雨の日は猫を抱いて

雨猫 第3話 苛立ち

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--- 2ヶ月後 ・11月某日 ---

男だろうか。女だろうか。
倉田龍平は帰宅途中の電車の中で、反対側のドアの前に立っている中・高校生くらいの、その子供を見ながら思った。
学生の帰宅ラッシュと重なったため、つり革が半分以上埋まるほどの混み具合であり、倉田が目の端でその子を捉えても、きっと本人に気付かれはしないだろうと思いながら、ぼんやりその細い姿態をながめていた。

車体が大きく揺れた瞬間、目が合いはしなかったが、ふっとその子はこちら側に視線を向け、倉田は思いがけずハッとした。
色白の肌と、その黒曜石のような黒目がちの目は、倉田のような仕事をしていなくとも、きっと惹きつけられる。
女の子だとしたらベリーショート、男の子だとしたら、少し長めのストレートの黒髪だ。
服装もフェミニンなライトグレーのパーカーにジーンズ。
さて、どちらだろう。尻の小ささから、6:4で男だろうか。
倉田は再び背を向けたその子の体に、視線を漂わせた。

別にその子が、男だろうが女だろうが、倉田にはどうでもいいことだった。
ただ、今朝の仕事のムシャクシャが収まらず、何かに意識を集中させておきたいというのが本音だろう。

カメラマンとしての自分の腕は、悪くないと思っていた。
写真大学を出たあとスタジオマンを2年経験し、フォトコーポレーションに3年勤務。
その後フリーになった。
口の悪い大学時代の友人に、「フリーになるの早いんじゃない?」と酒の席で言われたことがあった。
「もう30だ。何が早いもんか」
「歳とかじゃなくてさ。もっと人脈作っとかなきゃ、しんどいんじゃない? そっち方面」
パッとしないデザイン事務所でこき使われているその友人の言葉を、倉田は「フン」と鼻で笑った。 

某フォトコンテストで最優秀賞を取り、雑誌社からもコンスタントに仕事が回ってきていた時でもあった。
きっとすべては、この友人の“妬み”なのだ、と。

けれどその翌年には仕事は激減し、2人いたアシスタントの1人を解雇した。
溜まっていた不満もあったのだろう。
仕事の最終日、解雇したその若いアシスタントは置きみやげにポツリと言ったのだ。
「倉田さんの写真って、クールですよね。ほんと」、と。
カッコいいと言う意味のクールでは無い。 《冷たい》のだと彼は言ったのだ。

お前に何が分かる、とその時倉田は無視をしたが、その言葉は魚の小骨のように倉田の胸の奥に刺さったままになった。
フォトストックや、やりたくもないブライダル写真の仕事で何とか食いつなぎ、最近になってやっと以前の事務所のツテで、雑誌の写真を請け負えるまでになった。

ここからが再スタートだ。
そう思って挑んだ今日のホリゾントスタジオでの雑誌撮影だったのだが。
どうにもモデルの女が気にくわなかった。
デザイン事務所が選んだモデルに文句は言えないが、こちらの思うような表情にならないのだ。
指示を出す度に、つり気味の目元がますますつり上がり、げんなりした。
ちっとも美しいと思えない。

ちんたら時間を掛けるわけにも行かず、幾分ギスギスした空気の中ではあったが、撮影を完了させた。
モニターで確認した事務所スタッフが、横で独り言のようにポツリと言った。
「なんか、冷たい写真になっちゃったかな」

“俺のせいじゃねえ。俺に撮る気を起こさせないあのモデルの顔のせいだ。キツネ目と、上を向いた鼻の整形でもすりゃいいんだ”
喉元まで出かかった言葉を呑み込んだが、ふいに去年解雇したアシスタントの言葉が記憶の底から沸き上がった。
『倉田さんの写真って、“冷たい”ですよね』
久々に味わう敗北感と憤り。
そして、もうあの雑誌社の仕事は来ないだろうという確信だけが、後に残った。

倉田龍平は再び、反対側の扉の前に立つ子供に目をやった。

あの子の方がよっぽど被写体として魅力がある。
撮りたいと思わせる魅力の無い奴は、モデルなんて辞めちまえばいいんだ。
見ろ。あの子鹿のような黒い瞳。挑戦的な唇、白い肌。
きっといい女になる。・・・女の子ならば。

