KEEP OUT 6  愛する君の為に

KEEP OUT6 第20話 溢れだす

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「どう? あれから少しは落ち着いた?」
聡は美沙の目を気遣うように覗き込みながら、そう訊いてきた。
その日の昼過ぎ、マンションに籠もっていた美沙を誘って聡が連れてきてくれたこの喫茶店は、落ち着いたレトロな雰囲気と香ばしいコーヒーの香りで、美沙をとてもリラックスさせてくれた。

「局長、落ち着いたも何も、私まったく何ともないですから。そんなヤワな女に見えますか?」
美沙は心外さをアピールするために不機嫌に言ってみたが、聡はそんな美沙に、ただ優しく笑いかけてくるだけだ。
癪ではあったが、しかしこうやって心底自分を気遣ってくれる目の前の男は、美沙の中で日に日に存在感を増していた。
守られたいとも甘えたいとも思ったことの無い自分が、軟弱になったものだと、少し腹立たしくもあった。

「ところで春樹君に今朝会ったんだけど、彼、雰囲気変わったね」
「春樹に?」
その名が出るだけで美沙の胸が鈍く痛んだ。
「うん。今回のことを大まかに説明して、美沙ちゃんのことが解決するまで本社においでって言っておいた」
「春樹は何て?」
「美沙ちゃんが『そうしろ』っていったら、従うって。なんかさ、彼、本当に君にだけ忠実だよね。探偵社に勤めてるっていうより、君に仕えてるって感じで」
「やめてくださいよ。何だか犬みたいに聞こえる」
美沙は苦笑した。
「いや、ちょっと妬けたもんでね。君たちの関係に」
「私たちはただの未熟な上司と、子供っぽさの抜けない新入社員ですよ」
「じゃあ、春樹君が君に想いを寄せてるってことは、ありえない話?」
「・・・は?」
あまりに唐突に切り替わった話の軌道に、美沙は動転して裏返った声を出した。

「この間、薫がそんなそんな話を振ってきてさ。そんなことないだろって薫には返したんだけど、その時なんとなく落ち付かなくなってね。俺は少しばかり焦ったのかもしれないな。18歳の少年に、40過ぎのこのオッサンが、だ」

美沙は目を見開いて正面に座る男を見つめた。
《いったい何の話をしてるんですか》、と言おうかとも思ったが、美沙は素直に話の先を訊くことを選んだ。
純粋に、目の前の男が何を思っているのかを、ちゃんと知りたいと思ったのだ。

「実はね、春樹君を正式に本社に引き入れようと思ってるんだ」
「春樹を?」
「行方調査だけでこの先、二人の生活を賄うだけの収入を得るのはきついはずだ。君さえ良ければ春樹君にそう言ってみようと思うんだが」
「いえ、素行調査、浮気調査の導入も考慮しています。そんな心配は無用です」
「浮気調査は君が思っているよりも精神の負担になる。君のプライドさえ許せば、君も本社に来て欲しいんだ。本社の行方調査のエキスパートとして」
「鴻上支店は必要無いと?」
少しばかり冷ややかに言っては見たものの、美沙はその不躾な提案に、不思議と怒りや不快感は湧いてこなかった。
ただ自分は、この話を断って、今日は帰るのだなとボンヤリ予測した。

「必要無いんじゃない。必要だから本社に取り込むんだ」
「じゃあ吸収合併?」
美沙は自分で言って、自分で可笑しくなり、クスクスと笑った。
「仕事が手につかなくてさ」
けれど急に繋がらないセリフを投げてきた聡に、美沙は笑うのをやめ、目の前の男を見つめた。

「高浜のことがあってから、心配でたまらないんだ。同時に今も街をうろついているかもしれないあの男を思うと、殺してやりたいほど腹が立ってくる。君が一人でマンションに籠もっていても、心配で仕方なくなる」
「・・・局長?」
「君を守りたいと思った」
聡はテーブルの上の冷めたコーヒーに向けていた視線をゆっくり上げて、美沙の視線に絡めた。

「君が大切なんだって思い知らされた。君を守りたい。これからずっと守って行きたい」

それはあまりに唐突すぎて、言葉の意味を半分も理解出来ぬまま美沙は、何か言わなくてはと、必死で考えた。
けれど情けなくなるほど何の言葉も浮かんでこず、微かに口を開けたまま美沙は、ただ聡の目を見つめ返すことしか出来なかった。
張りつめた沈黙を破ったのは、再び視線をテーブルに戻した聡の方だった。

