雨の日は猫を抱いて

雨猫 第21話 コール

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翌日。
その日はあいにくの悪天候となり、フォトストックの撮影はホリゾントスタジオで行うことになった。
「天気にも見放されてるなあ、俺」
EOS1Dのファインダーを覗きながら倉田はポツリと呟いた。
白ホリの前では、クリスマス用の紅白ワンピースを着た新人モデルが、少し緊張気味に椅子に座っている。

「今日のはスタジオの方がいいですよ。サンタのワンピですもん。青空じゃ似合いませんって」
沢村がレフ版をモデルの子に当てながら返してきた。
「まあね。女の子はいいんだけど、このあとの犬のカットがね。・・・あ、ねえ君、もうちょっと自然な感じで笑ってね」
「すみません」
倉田の声にモデルは小さく首をすくめ、やはりぎこちない笑顔を浮かべた。
手に持っていた水色の風船が、その子の頬にポンポンと当たる。

季節もののストックフォト撮影の時、モデルに持たせる小道具は自由なのだが、沢村がヒョイと持たせてみた水色の風船は女の子の肌をくすませた。
「だめっすね」
「悪いな。ハレーション起こすから外してくれ」
いつになく柔らかい口調の倉田に、沢村は少し調子を狂わされたような表情をして頷いた。

「それからさあ」
「はい?」
「彼女、どうしたら笑うと思う?」
沢村は再び怪訝な顔をした。そんなことを訊かれるのも初めての事だった。
いつもはただ、モデルエージェンシーの質の悪さに文句を言い、その上で、硬い表情のモデルの一瞬の“よさげな表情”を奇跡的にカメラに収めてしまうのが倉田だった。

沢村が答えを探しているその時、スタジオマンの一人が声をあげた。
「あ! すみません。そっちに行っちゃいました」
同時にフワフワした白い大きな綿毛が、モデルの足元に転がり出て、もぞもぞ動きながらキュンキュンと鳴いた。
モデルのあとで撮影しようとしていたビションフリーゼという、ちょっと珍しい綿毛犬だ。
スタジオマンにお守りをさせていたのだが、まんまと逃げられたらしい。

その瞬間、モデルの女の子の顔が、鮮やかに輝いた。
倉田はすかさずファインダーを覗き、沢村がレフ版を固定する間も待たず、カシャカシャとシャッターを切った。
きょとんとこちらを向くモデルに、倉田は笑いかけた。
「犬、好き?」
「・・・はい」
「抱っこしていいよ。君、すっごくいい笑顔だった」
モデルの頬が、バラ色に再び輝いた。

「いいんですか? ビションフリーゼですよ? これ、クリスマスカットなんだけど」
横から沢村が言ったが、倉田は楽しそうに子犬を抱え上げたモデルを夢中で撮った。
「いいよ。使えないって言われたら、また撮り直すさ。いい笑顔なんだよ。ほら、光!」
沢村は慌ててライトとレフ版を調節する。
手を動かしながらモデルと倉田を交互に見、やがてジワジワと可笑しそうに口角を上げた。

「嘘がつけないんだと思います」
「あ?」
「倉田さんの写真って」
「・・・」
「好きなんですよ」
ファインダーを覗きながら倉田は無言でシャッターを切っていく。
「やっぱり僕、倉田さんの傍がいいです」
「沢村」
「はい」
「やっぱレフ版要らないわ。それ持って、向こう行って。部屋のいちばん隅っこ」
「ええー? なんすか、それ」
沢村はむくれた声を作って後ろに下がったが、倉田に向ける視線は喜々としていた。

何よりも倉田自身がそれを感じていた。痛いほどに。
倉田を信頼し続けたいと願う、沢村の視線。それは励みでもあり、重荷でもあった。
沢村が好きだと言った写真。
あの受賞作品を越える写真を、自分は未だに撮れずにいる。
しかし、だからあの写真が嫌いなのではなかった。
もっとそれは心象的に情けない、惨めったらしい理由なのだ。

