KEEP OUT 6  愛する君の為に

KEEP OUT6 第10話 孤独

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「今日はもう帰っていいよ、春樹。黒田さんの報告書は、私がチェックして仕上げておくから」
 6時を少し回った頃、美沙が春樹に声を掛けてきた。
 その声は優しかったが、どこか事務的で、冷めているように春樹には思えた。藤川咲子の一件があってからこの2カ月、ずっとそうだった。
 美沙は自分と咲子の間に何があったのか何も知らないはずなのに、時々ふと目が合ったときに感じる僅かな嫌悪感に、春樹は胸が軋んだ。

 また以前の美沙に戻って欲しかった。今までのように化け物だと、きついジョーダンを言ってくれてもいい。“そんな能力あったって探偵稼業に何の役にも立ちやしないんだから”と、からかってくれてもいい。
 今のように何かを気にし、腫れ物に触るような優しさは逆に、春樹をどうしようもなく不安にさせる。
 美沙はもしかしたら、咲子と自分が肌を重ねた事を知っていて、そして軽蔑し、嫌悪しているのではないか。そんなことを思ってしまうと、震えが来るほど恐ろしく、呼吸が苦しくなった。

「美沙はまだ帰らないの?」
 いつもと変わりなく平静を装った声で春樹は訊いた。
「うん。明日2件依頼が入る予定だから、それまでに雑用済ませてから帰る」
「そう……。じゃあ」
 歯切れの悪い言葉を残し、春樹は事務所を後にした。

 別段、早く帰れたからと言って嬉しくも無かった。誰が待つわけでもないのだから。
 すっかり暗くなった繁華街は、さっそく夜の活気にざわめきはじめていた。
 サークル仲間と楽しげに肩を組み、騒いでいる大学生や、同僚と居酒屋に入って行くサラリーマンをボンヤリ眺めながら、春樹は何となくフラリと、書店に入っていった。
 目的も無く入ったにも関わらず、足は真っ直ぐ参考書コーナーに向かった。
 大学入試に向けての参考書や赤本の背表紙を見つめ、隆也が苦戦していた分野の問題集を抜き出してみた。

「ああこれ、ちょうどいいな」
 知らず知らず、誰かに語るように呟いていた。
 今日の模試はどうだっただろう。今回もD判定だったら、きっとまたお母さんに怒られるんだろうな。そしたらまた、『今夜は泊めてくれ』って、泣きついてくるんだ。
 そんな事を思うと、不意に口元が緩み、脳裏にあの屈託のない笑顔が浮かんだ。
 春樹はさらに参考書と問題集を一冊ずつ抜き出すと、レジで精算を済ませ、外に飛び出した。
 店の前の歩道で携帯を取りだし、隆也の番号を押す。無性にあの、快活な声が聞きたかった。

『……おう』
「あ、隆也。今大丈夫?」
『ああ。今日は夜のゼミ無いから、家にいるよ』
「今日の模試、どうだった? 教えた所、出た?」
『うん。……ありがとう。助かったよ』
 そう言う隆也の声はのトーンはいつもと少し違い、どこかうわの空に聞こえた。

「隆也、どうかした?」
『え……、いや。どうもないよ。やっぱり出来が良くなくてさ、落ち込んでるだけ。いつもの事さ』
「そう? ねえ、これからウチに来ない? いい問題集見つけたんだ」
『いや、ごめん春樹。今日はちょっと』
 隆也の声が少し、焦りを帯びたように響いた。
「用事?」 
『……ゼミの仲間とメシ食いに行く約束してるから。ごめん、もう、行かなきゃ』
「あ、そっか。ごめん。じゃあ……またメールするよ」
 春樹は電話を切った。
“慌てて切った”と言った方が近いかもしれない。

 正体の掴めない、何か触れてはいけないモノに触れてしまった時ような、苦い後味が残った。
 隆也には隆也の付き合いがあるのは当然だし、春樹とは接点のない友人もたくさん居るのは知っていた。
 けれど今感じたのは、そんな事への嫉妬や寂しさでは無かった。もっと別なもの。美沙にかつて感じたのと同じ感覚だ。

