KEEP OUT 5  死の馬

KEEP OUT5 第21話 眩暈

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 たぶん依頼人であるだろう初対面のその女を、歓迎する気持ちは微塵も沸いてこなかった。さらに自分の中に敵意に似たものが生じていることに気づき、美沙は戸惑った。

 ただの勘。けれど確信に近い勘だ。この女は自分や春樹にとって良くない種を持っている。いや、もしかしたらその種はもうどこかに植わり、芽を出しているのかも知れない。
 美沙の体の芯が鈍く痛んだ。

「初めて会うのに、私の名前が分かっちゃうのね。さっすが、探偵さんってスゴイなあ」
 本心とも冗談ともつかない声で藤川咲子は言った。そしてコツコツとヒールを響かせて美沙のデスクまで歩み寄り、その顔を覗き込む。

「きれいなお嬢さんだ」 
「ご用件は何でしょう。ご依頼でしたら、私が承ります」
 静かに凛とした声で美沙が言うと、咲子は尚も美沙の顔を覗き込んだ。

「もういいよ。春樹に頼んだから」
「あの子は……。春樹はまだ新人ですから」
「そんなことない。素晴らしい探偵さんよ。一週間も経たないうちに仕事を終わらせてくれたわ。それも、完璧にね」
「終わらせた? 春樹が? まさか」
「どうして、まさかなの? あの子はスゴイよ。危なっかしいけど、一途で、一生懸命で。可愛くて仕方ないね」
「一体、貴方はどういう……」
 美沙がデスク越しに身を乗り出すと、咲子はバッグから厚みのある封筒を取り出し、それをポンと美沙の前に置いた。

「どういう仕事だったかは、あの子に訊けばいいよ。私はこれを届けに来ただけ。調査料って言うのかな。あの子一人でやり遂げた仕事だから、あの子に全部渡してもらえる? 誰も居なかったらポストにでも放り込んで帰ろうと思ってたんだけど、丁度良かったよ。金額は訊くの忘れたから、私が勝手に決めた。それに見あうだけの仕事をしてくれたから」

 美沙はかなりの厚みを感じるその封筒を、胸の悪くなる思いで一瞥し、再び咲子に向き直った。

「ここは探偵事務所です。そんな個人的な契約は禁じていますし、あの子も受け取らないはずです。本人に直接この件を問いただして検討しますので、取りあえず今日の所はお引き取り願えますか」
「堅いね」
 咲子は目尻に皺を刻みながらクスクスと笑い、それでも封筒を引っ込めようとはしなかった。

「とにかくこれは預かってよ。春樹が受け取らないって言うんなら捨てちゃえばいい。私はもう来ないし、もう要らないから」
「捨てちゃえばいいって……」

 唖然とする美沙を横目に見た後、咲子はふと何かを思いついたように卓上に目を落とし、そこに置いてあったメモパッドから一枚を剥がし取り、備え付けのボールペンで何やら書き始めた。

「春樹、今日はもう来ないかもしれないけど、もし来たら、このメモを渡してくれる? お金と一緒にさ」
「春樹が今日来ないって、どうしてあなたが思うんです。……あの子がどこにいるのか知ってるんですか!?」
 たぶん、美沙のその声は悲鳴に近かったのだろう。
 咲子は一瞬驚いたように顔を上げ、蒼白な表情の美沙を見ると、さっきよりも更に楽しそうに笑った。

 もう不快感を隠すこともせずに美沙があからさまな鋭い視線を投げつけると、ひとしきり笑い終えた咲子は体を起こし、どこか不健康にねっとりした瞳で美沙を覗き込んだ。

「心配なのね、あの子が」
 そしてその吐息のような声と共に、今書いたメモを四つ折りにして美沙の手に握らせた。
「いっぱい心配してあげなさい。でないと、後悔することになるよ」
「どういうこと?」 
 美沙は握らされたメモを持つ手を更に強く握りしめ、激しくドクドクと脈打つ血流を耳の奥に感じた。

「ねえ、どういうこと? あなたは何を知ってるの? 春樹と何があったの?」
「何もないよ、お嬢さん。ほら、そんな泣きそうな顔しないで」
 咲子は先程までとは違う、寂しげな笑みを浮かべると、一歩体を美沙から離した。
「あの子はいい子だけど、少しばかり脆すぎるから。あんたがしっかり手を握ってやらないと」
「そんな事、あなたに言われなくたって、分かってる!」

