雨の日は猫を抱いて

雨猫 第17話 弱気

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「なんか今日は機嫌よくないですか? 倉田さん。いいことありました?」
事務所に着いて数分後、沢村は倉田を目で追いながらポソリと言った。

「そんなことあるわけないだろ。仕事キャンセルされたってのに」
何言ってんだと沢村に渋面を向けた倉田だったが、そういえば以前別のデザイン事務所からキャンセルが入った時は、電話を切るなり椅子を蹴飛ばしたことを思い出した。
沢村はそのことを言っているのだろう。腹立たしくはあるが、今朝はそこまでの怒りは湧いてこない、ただそれだけのことだった。
「そんなことより、前のブツ撮り、我ながら良い出来だと思ったんだけどな。東光さん、何が気に入らなかったんだって?」

10日前。
けっこう名の知れた料理家先生の和風料理を、東光出版の編集者立ち会いの元で撮影したのだが、それは編集者も唸るほど良い出来だった。
アングルも露光も演出も申し分なく、シリーズものにするので次回もこの感じでお願いしますと担当者に言われた矢先だったのだ。
それなのに、次回からは別の所へ回すからと一方的に言われるというのは、どうにも解せなかった。

「東光さんじゃないんですよ。松永先生らしいですよ、変更を言ってきたのは」
「あの料理家のおばちゃんが? なんでまた。美味そうに撮れてたのに」
「僕も綺麗な写真だったと思います。シズル感ばっちしで。だけど・・・全然褒めてなかったんですって」
「へ? 褒めるって? 何を?」
「料理を。倉田さんは、先生の料理を一度だって美味しそうだって言わなかったって。食べたいなって表情も、しなかったんだって」
「・・・なんだよ、それ」
「けっこうショックだったらしいですよ。あのカメラマンには、自分の料理は蝋細工と一緒なんだろうって言ってたそうです」
沢村は少し苦笑しながら、肩をすくめた。

倉田は脱力したようにドスンとデスクチェアに腰掛け、クルリと一回まわった。
「なんじゃ、そりゃ」
そしてそのまま椅子の背に体を預け、ボンヤリと事務所の壁を見つめた。
まさに「脱力」といった気分だ。けれど不思議と、今までのような腹立たしさは湧いてこなかった。

見つめた先の壁には、まだフリーになる前に倉田が撮った風景写真が、シンプルなプレートに入れられて飾ってある。
ピンと張った空気の中の、ビルや木々達が、一部の隙もない構図と光によって、四角画面に収まっている。
誰が見ても美しく、そして誰の好みにも合う、絵はがきのような平凡さだ。

倉田は息をひとつ吐き、ジャケットのポケットに手を入れた。
このところずっとポケットに入れっぱなしのCaplios R2が、使われることもなくひっそりと収まっている。
いったい何を撮るために持ち歩いていたのか、思い出せない。

「どうしますか? 倉田さん。今月と来月、あの紙面の仕事無かったら厳しいですね。
「うん、まあ、仕方ないな。俺が悪いんだし」
「・・・・・・えっ」
沢村が妙なタイミングで声を出した。
「何だよ」
「あのクソババァー・・・って、悪態吐くかと思ってました」

倉田は椅子の背に反っくり返って、声を出さずに笑った。
「何だよそれ。俺って、そんなに性格破綻者なのか?沢村の中で。俺だって、反省するし、凹むよ。・・・そうだよな。自分が心を込めて作ったものや大切なものは、褒めて貰いたいよな。人間って」
「・・・」
まだ仰向けに反っくり返っている倉田を、沢村は黙ってじっと見ている。
その視線を感じて、倉田は居心地が悪かった。きっと沢村の中にあるのは、“落胆”なのだろう。
「仕事、また減ってるよな。このところ」
口では悲劇的な言葉を吐いたが、悲壮感はなく、なぜかその時倉田の頭の中に浮かんでいのは、さっきの別れ際の由希の表情だった。
そしてシロウを褒めた時の、仄かな笑みだった。