とにかく、あれを越える写真を撮らなければ自分はこの状況を抜け出せない気がした。
もう5年も胸の底にくすぶり続けているあの写真を、今度こそすっかり忘れ去ってしまうために。

      ◇

撮影がすっかり片づいたのは、夜9時を回った頃だった。
モデル事務所にビションフリーゼを返しに行って貰うため、沢村は一足早くスタジオを出ていた。

雨はひとまず止んでいたが11月後半の夜気はピンと張って冷たく、倉田はジャケットの衿を立てて駅へ向かった。
何となく今日はいつもより疲れが心地良い。
次回から撮影時にはいつも犬を一匹連れてこようか、などとくだらないことを思いながら何気なくショルダーバッグに目をやると、それを待っていたかのように携帯のランプが光り、着信のベルが鳴リ始めた。
発信元を確認したが、知らない番号だ。携帯からではない。

「はい?」
「倉田さん・・・」
なんとも心細そうな、消え入りそうな声だった。倉田は足を止め、ぐっと携帯を強く耳に押し当てた。
「由希? 由希か?」
声がうわずった。何故か鼓動が早くなる。電話の向こうから息苦しくなるような波動が伝わってくる。

「どうした?」
「シロウさんが、いない」
「え?」
「シロウさん、いないんだ。チャトラが殺されてて。シロウさんの布団の上に。あいつなんだ。あいつが・・・だから」
「由希、落ち着いてしゃべろ。何言ってんのか分からない」
「シロウさん、きっとあいつを捜しに行ったんだ。また殺すつもりなんだ。ねえ、どうしよう」
「由希・・・」
「もうイヤなのに。誰も死んで欲しくないのに・・・」

由希の悲痛な声とその言葉が、倉田の思考を凍りつかせた。



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~ Comment ~

NoTitle 

急展開きた(・∀・)
タイトル通り(笑)
まさか、まさか、まさかの連続。
まさかのソフト倉田
まさかのコール
まさかのチャトラ……


そろそろ沢村には「なんだか大丈夫ですか、倉田さん」と言ってくれることを期待(笑)

NoTitle 

雨の日に猫を抱く!!
不良の定番ですね!!
・・・ってそれとは違いますね。
雨と猫はそれだけで哀愁を漂わせますね。

晩冬さんへ 

しまった。タイトル、まんまだ(笑)

沢村、実は倉田フリークだったのか。
突っ込んでほしかったんだけど・・・。悩

こっから一気に、事件の真相がわかってきます。
読者に推理してもらう時間もなく・・・。

LandMさんへ 

> 雨の日に猫を抱く!!
> 不良の定番ですね!!

え?そうなんですか。知らなかった(笑

雨の日に猫を抱くと、肌が毛だらけになっちゃうんですよね^^

物語にも哀愁、漂ってくれるとうれしいです。

NoTitle 

快調に進んだ撮影
倉田の中で 何かが剥がれ落ち 何かが甦った!?

って、何かって 何でしょね…純粋に撮りたい気持ち? (*⌒∇⌒*)テヘ♪

由希からのSOS!
倉田、逃げんじゃねぇぞ~真正面から 受け止めてやれよ~!
。・(゚つÅ・`)ノ【HELP!!】...byebye☆



NoTitle 

今回はほのぼのと…と思ったところでいいタイミングの電話!
って、limeさんが仕込んでいるのですが(笑)

由希って、ここに来てもまだ女の子の雰囲気を匂わせますね。
雨が似合う子だからかしら。
楽しくなってきました^^

毎回読んでますよーーー!!(笑) 

倉田氏の心に温かいものが芽生えだして
というか、忘れてただけなのかな。
自分の心の中に元々あった温もれる火種を・・・
読みながら目が潤んじゃいました・・・・

と、そこに急展開!!!
やだやだやだーーーーー!!!
どうなっちゃうんだろう!!!
いやーーーー!!どうにかしてあげてええ!!!

