雨の日は猫を抱いて

雨猫 第2話 キライ

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由希が家に辿り着いた頃には、雨はかなり本降りになっていた。
パーカーのフードを頭から被って走ったが、自宅の軒下に飛び込んだ時にはもう、全身ぐっしょりだった。
キャンバス地のショルダーバッグから取り出した鍵で、玄関ドアを開ける。
一歩足を踏み入れた屋内の、午後6時とは思えない恐ろしいほどの暗さに、由希の胸は苦しくなった。

静かな住宅地に建てられた小さな木造家屋。
築40年は経っているだろう古びたその家には、由希を優しく迎えてくれる父も母も居なかった。
2年前、中3の時両親が離婚してしまって以来、由希を迎えるのはいつも、このゾッとする程の闇なのだ。
一応は母親の籍に入ることになった由希だったが、もう由希はその母親の不在に慣らされ、母親の面影をを思い出すことも、しなくなった。

廊下、リビング、キッチン。濡れた服を脱ぎながら由希は、片っ端から電気をつけていった。
暗い場所だけは、いつまでたっても慣れることが出来ない。
皮膚から、体中の穴から、黒い闇が体内に染みこんで来そうな気がする。

雨も、夜も、嫌いだった。

下着まで全て脱ぎ終わる頃には、一階はようやく苦しくない程度の明るさに満たされた。
濡れた服一式を抱え、脱衣所の洗濯機の中に放り込んだところでハッとし、由希は裸のまま台所に戻った。
冷蔵庫を開けてみると、ほとんど夕食に使えそうな食材が入っていない。
バイトの帰りに買ってこなければならなかったのだ。

冷蔵庫の冷気がホワリと裸の体を包み込み、ひとつ身震いして由希は慌ててドアを閉めた。
・・・どうしよう。
自分は平気だが、ミィにはちゃんとしたものを食べさせないと、機嫌が悪くなる。
仕方ない。シャワーを浴びたあと、また買い物に出よう。
由希は小さくため息をつくと、浴室へ向かうため、台所の横のドアを開けた。

カシャンと2階で何かが床に落ちる音がしたのはその時だった。
ミィだ。
きっと機嫌が悪いのだ。
由希は脱衣所のチェストからバスタオルを一枚引き出すと、体に巻き付けて2階へ駈け上がった。

「由希! 由希!」
階段を登る音を聞きつけたのか、甲高い声が2階の奥の部屋から響いてきた。
由希はひとつ息を吸い込んだあと、ゆっくりとドアを開けた。

その中は、いつもと同じ鉛のような重苦しい空気で満たされていた。
昼も夜も漆黒の鎧のような遮光カーテンが引かれ、その部屋に窓があったのかどうかさえ由希は忘れてしまいそうになる。
薄暗がりの中、その部屋の住人は廊下の照明を受けてギラギラする目を由希に向けた。

「由希。遅い。どこに行ってたのよ!」
「学校。・・・でも、いつもの時間だよ。あのね、夕食のおかずが何も無いんだ。僕、シャワー浴びたら買いに行って来る」
「おいで、由希。こっちにおいで」
「でも」
「来なさいってば!」
投げつけられた鋭い言葉に、由希はビクリと体を強ばらせた。
「・・・雨に濡れちゃって。シャワーしたいんだ」
「いいから、来なさいってば!」
有無を言わさぬその口調は、由希の首に見えない鎖を付けた。

由希は諦めたように一歩部屋に足を踏み入れた。
ミィの気に入っているアロマの香りがムンと鼻を突く。由希はその香りが苦手だった。

「ねえ、ミィ。・・・お母さんは?」
「うるさい。部屋に入ったら喋るな」
由希の質問など一蹴し、ミィは口調を強めた。
部屋の中は、ほんの少しのダウンライトの灯りでようやくベッドやチェスト、そしてミィの姿が確認できる。
後ろ手に由希がドアを閉めると、おぼろげだったそれらの輪郭が鮮明になった。
そして同時に、まだ少しは健全である外界(廊下)から、由希は完全に切り離された。

「目隠ししたら、こっちおいで」
由希はチェストの上に置いてあるバンダナを渋々手に取ると、いつものように自分の目を隠して結んだ。
カーテンに覆われた窓の外で、風がゴウと唸る音が聞こえた。
雨も風も、強くなって来ているのだろう。
モトさんは、雨に濡れてないだろうか。体が冷えると、モトさんの膝は痛むのだ。

