雨の日は猫を抱いて

雨猫 第8話 由希

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「何か探し物かい? 坂崎健人くん」
倉田がすました調子でそう言うと、少年は不快そうに眉根を寄せ、一歩うしろに下がった。
「・・・何か用ですか?」
その声は怯えと嫌悪に満ちていた。

「あれ? でもおかしいよね。坂崎健人って子は亡くなったんだって、さっきネットニュースで見たんだけど。君のことじゃなかったんだ。なんで嘘吐いたんだ? 2日前」
「何の事ですか」
「忘れちゃった? そんなことないよね。あの携帯は今は亡き坂崎健人くんのものであって、君のじゃない。どうして人の携帯を盗んだのかな? それだってりっぱな犯罪だ」
「・・・誰なんですか、あなたは。警察の人?」
少年はもう一歩、後退した。

日が傾き、だんだんと辺りの色彩が奪われ、空気が重く、濃度を増してゆく。
少年の大きな瞳だけが、わずかな夕闇の光を集めキラリと光った。

「警察の人間は、怖い?」
倉田がそう言うと、少年は何かに助けを求めてでもいるように、キョロキョロと辺りを見回した。
誰もいないと分かっているはずなのに、その目は不安そうに彷徨う。
警官から職務質問をされると、心にやましい事を抱えている人間は一様にそんな目をするという。
もしかしたら自分は核心をついてしまったのだろうか。
倉田は少しばかり慎重になった。

「なあ、なんで健人君の携帯を盗んだんだ? あんなもん、金にもなりゃしないだろ。彼のことが嫌いだったとか、そういうことか? 虐められたとか。君たち、同学年なんだよね。光陵高校の」
「知りません。ちょっとふざけてただけです」
少年は早口にそう言うと、ついに絶えられなくなったのか、くるりと向きを変えて走り出した。
その背に倉田はすかさず言葉を投げかけた。
「君、高瀬由希君だよね」

ビクリと体を反応させて少年は立ち止まり、振り向いた。
その驚いた表情がすぐ頭上の街灯に青白く照らし出され、悲壮な陰影を浮かび上がらせる。

“撮りたい・・・”
倉田の手が無意識にポケットに滑り込み、小型カメラを掴んだ。
とても生々しい・・・なんて良い表情をする子だろう。
けれどすぐにその呪縛は解け、倉田は自嘲と共にカメラから手を放した。

「どうして・・・?」
由希が目を見開いて、こちらを見つめてきた。
倉田はカメラと反対側のポケットから由希の生徒手帳を取り出し、軽く振って見せた。
「これ、拾っちゃったから。君の住所も名前も分かったよ。電話番号も書いてくれてたら親切だったのになあ。何にしてもさ、悪さした後は、こんなもの落として行かない方がいいよ」

「なんで・・・? なんでそんなこと、するんですか」
語尾が震えている。
由希は細い体をシラカシの幹にピタリと付け、怯えた目で倉田を見つめてきた。

・・・なんだ、そりゃ。まるで俺が弱いもの虐めしてるみたいじゃないか。
きっとこんなシーンを見たらナオミは大笑いするに違いない。
『ほら見なさい。私が言った通りでしょ? 龍平はイカレてるの。冷血漢のマシン。血と肉の代わりに、オイルとワイヤーが詰まってるのよ』と。

「そんな声出さなくてもいいだろ? 別に取って食おうって訳じゃない。ただちょっと興味があっただけさ」
「興味?」
「君が携帯をスった少年が2日後に誰かに殴り殺された。これはもしかしたら、何か関係があるんじゃないか・・・とかさ。サスペンスドラマの見過ぎかな」
倉田は笑ったが、由希は瞬きもせず、木に背を貼り付かせたまま動かない。
まるで野良猫が見知らぬ敵を観察しているような、必死な目だ。
倉田は、あの猫の目が嫌いだった。決して余所者に心を開こうとしない目が。

「まあ、いいや。こんな細っこい君が、あの体格の良い少年をどうこうできるなんて思ってやしないよ。本当はこれを返そうと思ってただけなんだ。この生徒手帳、バイトのシフトが書いてあるだろ? これがないと、困るんじゃないかなって思ってさ」
「・・・」
「本当だって。俺、警察でもなんでもないしさ」
倉田は笑いながらパラパラと手帳をめくった。
「一度君の家に寄ってみたんだ。君のお母さんが居たんで、渡しても良かったんだけど、なんとなく渡しそびれてさ」
「母さんが!?」
突然少年が、甲高い声で叫んだ。
ハッとして倉田が再び顔を上げると、そこには今までとは全く違う、少年の喜々とした笑顔があった。

いったい何だというのだろう。
ついさっきまで怯えて青ざめていた少年とも思えない。
たった今ここで、いったい何の話をしていたのか、倉田は一瞬分からなくなった。

「母さんがいたの? 帰ってた? 本当に?」
「あ・・・ああ。あれ母さんだろ? すぐに家に引っ込んじゃったけど、エプロンしてて、髪が長くて。君が帰るのをずっと門の前で待ってたみたいだぞ。その後はインターホンで話したんだけど・・・」
けれど倉田が言い終わらないうちに由希は、その場から自宅のある方向に滑るように走り出した。
「あ・・・おい・・・」
倉田の声などまるで耳に入っていない様子で、もうその姿はあっと言う間に公園の外に消えてしまった。

