KEEP OUT 5  死の馬

KEEP OUT5 第14話 それぞれの苦悩

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 渓谷を抜けた先に、ぽつんと佇む売店を見つけ、春樹は走り寄った。
 その軒下には、今どき珍しいコイン式の赤い公衆電話が据え付けてあった。春樹は周りに誰も居ないのを確かめた後、10円玉を入れて、ある場所に一件電話を掛けた。

 声が震えていなかったろうか。不審な電話と思われなかったろうか。話し終えて受話器を置いた頃には、手の平は冷たい汗でぐっしょり濡れていた。
 時刻はまだ昼過ぎ。この町で自分がやれることは全て終わった。 
 けれども、その馬鹿みたいに重い体を引きずって、すぐさま帰路につく気にはなれず、春樹は桜ヶ丘の小さなビジネスホテルに一泊することにした。

 見知らぬ天井を見つめ、備え付けのTVでローカルニュースを聞きながら過ごす夜はなんとも心細く、けれども自分の携帯に入ってくるメールも電話の着信も、全て無視し続けた。

 電源を切ろうかとも思ったが、もし咲子が掛けてきたら応じようと思っていたので、切ることはしなかった。

 メールは美沙だろうか。隆也だろうか。

“どうしたの?” “どこにいる?” “何をしてるの?”

 そんな問いならば、答えられない。何と答えればいいのか、分からない。
 自分自身が一体、どこへ向かおうとしているのかも、分からないのに。

 春樹はその夜、ゴウゴウと闇に落ち込む水しぶきを夢に見、汗びっしょりになりながら、まだ薄暗いベッドから飛び起きた。胃の不快感はずっと取れぬままだ。
 不気味な夢のせいか、体中が重く怠かったが、素早くシャワーを浴びた後、春樹は早々にホテルをチェックアウトした。
 出費は痛かったが体調のこともあり、帰りは新幹線のチケットを買った。このまま長距離バスなんかに乗ったらきっと吐いてしまう。
 キヨスクで地元の新聞とコーヒーと菓子パンだけ買うと、ちょうど滑り込んできたひかり号に飛び乗り、窓辺の自由席に座った。

―――ああ、そういえば。

 4カ月前に、仕事でこの、少し古いひかり号に乗った。
 あの時は真夏で、山口に行ったんだ。僕の隣には、美沙がいた。
 ビールばっかり飲んで……駅に着いた頃には、酔いつぶれて大変だった。
 ほんの数ヶ月前のことを、春樹は遙か昔のように思い起こした。

 その途端、鼻の奥がツンとし、にわかに視界が熱く歪み、春樹は堪らなくなって手に持ったローカル新聞をぐっと力一杯握りしめた。


           ◇


「あれ? 珍しいわね。君が来てくれるなんて」
 美沙は開け放たれた病室のドアから恐る恐る顔を覗かせた隆也に声を掛けた。
 そして間髪入れずひらめいた予感に、胸を弾ませた。

「あ、春樹も一緒なのね?」
 けれど隆也は首を横に振る。 
「俺、ひとりです」
「ああ、そうなの。……こっちいらっしゃいよ」

 自分でも驚くほどの落胆を持て余しながら隆也を呼ぶと、女ばかりの病室のせいか、隆也はぎこちない様子で歩み寄り、美沙のベッドの横に立った。

「そっか、ひとりで来てくれたのね。……なにかあった?」
「あの、美沙さんに訊くのも変だと思ったんですが」
「なに?」
「春樹は昨日、どうしてました? ここに来ましたか?」
「昨日もその前も来てないけど。……隆也と遊んでるんだと思ってた」
「メールの返信もないし電話にも出ないし。家にも帰ってないようだし。今までそんなこと無かったから、ちょっと気になって。もしかして、仕事でどこかに行ってるのかなとも、考えたんですけど」
 表情は変えなかったが、美沙は自分の胃の辺りが不安で急激に冷えて行くのを感じた。

「それはないわ。私が入院中は事務所は閉めてあるはずよ」
「春樹は毎日事務所に行ってました。やりかけの事務処理を片づけるんだとか言って。新規の依頼のことでも悩んでたみたいだし」
「新規の依頼?」
 美沙が身を乗り出すと、その勢いに、余計なことを言ってしまったと思ったのか、隆也は一歩、後ろにさがった。