「昨日、電話で春樹君と話した時にね」
「・・・はい」

凝りもせず、その名に美沙の心臓がトンと跳ねた。
「春樹君に言われたんだ。唐突に」
「春樹に?」
「美沙を、大切にしてくれますか? って」
「・・・」
「もしかして、春樹君は俺の気持ちに気づいてて、応援してくれてるのかな・・・なんて、ちょっと思ったりしてさ」

目の奥が熱く痛んだと思った時にはもう遅かった。
感情の動きよりも先に、涙が美沙の目から溢れ出し、熱いまま頬を伝った。
それは美沙自身を驚かせ、そして同時にもう、この涙は止まらぬのだと瞬時に諦めた。

今まで眠らせていた感情が一斉に目覚め、悲しみも憎しみも愛おしさも、一切合切が寂しさに変換された瞬間だった。

『春樹・・・』
声にならない声が胸の奥から込み上げてきた。
そして今、初めて聞いた、春樹の心の声。
《美沙を、大切にしてくれますか?》
その瞬間、美沙の脳裏にその声が鮮明に再生された。
清らかで愛おしくて、けれど触れることを躊躇われた宝物は今、美沙の体からスイと離れ、二度と開けられないガラスのカプセルに封印された気がした。

切なさと無力感が涙となって美沙の頬を伝った。
春樹が何を思ってその言葉を聡に言ったのか。たぶん自分は分かっている。
その事が、震えるほど苦しかった。
春樹は、やはり美沙のことを、自分を見守ってくれている姉替わりの人間だと位置づけているのだ。
そして、春樹のそばにいることで、苦しんでいることを知っている。
知られたくない秘密があると言う、本当の理由はもちろん知らなくても、春樹はカンのいい子だから。

自分はやはり、春樹に気遣わせるだけの、情けない姉だったのだ。
そして春樹は、その情けない姉の幸せを願ってくれている。
聡に、その願いを託そうとした。
この、目の前の男に。

聡がひどく慌てて濃紺のハンカチを差し出してくれるまで、美沙は涙を拭うという行為も忘れていた。
「美沙ちゃん、ごめん。気に障ること言った? 俺、こういうの慣れて無くて・・・」
聡のハンカチをやんわり断り、自分のハンカチで目を覆いながら美沙は首を横振った。
まるで三流の恋愛ドラマのシーンみたいだと思いながら美沙は、「局長のせいじゃないんです。ごめんなさい。少しだけ待って下さい」と、声に出した。
ちょっと待って貰ったところで、今この胸の中に溢れる感情はどこに収めて良いものか分からなかったが、とにかく美沙は涙を止めることだけに神経を集中した。
春樹の為にも、春樹の事を少しだけ忘れてみようとした数分間だった。

美沙がゆっくりハンカチを外し顔を上げると、『待て』と言われて必死に言いつけを守っている犬のような目をして、目の前の男は座っていた。
心から美沙を想い、気遣い、愛情を示してくれた男。
自分なんかのために、これほどまで心を痛めてくれる。

「局長。少しだけ時間を下さい。なるべく・・・前向きに考えてみますから」
美沙は聡を真っすぐ見つめた。
聡はハッとしたように美沙と目を合わせ、「うん」と、弾かれたように答えた。

「・・・ねえ美沙ちゃん、それはどっちの返事?」
2分経ってからやっと、そう訊いてきた聡。
美沙は笑い、「吸収合併の件」とサラリと言ってみる。

ああ・・・、と少し悲しそうに微笑んで目を伏せた聡に、美沙は不思議なほど安堵を感じた。
溢れ出て来るこの感情はどこへ向かうのだろう。この人を愛おしいと思う、この気持ちは。
目の前の男への想いが膨らむほどに、胸を突き刺してくる悲しみが確かにある。
けれど、その悲しみは、悲しみゆえに美沙から遠ざかろうと身をひるがえす。
美沙の想いを知らぬまま、美沙の幸せだけを願っている。
だとしたら、それに応えてやることはもしかしたら、あの子の幸せなのではないだろうか。

春樹、ねえ、私は・・・この想いに従ってもいいのかな。 

さっき遠ざけたはずの少年の面影を手繰り寄せ、無意識に訊いている自分がいた。
濡れたハンカチを握りしめながら、ただ祈るように美沙は、心の中の少年の答えを待ち続けた。
自分が、決して愛してはいけない、少年の答えを。




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~ Comment ~

NoTitle 

シーン4084。

思いつめたような春樹と美沙とのカットバック。

BGM「碧いうさぎ」

アクショーン!(カチンコ)

NoTitle 

待て、と言われて、アニキ、ワンコ化?
アニキのイメージが・・・

いやいや、美沙、どうするのさ。
二人から想われる美沙は幸せ者。

40代と20代は上手くいくって、何かで見たぞ。
どうする18?

