KEEP OUT 5  死の馬

KEEP OUT5 第22話 求めた光

 ←KEEP OUT5 第21話 眩暈 →KEEP OUT5 第23話 受容体
《ごめん ごめん ごめん 》
 たったそれ1行だけの、叫び声のような隆也からのメールを、春樹はただじっと見つめた。

 事務所ビルの横にあるファーストフード店は、いつになく閑散としていて、ぬるくなったコーヒーをカウンターに乗せたまま、春樹はもう1時間もボンヤリとそこに座っていた。

 どこに行く当てもなく、結局行き着くのはここなのだった。美沙と春樹の探偵事務所、鴻上支社のあるビルの横。隆也がいつも春樹と落ち合う店。
 心が辛くて、こうやってボンヤリしていると、なぜかいつもタイミング良くひょっこり現れた隆也が、『どうした?』と、声を掛けてくれる、この場所。

 いつも思う。隆也こそ、こちらの人恋しさを見抜く特殊な能力を持っているのでは無いかと。
 その隆也からあんなふうに逃げ出してしまった。
 それなのにここで、さっきの隆也とは違う、今までの優しい隆也を待っている馬鹿な自分が居る。

《僕こそ、ごめん。》 
 そう何度も文字を打ってみるが、どうしても送信ボタンが押せない。こんな無機質な文字列で、今の気持ちを表せるはずが無かった。本当に悪いのは自分なのだと、春樹は心底思っていた。あの時自分は確かに隆也を避けたのだ。

 いつもは隆也の中にあるサラリとした優しさに心を癒されているというのに、春樹に対して尖った激しい感情を向けてくる隆也には、近づくのが怖かった。触れて、自分の中に入って来て欲しくなかった。
 結局自分は、都合のいい隆也だけを求めていたのかもしれない。

“手を放せ” 
 絶対に言ってはいけない言葉だった。 春樹の忌むべき特異体質を知って、それでも尚春樹を拒まず友人でいてくれる隆也に、絶対に言ってはならない言葉だったのに。

 胸が押しつぶされそうだった。苦しかった。一度に流れ込んだ沢山の感情が、春樹の胸の中で爆発しそうにひしめき合っていた。
 隆也の感情、そして、昨夜の咲子とのことが。

 咲子のことを考えずにいることで何とか平静を保っていたが、その体の中では結界を壊そうと絶えず凝縮され固められた感情が、密かに脈打ち蠢いていた。
 咲子の肌に触れ、交わり、そこで春樹が見た闇は、まだ18年しか生きていない春樹にとってただ辛く苦しく反芻することさえ躊躇われる愛欲と憎悪にまみれた激情だった。

 けれど、そこに確かにあった。
 春樹が咲子の中に見たかった、強い光に満ちたもの。

 白く輝き、甘く嘶(いなな)き、自分を待っている美しい使者。春樹が求めたモノは、咲子の中にある、それだったのかも知れない。
 肌の温もりも、性交の愉悦も関係なく。必死に腕を伸ばして掴もうとしたのは、咲子の中にあった最後の光。

――――死への切望。

 春樹はふらりと立ち上がり、そのまま店を出た。
 すぐ横の事務所ビルへ入り、エントランスを突っ切ってエレベータへ向かう。もしかしたら、彼女はもう一度来るかも知れない。今朝、ホテルで春樹が目を覚ましたときにはもう、すっかりチェックアウトを済ませ、携帯にも反応せず、春樹の前から消えてしまっていた咲子。

 けれど自分が事務所で待っていたら、もしかしたらまた、いつものようにひょっこり訪ねてくるのではないだろうか。サヨナラくらい、言いに。

 頭の中ではそんなこと有り得ないと思うのに、一方でその期待が膨らむのを止められず、春樹は何度もエレベーターのボタンを押した。

 会ってどうしたいのかなど、分からなかった。
 性交の合間のほんの一瞬、春樹の命を奪ってしまいたいと願った咲子の想いに、なぜ自分は恍惚を感じたのか。
 答えを探ることはとてつもなく怖かった。けれど、心が咲子を求めるのを止められない。