「何なんだよ、いったい」
思わず声に出してボヤいてしまった。
手の中には、持ち主に返されぬままの手帳が、寂しげに残った。
しばらくぶりに家に戻った母親がそんなに恋しいか。
とんだマザコンだ。

すっかり夜の闇に閉ざされた公園にポツンと取り残された自分が何とも情けなくて、倉田は再びポケットに手帳を乱暴に突っ込んだ。
人肌に暖まった小型カメラが手に触れ、訳もなく苦い気持ちが胸の辺りに漂った。
「くそっ」
結局何の情報も引き出せず終了か。
倉田はポケットに手を突っ込んだまま、駅のほうへと歩きはじめた。

木々の下で、ポツリポツリとランタンの灯りが見える。
ダンボールとビニールシートと廃材で器用に作られた小さなブースが3つ4つ、ひっそりとその近くに点在しているのが見えた。

この公園では市の規制が緩いのか、ホームレスが住みついていることは倉田も知っていた。
けれど想像していたよりもその数は少ない。
厳しい冬に備えてどこかに移動したのか、それとも撤去命令が出たのか。
そういえば・・・。
倉田は数週間前のニュースを思い出した。

事件の陰惨さの割りにはそれほど頻繁には報道されず、記憶の隅に追いやられていた。
けれどあの事件はこの公園が現場だったのではなかったか。
70歳過ぎのホームレスの男性が、何者かによって撲殺された。
時々、この辺りをうろついている不良少年達の仕業ではないかと、コメンテーターは言っていたが。
その談義はやがてホームレスを黙認していた行政へのバッシングに転じ、奇妙に本題をすり替えられた感がある。

あれから、どうなったのだろう。
犯人は、いったい誰だったのか。

由希は・・・。ここで一体何をしていたんだろう。



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~ Comment ~

NoTitle 

>由希は・・・。ここで一体何をしていたんだろう。

暗黒太極拳(笑)。


それにしても話がどんどん重くなりますなあ。とうとう死人がふたりですか……。

ポール・ブリッツさんへ 

そうそう、公園と言えば太極拳。
由希はひとり、体力作りに精を・・・・・ んなわけないでしょ。


え、まだまだ、全体の中では、軽い部分なんですが。(^^ゞ

もう、死者が増えないように祈っていてください。

NoTitle 

息をひそめて読んでますので、気のきいたコメントは書けません。

しのぶもじずりさんへ 

しのぶさんの、息をひそめてる感が、つたわりました。

ええもう、気のきいたコメントはいいのです。読んで戴けるだけで!
(これもけっこう、気のきいたコメだったり)

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NoTitle 

一枚、二枚、三枚・・・九枚、足りませぬ主膳殿・・・((m(|i|_゜メ)m)) ウラメシャ~
な~んて感じで これ以上 殺人事件が増えないですよね!

由希を取り巻く亡くなったモトさん、坂崎、母親、謎のあの人、
そして 倉田も
何か おどろおどろしい禍の渦に飲み込まれて行っている気がします。
もがけば もがく程 落ちていくのか・・・

御払いの塩マイトコ!(,,`・ω´・)ノ∵'・∵'...byebye☆

鍵コメPさんへ 

なるほど! これが「暗黒太極拳」!

・・・・・・ぜったいやらん!( ̄∇ ̄;) 

もしやってたら、2~3日監禁。←こっちの方がアブナイ

けいったんさんへ 

そうですよねえ。あんまり死者は出したくないのですが・・・。

作者が○○なもので><

>何か おどろおどろしい禍の渦に飲み込まれて行っている気がします。
>もがけば もがく程 落ちていくのか・・・

由希の視点からすれば、そうなのかも・・・。
いや、事情が分かっていない倉田の方が、このあと戦々恐々かも。

でもまあ、大丈夫です(信ぴょう性のない言葉)

お祓い、ありがとうございます!
最後まで、彼らを応援してやってください。(彼ら?)

