KEEP OUT 6  愛する君の為に

KEEP OUT6 第19話 決別

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竹沢の腕を掴んだ瞬間、いつものようにその特異な感覚が春樹を満たした。
ザブンと水中に潜り込んだ時のように外界の音がくぐもり、そこからは春樹と、春樹が触れた人間の記憶だけの空間となる。
隆也が後ろから叫ぶ声が微かに聞こえた。
けれどもう戻れないのだ。さっきまでいた世界には。

竹沢が般若のような形相で睨んでくるのがわかった。
それは竹沢がその瞬時、天野圭一の記憶を最前線に引き出していることの現れだった。
溢れ出てくる、あの夜の記憶。
兄、圭一の電話越しの叫び声。
触れた肌から浸食してくる竹沢の記憶は、容赦の無い刃だった。

『竹沢、消去だ、ごめん! 親父にバレタ!』
「は? 何言ってんだよ天野!」
『まさか俺のPCファイル開かれるとは思わなくて! ごめん!』
「お前何言ってんのか分かってんのかよ! どうすんだよ!」
『すぐにビアンカを閉鎖してくれ。手持ちの全ファイル消去。親父、怒りまくってるんだ。もう手が付けられない。そう言う犯罪の撲滅に力を入れてきた人だから。ビアンカも探られるかもしれない。あいつ、息子だからって、許す奴じゃないんだ。頭イカレてんだ!』
「馬鹿ヤローが。ぶっ殺せそんな親父! お前どういう事か分かってんだろうな! 責任取れよ!」

竹沢の中に強烈に焼き付いていた、あの火事が起こる前の電話の記憶だ。
そして混在して流れ込んで来るのは、サークルとは名ばかりの、児童ポルノ犯罪の巣窟。
商品画像の収集、売買、被害児童のあどけない顔、裸体。おびただしい、目を背けたくなる映像の数々。
それらを眺める竹沢、その他のメンバーの高揚した笑い。
竹沢の中にある、“これは誰を痛めつけるでもない、まったく正当なビジネスなのだ。”という信じられない理念。
その狭間には兄、圭一の姿も混ざり込んでいる。春樹の知らない、天野圭一という男の。
竹沢の感情を通した天野圭一は、歪んだ性癖を持ち、厳格すぎる親に反感を持つ、時として感情の不安定な、同族だった。
そこには、春樹の知っている「兄」は、居ない。
竹沢と同等の欲情した笑いを画像に向ける、知らない男だった。
そしてその男の生涯は、竹沢の中で 《あの夜、ちゃんと始末をつけて逝ってくれた》 という安堵の結末で幕を閉じられていた。

ほんの数秒のうちに取り込まれた莫大な量の情報は今、春樹の感情を醜悪なもので満たし、絶望させ、崩壊ギリギリの痛烈な負荷を与えた。

「何だよ! 放せ、コラ!」
春樹の手を乱暴に振り払いながら「こいつ、頭おかしいんじゃないの?」と隆也の方を見て吐き捨てるように言ったあと、竹沢は逃げるようにレストランのほうへ走り、ドアの中に消えてしまった。


         ◇

「春樹!」
その場に呆然と立ちつくす春樹に走り寄りその肩にそっと手を置いたが、しかし隆也は自分がこの瞬間掛けるべき言葉がまるで見つからない。
ただ、春樹のダメージだけは、訊かなくても分かっていた。
春樹は知らなくていい真実を知ってしまったのだ。
蒼白な頬も、見開いたまま見えない何かを見つめている瞳も、もうさっきまでの何も知らなかった少年のものではないのだ。

「行こう、春樹。帰ろう」
傍を通り抜けてゆく人々の好奇な視線がうざったくて、隆也は春樹を帰路の方向へ促した。
悶えるほどの後悔と自戒の念が、隆也の中に溢れかえっていたが、もうどうすることもできない。
予測できた高熱の炎に自ら飛び込んだのは春樹自身であり、これからその衝撃との戦いが始まる事もきっと、本人は承知しているのだ。

もう、戻れないのだろう。
ならば自分の役目はただ一つだった。

「マンション、帰ろうな、春樹」
「・・・うん」
「タクシーのほうが、いい?」
「いや・・・大丈夫」
「何か食い物買ってかえろうか」
「隆也」
「ん?」
「・・・訊かないのか?」
ゆっくりと歩を合わせて駅の方向へ歩きながら、春樹は表情の戻らない青白い顔を、フッと隆也に向けた。
「うん。訊かない。3年前の真実なんて、俺にはどうだっていい」
「・・・」
「俺は春樹がこれ以上何かで苦しむのが嫌なんだ」

カサカサと街路樹が音を立て、そのあと乾いた冷風が二人の間を吹き抜けていった。
春樹は黙ったまま身を縮ませ、ゆっくり歩きながら隆也の言葉を聞いている。

「だって、春樹は何もして無いじゃないか。春樹は少しも悪くないのにさ。こんなの・・・おかしいよ」
隆也は声が怒りでうわずらないように、必死でセーブした。
自分が激高して取り乱すのだけは止めたかった。
自分の横を歩くこの友人の心の中に、今どんな嵐が吹き荒れているのか予想すらできない自分には、ただ静かに寄り添う事しかできないと思った。

「春樹は少しも悪くない・・・って・・・」
春樹はふいに小さな声でポツリと言った。

「え?」
「兄貴がさ、僕が学校で虐められたり、親に酷く叱られたあと、必ず言ってくれたんだ。“春樹は少しも悪くないよ。悪いのは、全部あいつらだ ”って。だから、そんな悲しい顔すんなって。いつも優しくて、僕の味方で。大好きだった」
「・・・そう」

