「ラビット・ドットコム」
第2話 深夜0時の猫
ラビット第2話 深夜0時の猫(1)

時刻はもうすぐ夜の10時を回ろうとしていた。
オフィスビルの13階にあるラビット事務所には、本日の業務は終了したにも関わらず、まだ煌々とあかりがついていた。
窓際に並んだカラフルなデザイナーズチェアに座り、一台のゲーム機を覗き込んでいる男女の影。
「ほら見て、李々子さん。こうやってモブキャラが出すクイズを解いていくとアイテムが手に入って、それを武器に敵と戦うんです。単純なんだけどあなどっちゃいけません。クイズだって結構クールだし、ほら、なんてったってキャラがみんなカッコいいでしょ。途中で入るアニメがまた秀逸なんです」
「ふうーん。そうなんだ」
「キャラ設定も渋くてね、この大王なんて、最初悪ぶってるけど本当は心優しくて。正義感ぶったヒーローより絶対僕、大王派なんです。けっこう体力ない大王だから、せっせと栄養補給しなきゃいけないんだけど、ゲームの中で時間が経過するから、ほったらかしにしとくと弱っちゃって大変なんです。
僕が小さい頃、たまごっちってミニゲームあったんですけどあんな感じ。そういえば一生懸命育ててたキャラが、僕が学校に行ってる間にお腹空かせて死んじゃって、僕3日間は立ち直れなかったです」
「へえーそうなんだ。シロちゃんかわいい~。それでシロちゃんはいつもそのゲーム機を持ち歩いてんのね」
まるで子供のように嬉々としてゲームについて語る稲葉の話を、少しも鬱陶しがらずに李々子は聞いている。
今やすっかり李々子に「シロちゃん」と呼ばれている稲葉と、その彼が事務所に居るときは何かとぴったりくっついている李々子。
とても仲睦まじい光景ではあるが、宇佐美はデスクに座ったまま、少しばかり気をもみながら、そんな二人を眺めていた。
心配の種を持っているのは、今日も非の打ちどころなく妖艶に装った、卯月李々子。
ゲームの画面に釘付けになっている稲葉の横顔を、李々子は綺麗な花でも見るようにじーっと見つめている。
まるでその光景は、匂いに釣られて近寄った虫を捕食しようとたくらむ食虫植物。
そして餌に気づかれないようにそっと対象物に接近していく。
じっとそれを見ている宇佐美。
李々子の唇がさらに稲葉の首筋に近づく。
「李々子」
突然投げられた声に驚き、稲葉が宇佐美を振り返った。
李々子は軽く舌打ちをしてぷくっと頬を膨らます。稲葉は状況が分からず、きょとんとしたままだ。
「はい、二人とももう解散。毎回言うけど、業務が終了してここで何時間も遊んでいくの、やめない?」
宇佐美はため息まじりに言った。
稲葉がメンバーに加わってから一か月が過ぎた。
宇佐美は教師のバイトを終え本業に戻ったが、稲葉は教師と掛け持ちなので、事務所にいるのは放課後から出勤して約3時間。
仕事内容は今のところ資料整理ばかりだった。
「家に帰っても一人だし、ね、もうちょっとだけ。僕の話をウザがらずに聞いてくれるのは李々子さんだけなんですよ。まさに女神」
稲葉は手を合わせて拝むようにして宇佐美に懇願する。
これには宇佐美も苦笑するしかない。
「ね。李々子さんだってまだ帰らないんでしょ? あ、そうだ。僕ね、てっきり李々子さんと宇佐美さんはここに一緒に住んでるんだと思ってたんですよ。この事務所の隣の部屋が宇佐美さんの住居になってるって聞いたとき。でも違ったんですね」
「当たり前だ。何で俺が李々子と住まなきゃなんないんだよ」
宇佐美は心外だと言わんばかりに言い捨てた。
李々子は先ほどよりもさらに頬を膨らませ、抗議の視線を宇佐美に投げかける。
キャンキャンと言い返しそうな李々子の無言の抗議に、その場は微妙な空気で満たされた。
「あ、……いや、なんかごめんなさい。えーと、じゃあ僕そろそろ帰ろうかな」
稲葉はようやく自分の失言に気づき、慌て気味に立ち上がった。
タイミングを見計らったように、ちょうどそこへ来客を知らせるベルが鳴った。
顔を見合わせる宇佐美と李々子。
「またこの時間ね」
「なんですか?」
「バイク便よ、きっと」
李々子は不機嫌そうに稲葉に答えると、ドアに向かって「どうぞ」と声をかけた。
入ってきたのは李々子の言った通り、バイク便の従業員だった。
けれど業者名のロゴの入ったスリムな黒のつなぎに身を包んでいたのは女性で、そしてかなり美しい。
ドアの近くまで出迎えに行った李々子の前をスイと無視するように通り過ぎると、小さな小包を宇佐美のデスクの上にトンと置き、慣れた手つきでペンと伝票を取り出して宇佐美ににっこり微笑んだ。
「サインお願いします」
「今日も10時だね」
「10時指定の荷物なんで、今日も私、時間外労働です」
そう言ってまたニコリ。
宇佐美はボールペンを手に取ったが、後ろから手を伸ばしてきた李々子がそれを取り上げた。