「どうしたんですか。倉田さん」
「辞めてもいいぞ、沢村」
「え?」
沢村は、自分も椅子を回し、倉田の方に体を向けた。
倉田はまだ、壁をボンヤリ見ている。
「俺さ、ダメなのかもしれないな。フリーでやれるほどの素質、なかったんだよ。美しいものを撮る腕さえあれば、人脈や付き合いなんて必要ないって思ってた。けど、そんなもんじゃないんだよな。そう言うこともひっくるめて、“腕”なんだろうな」
「倉田さん」
「俺の写真ってさ、こうやって眺めていても、なにも伝わってこない。冷たいんだよな」
「倉田さんってば」
「そのうち給料払えなくなるかもしんねえぞ。お前はさ、もっとちゃんとしたところでアシしたほうがいい」
「やめてくださいよ倉田さん。、僕倉田さんの写真に惚れて、ここに飛び込んだんですから」
「俺の?」
倉田は壁の写真から視線を移し、沢村を見た。
「まさか。初めて聞いた」
「初めて言いましたから」
「俺の、どれよ」
「どれって・・・。分かるでしょ? 僕、あの写真見たとき、うわーって、声出ましたもん。これ撮った人、好きになるな、絶対・・・って」
「だから、どれよ」
「黄林フォトコンテストの最優秀賞作品ですよ!」
ほとんど怒鳴るように言うと、沢村はカバンを肩に掛け、足音を響かせて事務所から出ていった。

「何を怒ってるんだ、あいつは」
倉田は唖然とし、少しばかり乱暴に閉じられたドアをしばらく見つめた。

黄林フォトコンテスト最優秀賞作品。
確かに5年前、その写真で賞を取り、フリーへの足がかりにした。
けれどそれは何気ない、雨上がりの下町の情景写真だ。
何の操作も技術も無縁のスナップのような一枚。
構図、光、風景、すべてが奇跡的に整ったに過ぎない。偶然の産物なのだ。
だからだろうか。
唯一の栄光と言ってもいいその写真が、倉田にとって、どうにも重い存在になってしまった。

「あんな写真一枚で。ほんと、変わってんな。沢村も」
再び椅子の背にもたれ、笑いのまじった溜め息を一つ吐く。

憂鬱な休日になりそうな予感がした。



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~ Comment ~

^^ 

>何の操作も技術も無縁のスナップのような一枚。
 構図、光、風景、すべてが奇跡的に整ったに過ぎない。偶然の産物なのだ。

確かにこういうのってありますね。
むかし。老夫婦が海辺を歩くスナップ写真を見たことがあります。
撮った人は素人ですが。二人の表情といい全体の雰囲気といい。
素晴らしい出来栄えでした。今でも鮮明に覚えています^^)/

NoTitle 

由希と束の間話しただけなのに 倉田のこの変わりよう!Σ(=゚ω゚=ノ)ノ
う~ん
怒りをぶち撒かないなんて 倉田じゃな~い!
アンタは、怒って ”何ぼのもん”でしょうが(笑)

それだけ 由希と会えて話したのが、嬉しかったの?
今は 仕事より由希に関心を抱いているって事ですよね~
由希にとっては 難儀だけど‥
|ガート!゙ヾ(゚ω゚o:)関わらないで~by由希...byebye☆

waravinoさんへ 

> 撮った人は素人ですが。二人の表情といい全体の雰囲気といい。
> 素晴らしい出来栄えでした。今でも鮮明に覚えています^^)/

ちょっとだけみた写真が、ずっと記憶に残っているって、すごいことですよね。
そこにはきっと、一瞬で伝わるドラマがあるのだと思います。

そんな写真をとれるのは、やっぱりすごいんですよね。
本人は、「偶然とれた」と言っていても。
その場面に的確にファインダーを向けるというのが、一つの才能なのだとおもいます。
その場所に居合わせたのも、きっと才能。

(倉田は、そこに気付いてないのかも^^)

けいったんさんへ 

> 怒りをぶち撒かないなんて 倉田じゃな~い!
> アンタは、怒って ”何ぼのもん”でしょうが(笑)

ははは。それは言えてる!大人しい倉田なんて、倉田じゃないw
今、倉田は絶賛イジケ虫なのでしょう。(反省というよりは)
怒りまくる倉田と、イジケまくる倉田、どちらをお包みしましょう。(え、どちらもいらない?)

> それだけ 由希と会えて話したのが、嬉しかったの?
> 今は 仕事より由希に関心を抱いているって事ですよね~
> 由希にとっては 難儀だけど‥

ほんと、なんか倉田は由希にご執心ですね。妙に気になるみたいです。
倉田なりに、理由はあるんでしょうが、健全な私らには、理解が難しいかも・・・。

このあとも、粘着質倉田が動きます。
由希、あやうしか??

