雨の日は猫を抱いて

雨猫 第6話 事件

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「坂崎建人!?」
思わず立ち上がった倉田に、沢村はこの日2度目の少しばかり驚いた目を向けた。

「知ってる子ですか?」
「知ってるっつーか、俺は今のところ2人しか日本の現役高校生の名を知らんが、そのウチの1人だよ。2日前、見た。多分あの学生服の子だ」
倉田は電車の中で、つり革に掴まってぼんやり進行方向を見ていたガッチリした少年を必死で思い出した。
倉田に背を向けていたし、もう1人の少年に気を取られていたので、その印象はとても薄かった。
「ホントに?」
「冗談言ってどうする。なあ、何でそいつ殺されたんだ? どんな殺され方? 犯人は捕まってないって言ったっけ」
倉田がせわしなく沢村のPCを覗き込む仕草をすると、沢村はその細かな速報記事を拾って読み始めた。

「河川敷の葦の茂みに転がってたそうです。後頭部を鈍器で殴られた痕があって、それが致命傷らしいって。犯人も凶器も捜査中だから、殺された理由なんて分からないですよ」
沢村がかいつまんで要訳してくれたにもかかわらず、倉田はその記事の画面に貼り付いて、隅々まで読み込んだ。
つい数時間前に明らかになった事件らしく、沢村が読み上げた以上の情報はなかったが、その高校生の顔写真が小さく掲載されていた。
電車の中で見た、学生服の少年かどうかはハッキリしないが、少なくともあのスリの少年ではない。

“あの子は、自分が坂崎建人だとウソを吐いたのだ。”
十中八九携帯をスられた少年が坂崎建人であり、そしてそれをスった少年高瀬由希は、坂崎建人に良い感情は持っていなかったのは間違いない。
高瀬由希は、坂崎健人の携帯を何のために奪ったのか。
事件の2日前の窃盗。これは、ただの偶然なのだろうか。

倉田はチラリと壁の時計を確認すると、沢村に唐突に「5時だ」と告げた。
「ええ・・・5時ですけど」
「ちょっと用事が出来た。悪いけど先に帰る」
「マジすか」
「マジすよ。そんかわり明日早出するから。沢村はどうする? お前も帰るか? うさぎも喜ぶだろ」
倉田はそう言いながらさっさとデータをUSBに移してPCを閉じ、卓上を片付けた。
そして作業机の引き出しの一番上を開けると、ずっと入れっぱなしにしていたR社のCaplio R2を上着のポケットに滑り込ませた。
倉田が愛用している、一番使い勝手の良いコンパクトサイズのデジカメだ。

「何か、楽しそうですね倉田さん。何、撮りに行くんですか?」
「ん?」
「だって、カメラ」
顔を上げると、沢村が倉田をチラリと見て、口の両端をクイと引き上げた。
笑ったのだろうか。沢村の表情はどうも読みづらい。
「別に、そんなんじゃないよ」
「じゃあ、カメラは?」
「置きっぱなしだったから持って帰るだけだ」
「なんだ」
「何がだよ」
「いや、“そのカメラ”でまた、何か撮ってくれるのかなあって思って」
「・・・なんだよそれ。イヤミか?」
「まさか、まさか」
沢村はプルプルと顔を横に揺らした。
嫌みを言うような奴ではないが、この沢村という男は本心が今ひとつ掴みにくい。
けれど今はこのアシスタントの本心を探る時間など勿体なかった。
「じゃ、悪いけど」
「あ、・・・はい。お疲れさまっした」
相変わらず歯切れの悪いやり取りに、倉田は心の中で肩をすくめたが、気持ちはすでに自宅へと飛んでいた。

自宅の書類カバンのポケットに滑り込ませた、あの生徒手帳。
よくぞ捨てなかったものだと、倉田は自分を褒めた。


             ◇

ニャオーン。

冷たさを増した風に混じり、由希は懐かしい声を聞いたような気がして振り返った。
「ミケ? チャトラ?」

半分以上葉を落としたケヤキの木の下で辺りを見回し呼んでみたが、公園のその一角はシンとしていて、猫の姿はどこにもなかった。
ちらりと公園の中央に立っている時計を確認すると、時刻は5時半。11月ともなればその時刻にはすっかり辺りは薄暗くなり、冷たく寂しげな冷気が由希の鼻孔をツンと刺激した。

猫の姿だけではなかった。2カ月前まではこのケヤキやシラカシの小径には、ずらりとダンボールハウスが並んでいたのに、今ではその数も僅か4、5軒になってしまった。
『小金が入ったしよ、寒くなるんで儂、しばらくドヤ暮らしするわ」
2週間前、ほんの数回話をしたことがあるテツさんが由希にそう言い、大きなずた袋を抱えて駅のほうに歩いていった。
市からの撤去命令が出てはいるが、それは毎年のこと。そんなものどこ吹く風で、彼らホームレスは暮らしている。
彼らがここを離れていくのは、そんな理由ではないことを由希は知っていた。

