KEEP OUT 6  愛する君の為に

KEEP OUT6 第1話 最悪の朝 

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 まるで空気に鉛でも含んでいるかのように、その部屋は息苦しく、じっとりと澱んで薄暗かった。
 美沙はそこに一歩、足を踏み入れる。
 灰色の壁に囲まれた四角い部屋。
 その中央に置かれたベッドの横には首だけを垂れ、棒のように突っ立った穂積隆也がいた。

 空洞のような目をして、傍らのベッドを見下ろしている。
 そのベッドには春樹が横たわっていた。紙のように白い肌をして、冷たくなった春樹だった。
 ビスクドールのように美しいそれは、唇だけ花のように淡く萌え、胸を締め付けられるように艶めかしかった。
 美沙が“それ”を確認するのを待っていたように隆也が口元を左右に引き延ばして冷笑し、美沙の方を向いた。

「あなたの願いが叶ったよね、美沙さん。ほら、もう春樹に触れられるよ。あなたの心を読まれることも、胸を痛めることも無い。この肌に触れてごらんよ。抱いてみればいい。そうしたかったんでしょ? これがあなたの願いなんでしょ? だから春樹を抱いた咲子さんに嫉妬したんだ」

《ちがう!》
 美沙は力の限り叫んだが、喉からは空気が漏れるだけだった。

「どうしたのさ。抱いてみなよ。まだ少しだけ温かいんだ。さっきまで春樹、ここで泣いていたから。寂しいんだって。ひとりぼっちなんだって」

《ちがう!》

「違わない。春樹を生きながら殺してたくせに。救うこともしないのに、囲って傷つけてたくせに。自分の良心とやらばかりを守るために。本当は薄汚い欲望だらけのくせに。春樹はずっと苦しかったんだ。あんたのせいで、ずっと!」

「違う!」
 やっと喉の奥から絞り出された大声が、夢と現実の狭間の幕を引きちぎり、美沙を覚醒させた。
 ベッドの上で上半身をはね起こした美沙は、全身にぬるい汗をかき、喉から飛び出しそうに鼓動する心臓をただ、胸の上から左手で押さえた。

――――夢だ。
 けれども、夢でよかったという安堵感は皆無だった。それは美沙自身が呼び起こした妄想なのだ。深層心理の現れなのだ。
 春樹と体を交えた藤川咲子が、自ら命を絶ってしまってから一ヶ月。春樹はもう、その事を忘れてしまったかのように今まで通りに仕事をし、美沙も一切その事に触れずに春樹に接してきた。
 けれども角砂糖を水に浸したように、確実にジワジワと何かが足元から崩れているように思えてならなかった。
 今まで手を触れないようにしてきた“こわれもの”は、いつの間にか手を伸ばしても触れることの出来ない中空で、美沙を見下ろしている。そんな気がして堪らなかった。

 それは悲しみなのか、苛立ちなのか分からない。けれどもその答えを知るのも馬鹿らしくて、いつも美沙はそこで想いを巡らせるのをやめる。
ずぼらで、ルーズで、不誠実で。
 それでいい。
 こんなにも運命というモノが非情ならば、真面目に取り合っても無駄なのだ。
 堕としたいなら堕とせばいい。どうせ自分は愛おしい少年一人救うことができない無能。

 バッグを肩に掛け、立ち上がった時ようやく美沙の目は、固定電話の留守録ランプの点滅に気付いた。少し眉を潜めながらボタンを押す。
 録音テープからは微かな雑音と共に、何やらケモノのような息づかいが無意味にしばらく流れ続け、そして何も発せられないまま、切れた。

―――まただ。
 美沙は眉をひそめて嫌悪感を露わにし、消去ボタンを強く押したあと、邪気を振り落とすように長い髪をパサリと手で払い、玄関に向かった。


「美沙、おはよう」
 玄関を出、鍵を鍵穴に差し込んだ瞬間、右隣から軽やかな声が飛んできた。2件隣の部屋の前から、春樹が笑顔で美沙を見つめている。
 ついさっき見た夢のリアルな映像が再び鮮やかに蘇り、美沙の全身が粟立った。