NoTitle 

倉田ってある意味職人気質な人なのかもしれませんね。
沢村君にとってはそんなところにも惚れていたのかもしれないのに、
ちょっと覇気のなくなってしまったかような倉田にがっかりしたんですね。きっと。


ヒロハルさんへ 

そうなのかもしれませんね。
倉田なりのプライドやポリシーがすごくて。
だから仕事がうまくいかないとあんなに荒れるのかも…(それ自体、大人失格ですが)
ようするに、わがままで子供なんですね。

沢村も、凹んでいじけてる倉田にはがっかりでしょう。
沢村に見捨てられたら、倉田もおしまいなような気がするんですが。
どんどん、深みにはまっていってますね、倉田。
哀れだ・・・。
一番かわいそうな人かも^^;

フラグが立った―― 

倉田は最後きっとそのCaplios R2で締めるに違いないww

それにしても丸くなった倉田も悪くないですねww
  • #7033 十二月一日 晩冬 
  • URL 
  • 2012.08/22 16:52 
  •  ▲EntryTop 

十二月一日 晩冬さんへ 

あちゃ。絞めを予測されたしまった~。
でも、セオリー的に、そうなりますかね^^
フラグ回収できるか!

え、丸くなった倉田もいいですか。
うれしいですね。
このあと、丸くなったというか、自信喪失でへなへなになった倉田が多く出演するかと・・。
ふぬけのおっさんを、応援してやってください。

NoTitle 

おっさんかっこいいです。
自信にあふれたおっさんかっこいい……。

こんなおっさんになりたいです、おいら。

るるさんへ 

自信にあふれたおっさんは、かっこいいですね。
倉田は今、かなり自信を喪失してますが^^;
復活を願ってください。

るるさんは、かっこいいおっさんになってください。

たまにはこんな倉田もいいな 

自分の先がふと見えてしまったり、目を逸らしてきたものが逸らせなくなってしまったり。
そんな姿も良いですね。

沢村くんの怒りがちょっと嬉しかったりします。

あ、倉田の味方になってる…私^^

 

賞も取って評価もされて理解者もいて事務所も住む所もあって、五体満足で持病もなくて、結婚の経験もあって、なにが不満なんだこの野郎(^_^;)

欲求不満なのでしょうかわたし(^_^;)
  • #7042 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.08/23 16:02 
  •  ▲EntryTop 

ごろちゃんさんへ 

ごろちゃんさんも、ちょっとだけ倉田に味方しちゃいましたね^^

>自分の先がふと見えてしまったり、目を逸らしてきたものが逸らせなくなってしまったり。
そんな姿も良いですね。

まさに、今まで倉田は目をそらして来たんでしょうね。
虚勢を張って、意地をはって。
そろそろ、見つめなおさねばならない時がきたのかも・・・。

沢村君の怒り、倉田には理解できたのか・・・心配です。

ポール・ブリッツさんへ 

そうですよね。ちょっと贅沢です。
でも、ほら、一度大きな章を取ってデビューしたあとの苦悩って、すごいらしいじゃないですか。作家にしても。
その才能を維持し、常に作品を生み出すって大変なことなのかも。
デビュー作を越えなきゃーーーって。
倉田は、自分の才能に限界を感じてイジケ虫になってるんでしょうね。

あ、倉田は結婚はしていないんです。
ナオミは、フィアンセだっただけで^^

それにしても、あっちのほう。もはや、疑ってませんよ、私は。ふふf。

NoTitle 

料理研究家のおばちゃんのような言いぐさってマジであった(^_^;)
心の中で「アホか」ってつぶやいた覚えがある(笑)
とくに問題にはならなかったけど、まあそういうものかと一つ世渡りを覚えた気がした☆
そんな憂いみたいなのものがちゃんと出てくるところがスゴイ!!
こまかな想いってつまらなくても、後で人間性から見た感動に大きく繋がるものだって事ですね☆
ん?なんか書いてる事が分かりにくいな(^_^;)

kaziさんへ 

いや、とてもよくわかります。
うれしいコメントです。

倉田の、憂いのような、あきらめのような、人間の心情を理解しようと努力してるような、
そんな感じを読み取ってくださって、すごくうれしいです。

そっか、kaziさんにも、同じような経験があるのですね。
大人になっても、仕事上に妙なプライドやわがままを重ねてしまう人、いますよね。
そんな人とも、うまく付き合わなければいけない。難しいです。

