KEEP OUT 5  死の馬

KEEP OUT5 第18話 残酷と静寂の朝

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 レース越しの小さな窓から、柔らかな白い光が流れ込んでくる。こんなに静かな気持ちで朝を迎えられるのは何年ぶりだろう。
 すっかり身支度を整えた咲子は、まだベッドに横たわり、静かに寝息を立てている少年を、愛おしい気持ちで見つめた。

 性交の合間に口移しで飲ませた強い睡眠薬のせいで、その少年はシャワーを浴びることも叶わぬまま、まだ咲子の匂いを体に纏わらせ、深い眠りに落ちている。
 今は危険だとして製造を禁じられているバルビツール酸系睡眠薬。たった一錠でも、体質によっては呼吸停止に至る。
 この少年は、何のつもりであの時、口移しで入れられたカプセルを躊躇いもなく飲み下したのだろう。
 咲子を信頼しきっていたのか、それとも、その真逆か。

 そのクスリの作用でこの少年が息絶えてもいいと、ほんの一瞬この自分が思った事を、この子は知りもしないだろう。
 眠りに落ちた少年の首に手をかけて、本当に連れて行ってしまおうと思ったことなど、この子は想像もしないだろう。

 咲子はそんなことを思いながら、朝日をほんのり映し、透けるように白く浮き上がった少年の頬を撫でた。
 薄い布一枚を下腹に掛けただけのその体は人形のように美しく、儚く、咲子は自分が犯してきたどれよりも大きな罪を感じて、ひっそりと嗤った。
「あんたが悪いんだよ。私に近づくから」

 咲子は身勝手な言い訳をこぼしながら、少年の上に屈み込んだ。
 その白い胸にも、腹にも、昨日の名残の赤い刻印が鮮やかに浮かび上がっている。
―――消えなければいい。ずっと、このまま。

 ふいに大きく息を吸い込む気配を感じて、咲子が顔を上げると、まだ目を閉じ、眠りの中から抜け出せないままでいる少年が、辛い夢でも見ているかのように顔を歪ませ、そして呟いた。
「美沙……」

 その声を聞きながら咲子は花がほころぶようにやんわりと笑い、そして、涙をにじませた。
「馬鹿な子……」

 裸の体に優しく毛布を掛け直してやりながら、咲子はゆっくり立ち上がり、ベッドの横に置いてあった、小さなバッグひとつを手に持った。
「じゃあね。春樹。バイバイ」

 もう一度だけその頬に触れるだけのキスを落とした後、咲子は静かに部屋をあとにした。


         ◇

 隆也はムッスリとした目をして、春樹のマンションの部屋のドアをひとつ、小さく蹴飛ばした。やはり春樹は帰っていない。

 予備校の午前中のカリキュラムは何とかこなしたが、どうにも授業に集中できず、午後の授業はすっぽかして帰ってきてしまったのだ。
 自分のこういう性格が全てに災いし、受験をも困難にしているのだとは分かっていたが、ひとつ気になると、まるで他に考えが回らない性分はどうにも直らない。

 何度ドアホンを押してみても、同じだった。昨日の昼も夜も。
 共通の友人の所にもいない。
 相変わらずメールも電話も返して来ない。もう3日だ。こんな事は今まで一度も無かった。

 自分と同じ18歳の、それも仕事をもつ男に2、3日連絡がつかないといって、取り立てて騒ぐことではないのは分かっている。けれど相手が春樹となると、そうもいかない。 
 あれだけ美沙を頼り、大事にし、そして唯一秘密を知っている同性の隆也に、何でも胸の内を話してくれた春樹だ。
 しかも、ここ何日かの春樹の憂鬱そうな目を見ている隆也には、心配しないでいられるはずもなかった。

 ちょっと美沙が傍いないと、何故こうも脆くなるのか。
 隆也は春樹のどうしようもなく弱い部分に腹が立ち、そして同時に美沙に腹が立った。
 もう一度ガンとドアを蹴飛ばした後、ふとまた別の不安が隆也の脳裏をよぎった。
 もしかしたら春樹は熱でも出して、部屋の中で寝込んでいるのではないだろうか。
 インターホンにも出られないほど伏せっていて、あるいは脱水症状など起こし、動けなくなってるのでは。
 隆也は一度沸き上がってきた不安に頭を占領され、ソワソワと落ちつきなく、ただ左右を見渡して「どうしよう」と呟いた。