「ああ……おはよう」
「今日は同時だったね。たまには一緒に行く?」
 蛍光灯の下で見るその少年の肌は、あの夢の中の眠れる肌のように青白く、美沙の胸を締め付けた。けれど、この目の前にある肌は充分に温かく、そして触れるときっと、柔らかいのだ。
「うん。そうだね。一緒に行こうか」
 美沙が鍵をバッグになおしながらそう言うと、春樹はニコリとしてエレベーターに向かって歩き出した。

 少し髪をカットしたのだろう。スッキリとした伸びやかな首筋が見える。
 その首も、しなやかな腰も、美しい指も。今の春樹の心を象徴しているように悲しく、頼りない。そしてそんなことを確認した瞬間、必ず無意識に思い起こしてしまうのだ。
 一ヶ月前にこの少年を誑かし、味わい、勝手にさっさと死んでいった女の事を。

「美沙、乗らないの?」
 エレベーターの中で、扉を開けたまま待っていてくれた春樹が痺れを切らせた声を出し、我に返った美沙は、慌ててそれに飛び乗った。
「ごめんごめん」
「今日も二日酔い?」
「まさか。最近お酒は控えてるから。医者がうるさいのよ」
「そう。うん、その方がいいよ。また入院されたら困るもん」
 緩やかに下降する表示ランプに目をやる春樹を、美沙は斜め後ろからボンヤリと見つめた。
 こだわっているのは自分なのだと、改めて気付く。あんな女を受け入れたこの少年を許せず、心のどこかで《なぜだ》と問いつめたい自分が居る。

 それと同時に、そんな資格が自分に無いことも、嫌になるほど分かっている。
 今の自分は、馬鹿げたエゴの塊なのだ。

 一階に着き、開いたドアから出て行く春樹の後ろ姿を追いながら美沙は、ゆっくり坂を転げ堕ちてゆく何かに、もはや手を伸ばすこともせずに眺めているもう一人の冷酷な自分がいることを感じていた。



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~ Comment ~

NoTitle 

愛しくてたまらない一方で、面倒くさい離れたいどうにでもなれみたいな美沙の混在する気持ち。
複雑にしているのは美沙だろうと改めて思う。
どうにでもなれと飛び込む勇気もない。
ヘタレは美沙だわ。
やっぱ重い雰囲気で始まりましたね。
しかし、タイトルがいや~な感じ。
「さらば」と実は冠に付いているような・・・
ううーーーv-399

ぴゆうさんへ 

そうですよね~i-181
事態を更に複雑に、重くしてるのは臆病な美沙かもしれないです。
春樹は必死で前を向こうとしてるのに。

すんごく最悪な朝で始まりましたが、まだ、穏やかな朝なんです。
じわじわ、来ます。

タイトル・・・・。
う・・・・。
いやいや、ものすごくハッピーエンドってこともありますし^^ ふふ。

NoTitle 

朝からこれはくるなあ……。

美沙の気持ちも春樹の気持ちもわかるもんなあ。

みんなで仲良くドツボにハマるパターンだなあ……。

ポール・ブリッツさんへ 

おお、ポールさんが、分かってくれた。
うれしい。

ほら、もう、夢オチやっちゃったし(爆
もうやらないですw

みんなでドツボ・・・。一人じゃないなら怖くないけど、きっとそれぞれ別々のドツボ・・・。

NoTitle 

夢の中で 隆也が美沙に言ったように
まだ! 春樹の心は、少しの温もりが残っている
でも! 今後の美沙の言動で 淋しい、淋しいと、泣きながら 凍りついて行くかもしれませんね。!
カキン―――――{{{{└(OдO)┘}}}}―――――コキン!

これからの美沙(と隆也も)が どれだけ春樹を傷つけて行くのか
しっかり じっくり 拝見させて頂きましょうぞっ!(`・ω・´)ゞビシッ!!

・・・と、自身に覚悟させたものの・・・(*´;ェ;`*)うぅ・・・byebye☆

けいったんさんへ 

けいったんさんのコメを読みながら、「おお、なんとひどい作者」と、しみじみ・・・。
春樹の体温は、どんどん冷えて行ってるような気がします(´Д`。)gomen

でも、でもね、けいったんさん。
春樹は男です。
男になったんです。まだちょっとネンネちゃんですが。
運命にやられっぱなしじゃないはず。

そして、春樹をいじめるのは、美沙でも、隆也でもなく・・・。別のものなのです。
ガガーン ((((;゚Д゚))))

もうすぐ、出てきますよん。
やっぱり、胃薬持参でお願いします^^;

NoTitle 

そして、春樹をいじめるのは、美沙でも、隆也でもなく・・・。

ゴジラなのです。

ガガーン ((((;゚Д゚))))

(大ウソ)

ポール・ブリッツさんへ 

なんでやねん!!