 叫び声と共に投げつけられた美沙の激しい憤りを、咲子は視線を流しただけでヒラリと交わし、「それなら良かった」と、つけ添えた。

 そして「そのメモ、捨てないでね」、とウインクすると、少女のような仕草でヒラヒラと手を振り、美沙が何か反撃する間もなく、あっさりと部屋を出て行ってしまった。

 美沙は例えようもない衝撃に身を震わせながら閉まってゆくドアを見つめ、そのあとやり場のない感情と共に、視線をデスクの上の封筒に落とした。

 無理やりにでも、その忌々しい封筒を突き返すべきだったが、思いがそこまで及ばなかった。ただ足元から、背中から、脳天から、熱を帯びた怒りと不安がジリジリと体の中に染みこんでくる。

 美沙は手の中のメモをクシャリと握りつぶして足元に落としたあと、眩暈が収まるのを、ただひたすら待つしかなかった。


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NoTitle 

美沙、「堅いね」。咲子にやられたー。
結構悔しいでしょ、今。

春樹をとっ捕まえて、ガンガンに訊くのだけはしないでね。
それはもう、隆也がやっちゃったから。

うまく手を握ってあげていければなあ(希望)

メモ、落としちゃダメだって・・・

NoTitle 

うわあ……

余人の立ち入りを許さぬ重苦しい空気。

それもこれも美沙さんが春樹くんの強さを見誤ったからではないだろうか、と小一時間。うーむ。

美沙さんも「大人になれない」人間だったのだろうか。

鍵コメさんへ 

ありがとうございます~~。
その、お心遣いにウルウルです(;_;)
おかげで、またエネルギー充電されました^^

毎回、一言一句、慎重に進めています。
そのためちょっと遊びがなくなってるかも・・・という感じがしますが。
はい!最後まで突っ走って行きます^^
これからもよろしくお願いします!
私もまたゆっくり伺いますね。

あ、拍手コメのほうもOKですよ。

けいさんへ 

うんうん。
完全に美沙、やられちゃってますね。
歳の差か、経験の差か。

咲子からしたら、まだまだ美沙は、かわいいお嬢さんで。
悔しいでしょうね、美沙。

咲子にそんな悪意は無いんだけど。
(全く無いかと言われれば、それも違うような・・・^^;)
女って・・・。

>春樹をとっ捕まえて、ガンガンに訊くのだけはしないでね。

ああ・・・・ど、どうだろう・汗(さらに冷や汗)

メモ、落としちゃいましたね^^

ポール・ブリッツさんへ 

重いですよね~。
この場を覗いた人は、慌てて逃げちゃうような・・・。

そうですね、美沙はたぶん、春樹の本質を見誤っているかも。
ただ、気弱で傷つきやすい子供だと思ってる部分が大きいかもしれません。
どこかで、自分を裏切ることはしないと。

>美沙さんも「大人になれない」人間だったのだろうか。

ふふふ。
そこが「6」に、現れてるかも♪
もしかしたら、一番問題なのは、春樹よりも美沙かもしれません。

咲子、そんなことを瞬間的に見抜いたのかな・・・と。(今思いました。オイオイ)

^^ 

感情移入~物語りに入り込めるかどうかって。
これなんだなぁ~。limeさん。しっかり出来てるもんねぇ。
これが読者を惹きつける魅力のひとつでしょう。
と。感心感心。感心しました^^)/

ザ・ワールドプロレスリングの結果は? 

ゴング・アナのポールさんの
「青~こお~なあ~ちょう~せんしゃ~藤川~咲~子ぉ~の~勝利ぃ~~」と、雄たけびの声が聞けるかと 期待してたのにぃ~o(@^‐ ^@ )O ワクワク♪

「さすが探偵さんってスゴイなあ」、「きれいなお嬢さんだ」と、から始まった咲子のの弱っちぃ先制攻撃
それを まともにくらって 更なる強烈な攻撃で フラフラの美沙!