 鍵を開けてもらおう。友人だし、構わないはずだ。しかし、ダレに? 管理人って、どこにいるんだろう。
 隆也は前の廊下を行ったり来たりしながら一人考えを巡らせ、結局美沙に訊くしかないのだという結論を出した。
 彼女に頼るのは少々腹立たしいが、この際仕方がない、と。


 その時、シンと静まりかえったフロアの端で、エレベーターの軽い起動音が聞こえた。振り向くと上昇してきたエレベーターがこの階に停まり、今まさに開こうとしている。
 丁度いいとばかりに、それに乗り込もうと走り出した隆也は、ドアの中の人影にハッとした。

 エレベーターから降りてきたのは春樹だった。

 紙のように白い顔をしてぼんやりとただ目を開いているだけの、生気の感じられない体。まるで魂を抜き取られたかのように、頼りない。

 それは、春樹に似せた、ただの人形のように思えた。



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~ Comment ~

NoTitle 

自分を殺そうとしている相手と一夜を伴にしたんだから、そりゃー春樹くんにとっては凄まじい経験だわなあ。しかも春樹くんにはその「殺意」がわかっているし。

こんな体験したら、女嫌いというよりも人間嫌いの世捨て人になっちまうんじゃないかと、ふと……。

それで、わかっていながらなんで咲子をほっといたんだ、と、隆也くんからも美沙さんからも責められるわけでしょう。

うわあ……。接触テレパスなんて能力、持つもんじゃないよなあ。

NoTitle 

そうか、きみは「男」になりたかったのか、春樹くん。
しかし、咲子に口移しにされたものまで飲みくだしてはいかん!
前回まではそんなことなかったのに、今回読んで急に咲子が憎らしく思えてきたのはなぜだろう…。ああ、やっぱり一瞬でも春樹に殺意を抱いてしまったせいかな。

私も隆也みたいに、ドアを蹴飛ばしたい気分!!
それで春樹は何を得られたのだろう?
この物語で一番感情移入しやすいのが実は隆也だったことに気がつきました。

こんなことを言うと失礼かもしれませんが、咲子にはなんとなくうちの遼と同じ匂いを感じてしまいました。そして、「そうか、読者から見るともしかしたら遼は咲子みたいな感じなのかな?」などと思ってみたり。

NoTitle 

馬鹿な子だ・・・苦しすぎる・・・
美沙への思いのはけ口などどこにもないのに、なんて思ってしまいました。

今の春樹は抜け殻なのか、受け入れすぎて飽和しているのか・・・
コピーペーパーのように白くて薄いことだけは確かだ。(春樹A4サイズの図)

あとは隆也に任せた。

NoTitle 

何とも切ないなぁ~

もしも咲子だったらを考える。

自分の過去をすべて知った上で身を任せてきた春樹。
咲子は全身全霊で愛したと思う。
これは絶対に嘘も偽りもないだろう。
だけど永遠に続くわけでもない。
終わりがある。
その終わった後の自分を見られるのがたまらなく嫌だった。
美しい春樹と薬で病み肌もガサガサの自分。
比較するのも恐ろしい。
覚めないままでいて欲しいと願うのは女心かもしれない。
きつい薬はそれしか持っていなかった・・・・ミタイナ

春樹も薬が覚めればしっかりすると思いたい。
彼には愛する美沙がいるのだもの。
家に戻って来ただけでも大したもんだよ。

NoTitle 

馬鹿な女、咲子
バカな男の子、春樹
おバカな友達、隆也

あぁ~もう一人、忘れてたわ!おばか女子、美沙... Σ(゚ω゚)b

皆が、愛すべき人たちなのに それぞれ 何かしらあるからねぇ~σ(-c_,-´。) ウゥ-ン

感情が鉄砲玉な隆也の言動が、ちょっと怖くて 心配だなぁ~
って、誰も彼もが、
心配しなくちゃならない人ばっかりじゃんかーー!
工工エエエェェ(゚∀゚; 三 ;゚∀゚; 三 ;゚∀゚)ェェエエエ工工...byebye☆