ああ、ベタな突っ込みをしてしまった _| ̄|○

NoTitle 

美沙、夢に見るほどこれを引きずっていて、これからも引きずるんだ・・・

どこまで引くのか見届けてあげましょう。

爽やかな朝が迎えられるのはいつ?

ケモノからの留守電は何?

けいさんへ 

爽やかな朝かあ~~。

うーーーん、いつだろう。もしかしたら来ないとか・・・・。

く~る~♪ きっとくーる~~♫ (って、これじゃホラーになる)

>ケモノからの留守電は何?

おお、ほんのちょっとの描写でしたが、気にしてくださいましたね。うれしい^^
これもじわじわ、関わってきます。

いろいろご用意しております。




こんばんは~~(^0^*)ノ 

なかなかコメント出来なくて、ごめんなさいm(_ _)m
読んではいたんですけど(;m;)
正直、とりあえず前回の終わりでは
私はホッとしたんですよ。きっと咲子も幸せだったと思うし。
で・・・・・
うわーーーー!!!
びびびびびびびっくりしたあw(゜Д゜;;;)w
良かったあ~~夢で・・・・・・

でも、この夢・・・・・・・
正夢になったりしませんよね???
いやだーーーーー(´Д⊂。・゜・。
うえええええええええ!!!!!!

あ~~どうなっちゃうんだろう・・・・・・・・・
怖いよう~~~!!!

かじぺたさんへ 

かじぺたさん~、いらっしゃい^^

いえいえいえ、コメントとか、本当に気にしないでくださいね!!
読んでくださるだけでもう、めちゃくちゃ嬉しいんですから。

こちらはいつも重いので、かじぺたさんの素敵テンションを下げないかと心配です><
ほんとうにコメは気にしないでくださいね。

で、で、で、・・・。
鋭い指摘!!
これが正夢になったら・・・・・怖いですね。(・_・;)
き、きっと作者はそんなことしないと思いますが・・・・ははははは。i-201

どうぞ、震えながら、またいらしてくださいΨ( ̄∀ ̄)Ψ

NoTitle 

夢オチか。

ゴジラなんてーそんなものがあるわけ……。

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るるさんへ 

おおおっと、ごめん!! るるさん。順番が前後しちゃいましたが!

そう。ゴジラなんて出てきません^^;

ああ、良いですね、この暗示的な始まり。 

まだ風邪が治ってないとのこと~
どうか、ご無理されずに。

やっと時間が出来て、拝読させていただきに参りました。
この‘闇’を垣間見る始まり、良いですね。
これこそが、二人の抱える共通の闇につながる深淵であり、苦悩と葛藤の象徴。
愛と憎が裏表であることの摂理のようなもの。

でも、こういう‘狂気’に似て狂気ではなく、ヒトの持つもっとも美しい部分が闇の側に引き込まれている世界を正視するのは、fateはちょっと辛かったりします。
あれっすね。スターウォーズのダークサイドのようなもんすかね。
(いや、チガウか・・・)

fateさんへ その1 

ひょお~~!
fateさんの、怒涛のコメだーーー! うれしい悲鳴www

なんと、一気に最終話まで読んでくださったんですね。
だ、大丈夫ですか? さぞや疲れてしまったでしょう。

職場から携帯で読んで、うずうずしていました。(携帯でコメ返できない、ダメな私)
ほんと、ありがとうございます。
私も、ひとつひとつ、コメ返していきますよ~~^^

冒頭、初っ端から夢オチしてしまいました。

>でも、こういう‘狂気’に似て狂気ではなく、ヒトの持つもっとも美しい部分が闇の側に引き込まれている世界を正視するのは、fateはちょっと辛かったりします。

これ、fateさんが(実は)すごくお優しいからですよね。(実はって何だ)
真正の狂気には抱けない、悲しさがあります。そこに共感してもらえてうれしいです。

今回は春樹も苦むけど、美沙も苦しみます。(あ、もうfateさん、読み終わってたんだ)
自分でも、Sだなあと、つくづく思いました。
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