雨の日は猫を抱いて

雨猫 第1話 迷い猫

 ←雨の日は猫を抱いて  【あらすじ】 →(雑記)高村先生の雑文集
「ねえ、モトさん知ってる? 三毛猫って、ほとんどがメスなんだって。何でか分かんないんだけど。だから、モトさんのミケは、すっごく珍しいんだよ。オスだもん。神様のうっかりミスかもね」
由希はモトさんの猫の頭を撫でながら、楽しそうに言った。

もう一時間も由希は、この公園の隅に敷かれたダンボールの上に寝そべったまま、モトさんを相手に他愛もない話を続けていた。
モトさんは、いつものように拾った週刊誌を枕にして寝転がったまま、ニコニコしながら由希の話を聞いている。
皺のたくさん刻まれたその笑顔を見ているだけで、由希は心の中がほわりと温かくなってくるのだ。

9月半ばの夕暮れの風は幾分ヒンヤリとして心地よく、夏には感じられなかった乾いた土埃の匂いがした。

緑豊かで広大なこの泉ヶ丘緑地公園は、私鉄駅のすぐ近くにあった。
公園東側の森林部分では、住居を持たない人々が、ダンボールや廃材で器用にブースを作り、寝起きしている。
公園を通りがかる人々も特に干渉はせず、見えないものとして彼らを容認している。
そんな、奇妙な場所だった。

何が切っ掛けだったのかは忘れてしまった。
気が付いたら由希はこの場所に毎日通うようになっていて、そして数人のホームレスと親しくなっていた。
あれは高校に行かなくなった、昨年の今頃だろうか。
自分の中で、何かが壊れそうになっていた時だった、と。時たまそんなふうにぼんやり思い返す。
由希は本来なら高校2年生のはずだった。

「ミケ、この頃毛が抜けるね。シロウさんのチャトラは、しっぽが禿げてたよ」
あまりにも返事を返してくれないので、由希はミケを抱いたままモトさんを覗き込んだ。
「具合悪いの?」
モトさんは、そんな由希の仕草が可笑しかったのか、喉のおくでクックと笑いながら、左手を伸ばして由希を抱き寄せた。
モトさんの右手は、昔やった病気のせいで、あまり動かないのだという。だからいつも、左手だけで由希を撫でてくる。
由希は、その左手が好きだった。
抱えていたミケの体を離し、コロリとモトさんの横に転がると、もう一度撫でられた。
気持ちよくて、心の奥が痺れてゆく。
土の匂いと、太陽の匂いがした。

このままこうやって転がって繋がって、モトさんの体の一部になれたらどんなに幸せだろう。
動かない右手と、少し麻痺した舌の代わりになれたら、どんなに幸せだろう。
そうやって、溶けて無くなってしまえたら・・・。
由希はそんなことを思いながら、束の間目を閉じた。

「ありゃ。またモトやんのところにちっこい猫が入り込んどる。ミケがヤキモチ妬いて、俺んとこ来るはずやわ」
突然快活な声が降ってきて由希が目を開けると、両脇に二匹の猫を抱えたシロウが上から覗き込んでいた。
右側にモトさんのミケ。
左側は、シロウが可愛がっている茶トラ柄の“チャトラ”だ。
年齢は50歳くらいに見えるが、由希が何度訊いても「25や」と嘘をつく。
元気で気のいい関西弁の男。
由希は、モトさんの次にこの猫好きの男が好きだった。

ホームレスだというのに何故か気前が良く、由希はいつもシロウに菓子パンを貰った。
「日雇いで稼いだ金は、ちゃんとその日に使い切るもんや」と、あっけらかんと言う。
そうかと思えば、ペットのチャトラが二日間帰ってこないと言っては、半泣きで公園中を探し回ったりもする、変わった男だ。

「僕は猫じゃないもん」
由希が体を起こしてワザと口を尖らせて言うと、由希の後ろでモトさんがまた、クックと笑った。

「モトやん、由希坊が来ると機嫌ええなあ。どうや? 膝。痛うないなら、そろそろ仕事行くかい? 明日当たり、輪番紹介、モトやんの番まわって来るで。稼いどかんと、そろそろヤバイんちゃうか?」
「ああ・・・そうだな。行かにゃ、な」
モトさんはのんびり答えると、ゆっくり体を起こして空を見上げた。
由希も、ぴょこんと背筋を伸ばしてモトさんを見つめた。
70歳近いその顔はしわくちゃで、ごま塩の髪は、ずいぶん伸びてしまっている。
もう家族も帰る場所もない、病んだその老人は、それでもどこか凛として、空を仰いでいる。