――――もう一度会えたら……そしたら、自分はどうしたいのだろう……。

 ようやく開いた鉄のドアに乗り込むと、今日3回目の美沙からの着信を携帯が拾った。けれど目を反らす。
 ごめん、美沙……。そう心の中で呟き、春樹は電源をオフにした。


      ◇

 足元に落としたちいさなメモ紙を、美沙は長い時間、ボンヤリ見つめていた。机の上にポンと置かれた分厚い現金入りの封筒の事よりも、今の美沙の心を掻き乱すのは、その小さな紙片ひとつ。
 書かれているものを見たい気持ちと、見るのも触れるのもおぞましいと思う嫌悪感がせめぎ合う。

 あの女は美沙に「見るな」とは言わなかった。それは美沙に対するあの女の挑戦なのだろうか。それとも本当に春樹にしか分からない、密やかなメッセージなのだろうか。
 そのどちらであっても、美沙にはとてつもなく悔しく、腹立たしく、体の奥が煮えたぎる思いがした。

 同時に、恐ろしくて堪らなかった。
 何度メールを送っても電話を入れても、春樹は反応してくれることはなく、その事が更に美沙の心を不安にし、苛立たせてゆく。

 あの咲子という女がきっと、すべての元凶なのだ。あの女が春樹を翻弄し、何かを吹き込み、春樹を変えた。取り戻さなければ。あの女から。

 意を決した美沙が腰を折って手を伸ばし、その紙片をゆっくりつまみ上げたのと、事務所のドアが開いたのは同時だった。

 美沙が向けた視線の先にいたのは、目を見開き、呆然と立ちすくんでいる春樹だった。



関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 凍える星
もくじ  3kaku_s_L.png モザイクの月
もくじ  3kaku_s_L.png NOISE 
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU・3 托卵
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【KEEP OUT5 第21話 眩暈】へ
  • 【KEEP OUT5 第23話 受容体】へ

~ Comment ~

ザ・ワールドプロレスリング 

おおっと、咲子の必殺技、「ハルキスープレックス」です!

美沙をフォールにかかります。ワン、ツー……。


ごめんギャグにしないとこの重さに耐えきれない(汗)

ポール・ブリッツさんへ 

まだまだ戦いは続いている感じですね^^;
でも、当の相手(咲子)が居ないと、美沙も戦い辛いようです。

春樹にいっちゃうか!汗
最後の判定は、どう出るんでしょうね。

残すとこ、あと2話です。

ヤンヤ~ヤンヤ~ヾ(@^∇^@)ノ♪ 

えぇーー美沙は まだメモと睨めっこしてたの!Σヽ(゚Д゚○)ノ
さっさと見なきゃ~~!
って、春樹が来ちゃったじゃんかあ~(:o゚ω゚)チーン

う...ぅ...っ...こんな時に 春樹が現れるなんて これって いいのか、悪いのか?(ノωT)アイタタタタ・・

(。ノω<。)ァチャ- 咲子が、優勢なの~!
「ハルキスープレックス」??(@△@)??ウィキで調べましたよ!
”相手背後からの後ろ反り投げ”する脳天直撃な技で、これなら私も見たことあります。
別称が、「プロレス技の王」や「プロレスの芸術品」、「人間橋」って呼ぶ。
勉強になりました<(_ _*)> アリガト

美沙ったら脳震盪を起こしてる場合じゃないって! マケルナ! メゲルナ!
まだまだ勝てるチャンスは、あるから~。。。美沙が ヘタを打たなきゃね♪
ファイト━━(ノ゚д゚)人(゚Д゚ )ノオォ━━!!...byebye☆


NoTitle 

春樹、複雑な心境ですね。
うーん、なんでしょう。男として女を求めるのとは違いますよね。
人として求めているのか、いやそれも違うか。

彼の胸の内は、咲子に抱かれたらわかるかもしれない。笑。

けいったんさんへ 

完全にビール片手に観戦モードじゃないですか~~、けいったんさんww

そう、まだメモと睨めっこですよ。意気地無しです、美沙。
けっこう、嫉妬深いけど、臆病なのです、彼女^^

春樹、来ちゃったし・・・。

私もスープレックス調べちゃいましたよw
車の名前かと思ってた~~。

メモ見ちゃったら、そんなダメージをうけるのか・・・美沙。

>まだまだ勝てるチャンスは、あるから~。。。美沙が ヘタを打たなきゃね♪

ふははは・・・。
美沙、ドジるんじゃないよ~~。
がんばれ!!