ポール・ブリッツさんへ 

まさに、そんなシーンですね。
碧いうさぎ~~~w

あああ、もう、この20話、厳しかったなあ。
何度書きなおしても、納得が行かず。
ああ、もう、美沙~(ー"ー )

けいさんへ 

アニキねえ、仕事の時は本当にクールで敏腕なのに、そのシーンが書けないから、すっかりワンコ系・・・。
ごめんね、アニキ。

美沙、幸せもんですよねえ。
でも、めちゃくちゃ悩んでる。
ちょっと、いや、かなり揺れ動いてますね。(かなり優柔不断な面が出てきました)
おまけに春樹の本当の気持ちを、誤解してるし。

けいさんなら、やっぱり包容力のあるアニキ・・・ですか?

しかしこの二人、歳の差15歳かあ。今では、珍しくないのかな^^;

ほんと、どうする?18歳!

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメSさんへ 

Sさん、ご訪問、ありがとうございます^^
私もまた、遊びにいかせてもらいますね。
更新、がんばってください!

NoTitle 

つい この前までは、春樹100: 聡0 (当社比)だったのに!
いつの間に~いつの間にか 春樹 40: 聡60(当社比)にーー!Σ(=ω=;)ギク!!

春樹への愛情と 聡への愛情、
どちらが 純粋なもの?どちらが 本当の美沙の気持ち?
それは ただただ泣くしかない美沙自身も 分かんないでしょうね。

アネゴな美沙を、乙女に変身♪させるだけ 緊張を強いられる関係の春樹には無い 安心&安定感と頼りがいが聡に あるって事なんだろうなぁ...( ̄Λ ̄)ゞ んむっ

聡の気持ちに拍車をかけた 悔やんでも悔やみきれない 春樹のひと言
しかも 無意識で 覚えていないだけに余計に・・・

『碧いうさぎ ずっと待ってる 独りきりで震えながら
淋しすぎて 死んでしまうわ 早く暖めて欲しい』
全部書き上げたい位 素敵な歌詞で・・・llliii ̄(=∵=) ̄iiilll...byebye☆

けいったんさんへ 

すごく正確な(当社比)リサーチ、ありがとうーー。
うん。
きっとそうなんでしょう。
美沙自身も、自分の揺れ動く気持ちに戸惑って、何が本当の愛なのか、分からない状態なんだと思います。
けいったんさん、分かってくれてうれしい。
優柔不断・・・という見方もできますが(作者が言ったくせに)、美沙はやっぱり、特殊な位置にいるわけで。

長いこと春樹の傍で、見守りながら苦しんで、ここで聡ですから。
ちょっとばかり、揺れさせてあげたい。

春樹の気持ちはね・・・・このあと、じわじわ分かってきますよ、読者様に。

美沙も、さらにこのあと心を揺さぶられます。春樹に・・・。

ああ、もう、「蒼いうさぎ」、毎回、エンディングで流したい・・・・°(´;ω;`)

拍手鍵コメNさんへ 

Nさん、今回も、拍手コメ、ありがとうございました^^
こちらにコメ返させてもらいますね。

>好きという思いのかけらはすぐに消えてなくなるものでは無いし、あたらしい好きにであったときの不安、、美沙ちゃんの心が垣間見えてせつなくなってしまいました。 

美沙の、春樹への想いと、聡への想いを汲みとってくださって、すごくうれしいです。
春樹を愛することは、美沙にとってもろ刃の刃。
聡の朗らかな愛情に、いま、大きくゆらいでいます。

このあと、それぞれがどういう結論にいたるのか・・・・。
(ものすごく、ゆらゆらしますが^^;)どうぞ、見守ってやってください^^

NoTitle 

ああ、美沙さんっ。
蒼いうさぎ……?

なんです、それっ。

るるさんへ 

蒼いうさぎったら、蒼いうさぎですよ~~www

あの名曲を知らぬとは・・・って、そうなのか?

逆になぜ、みんな知ってるんだ?