―――避けられている。
まさか。……朝までは、何も無かった。

 春樹はその不毛な思案をふるい落とすべく頭をブンと振り、駅の方向を目指して歩いた。
 いつものように定期を取り出そうとカバンのポケットに突っ込んだ手が止まった。そこに入れたはずの定期が無かった。きっと事務所に置いてきたのだろう。
 特に、ガッカリした感情も湧いてこず、ただ人形のような無機質な体を方向転換させ、来た道を戻った。
 早く家に帰らなければいけない理由もない。今の春樹にとって、どっちへ歩いて行こうとも、変わりは無かった。

 事務所ビルの前まで来て歩道から見上げると、美沙はまだ残っているらしく、明かりがついていた。その窓辺にスイと近寄った影があった。美沙ではない、長身の男の影だ。
 目を凝らして誰だか確認しようとしたが、再び男は引っ込み、そしてすぐに事務所の電気は消えた。

 春樹はビルの玄関口の植え込みにそっと体を隠しながら、じっと“二人”が出てくるのを待った。
 自分のそんな行動の意味を考えるのを避けながら、とにかくさっきの男が局長の弟、立花薫であることを祈った。彼なら安心なんだという、根拠のない核心があった。

 けれど5分程してエントランスから出てきたのは、一番そこにいて欲しくない人物。立花聡だった。
 聡はピタリと美沙に寄り添い、時折美沙に話しかけた。美沙も、少し緊張気味の笑顔を浮かべながら聡を見上げ、それに答えていた。

 二人に見られないように息を殺し、植え込みに身を隠しながら春樹は、胸がグッと押しつぶされそうに軋むのを感じた。
 仕事が残っているからと言って、春樹を先に帰してからまだ小一時間しか経っていない。 
 仕事ではない。美砂はきっと自分を先に帰したいだけだったのだ。
 ストンと腑に落ちた感覚が春樹の鼻の奥をツンとさせた。じわりと熱くなった目頭の痛みを紛らわそうと再び頭をふった。

 まるで小学生じゃないか。
 こんな事くらいで動揺する自分が腹立たしく、情けなく、そして信じられなかった。

「明日も送るから、帰れる時間になったら必ず電話しなさい」 
 美砂に寄り添うようにして、ビル裏のパーキングに歩いていく聡の声が微かに聞こえてくる。
 その口調はどことなく厳しく、保護者でもあるかのように春樹の耳に響いた。
聡の横の美沙が、小さな、守られるべき可憐な少女に見えた。

 春樹はひとつ深く呼吸をしたが、なぜか体に力が入らず、しばらくその場所から動くことができなかった。



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~ Comment ~

NoTitle 

薫っちなら良くて、アニキはダメなのか。ははは。
小学生だな、春樹。

美沙と春樹はコミュニケーション不足なんですよね。
そんなんでよく仕事が一緒に出来ますね。

ま、コミュ不足なのはプライベートの部分だから、仕事には支障ないのかな、いや、支障でてるでしょう・・・?

とりあえず、美沙にはアニキがついてくれて一安心?
春樹は隆也ともめそうで心配。。。

けいさんへ 

まさに、そうですよね^^
春樹は恋愛に関しては、小学生並み。
なにしろ、初めての恋であり、そして自分が恋をする資格がないと(無意識に)思ってる子ですから。

>美沙と春樹はコミュニケーション不足なんですよね。
そんなんでよく仕事が一緒に出来ますね。

ぐうの音もでない~。ほんとうに。話さなければならないですょ、この二人。
ただ、仕事の話はきっちりやってるはず。
今は、仕事が二人を結びつけてるようなもんですから。

春樹、隆也ともめるかな・・・。
この二人は、ケンカしてほしくないなあ~><(作者が何をいう)

NoTitle 

ショック・パートⅠ!
春樹が(特に美沙の事!)落ち込んだ時には、”お触りOK♪”の隆也が、どれだけ春樹の救い&癒しになってるのか
そんな隆也に避けられたらぁーどれだけショックかぁー!(ii▽ii)b