怒りと不安に苛まれてる美沙が、春樹と会った時に 
何を言っちゃうか!?、何をしちゃうか!?(; ̄ー ̄A アセアセ・・・

春樹!
何所に 雲隠れしてるか知んないけど もう少しだけ トンズラしてた方がいいよ~♪
どろん!! |ω・) |・) |)※パッ...byebye☆

横レス失礼します 

時間無制限一本勝負ですから、まだ勝負がどうついたかがわからない、という(^^;)

美沙さんが咲子さんの残したメモを読んでフォールされてしまうのかどうかがこれからの見所ですね。

なんでもプロレスで考えてしまうプロレス脳に一時ハマったことがあって……(笑)

NoTitle 

あー、今日の昼ドラ見終わったわ~。笑。

咲子、ものすごく挑戦的。美沙は完全に飲まれちゃった感じですね。

メモには何が書いていたんでしょうね。
「愛してる。はあと」とか??

美沙の嫉妬による怒りの矛先が春樹に向かないことを切に願う。ぷぷぷ。
(無責任発言その2)

NoTitle 

LOW&ORDERで容疑者を愛している女弁護士が実は犯人で、
バレた途端に容疑者を巻き添えにして自殺をしたドラマを思い出した。

なんかメモが曲ものだよね。
次に咲子と会うのは避けるべきだよ。
見るからに投げやりだもの。
春樹の身体の次は命を持っていきそうだよ。
美沙、ゴミ箱に捨ててーー
今度こそ、救うのは美沙だよね。
頼むデェーー

waravinoさんへ 

いらっしゃいませ。

ありがとうございます^^
私自身は、もうどっぷり物語に浸りこんで、キャラ達に全力投球してるんですが^^

でも、想いが読者さんに伝わるかどうかが、難しいところですね。
子供たちを、愛してほしいな・・・と、いつも願いながら、物語を綴っています。

けいったんさんへ 

ははは。
今回はブリ舘さんの実況がなかったですもんね。

しかし、戦いは静かに白熱しておりますね。
こ、、、こわいですね。女の戦い。

じつは咲子は全くそんな気持ちじゃないらしいんですが、
どうもあの性格は、まわりに誤解されちゃうようで^^;

美沙・・・そうとうダメージを受けちゃってますが。
う~ん。どうするのかなあ、美沙。(どうするんだっけ・・・←忘れてる作者)

春樹、トンずらした方がよさそうですよね^^;

あ、でも、春樹はまだ、美沙が入院してると思ってるんですね。
やばいやばい・・・。

ポール・ブリッツさんへ 

私も実況、ちょっと気になっていました^^(ちょっとさ)
そうですよね、まだ勝負は決まっていない。
美沙は、あのメモを見ちゃうんでしょうかね。

最終話でも、もしかしたら答えは微妙かもしれません。
ぜひ、レフリーの判定を聞きたい。

なんでもプロレスにしちゃう・・か・
それって、いいかも^^

苦境に立たされた自分を、実況中継したら、気が紛れたりしそうですね。

ヒロハルさんへ 

昼ドラじゃないって~~w

でも、女たちのドロドロは、終わっちゃいましたね。
乱闘にはならなかった見たいで^^;

あのメモに・・・・・・「愛してる。はーと」By咲子・・・ってかww
そんなん見たら、美沙・・・どうするんだろう。
(ちょっと面白そうです)

春樹・・・大丈夫か??

ぴゆうさんへ 

> LOW&ORDERで容疑者を愛している女弁護士が実は犯人で、
> バレた途端に容疑者を巻き添えにして自殺をしたドラマを思い出した。

わ・・・・。
それは悲惨と言うか、壮絶過ぎますね。
それ、結局どんな感じの結末で終えたんでしょう。バッドエンド??
でもそういう展開、嫌いじゃないです。

メモ・・・。
そうですね、大事なメッセージです。

美沙、それを捨てちゃうのかな。
そのメモに、咲子という女の人間性が書かれているはずです。

美沙~。どうする? それ。捨てちゃう? 読んじゃう?

(作者も、すごく迷いました。でも、美沙の気持ちになったら、読むのも捨てるのも怖いかなあ・・・・)

横レス失礼しますpart2+追加感想コメ 

そうか!まだ勝負は、ついてないのかぁ~!
すみません、早とちりでした (o_ _)o))

では 1ラウンドは、咲子の勝ちって事で・・・
エッΣ(・ω・;) もしかして プロレスには ラウンドって無い?
まったく 知らないの~ お恥ずかしい(≧艸≦)

メモ、私なら 腹が立ってるから クシャクシャにして 一度は捨てるけど 
数時間後には そーっとゴミ箱から拾って読んじゃうだろうなぁ~
だって気になるも~ん!
o(▼д)ノ゛⌒ ゚ ポィッ!。ゞ(..) ヒロットコー...byebye☆