感覚だけでミィの方へ歩きながら、そんなことをふと、由希は思った。
一時間ほど前、鼻孔の奥に感じたモトさんの優しい匂いは、人工的な香料の中ではもう、思い出すことができない。
ギシリとベッドの軋む音がして、ミィの気配が近づいた。
優しさなど少しも感じられない熟れた唇の感触が由希の唇を塞ぎ、体に巻き付けてあったバスタオルが払い落とされた。
体に蛇が巻き付いてくるような錯覚。そして締め付けられる。

キライ。

いつものように思考を停止する前に、由希の胸の奥からその言葉だけが喉元まで込み上げ、
そして消えた。



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~ Comment ~

NoTitle 

ギョギョッ、ミィって何者?
恐ろしい世界が待っているような気が……。

こりゃ不登校どころの騒ぎじゃないわ。
わあぁ、この先、何が起こるんだろう。

しのぶもじずりさんへ 

ありがとうございます!
この子、本当にいろいろありまして。
まだまだ、ほんの序の口です。(>_<)

そうなんです。不登校どころの騒ぎじゃなくなるのです。
次回から、本格的に舞台が動き始めるはずです。

次回、もう一人の主人公が登場します^^

NoTitle 

こんな始まり、嫌いじゃないですよー
わくわくしますね。

前コメに失礼しますが、「この子」って(笑)
既に思い入れたっぷり、愛情たっぷりですね。

了解しました。
一緒に彼の行く末を見守ることにしましょう^^

NoTitle 

「ミィ」、可愛い~呼び名♪
なのに その実態は・・・||||||(; ̄∇ ̄)||||||||||||ゾォー…

由希は、この家で 何を思い、何を諦めて 時を過ごしているのだろう
モトさんの様に 何も無くても 自分の気持ちの在るが侭に 生きている人も居ると言うのに・・・
それも また 切ないけどね。

さて もう一人の主人公は、どんな”荷”を背負っている人かな?
後 少しで見えるのに!|ョω¬:) ジー → → カキカキ_φ(・ω´・ @)←執筆中のlimeさま♪...byebye☆

ごろちゃんさんへ 

ごろちゃんさんにも、そう言って戴けて、ほっとしました。
この物語では、いろいろな冒険をしてみようと思っています。

最後まで読んでいただけた時に、想いが伝わればいいな、と思います^^
(でも、ドキドキ)
中だるみしない物語を目指して、がんばります!

>既に思い入れたっぷり、愛情たっぷりですね。

いやあ、おはずかしい><
相変わらず、登場人物に入れこんでしまって。

ここだけの話、あるシーンの下書きを書いていて、苦しくて吐きそうになりました。
なかなか、サラリと書くことができません^^;

ええ、もう、こうなったら(どうなった?)最後まで、見守ってやってください^^

NoTitle 

こんにちわ^^
ミィ…どんな人なのでしょうか。
由希の危なげで不穏な感じとか
読んでいて苦しくなる雰囲気ですね。
でも個人的にこういう空気感のお話は大好きです♪
どう広がっていくのか楽しみです◎^^

けいったんさんへ 

アタフタしている作者に変わって、けいったんさんが冷静に要訳してくださって、うれしい^^

> 由希は、この家で 何を思い、何を諦めて 時を過ごしているのだろう
> モトさんの様に 何も無くても 自分の気持ちの在るが侭に 生きている人も居ると言うのに・・・
> それも また 切ないけどね。

ほんとに、何で由希は我慢してこの家に帰るんだろう・・・とか、
いろいろ疑問が沸く2話だと思いますが、回答はジワジワと出していきますね。
今は、由希はモトさんが、心の癒しなんですね、きっと。
そう!そういう想いも、切ないですよね。

> さて もう一人の主人公は、どんな”荷”を背負っている人かな?

ははは。もう一人はね・・・・こいつは・・・そんな大した奴じゃないんです(爆
初めて書くタイプかな??

> 後 少しで見えるのに!|ョω¬:) ジー → → カキカキ_φ(・ω´・ @)←執筆中のlimeさま♪...byebye☆

おお、がんばってる私がいる~~~。
はい! がんばります!けいったんさんも、がんばって、ついてきてください!!(また強制)

ななおんさんへ 

おおおお~~。
ななおんさん、読んでくださったのですね。
ありがとうございます(;_;) ドキドキ

これから更に、サスペンスチックな展開になって行きます(行くはずです・><)
そして由希・・・。はい、危なげな子ですが、何とか最後まで頑張ってもらいます!(もつかな)

猫更新・・・いえ、亀更新で、ゆっくりのUPになりますが、また宜しかったら、覗いてきてやってください^^

ありがとうございました!!