「ねえ、モトさん仕事無理して行くこと無いよ。膝、まだ痛いんでしょ? 僕ね、居酒屋の仕込みと掃除のバイト、増やしたんだ。時給だってそのうち上がる。モトさんが必要なものくらい、持ってきてあげる・・・あ!・・」
言い終わらないうちに、由希は後ろから伸びた腕に首根っこを掴まれて、ヒョイと持ち上げられた。
振り返ると、シロウが怖い顔で睨んでいる。
「このアホ垂れ。しょーもないことぬかしとらんで、さっさと家帰って母ちゃんのオッパイでもしゃぶっとれ。お前みたいなガキに施し受けるくらいなら、腹かっさばいた方がマシやわ!」
由希は殴られるのかと目を閉じた。

けれどシロウはそれだけ言うとポイと由希から手を放し、笑顔になって、下に降ろしていたチャトラを抱き上げた。
「おお、よしよし。大声出してすまんかったの、チャトラ」
抱かれるのが嫌いなチャトラは嫌そうに体を捻り、さっきシロウに投げ出されたミケは、するりとモトさんの膝にすり寄った。
モトさんがニコニコして、その頭を撫でると、ミケは嬉しそうに喉を鳴らし始めた。

「・・・ごめんなさい」
由希は、ミケを撫でるモトさんの手を見ながら、謝った。
分かっているつもりだったのに。彼らとの暗黙の了解を、自分は破ってしまったのだと恥ずかしくて仕方なかった。
ミケを撫でていたモトさんの左手が、スイと由希の頭の上に伸び、頬にすべり、顎を包み込んだ。
「ほら、見い」
モトさんの乾いた温かい手が由希の顎を持ち上げ、空に向けさせた。

「雲が低うなったろ。雨が降るで。もう家に帰りや、由希。濡れたらな、風邪ひくでな」
ゆっくり、風のようにモトさんは呟く。
もう一度由希の頭を優しく撫でてくれた手が、ふっと離れていく。
「もう、家にお帰り。由希」
モトさんが笑った。
優しい笑顔だったのに、由希は泣きたくなった。

・・・帰りたくない・・・。

ポツリと由希の頬に冷たい雨粒が落ちてきた。
空は更に、泣き出しそうな鉛色だった。
「またおいでな、由希」
モトさんの最後の言葉にほんの少しホッとして、由希はやっと小さく頷いてみる。

立ち上がった途端、ポツリともう一粒雨が首筋に落ち、由希は細い体をひとつ、震わせた。




---------------------------------------------------------------------------------------
本編、はじまりました。
次回からまた、2~3日置き更新になります。
どうぞ、温かく見守ってやってください。m(_ _)m


関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 凍える星
もくじ  3kaku_s_L.png モザイクの月
もくじ  3kaku_s_L.png NOISE 
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU・3 托卵
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【雨の日は猫を抱いて  【あらすじ】】へ
  • 【(雑記)高村先生の雑文集】へ

~ Comment ~

始まりましたね 

不登校児とホームレスですか。
幕は上がった。

これからどうなっていくのか、楽しみに通わせてもらいます。

NoTitle 

この二人は、何が 心を通じ合わせたのかな。

年老いて病弱なモトさんと 将来がある まだ若い由希

社会に 学校に 世間に 馴染めない者同士が抱く
淋しさ?孤独? それとも 本当の優しさ?

意外なキャラ設定で 吃驚!
このキャラ設定で もう そこ ここに切なさが漂っているのですけど~~
悲~~q(T▽Tq)(pT▽T)p~~哀...byebye☆


しのぶもじずりさんへ 

いらっしゃい!
はい、幕は上がりました。

この不登校児(なのか?)が、主人公です。
ホームレスさんは・・・このうちどちらかがレギュラー入りです^^どっちかな。
そして3話から、もう一人の主役が登場します。

ゆるりと、遊びにきてくださいね^^

けいったんさんへ 

けいったんさん、ようこそ^^

> 社会に 学校に 世間に 馴染めない者同士が抱く
> 淋しさ?孤独? それとも 本当の優しさ?

