KEEP OUT 6  愛する君の為に

KEEP OUT6 第14話 ヒトリ

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 数日前に買った参考書と問題集が、無造作にソファに投げ出されたままだった。

 少しばかり外で時間をつぶして帰宅した春樹は、ぼんやりとそれらを手に取り、パラパラとめくりながらソファに沈み込んだ。
 英語も数学も物理も、まだ高3レベルの知識は残っており、目についた代数の問題を傍にあったボールペンとメモ用紙を使って数問解いてみた。
 けれどそんなふうにして潰せる時間は僅かであり、あとはまた虚無と倦怠感が春樹に覆い被さった。

 チラリと視線を上げると、ローチェストの上の写真立ての中から両親と圭一が、穏やかな笑顔で春樹を見つめている。春樹はじっとそれを見つめた。
 その笑顔は、とても幸せそうに見えた。

「なんだか、そっちの方が楽しそうだな。一人は、つまんないよ」
 ふだん言ったこともない独り言が、つい口を付いて出てきた。圭一が《そうだろ?》と、写真の中で笑った気がした。

―――ねえ、兄貴。美沙に嫌われちゃったみたいなんだ。隆也にも。どうしたらいいかな。
小さい頃はいっぱい、そんな悩み聞いてくれたよね。もう、相談には乗ってくれないの? 昔はいつも、“春樹は悪くない”って言ってくれたのに。その言葉だけで、すごく安心できたのに。

 春樹は再びじっと写真を見つめたが、父も母も圭一もただ穏やかに笑い、春樹を見つめているだけだった。
「どうして3人とも居なくなっちゃうんだよ。酷いと思わない? 僕だけひとりぼっちだ」
 ふいに目頭がじわりと熱くなり、春樹は慌ててギュッと目を閉じた。深呼吸を繰り返した後、洗面所に走り、顔を洗った。
 泣くのはやめたのだ。泣いてどうにもならないことなら、胸を潰すだけ無駄だから。

 洗面台に立っていると、リビングで携帯がコールを始めた。電話のコールだ。
春樹は相手の名を確認するなり、慌てて電話に出た。

「隆也? どうした?」
『あ、春樹? あのさ、変なこと聞くようだけど……』
「何?」
『美沙さん、もう帰ってるかな』
「美沙?……今日は用事があるって言ってたから、まだだと思うけど」

 春樹は三日ぶりの隆也からの電話に少し緊張し、「ちょっとまって。見てくるから」と、携帯を耳に当てたまま廊下に飛び出した。
 美沙の部屋のドアスコープから光は漏れていない。帰宅していないことを確認すると春樹は、廊下に立ったまま隆也に伝えた。

「まだ戻ってないみたいだけど、どうした?」
『いや、それならいいんだ。ちょっと訊きたいことがあっただけだから』
「あれ? 携帯番号知らない? 教えようか?」
『いや、大丈夫。急ぐ用事じゃないしね。騒がせてごめんな』
「あ、隆也!」
 すぐさま電話を切ろうとした隆也を春樹は慌てて止めた。隆也の電話の内容の矛盾も、廊下に突っ立ったまま喋っている自分の奇妙さにも意識が及ばなかった。

「隆也、今夜はゼミ? 終わったらちょっとウチ、来ない?」
『え……でも、けっこう遅くなるよ。明日も仕事なんだろ? また今度にするよ』
「どうして?」
『……何が』
「隆也はいつも11時だろうが12時だろうがお構いなしにフラリと遊びに来てたじゃないか」
『悪かったよ』
「そんなこと言ってるんじゃなくて」
『ごめん、……またな。また寄せてもらうから』
そこで電話は切れた。

 春樹は携帯を持った手を見つめながら、シンと静まりかえった廊下で一つ、息を吐いた。
 何もかも分からないことだらけだった。隆也の態度も、突然の電話の意味も、自分の言った、我が儘も。
 まるで、聞き分けのない子供みたいだ。こんな事やればやるほど、隆也に疎ましく思われるだけなのに。
 春樹は携帯を握りしめたまま、重い足取りで自室の方へ向かった。

 もう何も考えるのはよそう。風呂に入って、少しばかりビールを飲んで、今日はちゃんと眠ろう。そう思いながらドアレバーに手を掛けた時だった。
 エレベーターがこのフロアで止まる音がし、春樹は慌てて自室に滑り込んだ。

 美沙だろうか。
 そう思っただけでなぜか心臓がバクバクと早く鼓動した。つい数時間前まで同じ部屋で一緒に仕事をしていた相手だというのに。

 そっとドアスコープから廊下を覗いてみる。別段、その時の春樹の行動に深い意味は無かった。ただ、美沙かどうか確認したい、それだけの事だった。
 けれど、ドアの前を横切っていく影は、思いがけず二つだった。

 一つは美沙。そしてもう一つは立花聡。
 二人はお互いを庇い合うように寄り添い、ゆっくりと春樹の視界を横切って行った。

 体中がすーっと冷たくなるような、もう今までの自分に戻れなくなってしまったような、絶望に似たさびしさに包まれながら、春樹は一歩、ドアから離れた。
 それ以上考えることを拒否した頭のままリビングに戻り、ストンとソファに座り込んだ。

