雨の日は猫を抱いて

雨猫 第20話 途中下車

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その15分後、倉田は由希の自宅の前に立っていた。
シロウの言葉に弾き出されるようにあの公園を飛び出し、気がついたら息を切らせて門扉の前に居た。
別に由希に何か緊急な事態があったわけでも、予感がしたわけでもないというのに。
古くからある住宅地に、その古い小さな一軒家は夕暮れの中、ひっそりと佇んでいるだけだ。

シロウや由希の話からすると、普段由希は一人でここに居るらしい。
片親で、そして母親は仕事の都合で別居なのだろう。
シロウは母親などいないと言っていたが、実際その母親を目にしている倉田は、シロウの思い込みなのだと確信していた。
母親はいる。
けれどそれならば、高校へ行く金がないと言うのはどういう状況なのだろうか。
確かに私立高校に通うには公立より金がかかるのだろうが、そのために母親は働きに出ているのではないのか。

倉田は躊躇いがちにインターホンを押した。
由希はバイトから帰っているのだろうか。何の用だと不審がられたら、手帳の返却を理由にすればいい。
シロウの言葉に感化されたのか、由希の体調が心配だったのか。
それとも、出会った日に自分がした酷い仕打ちを、ちゃんと謝りたかったのか。
いや、本当は、ただ顔を見たかっただけなのかもしれない。

インターホンの音は空しく消え、何度押しても誰かが反応する気配は無かった。
住宅街を照らす夕映えはオレンジで美しかったが、カサカサと隣家のケヤキの葉を揺する風はヒンヤリと冷たく、寂しげな匂いがした。
倉田はふと2階の窓を見た。
黒いカーテンの奥から何となく視線を感じた気がしたが、カーテンは揺れることもなくピタリと外界を遮断して閉じられている。

やがて倉田はひとつため息をつき、地面に目を落とした。
結局は何と言うこともない。
自分という男は毒にも薬にもならない。
自分は少年を威圧し、脅かし、一定期間この手帳を奪っていただけの頭のイカレタ男だった。

倉田はポケットから臙脂の生徒手帳を取り出し、一番最後のメモページにボールペンで『ごめんな』、と先ず書いた。
そして『何かあったら力になるから』と付け加え、その下に自分の携帯番号を記した後、郵便受けに滑り込ませた。
クルリと背を向け、駅へ向かう。

意味のない出会いだったと思う。シロウのことも、由希のことも分からないまま、由希を助けてくれと言うシロウの願いも聞いてやれず、きっと自分は明日になればいつもの日常に戻り、温かみのない写真を細々と撮るのだ。
無意味な途中下車ももう終わりだ。
何か掴めそうな気がしていたのはきっと気のせいだった。

倉田はポケットに手を突っ込んで駅へと急いだ。
ふと何か失くした気が一瞬したが、さっきまで指先で弄んでいた生徒手帳なのだと気づき、情けない笑いを浮かべた。
ほんの小さな繋がりが無くなった。それだけの事だった。

          ◇

「あなたには本当、呆れるわね。厚顔無恥っていうのか、無神経っていうのか」
「ほっといてくれ」
そう言うなり、美しい塗りのテーブルに突っ伏した倉田を、ナオミは肩をすくめて見下ろした。

結局、倉田は再び家とは反対方向の電車に乗り、飲みに行く訳でもなく、ふらりと“亜利沙の占いの館”に来てしまったのだ。
二度も「さよなら」を言われた、元恋人の元へ。
「何かあったの? 龍平」
ナオミはオーガンジーのベールを頭から外し、首を振って長い髪を整えた。
性懲りもなく現れた昔の男に掛ける言葉が、ほんの少し柔らかなものに変わった。

「30分、5000円払った。だから客扱いしてくれ。30分だけ昔のことは忘れてくれ。頼む」
テーブルに突っ伏したまま、くぐもった声で倉田は言う。
ナオミは少しばかり呆れた目でじっと倉田を見つめた後、ゆっくりその頭に両手を伸ばした。
スイと指を髪に差し入れて倉田の頭を抱え、ゆっくり持ち上げるように力を入れた。
「分かりました、お客さん。でもテーブルを塞がないでね。カード占いができなくなっちゃう。さあ、起きて。顔を見せて」

懐かしいナオミの指の感触だ。
倉田は促されるままに顔を上げ、体を起こし、素直に正面からナオミを見つめた。
倉田に向けたナオミの瞳が、優しげに笑っていた。
今まで見たどれとも違う、包み込むような眼差しだった。
不意に倉田の鼻の奥がツンとした。まさかと思って、首を振る。
けれどじわりと視界が曇って、歪んだ。

「お名前を聞かせて下さいますか?」
「倉田・・・龍平」
ボンヤリと倉田が言うと、ナオミはふわりと笑った。
細くしなやかな指が流れるように動き、テーブルにカードを並べていく。
倉田はそれを、やはりボンヤリと見つめていた。
一瞬自分が泣くのではないかという訳の分からない恐怖が収まり、少し落ち着いてきた。