気を紛らわすために思い浮かべた事が、妙に倉田を楽しませた。
けれど、それと同時に胸の中に過ぎった、ザラザラした不快感を倉田はやり過ごした。
不快なものの正体など、突き止める必要など感じなかった。
想い患うだけ人生のロス。嫌なことは全て忘れてしまえばいい。
それが倉田の信条なのだ。

電車のアナウンスが次の駅の名を告げ、ガタンとスピードを緩めた、その時だった。
その子は吸い付けられるように進行方向の通路の誰かを見つめ、そして体をそちらに向けた。
まるで狙いを定めた猫科の獣のような目。
はだけたパーカーから覗くTシャツの胸は薄く、少しの膨らみもなかった。

なんだ、男か。
ほんの僅かな落胆の後、倉田はハッとした。
先程から何かに狙いを定めていたらしい〈少年〉の体がすっと動き、その腕が、ほんの1.5メートルばかり離れて立っていた学生服の少年の、ショルダーバッグのサイドポケットに伸びた。

その瞬間電車は止まり、乗客の体が揺れると同時に、実に自然な形で、彼の手によって四角い物体がサイドポケットから抜き取られた。
学生服の高校生は気づきもしない。
倉田が横目で盗み見る中、先程の小柄な少年は何食わぬ顔で、それを自分のポケットに滑り込ませた。

“スリだ、こいつ。”

左側のドアが開くと、その少年はするりと倉田の前をかすめてホームへ降りた。

おもしろい。

降りるべき駅でもないのに倉田はその少年を追って電車を降りた。
俊敏な猫のように人混みを縫って歩いていく少年の後ろ姿を、倉田は追った。
遠い昔感じたことのある嗜虐的な喜びが、腹の底からムクリと沸き上がってくる。

あの子が男の子で良かった。遠慮しなくていい。
倉田はそう思いながら早足で改札に向かおうとする華奢な後ろ姿を追いかけた。



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~ Comment ~

NoTitle 

ハイ 登場~! もう一人の主役、倉田龍平!
カメラマンとして ただ今 絶賛ドン詰まり中~♪(▼皿▼)ニパッ
この業界も 7割が人脈(コネ)で 2割は運で 後の1割はテクニックなのかしら?

売れない奴って 自分の事を 高い高い棚に上げて 相手や境遇を悪く言うからねぇ~
どうも この倉田も その様で!

そんな クソミソ気分な時に見た 興味引かれる存在
あの子って ”あの子”ですよね!?
って、あの子は、スリなんて しちゃんだぁ~Σ(゚Д゚:)へぇー
お金に困って? それとも ウサ晴らし?
?ホェ?(o・ω・o)?ホェ?...byebye☆

NoTitle 

ドキドキ……
ゥオーッ、ドキドキドキ

 

身につまされる設定すぎる……。

何の賞ももらってはいないけれど、人脈を作るのは芸術的にヘタなもので(汗)
  • #6593 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.06/25 16:35 
  •  ▲EntryTop 

けいったんさんへ 

はい! 登場しましたよ。ドン詰まり写真家w。
キレやすいし、わがままだし、ガキんちょな大人、倉田隆平。たしか31歳

> この業界も 7割が人脈(コネ)で 2割は運で 後の1割はテクニックなのかしら?

本当に、人脈と要領って大事みたいですね、この業界^^
テクは、結構いいもの持ってるのに、悲しいです、倉田くん。

> 売れない奴って 自分の事を 高い高い棚に上げて 相手や境遇を悪く言うからねぇ~
> どうも この倉田も その様で!

ええもう、そんな奴です。
悪党ではないけど・・・ガキなのですね><

> あの子って ”あの子”ですよね!?

ええ、そうです。あの子は由希です^^
見つかってしまいました。

> って、あの子は、スリなんて しちゃんだぁ~Σ(゚Д゚:)へぇー
> お金に困って? それとも ウサ晴らし?

ううう。さて、どうなんでしょうね~~。
ここ、既にこの物語で大事な部分です^^

なぜ由希は・・・? 
次回、少しだけ、分かるでしょうか。(いや、更に分からなくなるかな??)