ショック・パートⅡ!
可憐な少女化した美沙と 優しく頼りになる橘兄の お似合いの姿は、春樹を打ちのめすには 十分な光景だし...チーン(_△_;).o.oo.o

隆也は”お触り厳禁!”になっちゃたし・・・
春樹く~ん
私だったら ”いつでも!どこでも!お触りOK♪”だからね~♪( ・ω・)八(^ω^*)♪タッチ

去年はドサ回りしてた私の花粉症、今年は本格的メジャーデビューを遣り遂げました!
limeさまは、大丈夫?☆≡(>/ε\<)ヒックシュ!!...byebye☆

けいったんさんへ 

さすが!
けいったんさん、春樹の痛いところをよくご存じで!

まだまだ、序の口です。
このあと、怒涛のショックシリーズが続きます><
春樹、生きていけるのか。
いったい誰のせいだ(作者だ)

そう、唯一の癒しの隆也が、お触り厳禁に・・・(T_T)
春樹、つらいです。
いつ、抜け出せるのか。抜け出さないのか。
もうこうなったら女神けいったんさんに、お触りしてもら・・・・・わんとこうか。
なんか、春樹がハイテンションになりそうww

おお、花粉症復活ですか!嬉しくないっすね><
私は今のところ大丈夫そうです。
どうか、強力なマスクで、切り抜けてください。

でも、マスクも眼薬も薬も・・・いやですよね。
春になるのも、つらいですね><

NoTitle 

もう誰が黒幕でもおかしくないな……。

「同僚と居酒屋に入っていくサラリーマン」が黒幕でもおかしくないな(笑)

猜疑心のカタマリ状態(^^;)

NoTitle 

ここで凹んでイジケルようじゃ、成長してないことになる。
咲子は絶対に春樹に人生の階段を昇らせた筈。
だとしたら、美沙を立花から奪い返すくらいの気概を持って欲しい。
しかし、立花は美沙に惚れてんの?
ちょっと気になった。

それに美沙・・・
なんか女臭くて情けない。
もう少しかっこいい女かと思っていたけどなぁ~
長谷川編集長ーーーこのへたれ女を怒やしつけてくれーーー

ポール・ブリッツさんへ 

いやいや、黒幕って、誰よww

もう、悪役は出尽くした気が・・・。あ、もう一人いたか!

わ・・・忘れてた!!

でも、たぶんこの物語は、サスペンスっぽくならない気がします^^
のんびり読んでやってください^^

ぴゆうさんへ 

まったくですね(ー"ー )
「5」のはじめの頃に戻っちゃいました。
やっぱり人間、そんなすぐには成長できないんでしょうか><
このまま、ぐずぐずいじけて終わるのか、春樹!
ぴゆう姉さまに、いいとこ見せて!

>それに美沙・・・
>なんか女臭くて情けない。
>もう少しかっこいい女かと思っていたけどなぁ~

そこなんですよ。「5」でも思ったんですが、
美沙は一番弱い人間なんじゃないかと。
春樹の前では強がってるけど、実際は守られたい、弱い女なのかも・・・。
(いや、たぶんそうなのです)

そうだとすると、いろんな問題が><
春樹~~。

NoTitle 

やっぱり薫は出ないか~。笑。

何か、登場人物全員の関係がギクシャクしているような感じですね。汗。

今にも爆発しそうなことはないのですが、どこかぐらついているというか。
それぞれがそれぞれの胸の内に、抱いていることがあって。

そして一人笑っているのはlimeさんという……この展開。笑。
ああ、やっぱりDOORだわ。ここ。

ヒロハルさんへ 

薫、出したいですねぇ~~。寂しいです(笑

薫が居たら、少しは空気が和むかもしれないのに。
ぎくしゃく、しまくりですもんね。
春樹はまた、凹んでますし・・・。

いやいや、私もまったく余裕がないですよ。
ヒヤヒヤしながらの更新です。

途中だけど、ご挨拶 

ついにKeep Out最終話に入ってしまいましたよ(^^)
実は、ほんのちょっとラビット・ドット・コムに目が行ってしまい、浮気をしかけたけど、いかんいかんと思って戻ってきました(*^_^*)