由希の身の上については、そのうち、じわじわと分かって来ると思います。
由希に付きまとう寂しさ、孤独が、この物語のテーマかもしれません。

物語は、一気に悲しい方向に堕ち込んで行きます。
この頃の、公園でのモトさんとの抱擁が、一番幸せな時期だったのかも・・・。

> 意外なキャラ設定で 吃驚!

ふふ。びっくりですよね。
でも、まだまだ、もう一人の主人公、写真家が出てきていません。
これも、今までにない感じのキャラ…だと思うんです。

> このキャラ設定で もう そこ ここに切なさが漂っているのですけど~~

そう言って戴けて、うれしいです。
まだまだ、ここは平和な時間なのですが・・・。

このあと、いろいろいろいろあります。
どうか、・・・ついてきてくださいね><

 

連載中に大恐慌が来て国民的に「当たり前」の話になったら嫌だなあ、とギリシャ関連のニュースを聞いて思う。
  • #6533 ポール・ブリッツ 
  • URL 
  • 2012.06/18 18:59 
  •  ▲EntryTop 

ポール・ブリッツさんへ 

う~ん、それは怖いですね。

スパイものを書いてる途中に、ベルリンの壁が崩壊して、連載内容が変わったマンガのように、辛い。

でも、ホームレスの描写は、この第1話だけになりそうです。
このあとは、またいろんな事件が・・・・。

お初です 

何度も訪問してしまい、すみません
こうしてコメントを書くのは初めてです

ここから殺人事件・・・これは「社会派」に分類されるんでしょうか。
描写が鮮やかすぎて、なんだか息苦しい
そんな野暮ったいことは―まあ、気にしないでこれからも拝読させて貰いますね
  • #6536 十二月一日 晩冬 
  • URL 
  • 2012.06/18 21:13 
  •  ▲EntryTop 

十二月一日 晩冬さんへ 

はじめまして。いらっしゃい。
お名前は、何とお読みするんでしょう。

コメントありがとうございます!
そうですね。
視点の人物の感情を、描写の中に過分に入れ込んでしまうのが、私の特徴のようです。
息切れのしないあたりまで、読んでいただけるとうれしいです。


あ、名前ですか 

しわすだ ばんとう
ですww

過分ですか・・・素敵な作風だと思いますが―
読み始めたら最後まで読み切りますよ。2、3日後が愉しみです

  • #6538 十二月一日 晩冬 
  • URL 
  • 2012.06/18 23:14 
  •  ▲EntryTop 

十二月一日 晩冬さんへ 

しわすだ ばんとうさんですね。w

再度ありがとうございます。

あ、事件の方は「社会派」と・・・・・言えなくもないかな?(うーん、どうでしょう)

お気に召すかどうか自信がないですが、また覗いてやってください。

NoTitle 

読み始めましたよ(#^.^#)

こちらもだいぶ頭フル回転状態になりそうなので、ゆっくり読んでいきますね(-_-;)
小説の書き出しはいつもワクワクです。

梶さんへ 

ありがとうございます!
感激と、緊張と^^

本筋はミステリータッチの人間模様なのですが、
この先、梶さん的に「ん?」と思える描写があるやもしれません。
でも、大事な通過点だと思って、静観してやってください^^

全て読み終えた後に、納得してもらえる物語を目指して、がんばります!
(亀更新なので、完結までに3カ月くらいかかりそうですが・・・^^;)

拍手鍵コメNさんへ 2 

新作第1話へ、ようこそ!