実はこのエピソードは、実際のプロの写真家さんの体験談なのです。
ここでちょっと、使わせていただきました。
こういう痛い失敗をを積み重ねて、本当のプロになっていくんだなあと感じました。

NoTitle 

写真はその人の感度によりますよね。
どう大衆に心をヒットさせるかというのは永遠の課題ですね。
どう写真ですべてを表現するか。
というのは問われるということですね。

個人的ながら、私のサイトが10万ヒット突破いたしました。
今まで訪問ありがとうございます!!
これからもよろしくお願いします。

LandMさんへ 

いつも、ありがとうございます。

写真の世界も、本当に難しいですよね。
正解のない、感性の世界ですし。
私も仕事で撮影の助手などしますが、出来上がりが予想外だったりすることも多く。
それを職業にするって、本当に大変だと思います。

おおお!10万ヒットですか!それはめでたいです。
改めてまた、お邪魔しますね!
おめでとうございます!

NoTitle 

ビジネスライクでいくか、人情でいくか。
倉田はビジネス系なのかな? 
だから、人情でこられるのは苦手なんですよね。
ホント不器用なおっさんだ。

沢村の告白がどうなるのかが、一番気になるっ!
駆けて行っちゃったよぉー・・・

ほら、おっさん、ため息ついている場合じゃないよ、フォローフォロー。
今頃公園のブランコで泣いているよ。

で、シロウさんが、どうしたぼうず、と沢村をなぐさめる。
ちがうー(すいません)

けいさんへ 

「どうした、ぼうず」・・・から始まる、シロウと沢村の強い友情・・・

なんか、すごい妄想をしちゃったじゃないですか(笑
別の話になっていくww
いやああ、、笑わせて貰いました。

そうですね、倉田は無機質ビジネスライク。
人情は、理解できないのか、それとも苦手で避けて通ってるのか。
もしかしたら、わざとひねくれ坊主に徹してるのかもしれませんねえ。
倉田こそ、シロウに慰めてもらわねば・・・。

さあ。沢村の告白♪ 実るのか! (いや、そういうお話ではないよ?)

NoTitle 

なるほどー。沢村君が倉田のおっさんのような人の所にいる理由が明らかに(笑)!ある意味倉田のおっさんは自分を省みるという能力をようやく身に着けれてちょっと成長できるのかな?という気はするんですが、また一気に自分を卑下したものだなぁと(笑)
尊敬しているアシスタントとしてはそれはそれで許せないでしょうね。反省するのはいいけど、自分が惚れこんだ才能を卑下されるのは自分自身をも一緒にそうされたように感じますもんね。

本筋とはあまり関係なさそうですけど、いいお話です!さすがだなぁ、limeさん♪(むっちゃ主題だったらどうしよう?(笑))
  • #11600 ぐりーんすぷらうと 
  • URL 
  • 2014.02/18 22:58 
  •  ▲EntryTop 

ぐりーんすぷらうとさんへ 

> なるほどー。沢村君が倉田のおっさんのような人の所にいる理由が明らかに(笑)

そうなんですよ。それがなかったら、考えられませんよね(笑)あのおっさんの側にいる理由。
そして、倉田の卑下っぷりw 単純でガキなのが、じわじわと露呈してきました。(いや、バレバレか)
偉そうにしてるのもぜんぶ、虚勢を張ってないと自分を保てないからなのかも。弱い犬ほどよく吠えるって・・・ちょっと違うか^^

> 尊敬しているアシスタントとしてはそれはそれで許せないでしょうね。反省するのはいいけど、自分が惚れこんだ才能を卑下されるのは自分自身をも一緒にそうされたように感じますもんね。

そう! 本当にそうですよね。憧れの人には、毅然としていてほしいですよね。
温厚な沢村が、けっこうイラッとしています><
ぐりさん、微妙なところも読み取ってくださって感激です!

へへへ。このへん、ミステリー的には関係ないんですが、倉田という人間を位置付ける、大切な部分です。
この物語、由希の話でもあるし、倉田の物語でも・・・。って、またしゃべりすぎる。
実は、あらすじに、大きなヒントが隠れてるんですが、・・・忘れてくださいww

毎回、「おお」と唸る感想、ありがとうございます。^^
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