けいったんさんへ 

> 倉田の中で 何かが剥がれ落ち 何かが甦った!?
>
> って、何かって 何でしょね…純粋に撮りたい気持ち? (*⌒∇⌒*)テヘ♪

これが倉田を変えた!・・・っていうシーンがなかったですよね(汗
でも、じわじわと倉田は、自分の中にある「ほんのわずかなw」情熱と優しさを取り戻したのかも。
・・・でも、やさしい倉田なんて、ちょっとつまんな~い(作者談)

> 由希からのSOS!
> 倉田、逃げんじゃねぇぞ~真正面から 受け止めてやれよ~!
> 。・(゚つÅ・`)ノ【HELP!!】...byebye☆

きました!SOS!
ええもう、倉田は実は舞い上がってますよ。
大丈夫かなあ・・・。
私のキャラは、肝心なところで役に立たないのが多かったから(笑

稲葉とか、玉城とか・・・><

ごろちゃんさんへ 

> 今回はほのぼのと…と思ったところでいいタイミングの電話!
> って、limeさんが仕込んでいるのですが(笑)

え。なぜそれを。(笑)
ほのぼので終わらせてはいけないような気が、いつもしていまして。(悪い癖です)
ここから、ちょっとスピードアップです。

> 由希って、ここに来てもまだ女の子の雰囲気を匂わせますね。
> 雨が似合う子だからかしら。

やっぱりですか。言葉の感じでしょうか。特に意図してはいないんですが。

でも、実はそれも、ちょっと重要ポイントかもしれません^^

かじぺたさんへ 

う、うれしいです~!

> 倉田氏の心に温かいものが芽生えだして
> というか、忘れてただけなのかな。
> 自分の心の中に元々あった温もれる火種を・・・
> 読みながら目が潤んじゃいました・・・・

最初は、どんなひどい奴だといった感じの倉田でしたが^^
弱い犬が、吠えるのと一緒で、弱くてさびしいオッチャンだったのかも。倉田氏。
かじぺたさんのウルウルゲットで、私も泣きそうです><

> と、そこに急展開!!!

はい。やっと走り出します!

> やだやだやだーーーーー!!!
> どうなっちゃうんだろう!!!
> いやーーーー!!どうにかしてあげてええ!!!

応援ありがとうございます!
どうにかしたい! でも、あのオッサン・・いや、倉田は役に立ってくれるでしょうか。
せっかく由希が頼ったんだから、なんとかしたいですよね。
とにかく、GO!です!

 

ふふふその手は食わん。まだ結末までは三分の一以上残っているから、まだどうなるかわからん。(被害者的妄想(笑))
  • #7149 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.09/07 22:04 
  •  ▲EntryTop 

ポール・ブリッツさんへ 

ふふふ・・・って><

まったくもう、疑り深い。ちゃんと急展開しますからー。
「え、そこまで話すの?」的な。

でもまだ、三分の一ですもんね。( ̄ー ̄)

NoTitle 

冗談抜きに小説として面白く描いてると思います。
どんどん勝手に想像が膨らんで、やっとというか由希とか倉田の顔が浮かんできた。
やっぱりすべては、「心」だと思う。
行動からなのか、心からなのかは始まりはわからないけど、結局生きるというこは、心があって行動していくことに変わっていくのだと思える作品です。
少し、気が晴れましたぁ(#^.^#)

kaziさんへ 

> 冗談抜きに小説として面白く描いてると思います。
> どんどん勝手に想像が膨らんで、やっとというか由希とか倉田の顔が浮かんできた。

そういってもらえるとうれしいです。
作者の中にある人物像、存在感を、読者に伝えるのは、本当に技術が必要なのだと最近特に思います。
作者には、それが成功しているのかわからないので、孤独な創作でもあります。