BGMも何もない静寂の中で、ナオミの指先がカードを2枚、ゆっくりと捲った。
倉田には意味の分からない絵札が現れる。
「あなた、何か失くしましたか」
ナオミの心地よい声が耳から染み込んでくる。今日の香の匂いは、嫌ではなかった。

「いいや。失くして困るようなものは、元々何もないから」
「そうなの?」
「ああ。何もない。仕事の技術も納得行かないし、何でも話せるような友人も居ないし、恋人にも3年前に逃げられたし。他人に何かをしてあげられる人徳も度量も持ってないし。なんもない」
倉田は、抑揚を付けず平坦な口調でそう言うと、椅子の背に体を預けて目を伏せた。
「俺の元恋人は賢かったよ。早くにそれに気付いてた。別れて正解だった」
ナオミはそれには答えず、もう一枚、正面のカードを静かに捲った。

「月のカード、逆位置。ああ・・・。あなた、頼られてるのを分かってない」
「え?」
「自分の存在理由を否定したら、何も産まない。誰も救えない。あなたは“その子”を見捨てるの?」
倉田はポカンとナオミを見つめた。

「前、そんなこと言ったか?」
「タロットは時と共に変化する、あなたの〈今〉を映し出すの」
「俺の今?」
「そうよ」
「なんでそんな事がわかるんだ?」
「なんでそんな事も分からないと思う占い師の所へ来たの?」
「占いなんか、そもそも信じてない」
「あなたって、本当にひどい」
ナオミは弾けるように笑い出した。
テーブルに伏せるほどにひとしきり笑った後、体を起こしたナオミの目尻に涙が浮かんでいた。
「泣くほど笑うなよ。酷い奴だと思ったから俺と別れたんだろう? 頼むから、追い打ちを掛けないでくれ」
倉田が拗ねたように横を向くと、まだクスクスと笑いながらナオミは指先で涙を拭った。
「あなたはもっと早くにそうやって自分をさらけ出すべきだったわね。男は弱みを見せちゃいけないって、誰かに教わったの?」
倉田はそこに懐かしく心地よい音色を感じ、再びナオミの目を見つめた。

「失うものは何もないって思うことは悪い事じゃないわ。でもあなたは空っぽじゃない。そしてあなたを必要としてる人間は必ず居る。〈その時〉が来たら、真っ直ぐにその事に向き合ってね。逃げないで」

ナオミはそう言うと優しく微笑み、倉田の手のひらに最後に捲ったカードを一枚、握らせた。
胸に月を抱く、無垢な表情の少年がそこに居た。

30分の時を知らせる銀の大きな砂時計が、そこで静かに動きを止めた。


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~ Comment ~

タイトルから 

またストーカー始めるのかと思っていたけど、なるほど、ぶらぶらぶらり途中下車でしたか。

ナオミ姉さん、イカしている。
弱って参りまくっている倉田への一線を保ちながらの包容力。プロですな(笑)

ナオミ姉さんと倉田坊やのズルズルと尾ヒレが淡く残る3年前、初々しくなさそうな彼らの初デートとかアナザー・ストーリーほしいです。

ああ!! 

お願い!!倉田さん!!!由希を助けてあげて!!!

晩冬さんへ 

本当に、倉田は坊やって感じですよね^^;

この年上ナオミ姉さんには、逆立ちしたってかないそうにありません。
なんで、ナオミは倉田と付き合おうと思ったんでしょうね。

>ナオミ姉さんと倉田坊やのズルズルと尾ヒレが淡く残る3年前、初々しくなさそうな彼らの初デートとかアナザー・ストーリーほしいです。

うれしいですね。
いいですねえ~、アナザ・ストーリー。
ああ、でも、倉田に人気がないので、読者がついてくれなさそうで><

かじぺたさんへ 

かじぺたさん、読んでくださってたのですね。うれしいです^^

そうなんです。倉田。ここで帰っちゃう!!
なんで?って感じです。
でも、それが倉田龍平・・・。

でも、いつかきっと!

NoTitle 

書こうと思った事を全て ナオミさんに言われちゃったなぁ~(*-∀-)ゞ

今は その時では無いかもしれない
でも 由希が手を差し伸ばした時には、しっかりと 向き合って欲しいな!

前回の(しっとり)コメを お褒めに預かり 照れる~~(〃_ 〃)ゞ ポリポリ
時々 熱にうかされた(?)様に書くことがあるので その時は宜しく~♪
─━─━─━─⊂ 駅 ⊃...シクシク(TΩT)ボォ-...─━─━─━─...byebye☆

NoTitle 

じれじれの展開ですね。
ナオミ姉さんがいてくれて良かった。
次はだれが動くんだろう。

続きを楽しみにしています。

NoTitle 

倉田・・・・・・仕事しろよ。

けいったんさんへ 

> 書こうと思った事を全て ナオミさんに言われちゃったなぁ~(*-∀-)ゞ

読者さんの気持ちを代弁してくれたのかもしれませんね。ナオミ。
ちょっと優しすぎるけど^^
倉田には、鞭より飴なのかも。

> 今は その時では無いかもしれない
> でも 由希が手を差し伸ばした時には、しっかりと 向き合って欲しいな!