李々子はササッとそれにサインをし、「ご苦労様」と少し無愛想にバイク便の女に差し出す。
女はぴくりと眉を片方あげたが、伝票を受け取ると口元だけで李々子に笑顔を返し、形ばかりの「ありがとうございました」を残して、スイと部屋を出て行った。
宇佐美には愛想が良いくせに、李々子にはまるっきり態度の違うバイク便の女。
閉じたドアにむかって李々子は子供のようにべーっと舌を出した。
あのバイク便の女が宇佐美に気があるのは、一目瞭然で、そしてそれが気にくわないらしい李々子の心情も、一目瞭然。
稲葉は、すこしばかり「見てはいけないものを見ちゃった」雰囲気の中で、もぞもぞした。
同時に帰るきっかけも失った稲葉は、必然的にその不可解な小包に注意を向けることとなった。
「で……。それなんですか? その小包。毎晩10時に来るって言うのも変ですよね。ここの営業時間、基本的に8時なのに」
近づいてよく見ると、何の表記も無い15センチ四方の軽そうな小箱だ。
「いいんだよ、それは。たぶんイタズラだと思うから」
宇佐美がそっけなく言った。
「いたずら?」
「差出人の名前も住所も電話番号もデタラメだったし」
「あら諒、イタズラかどうかはまだ分からないわよ? もしかしたら何かのメッセージで、この先にちゃんと謎解きのヒントがあるかもしれないし。今日のを見てみましょうよ」
李々子は言いながらその小さなダンボールの包みを開けてみた。
中から出てきたのジズソーパズルのピースが一つだけ。直径6センチくらいの幼児用のような大きなピースだ。
紫一色のベタ塗りに、僅かな黄色がチラッと見えるだけで、まだ何が描かれているのかまるで分からない。
「また角だわ。これで角は4つ全部揃ったってことね」
李々子は宇佐美のデスクの引き出しを開けて今まで送られてきた3つのピースを順に机に並べ、今日届いた1ピースを加えて額のように四つ角を作った。
「へー、これが毎日一個づつ送られてくるんですか? 差出人不明で?
めちゃくちゃワクワクするじゃないですか。なんでボクに教えてくれないんです。ゲームよりよっぽどおもしろいですよ」
「別に依頼でもなんでもないし」
興味津々の稲葉とは対照的に、宇佐美は再び面倒くさそうに言う。
「ねえシロちゃん、順番にピースの裏側の文字を読んでみてよ」
「え! 文字が書いてあるんですか?」
稲葉は届いた順に、一つずつピースをめくってみた。そこにはボールペンで書いたような小さな文字。
一枚目――――“さあ、僕を探しておくれ”
二枚目――――“あれ? 興味ない? 探してよ、僕のこと”
三枚目――――“ねえってば。探してくれないとスネちゃうよ?”
「……なんだかバカっぽいですね。子供が書いたんでしょうか」
稲葉は少しがっかりしたようにピースを置いた。もう少しミステリアスなものを想像していたのだ。
「だろ? きっと暇人のいたずらだから、関わらない方がいいんだよ」
宇佐美はPCで別の作業をしながら抑揚無く呟く。
「ねえ、今日のは何て書いてあるの? シロちゃん」
「えーとねェ」
稲葉は先ほど届いたばかりの4枚目のピースをひっくり返し、読み上げる。
思いがけず長文だった。
“探さない気かい? いいよ。ピースは全部で9枚。絵が完成して僕の正体が分かるまでに見つけてくれなかったら、君たちの負け。そちらのウサギさん、一匹消しちゃうけど、いいね?”
今夜3度目の微妙な空気が部屋に漂った。
◆ Illust by lime
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未分類

~ Comment ~
あかねさんへ
そうですよね、なんか、その比率って好きです。
逆は、なんかチャライですが・笑
まあ、李々子は35歳なので、どちらかというとおばちゃんに近いんだけどwww
(平均年齢の高い物語ですね。これ。 最近ではすっかり、弱年齢化しちゃったのにw。あぶないくらいに)
今回も、お気楽なお話です^^
のんびり読んでやってください。
逆は、なんかチャライですが・笑
まあ、李々子は35歳なので、どちらかというとおばちゃんに近いんだけどwww
(平均年齢の高い物語ですね。これ。 最近ではすっかり、弱年齢化しちゃったのにw。あぶないくらいに)
今回も、お気楽なお話です^^
のんびり読んでやってください。
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こんな感じ、好きです
私も好きで、このような三人はちょくちょく出てきます。
どこかしらあやうかったりもして?
トリオだけではなく、今回の冒頭の謎も魅力的です。
今回も楽しみに読ませていただきますね。