ポール・ブリッツさんへ 

凄まじい経験です。(初体験なのに・・・)

でも、咲子の殺意は、最上級の愛情だったから、
春樹は怖くなかったんじゃないかなあ・・・、とも思います。

咲子の死への陶酔を、自分も味わってしまって、中毒状態だったのかも。
いずれにしても、凄まじい初体験・・・。

美沙や、隆也に、攻められちゃうかなあ・・・。じゃあ、内緒にしとこうね、春樹(笑

そうなんですょ。春樹の能力なんて、身を滅ぼすだけの代物ですよ(T_T)

西幻響子さんへ 

咲子に、男にしてもらいました!
でも・・・実際は本当に寂しくて、甘えたかったのかもしれませんね。

だから、咲子の死への憧れに麻痺させられちゃって、半分どうなってもいいや、と言う思いで薬をのんじゃった・・・とか。
(いや、推測ですが。春樹がまだ、語ってくれないのです・・・)

>今回読んで急に咲子が憎らしく思えてきたのはなぜだろう…。ああ、やっぱり一瞬でも春樹に殺意を抱いてしまったせいかな。

ああ、こういうの聞くの、面白いですね。
皆さん、毎回変わって行かれるんですよね、咲子への感情が。
不気味で憎たらしい→ちょっと同情→ちょっと共感→やっぱり許せない・・・とか。

>こんなことを言うと失礼かもしれませんが、咲子にはなんとなくうちの遼と同じ匂いを感じてしまいました。そして、「そうか、読者から見るともしかしたら遼は咲子みたいな感じなのかな?」などと思ってみたり。

おお、なんか、すごくわかります。全然失礼じゃないですょ。
咲子は、愛されるためのキャラではないので、嫌われたり憎まれたりするだろうな~と思いながら作り上げました。
でも、荻原医師や、OEAの黒崎のような完全超悪でもなく、どこかで一人くらい、同情してもらえればいいな、なんてことも感じます。
救いようのない事をしてるんだけど、闇に突き落としたくない感じ。

でも、遼くんのほうが、断然愛されるべきキャラですから! 咲子は、もういいんです(←おいおい、やっぱり女には冷たいぞ、作者)
あの遼の「危なげ」は、心配で、見守ってあげたくなる危なげですからね。

>私も隆也みたいに、ドアを蹴飛ばしたい気分!!
それで春樹は何を得られたのだろう?

う! 失ったものの方が多かったり・・・。(しいていえば、経験値?)

>この物語で一番感情移入しやすいのが実は隆也だったことに気がつきました。

ああ、そうかもしれない。
感情が服着て歩いてるみたいな隆也。
ストレートに気持ちを吐き出しますからね、彼。

でも、さて、次回の隆也に、西幻さんは共感するのでしょうか。
どうか、教えてくださいね。興味津々です^^

けいさんへ 

く、苦しませてごめんなさい~。毎度毎度・・・。(春樹を叱っておきます)

>美沙への思いのはけ口などどこにもないのに、なんて思ってしまいました。

そうですよ。
なんにもなりゃしない。
でももう、頭でいろいろ考えるのに疲れちゃったんでしょうね。(じゃあ、どこで考えたんだ。)

春樹はきっと、頭を真っ白にしてほしかったんだろうと思います。
でも、飽和状態になっちゃった・・・みたいな。

>コピーペーパーのように白くて薄いことだけは確かだ。(春樹A4サイズの図)

ははは。ちっちゃくて、薄っぺらいはるき~~ww
哀れだ~。
風に飛ばされちゃうって!!