「依頼のことは、俺の聞き違いかもしれないし。……とにかく、ここに来てないんなら、いいです。別の友達のところにでも行ってるんだと思います。また、改めて連絡してみますから。どうもお騒がせしました」
「隆也」
「……はい」
「春樹に連絡ついたら、もう仕事のことは何も手を付けなくていいからって言って置いてもらえるかな。私がもどるまで、一人で何かしようとしないでって」
「できません」

隆也の意外な即答に、美沙は一瞬その意味が飲み込めなかった。

「……え?」
「美沙さんはいつも春樹にそう言う態度なんですね。俺だったら、そんなこと言われたら凄く腹が立つし、傷つきます。春樹が大事だったらもっと信用してやってください。春樹は、何も出来ない子供じゃないでしょ? それとも、本当に美沙さんが春樹を無能だと思うのなら、今すぐクビにすればいいんです。春樹はペットじゃない」

 辛辣な内容とは裏腹に穏やかな口調でそう言うと、隆也は「失礼します。お大事に」と付け加えて、静かに病室を出ていった。

 あとに残ったのは、隆也が突きつけていった、どうしようもなく当たり前の真実だけだった。

 美沙はボンヤリと窓の外に目を向けたまま、ガスのように体内に充満する胸苦しさと自己嫌悪をなだめようと、しばらく必死になった。
 出口のない迷路なのは、今も変わらない。
 ただ、また、そこにコロンと悲しみが加わっただけだ。

 自分はやはり春樹を傷つけているのだという、そんなどうしようもない、悲しみがひとつ。


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~ Comment ~

NoTitle 

うおー、言っちゃいましたねぇ、隆也くん。核心のところを。
まさしくいまの春樹は美沙に、自分を一人前にみてほしいと切実に思っているところでしょうから…。

「信用してほしい」と思う気持ちってとてもよくわかる。
信用して頼ってもらえないと、悲しくなる。
自信がなくなる。
ひどいときには自暴自棄になる…。
いまは美沙も春樹も自立への道をたどっているところなのかな?

春樹も随分苦しんでいるみたいですねぇ。
「ここに美沙がいたら…」と思ってしまったかな。

NoTitle 

隆也くんそれはキラーパスだ(^^;)

とはいっても美沙さんは美沙さんで守備が甘いのだけど(^^;)

すれ違いが悲劇を生むのでしょうか……。

NoTitle 

春樹が電話したその先は・・・勝手に想像させてください・・・

隆也、良く言った。でも、美沙にとっては承知のことで、
でも、それを言葉でバンバン言われるときっついですね。

お互いが再会したときに、どんな顔してどんな会話がなされるのか
楽しみです^^

西幻響子さんへ 

言っちゃいました・・。
「そこまで言うか~」ってところを、言うのが隆也なんですよね^^;
美沙も、辛いです。
(この二人、やっぱり「3」で、和解してなかったのね・・・と、改めて思う作者でした。

> 「信用してほしい」と思う気持ちってとてもよくわかる。
> 信用して頼ってもらえないと、悲しくなる。
> 自信がなくなる。
> ひどいときには自暴自棄になる…。

そうなんですよ! 春樹も、男の子ですから。
今、春樹を支えるのは、美沙の信頼なのかも・・・。
(むりそうだなあ。)

>いまは美沙も春樹も自立への道をたどっているところなのかな?

最終的には、そうあってほしいんですが、なんか・・・その前に崩壊しなきゃ良いけど・汗
私に生み出されたキャラたちは、大変です。^^;

ポール・ブリッツさんへ 

そうなんです、すれ違って、すれ違って・・・。

核心に触れることなく、深みにはまって行くのです。ふふ。

この物語、結局はすべて成り行きの出来事なんですが、春樹にとって、どんな意味を持つのかなあ・・・・。

あとでみなさんに、感想を聞きたいです。

けいさんへ 

> 春樹が電話したその先は・・・

そう、そこ、気になりますよね。でも、すぐに分かります。
ヒントは、携帯からは掛けたくなかった・・・・というところかな?