「あの兄貴は、・・・もういないんだね」

隆也は返事ができなかった。
脳天に突き上げるような悲しみと、この不条理への憤りで目の前が霞み、嗚咽を漏らしそうだった。

その言葉は隆也への問いかけではない。
春樹自身の何も知らなかった過去との決別の声であり、痛々しい、諦めの言葉だったのだと隆也には思えた。



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~ Comment ~

NoTitle 

なんとまぁ。
言葉もない。
竹沢の姑息さに反吐が出るよ。
圭一の負の遺産。
何も知らない弟を苦しめるなんて酷すぎる。
親まで奪って・・・
どうしてこういう奴って独りで逝かないわけ?
竹沢を連れていけよ。
馬鹿野郎
なんかムカムカが収まりそうにない。
隆也がいてくれて本当に良かったよ。
今はそれだけ。

ぴゆうさんへ 

さっそくのコメ、ありがとうございます。
本当はもっともっと、春樹に伝わった情報は膨大だったんでしょうが、
これだけ抜粋するのがやっとでした。
後半から隆也視点にしてしまいましたが、辛くてとても春樹視点で書くことが出来ず。

竹沢は、私が描いた悪党のワースト3に入りますねえ。
こんな小ずるい奴ほど、世渡りがうまかったりするんでしょう(>_<)

もちろん圭一自身が犯してしまった事件であり、圭一の罪は計り知れないほど大きいんですが。
今はとにかく、春樹のダメージが・・・。


このあと(数話あとですが)、春樹の変化にともなって、物語もじわじわ動いて行きます。
もうしばらく、春樹を、見守ってやってください(>_<)

NoTitle 

ダイブして真実が判れば、佐々木の言った事なんか (  ̄ー) フンッ♪ と、鼻で笑ってやろうと思ったのにぃーー!

佐々木が告げた そのまんまんじゃん!
そのまんまんじゃんかよ~~(´。_。`;)ゞぅぅぅ…
圭一兄ちゃん、それはないよ!酷いよ!

ダイブして 溺れて 息するのも忘れたかの様な春樹
彼の心に どんな影を落とし どんな変化をもたらすの?

とにかく今は 隆也、春樹に 人工呼吸を~~!
(ii。-_-。 )ε・`*)♪...byebye☆

けいったんさんへ 

そっかΣ(゚ω゚:)
けいったんさんは、そっちの可能性を願ってたんですねーー!
そうとは、つゆ知らず。

ええ、もう、佐々木が予測したそのまんまでした (>_<)
この、竹沢の電話の後、圭一のあの凶行があり、そして美沙への電話・・・・と、なるのです。

ああ、全部嘘だったらよかったのにね・・・。
圭一兄ちゃん、酷すぎです。
春樹にはやさしい兄ちゃんでしたが・・・。父親との確執は大きかったようです。
口論で、カッとなって前後不覚に陥ったのかと・・・。(そこを証明してくれる生き証人は、もういないんですもんね><)

ほんと。まさしく、息をするのを忘れちゃったような春樹。
越えられるのか。どうだ。

隆也、そうだ、人工こき・・・・。 (u_u*)・・・なにさせるんですか! けいったんさん。

NoTitle 

こういうふうになったら、兄の犯行をを隠していた美沙さんの春樹くんへの愛に気づけと言われても普通は無理です。

どうしても、そういうバイアスをかけて見ることになるでしょう。

大丈夫なのか春樹くん。今の日本じゃ出家するにしても世捨て人になるにしてもなあ。

ポール・ブリッツさんへ 

この瞬間の春樹には、きっともう、美沙の気持ちを慮る余裕はないでしょうね(;_;)

ずっと春樹に隠していたことを、少し時間を経て、春樹がどう結論付けるか。
春樹が、兄の犯行へのショックと、美沙への感情を、ごっちゃにしてしまう人間かどうか・・・ですよねえ。

家族の惨劇の真実を、春樹が本当に乗り越える様(あるいは、受け入れられずに押しつぶされる様)を、ここですべて描くことはできないのですが、そのショックを抱えつつ、春樹がいったいどうするかを見届けていただけたら、と思います。
(世捨て人になるなよ~春樹^^;)

NoTitle 

春樹、知っちゃったね。良く出来ました。花丸ぐるぐる。

えっと、ポジ系の私としましては、春樹は知るべきだと前から申していまして・・・るっさいね(^^;)

春樹はこれでまた大きくなるんだ、前に進むんだ。ポジ票追加。

けいさんへ 

やったね、春樹。女神、けいさんに褒められたよ~~(〃´∀`〃)

そうですね、この試練を通らねば、春樹は前へ進めないでしょう。
ここで、崩れ落ちてしまうか、それとも立ち上がるか。
ここから春樹と言う人間の本質が見えてくるはずです。

けいさんのポジエネルギー充填。ポイント獲得なるか!

さあ、次回は・・・一番心配な美沙とアニキの物語・・・。

NoTitle 

な、なるほど……。
これは、次を期待するしかないっ。

ごくりっ。

るるさんへ 

るるさん、おはよう~。
ええ、緊迫して来ましたが。
次回は、ちょっとゆるいです^^

俺は春樹がこれ以上何かで苦しむのが嫌なんだ 

↑はい、これにすべてが集約されます。
ここでは、泣きました。

なんか、見えていた展開だったのに、やはり泣けます。

fateさんへ その4 

やっぱり、この、単純明快な言葉を隆也に言わせたかったです。

「いかにも」・・・なんだけど、やっぱり・・・ね^^
泣いてくださって、感激!

こんなこと言える隆也も、可愛い奴です。もうちょっと、手離せませんね。
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