NoTitle 

高瀬由希君、表情ないようで実はめっちゃ豊か。
倉田が見るからかな。

幸い、生徒手帳が残りましたね。えんじ色のやつがっ(^^;)
けど、これはもう口実にはならないのかな。

由希、お母さんのこと、好きなの?
家に帰ってどんな家族の会話がなされるのかちょい興味。

けいさんへ 

> 高瀬由希君、表情ないようで実はめっちゃ豊か。
> 倉田が見るからかな。

そうなんです。由希って、とても表情豊か。何しろ、彼はいろんな激流の中にいるので><
書いてて、たのしいです。
倉田は逆に、仏頂面ばかりですねー^^

> 幸い、生徒手帳が残りましたね。えんじ色のやつがっ(^^;)
> けど、これはもう口実にはならないのかな。

そうw あっさり釣りは失敗しました。
ほんと、倉田って計算が甘いというか、浅はかというか、馬鹿というか。何がしたいんでしょうね^^;
でも、最終的に、だんだん倉田のことも、見えてくると思います。
生徒手帳は、もう少し、出番がありそう^^

> 由希、お母さんのこと、好きなの?
> 家に帰ってどんな家族の会話がなされるのかちょい興味。

由希、お母さん大好きみたいですね。 この笑顔を見ると。
今夜は、ゆっくり団欒出来ればいいんですが。
どんな会話かな。ふふっ^^

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鍵コメ晩冬さんへ 

むむむ。さすが、小さなことも見逃しませんね!
ダンボールハウスの方は、単に立ち位置の加減で、見えにくかったハウスがあったというだけと思います。
木々の間のハウスなもんで。(それか、倉田が数をちゃんと数えられない男なのか!)

母親の方は、またしてもドキリ。
そうですね。なんで由希はこんなにも喜んでるんでしょう。

制服! そうですよねw。
「由希、何で私服なのよ。制服はどうしたのよ」とか、言われちゃいそう。
でも、むしろ由希は、そんな会話がしたいのかも・・・。

鍵コメ、ありがとです^^

NoTitle 

この「おかん」がキーマンぽいですね。
勝手な予想ですが。
でもやっぱり普通のおかんだったりして……。

ポールさんへのコメ返を見て、
「えっ! またここから重くなるの!」と絶句。笑。

ヒロハルさんへ 

このおかんw
そうですね、性格や謎を解く前に・・・あまり、もう出てこないかもしれません><(爆
次はどこへ行く。おかん!

重く・・・なるような気がします。

下書き書いてて本当に頭痛がしてきたシーンとか、ありました><
(私が変なだけかな?)

でも大丈夫です。しばらくは、ゆるいです!!ええ。

拍手鍵コメNさんへ 

Nさん、ありがとうございます。
一気に読んでくださいましたか!うれしいです。

はい。少しずつ、バラバラだった部分がまとまって見えてくると思います。
由希が隠していること。
そして、由希もまだ知らないこと。

重いシーンもあると思いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです^^

ああ、でも、相変わらず亀更新なのですが・・・><

NoTitle 

警察はおいら、何気苦手なのです。
昔、少し……ええ。
怖い思いをしたので……。

るるさんへ 

え、警察がにがてなのですね!

いったい、るるさんの過去に、何が・・・。

NoTitle 

久しぶりにきました☆
これからが楽しみになってきた!!
主人公の顔がだんだんと勝手に想像できるようになってきたから、これからどんどん感情移入ができそうです☆
楽しみ(#^.^#)

kaziさんへ 

kaziさん、こんばんは。

登場人物の顔がうかぶましたか! うれしいです。
このあとも、いろいろありますが、感情移入して頂けると、楽しんでいただけるかもしれません。
(かも、というのが、小心者ゆえのコメントですが^^;)

コメント、ありがとうございます!

NoTitle 

本当にお母さんが好きなんですね、由希君は!
なんか倉田のおっさんに突き付けられた不安や恐怖なんか一気に吹っ飛んでるところが本当にすっごく好きっていうのが分かって良かったです。
そしてそこに取り残された倉田のおっさんが面白い(笑)
ちなみに捨て台詞もいい♪「とんだマザコン」
まあ事情を知らなければそういう言葉になるんでしょうけど、そう言われて初めて「こういう場合でもそういう表現できるんだな。」と気づいたほど入りこんでました(笑)

でもお母さんに甘えてるシーンとかはないんですよね(涙)
幸せそうな由希君が見たかった(涙)
  • #11259 ぐりーんすぷらうと 
  • URL 
  • 2014.01/17 19:36 
  •  ▲EntryTop 

ぐりーんすぷらうとさんへ 

そうなんですよ。
由希は本当にお母さんが大好きで。
16歳って、やっぱりまだまだ子供ですしね。
いつも会えないと、やっぱり恋しいのです。

取り残された倉田の情けない顔を、想像してやってください(笑)
マザコンなんて、ひどいわ。
でも、男の子って大なり小なりマザコンなんじゃないかなあと思うのです。

倉田はちょっと特殊な環境で育っちゃったからひねくれてるけど。
ある意味ここでのマザコン発言は、激しい嫉妬・・・かも。(ああ、ますます哀れな倉田)


>でもお母さんに甘えてるシーンとかはないんですよね(涙)
幸せそうな由希君が見たかった(涙)

ああ、私も見たかった。書きたかった。
この物語で由希が笑顔を見せることって、あまりないんです。
この夜は、由希はお母さんとつかの間の楽しい時間を過ごしたと思います。
…想像していただくしかないのですが(同じく・涙)

このあと、じわじわ事件の輪郭が見えてきて、倉田は巻き込まれていくことに。
まあ、倉田は心配いりません。
倉田ですから(笑)
由希を、どうぞ応援してやってください><
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