きっとね、その時はきますよ。うん。(その時役に立つのか!倉田)

熱に浮かされたけいったんさんのしっとりコメも好物ですよ^^
でも、大暴走のコメも大好き。
お。この列車はどこへ行く・・・。

しのぶもじずりさんへ 

なかなか先へ進みませんよね^^
じわじわ~~っと行きますよ~~。

本当はこの裏側で、いろいろ事件は進んでいるのです。
表に出てきたら、たぶん一気に・・・。

ヒロハルさんへ 

この日は、休日なので~~w
(まだ、あの日の続きなのです)

次回はちゃんと仕事する予定です♪

 

デウスエクスマキナ的に春樹が登場してなし崩しに真相が明らかになって完(笑)

……冗談です(^_^;)
  • #7128 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.09/04 10:59 
  •  ▲EntryTop 

ポール・ブリッツさんへ 

デウスエクスマ・・・って、なんですか。
また知らない言葉が・・・。

春樹は危険ですね。ぜんぶわかっちゃう~。^^

 

デウス・エクス・マキナは、ラテン語で「機械仕掛けの神」のこと。

物語の収拾がつかなくなったりしたときに、なんの伏線もなく突然現れて、ムチャクチャ強い力でその場の混乱を全部無理やり収めてしまう存在。

例を挙げると、
「なんて強い怪獣なんだ。防衛軍が知恵と力を出し切っても倒せないぞ」
「だめだこのままでは地球人類の滅亡だ!」
「あっ、ウルトラマンだ!」
の、ウルトラマンに当たる存在(笑)
  • #7130 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.09/04 18:50 
  •  ▲EntryTop 

ポール・ブリッツさんへ 

なるほど!
詳しい説明をありがとうございました。

そうか、ウルトラマンが・・・。(円谷さんに怒られないかな^^;)

でも、それでしっかりと丸く収めてしまうのが、プロなのかも。(ほんとか!)

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメyさんへ 

yさん、こんにちは。

こちらこそ、いつもありがとうございます。
長く通ってもらえて、とってもうれしいです。
私もyさんの記事で、いつも勉強させてもらっていますよ^^

yさんの田舎も近い場所なんですね~。
私は年に一回しか帰れないんですが、yさんもそんな感じでしょうか。
遠いですが、自然の多い田舎があるって、うれしいですよね。

拍手鍵コメNさんへ 

やった! Nさん、の溜め息頂きました^^
嬉しいコメントありがとうございます。

あまり人気のない倉田(w)ですが、彼の内面にも迫ってみました。
虚勢を張ってばかりの倉田ですが、本当はもろくて泣き虫なのかも・・・。
(あまり同情を誘えないですがね・笑)

ここまで、倉田の行動は不可解なのですが、その理由もいつか理解してもらえればいいな、と思っています。

>今回のお話は小説の挿絵ページ(もしくはコマ漫画風)にしたい話の流れで素敵です^w^

うきゃ~。うれしいです。想像して、にんまり。
挿絵や漫画になった倉田・・・・。
(ナオミだけのほうが絵になりそうですが^^;)

NoTitle 

倉田は良いよね、弱気になったときにナオミさんがいて。
けど、シロウさんの前でさえ気丈にしている由希には・・・

そうだよ。由希にはお母さんがいるん???
目撃談はあっても、お母さんと由希との会話がないんだけど?
2階はどうなっているんですか。

えっと、おとなしく待ちます。。。

けいさんへ 

> 倉田は良いよね、弱気になったときにナオミさんがいて。
> けど、シロウさんの前でさえ気丈にしている由希には・・・

そういえば、ほんとうにそうですよね。
なんだかんだ言っても、倉田はナオミや、沢村がいて。
由希は、シロウさんにも自分のこと言わない><

> そうだよ。由希にはお母さんがいるん???
> 目撃談はあっても、お母さんと由希との会話がないんだけど?
> 2階はどうなっているんですか。

うん。どうなってんだ??
これは、最後まで引っ張るほどの謎じゃないんですが、さいごまで引っ張ります><

>えっと、おとなしく待ちます。。。

いや、騒がしくしてください。けいさんの追及も楽しいです^^

拍手鍵コメななおんさんへ 

わ~い、ななおんさん、ありがとうございます。
へへ、随分更新したでしょ^^

10月いっぱいは終わりませんので、またゆっくり遊びにきてやってください。
ありがとうございました。

NoTitle 

limeさん。
こんばんは♪

随分とご無沙汰しちゃって・・・すみません(;´∀`)
しかし、ナオミの占い・・・あたりすぎですよね?
こんな占い師がいたら、
さやいち占ってもらいたいです☆
そうですか。
倉田が由希の救世主なのですね☆
この先も楽しみです。
また来ます♪

さやいちさんへ 

こんにちは^^
いえいえ、一気にここまで読んでくださって、うれしいです。

ナオミ、占いの腕は確かなようですね。
私も、占ってほしいな。悩み相談とかw
倉田は占い、信じてないようですが。

倉田、頼りないので、由希の救いになるかどうか・・・。
でも、頑張ってもらわにゃ。
ですね^^
応援してやってください。
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