彼らは怒り、そして同時に怯えているのだ。
1カ月前の、あの夜の事件以来、ずっと。

「ミケ・・・。チャトラ・・・」
由希は再び猫たちの名を呼び、木陰を覗いた。
ミケは分からないが、チャトラはきっとどこかにいる。2日前、確かにシロウが抱いていたのだから。

ノラ猫たちはもちろん、彼らのペットでも何でもなかった。
ただ慰みに餌を与えられ、ホームレスの男達に懐いているだけなのだった。
猫たちを可愛がっているホームレスがそこから居なくなっても、別段猫たちは困らない。
けれど、由希はミケとチャトラを探した。
あの気まぐれな、気高い目をした猫たちに会いたかった。
1カ月前と何ら変わらない、温かいその体を抱きしめたかった。

「ミケ・・・。チャトラ・・・」
呼びながら一方で、たぶんミケはもう生きてはいないと、由希は確信していた。
あの日。モトさんと一緒に、この世から消えて無くなってしまったのだと。



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鍵コメ晩冬さんへ 

> 何と・・・今度は、それも壱箇月前!?

そうなんです。一か月前・・・です。冒頭のシーンから2カ月経過しているのも、そんな訳で・・・。

> というか、弐日前―倉田と接触してから公園に行ったのか、それとも倉田との接触前に
> 公園に行ったのか・・・これは大事な気がするw

おおお。そこに気づくとは。これはマジでこのまま鍵コメを続けてもらうしかなさそうですね^^
わくわく。

でも、謎ときミステリーでは無いので、要所要所であっさり謎は解けて行くはずです。
それまでのわずかな時間、謎を楽しんでください^^(いや、それより早く、謎を解いてください)

次回は、またちょっと別の方向を、攻めて行きます。

NoTitle 

時間経過が ややこしくなってきましたね。
私は、おとなしく謎が解けていくのを待ちながら読むことにします。

 

そうか犯人は沢村か。(←短絡的発想(笑))
  • #6683 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.07/06 16:09 
  •  ▲EntryTop 

しのぶもじずりさんへ 

大丈夫ですよ。
説明が後回しになっているだけで、疑問点は徐々に解けて行きます。
とても単純なのです。

由希と倉田が出会ったよりも一か月前に、もうひとつ事件があった・・・というだけで。

ミステリーとしてよりも、心の物語として読んでもらえたらうれしいです^^

ポール・ブリッツさんへ 

> そうか犯人は沢村か。

なぜそれを! (乗ってみました)

しかし、こんなに登場人物の少ない中で、ミステリーも何も、ないもんですよね^^;
いやもう、ミステリーでもないかな。

NoTitle 

なるほど・・・


って何が??(笑)次楽しみにしてます☆

kaziさんへ 

ちょっと複雑になりつつありますが、実際はシンプルです。

気楽に読んで行ってくださいね^^


拍手鍵コメNさんへ 

新たな事件も提示されて、ちょっとややこしくなってきたように思われますよね^^
でも、実はとても単純で。
やがて、一つのラインで繋がりますので、のんびりと読んで行ってください。

ですが、事件以外の本筋が、まだ控えていまして・・・。
沢村君のウサギが鍵を握るのか!・・・・とかは、ありませんがw、楽しんでいただければうれしいです。
ちょこちょこ、脱線して話が展開しますが、必ず一本に繋がります^^

Nさんも、いつもありがとうございます。

NoTitle 

ここまで追いつきました~。
やっぱりlimeさんの作品は面白いです。
「続きを早く!」と毎回思わせる終わり方がニクイです。笑。

NoTitle 

あの生徒手帳に何が書かれているのでしょうか。
えらい、倉田のおっさん。よくぞ捨てなかった。
褒めてあげるから中見せて。

沢ちゃんとのずれた会話が楽しいです。
高性能カメラで何を撮るのでしょう。

てか、モトさんとミケに何が・・・
次回をお待ちしています。。。

ヒロハルさんへ 

6話まで、読んでくださったのですね。
長いのに、ありがとうございます。

続き、読んでみたくなりますか!うれしいです。
ここまでのキャラが、どんだけ皆さんの関心を引くかが心配だったのですが。
このあとは亀更新になりますが、また良かったら読んでやってください。

けいさんへ 

> あの生徒手帳に何が書かれているのでしょうか。

ずばり、住所です!(なんだ、そんだけかww)
でも、それがあれば、由希に辿りつくわけです。
おっさん、勇み足ですね^^

> 沢ちゃんとのずれた会話が楽しいです。
> 高性能カメラで何を撮るのでしょう。

ねえ。ほんと、何を撮るつもりでしょう。
あのカメラと倉田の関係も、じわじわ語られていきます。
倉田の人間性が、見えてくるかもです。

> てか、モトさんとミケに何が・・・
> 次回をお待ちしています。。。

はい!モトさんとミケに、何が・・・・・・。
でも、次回はまだ真相まで行きません。スンマソン。
じわじわ、いきますよ~~。

NoTitle 

続きがきになりますっ。
はやくっ。

NoTitle 

猫がネックですよね。
ウチの作品でもペットは入れたほうがいいかなあ・・・。
と思ったりします。

るるさんへ 

あ、ありがとうございます。
がんばりますっw

でも、ストックが・・・涙

NoTitle 

モトさんがぁ~ニャンコのミケがぁ~Σ(TρT)あーーー・・・!!
って、私の想像通りの事が 起こったのかな?