 目は部屋の壁をぐるりと一周し、そしてローチェストの上の家族の写真に落ち着いた。
 やはり3人とも穏やかに笑っている。憎らしいほど平穏な笑顔で、『どうしたんだ? 春樹』 と口々に尋ねてくる。

「なんでもないよ。大丈夫」
 3人が見ている前で泣きたくはなかった。

 春樹はただじっといつまでも天井を仰ぎ、気持ちが落ち着くのを静かに待ち続けた。


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~ Comment ~

NoTitle 

春樹、寂しいよねぇ。
こんな時、肌を温めてくれる人でもいれば違うだろうに。
望む相手は違う男に寄り添っている。
頼る親友はよそよそしい。

今回はそれ以上の言葉が出てこない。
次回の大きな進展を待ちたい。
待ってるデェーーー

NoTitle 

次回、もっと大きな展開……。

どうなるんだろう。どきどきしますな。

変な先入観は持たないで楽しむことに決めたであります(^^)

NoTitle 

サブタイトルからして・・・
誰にも何もいえない春樹、せめて写真の家族に聴いてもらえたらね。

そして春樹は何も知らない。
美沙に起こったことも、隆也に起こったことも。

それを知ったときの反応が・・・どうなんすか、limeさん!

ぴゆうさんへ 

このあたりは、地味であまり進展の無い部分なのですが、
やはりしっかり書いておきたいと思いました。
読者様には、辛いし退屈かもしれないなと、不安だったんですが・・・。

春樹の寂しさ。これは、春樹を追い詰めて行きますが、春樹を変えることにもなって行きます。
良い悪いは、別として・・・。

次回、少し(いや、見ようによってはかなり)展開を見せます。

このあと、どんなふうに進んで行くのか、道が見えるかもしれません。

ポール・ブリッツさんへ 

へへ。次回は、やっと少しだけ動きます。

そのあとの、進む方向が見えてくるはずです。

なんのトリックも無いので、ゆったりとした気持ちで読んでやってくださいね^^
(たぶん・・・無いと思う・・・)

けいさんへ 

ここではじめて、春樹の、家族に対する思いも書いてみました。

これ、なかなか辛いので、今までは避けてきたんですが。
この後も、春樹の家族の回想が出てきます。
けいさんが、瞬君の実家を描いた時のように、私もすごくしんみりしました。

春樹、この段階では本当に何も知らず、皆に秘密を持たれて、一人ぼっちです。

人の心を覗く能力を持ったのに、逆に人の心から遠ざかってしまいました。

そんな春樹が次回・・・・・・・ついに・・・・。

拍手鍵コメNさんへ 

いつも、拍手鍵コメ、ありがとうございます!!
そう言って戴けて、すごくうれしいです。
そうですね、かなり、一話一話、集中して作り込んでいます。
あまりやり過ぎると、硬くて遊びの無い文体になってしまうのですが、
性分ですね^^;

でも、春樹の気持ちを、この文体の中からすごく理解してくださって感激です。
ここに返信しておきますね。気付いてください~ww

NoTitle 

泣くなっ!

……といっても無理ですよね。
男も泣きたいときは泣くのです。
そして吹っ切れるのです。
うん。

春樹、なくな!

るるさんへ 

るるさんも、泣きたい時はあるのですね!

男だって、泣いていいのです。
春樹は、けっこう我慢してますけど、ほんとうはきっと、泣き虫なのです。

るるさんも、泣いていいですょ!
(え? 今は春爛漫で、楽しくて仕方ないって?)むむ!
いいな~~、大学生かあ~~。泣

NoTitle 

ただでさえ 迷路の中、 踏ん張って 頑張って 光り差し込む出口を探し探しながら 生きて来た春樹なのに・・・
その光りも見えなくて 墨色の中 迷子になっちゃたね、春樹。///(x_x)///

迷子の子猫ちゃんには 犬のおまわりさんが居たけど...
春樹の 犬のおまわりさんは 誰なの?
d(=^‥^=)b ニャッ!U^ェ^U ワン♪...byebye☆


けいったんさんへ 

ほんとに、ほんとに。
まさに春樹は迷子になっちゃいましたね。
あんなに、健気に生きて来た春樹なのに。

でもも、きっとこの後は光が・・・・とか、思います?
春樹の苦しみはここからだと言ったら、けいったんさん、逃げちゃうかなあ・・・・。
逃げないでね~~!
春樹、がんばるから~涙

春樹のおまわりさんは、だれなんでしょうね。
助けに来てほしいです。ほんとに。

NoTitle 

いやいや、完全に誤解だから、春樹。
「志村、後ろ! 後ろ!」みたいな感じですね。笑。

じれったいですね~、本当。
相手にとっては何気ないことでも、思いこんでいる側としてもそうはいかないんですよね。
こういうときって、本当、全てが悪いことにしか思えなくて、沈んでいくばかりなんですよね……orz

ヒロハルさんへ 

ははは。
春樹、ほんとうにタイミングが悪いですよね。
嫌なところ見ちゃった。
そりゃあ、誤解するでしょう。

この時、たしか美沙は聡の傷の手当てをしただけだと思うんだけど(説明、入れたっけ・・・)
でもね、美沙はたぶん、ほんの少し聡に恋心を抱き始めたのは、確かなんだと思います。

それがこのあと、どう作用するのか・・・。これが問題ですね。

春樹を気遣ってくださって、うれしかったです^^

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