>あとは隆也に任せた。

はい!・・・って、いいのかな? いいのかな~。あいつも、バカですよ^^

ぴゆうさんへ 

ぴゆうさんが、咲子になって考えてみてくれた~ (´□`。)°←嬉し泣き

そう!
うん。
うんうん。
そうなんです。(←コメ読みながら、頷いてる)

春樹を全身全霊で愛したのは、間違いないです。
死なせてもいいと思ったのは、わがままですが、咲子なりの最大級の愛情表現だったのかもしれません。

>覚めないままでいて欲しいと願うのは女心かもしれない。

うん。あんなにうらぶれてはいても、最後まできっちり化粧してるし、服装もちゃんとしてるし、
咲子はさいごまで、女であろうとしてるんだと思います。
そして、愛おしい少年(親子ほど年が離れてますが)との余韻を、宝物にしておきたかったでしょう。
(町田~、ごめん)

薬も、たぶん、本当の劇薬だったら、使ってなかったはずで・・・。
それでも、少しだけ、自分の(死神の住む)世界に引き寄せたかったのかも。 寂しい女です。

そうですよね、美沙が待ってる。
帰らなきゃあ。

・・・・でも、待ってたのは、隆也で・・・汗

けいったんさんへ 

> 馬鹿な女、咲子
> バカな男の子、春樹
> おバカな友達、隆也
>
> あぁ~もう一人、忘れてたわ!おばか女子、美沙... Σ(゚ω゚)b

ひえ~~。みんな、おバカばっかりじゃあ、ありませんか!
ヤバいぞこの物語!

でも、バカな子ほど可愛いっていうし・・・。
この子たち、成長するのかしら、最終章までに。

>感情が鉄砲玉な隆也の言動が、ちょっと怖くて 心配だなぁ~

そう・・・。ここでがっつり春樹を慰めて欲しいところですが。
なんたって、隆也も、心配のイライラがピークですから・・・。汗

NoTitle 

↑↑↑おっと、わたしを忘れてもらっちゃ困るな、ちっちっちっ。

「バカな読者」(笑)

ポール・ブリッツさんへ 

ああ、ほんとだ、忘れてた。
バカな読・・・・・ ちょっと、何言わせるんですか。

じゃあ、バカな作者はどうしたらいいんですか。

いやいや、バカほど可愛いんです^^(自分もフォローか)

NoTitle 

男になったか………。
そっか………。

そっか………。
うらやま……ごほん。

るるさんへ 

ええええ! うらやましいですか?

でも、相手は咲子ですよ? 20歳上ですよ?

まあ、上手いとは思・・・ゴホッ

NoTitle 

limeさん。
こんにちは♪

えぇ~ん。
こんなことになるなんて・・・
そりゃ咲子は不幸の身の上のせいで、
本当の事を見抜く力がなくなってるのかもしれない。
愛していたからこそ、見失ってしまったのかもしれない。
でも、春樹は?
美沙の事が好きで、美沙が他の男性と話してるだけで、
やきもちをやいてしまって、
こんなに美沙が好きなのに。
咲子と寝てしまったことは、
なんとも言えない後味の悪さが・・・

慰め合いなのでしょうか?
それとも、慰めたかったのでしょうか?
それともやけっぱちだったのでしょうか?
わからないなぁ~

さやいちさんへ 

おお、もうこんなところまで読んでくださったのですね。
ありがとうございます。

ほんとうにね、春樹は無謀なことをしました。
美佐のことがあんなに好きなのに、なんででしょうね><

自暴自棄というのもあったかもしれません。
誰かに抱きとめて欲しかったというのも、あるかも。

でも、ここで「死の馬」の登場なのです。

春樹はたぶん、咲子があこがれる「死」に、自分も惹かれてしまったのかも。
生きる気力を無くしつつある春樹は、咲子に触れた瞬間、咲子があこがれる「死」に、同じように魅入られたのでは・・・。

もう一度、あの甘美な感覚を、咲子とともに見たかったとか・・・。
あぶないですよね><
殺されてもいいと、もしかしたら思ってたのかもしれません。

このあと、まだ春樹には試練がまっています。
この「5」は、もや~っとしたまま終わるかもしれませんが、「6」への前章という気持ちで、読んでやってもらえたらうれしいです!

もうすこし、もやっとしてください!
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