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメ晩冬さんへ 

いらっしゃい。
(気を使って、鍵コメにしてくださったんですね。ありがとうございます)

くお~~! これは、鋭い所に・・・。
晩冬さんは、手強いかも。

でも、いろいろ探りながら読んで行ってくださったら嬉しいです。
登場人物の言葉、一つ一つ、真剣に書いて行くつもりです^^

推理ミステリーでは無いので、謎の部分はすぐに紐溶けるかと思いますが、
その謎が解けてから・・・が、物語の勝負だと思っています^^

楽しみにしていただいて、うれしいです。

拍手鍵コメNさんへ 

Nさん、楽しみにしていただいて、うれしいです♪
ああ、ホッとしました。
こういう展開は、引かれてしまうんじゃないかと・・・。
読者様が減るかな・・・と心配したり。

でも、思うままに書いて行きますよ~~。
Nさんも、どうぞお付き合いください^^

あ!リクエスト、そんなに丁寧に製作してくださってるんですね!
嬉しくて、ウルウルです(;_;)
ほんと、急ぎませんので、お時間のある時にのんびりとやっていただければ、うれしいです。
ふふふ。あの子は手強いですかww(なんか、笑ってしまいました^^)

 

実は、ミィは、人間ではあるが、女ではなかった……まさかね。
  • #6581 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.06/22 19:37 
  •  ▲EntryTop 

ポール・ブリッツさんへ 

お・・・・そう来たか!

むむむむ。

しかし、人間であるかどうかも、怪しいですよね。(って、ホラーになっちゃうか)

NoTitle 

由希くん、わけありですねぇ。
学校・・・行ってないくせに。

やだよぉ、自宅でこんなこと。
て、どんなことかは不明なのですが(汗)

limeさん、シャワーを浴びさせてあげてください。
と、limeさんのせいにする。

けいさんへ 

そうなんですねえ、なんか、すっごくわけありで・・・。
学校行ってないくせに(爆

由希~~、学校行きなさいって、けいさんが~~。

あ・・・泣いてます^^;

なんか彼、色々大変なことになっているようです。
何が起こってるのか、そしてこれから何が起こってしまうのか、見守ってやってください><

シャワーですね。分かりました。あとで、ちゃんと・・・。

ええ、あとで・・・(;_;)

NoTitle 

タイトルのキライがインパクトがありますね。
こういう単純かつインパクトがあるのがよいですね。
私は・・・結構適当に文章をかきますからね。。。
羨ましいです。
  • #6631 LandM(才条 蓮) 
  • URL 
  • 2012.06/30 20:03 
  •  ▲EntryTop 

LandM(才条 蓮) さんへ 

サブタイトル(小見出しかな?)に触れてもらえてうれしいです^^

このサブタイトルにも、毎回想いを込めてあります。
なんか、サブタイトルを付けるのも楽しいですよね。
でも、あとあと、目次を見ただけでストーリーの流れがばれてしまいそうで、ちょっと心配ですが^^;

いやいや、才条さんの文章や会話文も、独特のテンポと親しみやすさがあって、その世界観にバッチリあっていますよ!。
やはり文章は、それぞれのテーマに合わないといけませんもんね。

NoTitle 

limeさん。
こんにちは♪

いよいよ現行の作品を読み始めました。
なかなか読みにこれなくすみません(汗)

由希は最初、女の子なのかなぁ~と思っていたんですよ。
女の子でも『僕』って言う子いますからね。
でも、自宅に帰ってきて、
やっぱり男の子なのかな?と思ってきました。

ミィって猫さんじゃないのかな?
いかにも猫さん的な名前だから。
でも、人工的なアロマの香り・・・は猫さんは好まないから、
やっぱり人間なのかな?と。
想像力を膨らませて読んでいます。