けいったんさんへ 

再来歓迎^^

まだ勝負はついてなかったですね^^
でも、もう後3話だし~~。
この勝負は、見極めが難しいですよ~~。ふふ。

そっか、けいったんさんは、そういう行動に出るんですね?
これは興味深いです。
けっこう、ここでその人の性格が出るかな。

私なら、すぐに読むw。そのあと、破り捨てる。

美沙は、たぶん読めなかったんでしょうね、すぐに。怖くて。

これ、いろんな人に訊いてみたいです^^

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鍵コメさんへ 

おおお。そんなラストなんですね。
壮絶だ・・・。
でも、書きようによっては、ただ後味が悪いだけじゃなく、切ない後味にできるのかもしれない・・・。

いろんな物語のラストだけ訊きまくる・・・って、ちょっと楽しい^^(いや、すごく楽しいです)

ありがとうございました。

NoTitle 

う~む、ジリジリと緊迫感のあるシーンでした。
メモ気になるなぁ・・・。

実は私若い頃バリバリバブルの時代ですが
ばっちりムスクの香水使ってました(爆)

Happy Flower Pop さんへ 

おおお、読んでくださってたのですね。
ありがとうございます。
なんか、申し訳ない気分です。

女同士のシーンって、無意識にこちらも、なんか殺気立って来てしまいます^^;

え! Happy Flower Pop さんもムスクを!
でも、実は私も嫌いではないです。
最近はムスク単体の香水はほとんどないようですね。
他のものとブレンドしてマイルドにしてあるとか。

唯一あるメーカーで販売してある純粋なムスクを匂わせてもらったんですが、なんか、「女!」という感じでした。
(いや、どんなんよ・・・。)

NoTitle 

某先生のエッセイ集「オルフェの水鏡」を読んで、某先生もわりとアバウトに、「その場の勢い」だけで書くタイプだと知って千人力の気分(笑)

……我ながら単純な男である。

ポール・ブリッツさんへ 

え! そうなんですか?

そのエッセイには、そんな製作過程のことも書いてあるんですか。

どれとどれが、勢いで書いたものなのかが知りたいですね。

そうか・・・・。勢いって言うのも、アリなんですね?

NoTitle 

limeさん、こんにちは。

美沙さんの悲鳴の感情に壊れちゃいそうでめちゃくちゃ心が痛いです。
春樹くん、まさかこんな展開になるとは!!

本当にこれからもいろいろあるのでしょうけれど(怖いけれど、楽しみ)2人には幸せになってもらいたいなぁ。

別の回になっちゃいますけれど、まぁ、咲子さんといろいろあった次の朝に隆也くんのあのテンションは春樹くんにとってはかわいそうでしたね。

春樹くんも隆也くんも美沙さんも若いって大変!!なのねとその独特の青臭い感覚を思い出しました。

また、続き楽しみに読ませていただきますね!!

雨降りさん へ 

雨降りさん、長くて重くてしんどい、「死の馬」を読んでくださって、本当にうれしいです。
こうやって過去作品を読んでもらう事で、春樹は蘇るんだなあ~~. (*ノд`)・゚

「死の馬」は、本当に3人のどうしようもない気持ち、行き場の無い苦しさを描いてみました。
3人ともが、きっと苦しかったろうなあ・・・。
雨降りさんが、その気持ちを感じてくださって嬉しいです。

もうお気づきだと思いますが・・・この作者は、とても意地悪です(*'ω'*)
可愛いくて若い子には特に・・・。←まさか、嫉妬? いえ、可愛さ余って憎さ100倍・・・?

>咲子さんといろいろあった次の朝に隆也くんのあのテンションは春樹くんにとってはかわいそうでしたね。

↑ここ、本当に心身ともに春樹は参っていたので、大丈夫かな、消えてなくなっちゃうんじゃないかな、なんて作者も心配しました><(でも描く)
ほんとうに・・・。若いって、…愛するって、苦しい事なのですよ><

結局、この章では3人とも救われることなく、最終章に突入です。
最終章は、もしかしたら更に苦しいかもしれません。
ちょっとわかりにくい部分が有りましたら、訊いてくださいね。速攻で答えます。

今までの、すべての事がこの最終章に集約されます。
どうぞ、お時間のある時に、覗いてやってくださいませ。
いつも、ほんとうにありがとうございます!!





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