ドキドキしてもらえて、嬉しいです。
ミステリー要素を含んでいますが、真面目に、登場人物たちの心の物語を書いていきたいと思います。

私も、期待と不安でドキドキ・・・です^^;

NoTitle 

素敵な第一話です。
なんだろう、この登場人物たちは、というのと、
三人の個性が共存している感じがとても良いです。

またおいでな、という言葉に安心するということは、由希の存在できる場所が限られているということなのでしょうか。

あまり深く考えずに、次話をお待ちしています^^

けいさんへ 

> 素敵な第一話です。
> なんだろう、この登場人物たちは、というのと、
> 三人の個性が共存している感じがとても良いです。

ありがとうございます~。そう言ってもらえてうれしいです。
このホームレスさんたちは、このあと、微妙に本筋に関わってきますが、主な登場人物ではないのです。
でも、由希にとっては大切な人たちです。

この第1話で、それが伝わってホッとしています。
第1話は、本当に緊張しますね。

>またおいでな、という言葉に安心するということは、由希の存在できる場所が限られているということなのでしょうか。

けいさんの、鋭い読み!
はい・・・これは、第2話を読めば、少しだけ見えてくるかも・・・です。

でも、その実体は複雑で><

今回は、いろいろ妄想や推理を膨らませて行ってください。

この後も、由希の悲しみに、ジワジワと触れて行ってもらえるとうれしいです^^

再度 

いやいや「社会派」に今飢えてますから、とても楽しみです!
この冒頭だけでドラマ部分が濃密なので、期待と想像が膨らむばかりです・・・重圧に感じられたらスミマセン;;


リンクを誠に勝手ながら貼らせて貰いますね。
  • #6562 十二月一日 晩冬 
  • URL 
  • 2012.06/21 21:27 
  •  ▲EntryTop 

十二月一日 晩冬さんへ 

再度、ありがとうございます。

「社会派」と言えるほど硬派ではないかもしれませんが、サスペンスとして、読んでやってもらえるとうれしいです。
期待に添えるように頑張ります。
(でも、ほんと亀更新で、ごめんなさい)
明日、次話更新です。

リンク、ありがとうございます。
こちらも貼らせていただきますね。

NoTitle 

こんにちは。
おくればせながら、雨猫、今日から読み始めましたですよん。^^
ゆっくり楽しみながら読ませていただきます。^^ノノ

マダム猫柳さんへ 

うわ~~、マダム、いらっしゃい。
雨猫、読んでくださるんですか! うれしいです><
天にも昇るよう~~♪
ちっとハードでシリアスなな展開もありますが、どうぞ気楽にのんびり読んでやってください。
(亀更新ですしね^^)
コメントも、気になさらずに、ほんと、お気楽に読んでください。
ありがとうございます~~^^

NoTitle 

ふふふ。今度は雨猫でございます(笑)
カエルヒから下に下にと(笑)

ホームレスと登校拒否になっておそらくは退学した?少年。
ちなみに少年ですよね?一瞬女の子かな?と(笑)
名前がちょっと中性的で。
名は体を表すと言いますから、少なくともミツル君タイプじゃなく、ナギの方に体格とかは似ているのかな?猫ですしね(笑)
  • #10929 ぐりーんすぷらうと 
  • URL 
  • 2013.12/20 21:16 
  •  ▲EntryTop 

ぐりーんすぷらうとさんへ 

おお~、本当に上から降りて来られてるのですね。ドキドキ。
年代順ではないので、途中でひょっこり、まだ書き始めたばかりの頃の作品もあって、お恥ずかしいのですが^^;
(あらすじを読んで、面白くなさそうだと思ったら、飛ばしてくださいね^^)

雨猫は、私の中でもかなりな長編です。
やっぱり結構な悲劇なのかも・・・。

ああ、そうなんです。
けっこう由希を、女の子だと思われた方がいらっしゃって。どこかに「僕」を入れたんですが、最近は僕っていう女の子も、ちらほらいるようなので。

はい、由希は16歳の、華奢な男の子です。そう、不登校になっちゃってる、高校2年生。
女の子に間違われるほどフェミニンな顔立ちと、雰囲気の男の子です。
3話あたりから、この物語のもう一人の主人公も登場します。
こっちは可愛くない奴ですが(笑)
またまた、ミステリー仕立てて、お送りします。
ぐりーんすぷらうとさんに、楽しんでいただければいいな。

どうぞ、お時間のある時だけでいいので、またお立ち寄りくださいね^^
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【雨の日は猫を抱いて  【あらすじ】】へ
  • 【(雑記)高村先生の雑文集】へ