やっと追いついた^^ 

最近ゆっくりお邪魔することができず
本日久しぶりにKEEP OUT 6通しで読みました。
すごい緊迫感でした。ふぅ~。素晴らしいです。

美沙の選択やいかに。
展開が楽しみです。

ところで隆也くん、お勉強はすすんでいるんでしょうか・・・(笑)



Happy Flower Popさんへ 

おお、いろいろお忙しいのに、ここまで読んでくださったんですね。
嬉しいです!!

き、緊張してくださいましたか!
それはなによりうれしいです。
彼らの気持ちが、届いたのですよね。

このあたり、作者自身が力が入り過ぎて、文章にもそれが出てしまったようで、「しまった」と感じたんですが、・・・やはり、どうしても力が入ってしまいます。
もっと、さらりと緊迫感を出したいのですが・・・。
この後も、一話一話、緊張が続きます。どうか、あと10話、お暇がありましたら、覗いてやってください^^

た・・・隆也! Σ( ̄ロ ̄lll) 勉強、進んでません!! ヤバイし!

碧いうさぎ 

なぜ知っているかって?

齢だから(撲殺)

ポール・ブリッツさんへ 


Σ( ̄ロ ̄lll)

NoTitle 

ここからなんだぁ~
随分休んでいました。
へへ

美沙の気持ちを読んでいた時、初めの頃の二人のシーンを思い出しました。
呑んだくれて春樹の心配の種みたいだった美沙。
この頃から少しづつ大人になっていった二人。
成長の物語でもあるのよねぇ。
あれから春樹は随分、大人になったよね。
本当に・・・

美沙が絶対に知ってほしくない事実。
春樹は知ってしまった。
だとしたら、二人の間に障害が無くなったと考えるべきか、そうではないのか。
むぅ・・・楽しみにしようっと。
やっぱ楽しいニャン。
戻ってきてよかったよう。

ぴゆうさんへ 

ぴゆうさん、お帰りなさい~^^
さっそく来ていただいて、ありがとうございます。

ああ、そうでした。最初の頃、美沙は、春樹をわざと辛辣に扱って、遠ざけていました。
互いに傷つけるだけの時間。

あの頃から、色々乗り越えて、ここまで来ました。
二人を引き離した「秘密」が無くなってからが、この物語の真髄で・・・。

今は、何を書いてもネタバレになりそうなので、お口チャックですが・・・どうか、
このあともお付き合いください。

NoTitle 

一気にここまで読んでしまいました!!><
lime さん、すごすぎるー!!!なんかもう何て言ったら…。もうすっかり分析とか頭から吹っ飛んでおります(苦笑)。作家さんだ、もう絶対そうだ!!(確信!!)

なんというすれちがい、なんという…。

私、春樹と美沙さん大好きなんですよ(ちなみに薫さんも大好きなんですけど…番外編笑っちゃいました。この章ではもう出ないのですね、残念)。隆也だって、大好きになりましたよ。咲子さんはまだちょっと嫌悪感がありますけど…。

…ううう。どうかどうか微かな希望だけでも、一縷の望みかもしれないのですが、ううう、神様。lime 様…どうかふたりを!!

今日は読むの、ここまでだわ…。
最終話読んでから、きちんと感想UPしますね^^

あとここ最近アクセス数、急激増加とかになってたらすみません!!
犯人はたぶん私です。一気読みしてしまったから、ごめんなさい><

rurubu1001さんへ 

rurubuさん、おはようございます。
なんと! もうここまで読んでくださったのですね! めちゃくちゃうれしいです><
そして、嬉しいお言葉ありがとうございます。

春樹や美沙や隆也を気に入ってもらえることが、なによりうれしいです。
彼らを好きになっていただけないことには、きっとこの物語、何も面白くないような気がするので。
薫(笑)私もお気に入りだったんですが、彼を登場させると、どうしてもコメディになっちゃうので(爆)
咲子には嫌悪感を抱いてほしかったのも半分あるので、願ったり叶ったりです^^

恋愛ものが書けない私ですが、この二人についてはもう、放っておけない感じになってしまって、最終章はこの二人を中心に描いてみました。
このラストに関しては、読者様がどう感じたかが私にとって、とても気になるところなので、どうぞ率直な感想をおしえてくださいね。

あ、アクセス数は、何度来られても一人一回しかカウントされないので、だいじょうぶですよ~~^^
もう、何度でも来てやってください。うち、そんなに訪問者は多くないので、ひやかしでもいいので寄ってやってください><
元気の出る温かいコメ、本当にいつもありがとうございます!!


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