う~ん、みんなの思いがすれ違って、あるいは絡まって、良い感じだなぁ(読むほうとしてはこういうのがないと…)と、本当に物語の流れが魅力的だなぁと思いながら拝読しております。
しっかり流れを作って書いておられるlimeさんのストーリーは、本当にストーリーという香りがして、読んでいてとても楽しいです。

このこんがらがっている中で、やっぱり一番尻を叩きたいのは隆也くんですね!
君が頼りなんだぞ!と読者に尻を叩かれるキャラ…^^;
天然系キャラって一人はいてくれないと、作者が落ち着かないけど(超辛いタイ料理食べてるときのサラダのキャベツみたいなもの…?)、その人がしり込みしていると、『あぁもう薫(さん)でいいから、出てこい』状態に…(って違うか!)
途中のコメントなので、いい加減でごめんなさい^^;

ただ…佐々木氏にしても、皆が一生懸命な想いを持っているので、皆がそれぞれ納得できるところへランディングしてほしい、そう願って読んでいます。
美沙さんは、やっぱり私の見込んだ通り、女性らしい優しい人で、本当はとっても弱い人なんだと思うし(でなきゃ、しょっぱなで酔っ払ってないはず)、それを見せたくなくて頑張っているの、本当に同じ女としてとても共感します。
幸せになって欲しいなぁ。色んな意味で。

大海彩洋さんへ 

大海彩洋さん、KEEP OUT最終話へようこそ!
あ、ラビットも気にしていただけましたか!
あれはほぼ処女作なので、最初のほうがけっこう稚拙なのですが、やはり思い入れのある作品です。^^

大海さんがここまで読んでくださったということで、私も改めて目を通してみましたが。
ものすごい、急ピッチで話がすすんでいますね!(いまさら)
結末に向けて、一気に書き上げようとしてしまう癖が、出てきてるようです。
多分このプロットで、ちゃんとした作家さんが(むりやり)書くと、この3倍の長さになるだろうと思います。
これはダイレクト版だな・・・?

> このこんがらがっている中で、やっぱり一番尻を叩きたいのは隆也くんですね!
> 君が頼りなんだぞ!と読者に尻を叩かれるキャラ…^^;

ああ、やはり彼は、そういう位置になりますか><
情熱や思いやりはあるんだけど、いささか不器用で、繊細さに欠ける・・・。
さて、この隆也、どういう潤滑油になってくれるのか・・・。
とにかく、おっしゃるとおり彼が頼りです。今回春樹、参ってますから。

はい。今回、佐々木という男がなにやら混ぜ返して、やばいことになっていますが、思えばこの人も別の方向から見ると、純粋な信念のもとに動いているわけです。
もう、復讐しか道がない、一番哀れな男かもしれません。
春樹のひげきとどう折り合いを付けるかも、この物語の柱です。

美沙がね・・・、このあたりがすごく揺れ動いて、不安定で、今までの美沙ではないのですが、そのあたりも作者としては、とても難しかったです。
自分の優柔不断さが、出てしまったかも、と><

美沙の事といい、春樹の誤解といい、少しベタな展開を盛り込んでいますが、きっとけっこう私はベタなところが好きなのかな・・・・と、このへんでやっと気づきました(笑)
大海さんにも、このあと、そんな展開を少しでも楽しんでもらえるといいな、と思っています。
納得する結末というのに、遠かったか、近かったか、あとで教えていただければうれしいです。

物語の途中で、こんなふうにコメントしてもらえるのも、いいですね^^
書いている途中の記憶が懐かしく蘇ってきます。
今回も、ありがとうございました。
過去作品を読んで、コメントをもらえる度に、私も彼らに会える気がして、楽しいです。
長い物語なので、お時間のあるときに、のんびり読みにきてやってくださいね^^
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