しのぶもじずりさんへ 

吠えてもらって、嬉しいです~^^
ドキドキしてもらえて、感激です~。

次回も、少しばかりハラハラしてください^^

ポール・ブリッツさんへ 

人脈は、どの業界でも大切ですよね。人脈作りも、才能なのかな。

でも、小説の世界では、横のつながりは要らないですから・・・(ですよね?)

この倉田、賞を取ったのがいけなかったのかも^^;

未だに 

由希が女の子じゃないかと、無意味な疑惑が晴れないですwwクラスメートに同じ名前の女の子が結構いたからですが―

平日に私服ですか。不登校なのか、それとも・・・
そして、スリ。財布とは書かれていないので、まだ自分は信じたいですw

  • #6597 十二月一日 晩冬 
  • URL 
  • 2012.06/25 18:35 
  •  ▲EntryTop 

十二月一日 晩冬さんへ 

> 由希が女の子じゃないかと、無意味な疑惑が晴れないですww

ああ、そっか。女の子みたいな名前ですもんね^^
でも由希が女の子なら・・・第2話が、ちょっと恐ろしい画になりますね。汗。(それもいいかな^^;)

>平日に私服ですか。不登校なのか、それとも・・・
>そして、スリ。財布とは書かれていないので、まだ自分は信じたいですw

おおお。やはり、細かいところを見逃さないですね。

〈書かれていない〉部分に目を向ける晩冬さんが、手強い!!

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメyさんへ 

うれしいお言葉の数々、ありがとうございました^^
何よりの、製作へのエネルギーになります。

いろんなことへの興味は尽きませんが、なかなか知識として、この頭に入っていることは少なくて、四苦八苦しています。
文章、物語を書くためには、計り知れない知識とそれに対する思い入れがないとダメなのだなあと、痛感します。
あの博学の高村先生ですら、「知らなければならない事がまだ山ほどあるのに、追いつかない」とおっしゃっているのですから。
宮沢賢治が、あれほど豊かな創作活動をされたのも、その専門的な知識と関係が深いのでしょうね。

今までボンヤリ生きて来た事を、今頃焦っています。
もっともっと、たくさんのことをこの頭に入れておけば、もう少し豊かな執筆活動ができただろうに・・・などと、思います。

でも、Yさんにそうやって言ってもらえて、とても嬉しいです。
今までやってきた仕事に関係する知識と、そして自分なりの取材(w)を重ね、書いて行きたいと思います^^

そうですね、実際にお話をしたら、共通点がたくさん見つかって楽しそうですよね^^
(あ、でも、私がボンヤリした人間だって、ばれてしまう・・・・)

拍手鍵コメNさんへ 

Nさん、今夜も拍手鍵コメありがとうございます。
ワクワクしてくださいましたか。嬉しいです。

え? タイでも、やはり中性的な人(子供)は多いんですね?
なんか、綺麗な子を見つけたら、得したなーっって思っちゃいますよねw
ボーイッシュな女の子は結構いるけど、本当に女の子のような少年は希少価値です。
でも、不思議なことに、オカマさんは多いけど、おなべさんには、あまり会いませんよね。
なぜかなあ・・・。
っって、考えても答えが出ないか^^;

次回も少しばかり、ハラハラして頂けるとうれしいです^^

NoTitle 

limeねーさまのことだからここで伏線をすでに張っているにちがいないっ!
どこだっ!!

さがせ、おいらっ、さがすんだっ

るるさんへ 

え、伏線?
どこだ、どこだ?

いやまだここはたぶん何もないはず^^

でも、油断しちゃいけませんぜ。

NoTitle 

だからさー、挑戦してみようよ第五作ー。カスタマーレビューでも「わかりやすい英文」っていってたよー。

お求めやすい価格なんだから買おうよー(^^9ビシッ

ポール・ブリッツさんへ 

ええええ~。 
うううう・・・。
そ・・・そう??

もう、翻訳が出るのを待っててもダメなんですかねえ(>_<)

じゃあ・・・買ってみようかしら。

そのうち、ハンディタイプの翻訳機とか、出るかもしれないし・・・。(あくまで他力本願)(^^ゞ

NoTitle 

おもしろい。
冷たい写真しか撮れない男が、冷たい心を持つ子を撮ると、どうなるのだろう。

冷たい、かける、冷たい、は?
凍るの? それとも、熱いの?