すべては心から始まる。
これがkaziさんの見つけた答えですね^^

私も、何よりも心が大事だと思います。
ミステリーにしても、心のないパズルゲームは、その辺に転がした玩具と同じで、響かないです。
私のは、まだまだ作品と呼べるレベルでもないですが、なんとか心を感じてもらえるように、頑張りたいです。

NoTitle 

急展開……だと。
ここにきてですか。
さすがっ――。

るるさんへ 

そう、やっとです。
ちょっとのんびりしすぎました^^
でも、まだまだ急展開は続くのであった・・・です。

拍手鍵コメNさんへ 

Nさん。
今回も、深いコメありがとうございました。
倉田の変化をNさんなりに感じ取ってくださったのが、嬉しかったです。

>物を作る人は過去に作った自分の作品を越えるために苦悩したり懐かしんだり再認識したりして作品を作っていってる気持ちが伝わりました。

過去の作品って、どうしても気になりますよね。
私など、アマチュアですが、最初に書いた作品への思い入れは、なかなか超えられないんじゃないかとか、そんな不安がいつもよぎります。
倉田はプロだし、比べ物にならない焦りがあるような気がします。

>自分も過去のタッチのほうが良いな~と昔の作品を引っ張りだしたりしますが、やはり自分の今の感じが大事なので前よりも見ないように、昔にひっぱられないようにしています。

Nさんでもそんなことが!
でもきっと、現在法がいろんな面で、上達しているんだと思いますよ。
確かに、過去に引っ張られないようにしなきゃいけないですよね。
常に前へ!

・・・な、かんじで、倉田にも頑張ってほしいです^^;

このあと、事件の真相が明らかになってきます。
でも、まだまだ、問題は山積みです><
応援してやってくださいね><

NoTitle 

あ~!!
今からご飯支度しようと思ったのに(^_^;)

この急展開!!

次っ!!

sarahさんへ 

おお、それはもうしわけない!(笑)

毎回、次を読んでもらえるように、ずるいところで終わらせています。
これが、ブログ小説なんでしょうね。

いや、まずはご飯、食べてください!

NoTitle 

すみません、なんか色々とバタバタしてて久々に読みました(汗)
倉田のおっさん、ノリノリな感じですねー!誰かと何か通じ合えるっていいですよね。そういった出来事ってすべての見方を変えさせるというか・・・。
それにしても結構単純なおっさんだなぁと(笑)いえ、そういう人の方が好きなんですが(笑)

なのに、なんとぉぉぉ!!
チャトラをっ!!にゃんこをっ!!!よくもっっ!!!
って私まで熱くなってる場合じゃないんですが(汗)
それにしても酷い(涙)
でもこの言い方からするとやっぱりシロウさんが殺しちゃったんでしょうかね。。。一人目の高校生・・・。
  • #11886 ぐりーんすぷらうと 
  • URL 
  • 2014.03/17 23:37 
  •  ▲EntryTop 

ぐりーんすぷらうとさんへ 

いえいえ、また読みに来ていただいて、すっごくうれしいです。
でもどうぞ、読めなくても気になさらないでくださいね^^

そうなんです。
ちょっと倉田のおっさん、緩んできたようですよね。そして、ぐりさん鋭い!
倉田のおっさんの単純さを見抜きましたね!(笑)
短気でイラチでしょうもないけど、単純なところがまだ可愛げがあるかな?
ひねくれてしまったけど、根は悪い奴じゃないかも・・・とか。作者の贔屓目かな。
でも、おバカですから、このあとも罵ってやってください(笑)

うう、この猫の事、書いていて胸が痛みましたが、ここは外せませんでしたね。
はい、物語は、暗部に突入です。そして事件の核心へ。
シロウさんのやってしまったことと、その動機。まだ登場していない高校生。いっきに噴出です。

でも、この事件自体は、物語の中の中核ではありません。
その奥に広がる由希や倉田の本当の物語。どうぞ、ゆっくり見てやってくださいね^^
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