坂崎健人の事件は 一つ目の事件じゃないと、limeさまが仰ってたけど...
もしかして これが、一つ目!?d(´・ω・`)モキュ?

倉田が、由希に接触する様子ですが、カメラまで持って 何を撮る気なのか!
キャッ♪(*ノдノ) スカートの中を盗撮~~って、由希は、女じゃないって♪(笑)

夏風邪で 胃腸をやられ、熱は39度超えて 久々のダウンをしてた私!
家族が一日中いる土日曜日を 何とか乗り切り、やっと峠を越え 今は微熱と頭痛のみ。
limeさまも 蒸し暑い時期ですので 気をつけてね♪
夏風邪を なめたらイカンゼヨッ!_ノフ○ グッタリ...byebye☆

けいったんさんへ 

あああ~、けいったんさん。やっぱり体調を崩されてたんですね。
けいったんさんの姿がみえないので、どうしたのかなあと・・・。
まだしんどいのに、来てくださってありがとう~><

そう。あの2カ月の間に、最初の事件があったんですね。
これから徐々に、ミステリーっぽく・・・なっていけばいいんだけど^^;
(ややこしくないので、のんびり読んでくださいね)

きゃ。倉田くん、由希ちゃんを盗撮??(*/∇\*)イヤン・・・・って、そんな。
いや、どうかなw。(けっこう気に入ってたし)

けいったんさん、まだまだ、養生してくださいね。
元気になって、また遊びにきてください!

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鍵コメさんへ 

ありがとうございます^^;
今だけだと思うのですが。うれしいです。(もう、あとは落ちるだけさあーー)

でも、いい記念です!

NoTitle 

えええっ?!モトさんが?
その公園からいなくなってしまったのではなく、この世からいなくなってしまったんですね・・・。

由希君はどれほどショックだったのでしょう!
モトさんのはやっぱり事件だったって事なんでしょうね。きっと。
ミケまでいなくなるってそれはやっぱり・・・という気が。
そしてあの坂崎君は関係しているのかしら?

でもチャトラまでいなくなるなんて・・・。
そんなショックな状態の由希君。。。

一方で殺された少年の携帯を奪った由希君を追うおっさん(酷い言い草(笑
でも倉田さんの持ってるそのカメラ・・・。
一度なにか事件の瞬間でもとったのかな?と思いつつ。

さあ、どうなるのか・・・?

そして私が一番気になるのは由希君の家にいるあの謎の女性・・・。
なんか印象が深すぎて頭から離れない・・・(笑)



  • #11200 ぐりーんすぷらうと 
  • URL 
  • 2014.01/12 18:43 
  •  ▲EntryTop 

ぐりーんすぷらうとさんへ 

こんばんは。
やっぱりぐりーんすぷらうとさんは、要点を見逃さないし、感じてほしいところをちゃんと汲み取ってくださるなあ~^^
うれしいです。

> モトさんのはやっぱり事件だったって事なんでしょうね。きっと。
> ミケまでいなくなるってそれはやっぱり・・・という気が。
> そしてあの坂崎君は関係しているのかしら?

そうなんです。ミケまで…というところで事件性を匂わせてみました。
一緒にこの世からいなくなる。
それを探す由希。
由希が携帯を取った高校生の死。

もしかしたら・・・と思われる部分は、きっと当たっています。
この物語、謎は多いのですが、とても単純にできています。

いくつかの謎が交差してるので、複雑なように見えますが^^
今は何も考えず、倉田になったつもりで(笑)流れを追ってみてくださいね。(倉田にはなりたくないか)

そして、カメラのことも気づかれましたね?やった。
このカメラ。
いったい何を撮って来たんでしょうね。
ちょっと重要なアイテムになります。


> そして私が一番気になるのは由希君の家にいるあの謎の女性・・・。
> なんか印象が深すぎて頭から離れない・・・(笑)

ああ、やっぱり^^。
そうですよね、ミィ。実は化け猫でした・・・・・・とかは、ないですから(汗)
きっとぐりーんすぷらうとさんなら、じわじわ分かっていくと思うのです。
自由に推理してみてくださいね^^
いつもありがとうございます!
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