倉田は遠慮なく何を由希に仕掛けるのでしょうか。
どうなるのですかぁーー(酸欠)

けいさんへ 

> おもしろい。

うわあ、うれしい第一声。よかった。

> 冷たい写真しか撮れない男が、冷たい心を持つ子を撮ると、どうなるのだろう。
> 冷たい、かける、冷たい、は?
> 凍るの? それとも、熱いの?

どうなるんでしょうねぇ。
倉田は由希を撮ることになるのか・・・。
(いま、真剣にストーリーを反芻しております)←忘れちゃったの?

> 倉田は遠慮なく何を由希に仕掛けるのでしょうか。
> どうなるのですかぁーー(酸欠)

はい^^第4話、UPしております。
倉田は、意外と(思った通りか)ガキです。

ご無沙汰してます^^ 

こんばんは。
お久しぶりです^^

体調はどうですか?
記事を読んで心配しています。

ただいま、雨猫をマイペースで読ませていただいてます。

ツボにはまった小説を読み始めると
私ご飯も食べずに読んでしまうのでw

これからの展開を想像しながら読んでいきたいと思ってます。

また来ますね~^^

sarahさんへ 

こんばんはーー。いらっしゃい。e-267

体調まで心配してくださって、うれしいです^^
今は気をつけてぼちぼちがんばっています。

雨猫を読んでくださっているのですね!うれしいです。
長いですし、重いところもありますので、どうぞ、のんびり読んでやってください♪

私も、お邪魔させていただきますね^^

NoTitle 

才能が時間を越えますけどね。才能があれば30ぐらいからフリーになったって、なんとかなるものです。まあ、人脈ということに関していえば、後10年必要かもしれないですけどね。独立するのは大変ですね。

LandMさんへ 

おお、ここにコメントを頂いたのですね。
雨猫、読んでもらえてうれしいです!

そうですね、才能があれば、年齢なんて関係ないです。
でも、この倉田は、もうちょっと大人にならなきゃ・・・・^^;

人脈とか、付き合いとか、プロの世界では、技術よりも大事かもしれませんね。
厳しい世界です。

NoTitle 

なーんと、スリですかっ!
そして見つかってしまうなんて!
そしてすっごく怪しげなおっさん(笑)いえ、冗談ですよ、倉田さん(笑)

いや、色々大変なんですね、ああいうお仕事も。
全然話は違いますけどああいうクリエイティブなお仕事ってその手の学校を卒業する人はたくさんいてもそれで生活していける人なんてほんの一握りでしょうからね。

この倉田さんも色々と大変なんでしょうね。
でもムシャクシャした時にそういう現場を見ると人がどういう行動をするのか?その上女の子じゃなくてよかったって・・・。

なんか怖いし、逃げろぉ!逃げ切ってしまえ!(いや、大人としてこれは間違ってる(笑))
  • #11017 ぐりーんすぷらうと 
  • URL 
  • 2013.12/27 13:09 
  •  ▲EntryTop 

ぐりーんすぷらうとさんへ 

ぐりーんすぷらうとさん、こんばんは。
体調はもう、大丈夫ですか?
また来てくださって、うれしいです。でも、無理はきんもつですよ^^

さあ、ついに出てきました。ダメ男、倉田(笑)
罵りながら、読んでやってください。
そして、倉田が興味を持って眺めていたこの少年。・・・由希です。はい。
スリの現場を目撃した倉田と、由希の関係。どうぞ、ゆっくり見てやってください^^

カメラマンって、なかなかそれで食べて行くのは難しいですよね。
私もデザイン事務所にいたので、カメラマンの知り合いは数人いたのですが、技術うんぬんよりも、人間性が、大事かな・・・なんて思うわけです。
この倉田は、かなり欠陥品(笑)でも、物語には重要な人物です。

けっこう、むしゃくしゃして、登場しました。
弱い者には、強く出るタイプのこの男。さて、由希の運命は・・・。なんちゃって。

重くなるのは、もっとずっと後です。最初は、気楽に読んでいってくださいね。

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