ヒロハルさんへ 

春樹が咲子を求めるのは、・・・もしかしたら、疲れ果てた人間が麻薬に手を出すのに似てるかもしれませんねえ。
咲子の心と一つになった春樹にだけ分かる、そんな甘い蜜が、たら~りと・・・・。


> 彼の胸の内は、咲子に抱かれたらわかるかもしれない。笑。

ぐ・・・・。
実際そうなのかも。
「咲子さ~ん、ヒロハルさんが、ご指名ですよ~~」w

この章はとても感覚的な章で、春樹が感じたことをすべて書きだすことをしていません。
読者様には不親切かなあとも思いますが、・・・春樹が感じた事を全て記述するのは不可能で・・・。
(くどくなっちゃいますしね)

なんとな~く、咲子と体を交えた春樹の心の衝撃を、想像していただけたらなあ・・と思います^^

春樹は、そうですねえ、男というよりも、まだ母親の乳房を恋しがる子羊・・・と言う方が近いのかも(爆

NoTitle 

ごめん - 僕こそ、ごめん・・・

そんなシンプルなやり取りさえも出来ないこの二人がじれったいねぇ~

春樹は咲子の心を感じることは出来ても、見ることは出来なかったのでしょうか。見たいと手を伸ばして求めた光が何だったのか、わだかまりが残るよね。

美沙とごた~いめーん。お手柔らかにぃ~~

けいさんへ 

じれったいですよね~、この二人。
なまじ相手の心が分かるだけに、飛び込めない~~か。

春樹自身はきっと、咲子の気持ちも、自分が抱いてる感情も分かってるんでしょうが、
気付かない振りをしてるんですよね。たぶん。
だって、咲子の胸に飛び込んじゃったら、すべて終わるんですもん(>_<)
何しろ、咲子はもう、死の馬しか見てません。

そんなことになったら、美沙は~~。

お手柔らかにできるのか!!美沙!i-201

もう2話です。どうかじれったい彼らにお付き合いくださいね^^

NoTitle 

最後に美沙が春樹を取り戻そうと決心した。
やっとか。
壁を乗り越える悋気。
一番の薬だな。
今まで美沙の気持ちを理解しないわけではなかったけど、焦れていた。
お兄さんの事だとしても過去でしょ。
今も続いているわけじゃない。
春樹を活かすも殺すも美沙だと思う。
どワッてぇ~愛があるじゃない。
春樹を何も言わずに抱きしめて欲しいよ。

ぴゆうさんへ 

美沙、やっと発奮しましたね!

し・・・・しかしあと2話ですし(爆
なんかもう、遅いような・・・。

いや、是非ともここは美沙にがんばってもらいたいです。

本当に、いつまで兄の事をこだわってるのか。
問題は、美沙のこの臆病で過保護な性格なのかもしれませんね。
春樹は・・・もしかしたら、乗り越えるかもしれないのに。

さて、「5」はあと2話で終わりますが・・・。美沙、春樹を抱きしめるのか!i-201

ああ~、そしたら「6」(最終章)は要らなくなっちゃうかなあi-201


NoTitle 

『悪魔が現れて、これは恐ろしい話だから聞くな、といえば、絶対にそれを聞くべきです。これだけは見てはいけない、といわれたら、それを見てしまうに限る』(チェスタトン)

ポール・ブリッツさんへ 

うおお~。
と、いうことは、全部見ちゃえ! 聞いちゃえ、という事ですね!
(悪魔に囁かれたら、そうします)

美沙は、見るべきなんですよね。やっぱり。

でも、やっぱり怖いだろうなあ~~^^;
美沙は、一番意気地なしですから。



NoTitle 

毎度のことポールさんで笑ってしまいます。
なぜだ、くそう。

重いはずなのに笑っちゃうです……w

るるさんへ 

おつかれさまでした~、るるさん^^

お疲れのところ、来ていただいてうれしいです。

ええ、もう、本文よりもポールさんのコメで笑ってください。
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【KEEP OUT5 第21話 眩暈】へ
  • 【KEEP OUT5 第23話 受容体】へ