返しますよ~^^

> 倉田のおっちゃんの心の奥に眠ってたものを引き出した由希。
>
> ん~、、、なおさら由希に会ってみたくなりました^^
>
> ほんとは女の子なんじゃないの?
> とか思ってしまうほど色気が漂ってきます^^

ふふ。由希、女の子疑惑は、けっこう言われましたね。
こんな中性的な子を一度、描いてみたかった私の願望です^^
うん、倉田もなんとなく、由希に惹かれてきてるようですね。
こんな子、実際にいたら、あぶなっかしいですよね><

> ちょっと、、、このあと変な想像しちゃった(//∇//)
> シロウさんの時のこともあるし・・・
> いや、違うだろう・・・な・・・

そう、けっこう行動が危なっかしい子ですもんね。
本人は、幼児のように甘えてるだけなんだけども。
いろんな妄想を働かせてください!!^^
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