まだ若いのに、どこか世の中の暗い部分を
拒絶しなかがらも受け入れてる感がする、
この主人公。
この主人公の心の中の眠れる獅子が
産声をあげる時を期待しています☆

さやいちさんへ 

「雨猫」へ、ようこそ^^

由希を、女の子と思った読者さん、多いですね。
名前が女の子っぽいし。でも、これも狙いです。
由希は、見た目もすごく中性的で、「え、どっち?」と、まじまじと見てしまうような子なんです。
これ、本当は大事なポイントなんです。(最後の最後まで、作者の狙いは分らないと思いますが)

ミィについては、最新話でも、まだ謎のままです。
猫では、ないです(笑) 化け猫でも、ないですw
たぶん、想像がつく範囲だと思いますので、いろいろ妄想してみてくださいね。

由希は、前半は謎な男の子に映るかもしれませんね。
さあ、その内面に、激しい獅子が眠るのか!
さやいちさんの、獅子発言に、しびれる~♪

次回から、もう一人の主人公が登場です。
厄介な男ですが^^;


ミィって…… 

この前のみなさんのコメントを見ても、ここで「ミィって何者?」と疑問に思うのは皆同じ、ですね。
そっか、謎の存在……なんとなく、limeさんがよく書かれる気の強いSっぽい女性かと思ったのですが、正体を追及しようとしてはいけないのですね(^^

猫、ホームレス、人生に絶望しているような美少年(ですよね)。
そこにからむ殺人事件。
いつだって緻密にプロットを立てて書いておられるlimeさんの作品なのですから、過程と結末を楽しみにじっくり読ませていただきます。

あかねさんへ 

あかねさん、雨猫を読んでくださってるのですね!ありがとうございます。
シリーズではない、単独の物語としては、一番長いお話です。
そして、構想から、仕上がるまでに2年以上を費やしてしまった、ややこしい作品です^^

> そっか、謎の存在……なんとなく、limeさんがよく書かれる気の強いSっぽい女性かと思ったのですが、正体を追及しようとしてはいけないのですね(^^

ミィは、脇役なのですが、ちょっとインパクトを狙って、最初の方に登場してもらいました。
彼女については、本題に入るのは随分後になるので、あまり何も考えずに読んで見てくださいね^^

> 猫、ホームレス、人生に絶望しているような美少年(ですよね)。
> そこにからむ殺人事件。

えへ。ちょっと、気になるワードを、くっつけてみました。
ホームレスは、いつか書いてみたいと思っていたので・・・。
由希は、そうですね、かなり中性的で線の細い男の子として、捉えていてください。
「女の子ぽい」ということが、かなり重要な意味を持つことになるはずです。

2年かけてなやみました「雨猫」。あかねさんにも、気に入ってもらえると、嬉しいです。
長いですので、ちょびちょび、かじってやってください^^

NoTitle 

だ、誰!?
もうそれしか言葉が浮かばないです(汗)
とりあえず恐ろしい感じですね。。。
名前がまた普通の名前じゃないのも逆に怖いし・・・。
ちなみにまだ学校に行ってる事にしてるのも。。。
とりあえず謎が深まっていくばかりですね。
お母さんも普段いないみたいで。。。
なんとも可哀想な雰囲気。

というか、相変わらずすっごい表現力ですね!
すっごく惹きこまれます。

暗いのが嫌いという感じ、それなのに再び闇へといざなわれる・・・。
ただでさえ暗いのにその上目隠しをさせられて・・・。
きっとこういう事がより暗闇を嫌いにさせていくんでしょうね。。。
  • #10946 ぐりーんすぷらうと 
  • URL 
  • 2013.12/22 19:37 
  •  ▲EntryTop 

ぐりーんすぷらうとさんへ 

> だ、誰!?

みんな最初に、そのことを言ってくださいます。うん・・・気になりますよね。
でもきっと、じわじわとわかってくると思うんですよ。
実は、答えは最後の方にわかるんですが、私の中ではそんなに大きな謎ではないのです。
それよりも、この少年と、このあと出てくる男の物語だといってもいいかもしれません。

由希・・・本当に大変な境遇の中にいる少年ですが、まだいろいろ、謎を抱えているようです。
いい子なのか、そうじゃないのか・・・。
注意深く見ていってやってください^^

引き込まれて下さると言っていただけて、すごくうれしいです。
実はこの物語、タイトルが先に決まって、物語が形になるまで2年かかりました。
どうしてもこのタイトルで、物語を書きたくって。
悩みまくって、やっと生まれた物語です。
とっても長いですが、最後まで楽しんでいただけるとうれしいなあ^^
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