隆也は、バンバン言っちゃいますw
美沙にはキツイですよねえ。(病人なのに、かわいそうに)
隆也は、なぜか春樹の事になると、攻撃的になりますね^^;
このあと、まだまだ、問題行動やらかしますです。この子・汗

>お互いが再会したときに、どんな顔してどんな会話がなされるのか
楽しみです^^

↑するどい!
ここ、大変です。i-201
春樹VS美沙も、隆也VS春樹も。

NoTitle 

隆也は春樹の気持ちがよくわかっていますね。
友達として、そして男として。
やはり何もできない子供として扱われることは男として許せませんから。

例え美沙の言葉を伝えたとしても、
ここまできて投げ出すことをしたくはないはず。

美沙ちん……ダメよ。もっと男性の気持ちをわからないと。
そんなことだから、いつまで経っても……ぐふっ!
殴られました……スミマセン。
(どちらかというと長谷川さんチックになってしまいました。人様の所のキャラで遊んではいけません。失礼しました)

ヒロハルさんへ 

お、ここで隆也の理解者が!
やはり男同士、感じていただけるところがあるんでしょうか。
隆也と美沙、そして春樹。
それぞれの気持ちが伝わるとうれしいですね。

そうそう。
もう、春樹は美沙の言葉は伝わりませんね。
“イケナイ”スイッチが入ってしまったようですから^^;

あ~~らら。ヒロハルさん、美沙に殴られた~。ふっふっふ。
私の女性キャラたちは、みんな気が短くて、隠れマッドなんです^^
美沙も怒らせたら怖いかもよ~~。

でも、最近ナーバスだからなぁ。
美沙も、やはり辛い。この辛さが、のちのち、歯車を狂わせてしまうわけですが・・・。
それはまた、別のお話です^^

(●´∀`●)b・゚・☆★ぁけまUてぉめでとぅ★☆・゚・d(●´∀`●) 

↑と、ノンキなタイトルを書き込んでる場合じゃない 新年早々 不吉だぁーー!ヽ(゚Д゚;)ノ!!

春樹が感じ取った不吉な感情と 見た不吉な夢
今 神社で おみくじを引いたら ”大凶”は、確実だわ!(´;ェ;`)b

不穏な雰囲気を背負ったまま 携帯じゃなく公衆電話から掛けた相手と その内容は、誰だぁーー!?何だぁーー!?∑(; ̄□ ̄Å アセアセ

美沙に これでもか!って言っちゃった隆也、言われちゃった美沙
この2人の言動、心情も 気になるし~~( ゚∀゚;)タラー

まだ 今年は、夢を見てない(覚えてない?)私
私の初夢も、もしかして・・・{[(●TーT)]}.。oO((【・:*:・///ネ刀 ユ メ///・:*:・】))

limeさま、今年も宜しく~(*^ω^)ノ))ブンブン!!またね~byebye☆

けいったんさんへ 

わーーーい、けいったんさん、ハッピーニューイヤーーーー!です。
元気そうで、よかったです!
穏やかに新年をむかえられましたか??

ああ、それなのに。
新年早々、不吉なお話を読ませちゃって、ごめんなさいね。汗、汗。

(いや、私の小説は、年がら年中、不吉なのでした!)
怖いから、春樹も美沙も、おみくじは引かないでしょうw
隆也は受験生だから、よけいにこわいでしょうっw

春樹が電話したのは・・・ほら、皆さんもよくご存じの、あれ、ですよ。(テレクラじゃない)

隆也と美沙のバトルも、なかなか収まりそうにありません。
そして、このお話は、これからが山場です!
どうか、がんばってついてきてくださいね^^

けいったんさんの初夢は、なにかなあーー。
春樹と同じ、おどろおどろしい夢は、見ちゃだめですよーー。

では、けいったんさん、今年も宜しくおねがいします!
けいったんさんのたのしいコメ、待ってます^^

 

男の気持ちを……。

少しでいいから……。

ね?

るるさんへ 

そうですよねえ。

るるさんも、美沙みたいに言われたら、傷つくかな?

美沙に、説教しときます^^
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