KEEP OUT 5  死の馬

KEEP OUT5 第12話 真実の眠る地

 ←『イエロー・オーカー』(後編) →(雑記)今年もありがとうございました
 見舞いに来てくれた友人2人を見送ったあと、再び静かになった病室で美沙は携帯電話を開いた。やはり春樹からのメールの返信はない。
 昨日も顔を出さなかった春樹に、今朝ついにメールを送ってしまったのだ。
 普段、わざと素っ気なく装っている癖に、そんな自分が情けなく、そして同時に恐ろしくて堪らなかった。
 
 数日姿が見えないだけで、自分の問いかけに返信してくれないだけで、こんなにも苦しくなる自分が居るのだ。
 いざとなればいつでも離れられる。その覚悟はある。そう思っていた。けれどそれは大きな誤算……いや、欺瞞だったのではないだろうか。

 あの声が、あの笑顔が、あの髪が、優しげな琥珀の瞳が。 
 触れられなくとも側にいられるという安堵感が、自分にとってどんなに大切なものなのか。そしてそれが奪われた時に自分はどうなってしまうのか。
 ワザと意識を反らしていたそれらの事実が、寒気と焦燥感を伴って足元から這い上がってくる。

――――ああ。私は 春樹を愛している。

 放心したようにその気持ちを自分の胸の中に確認したあと、美沙は一つ大きく息を吐き、ギュッと目を閉じた。


       ◇

 その翌日の未明、九州まで直行する長距離バスの中で、春樹は何度も美沙からのメールの文面を眺めた。

《あの日はすぐに帰っちゃったんだね春樹。どうかした? しばらく顔を見せないところを見ると、どこか旅行にでも行ってるのかな。
 あと4日ほどで退院だから、その頃までにはちゃんと帰って来なさいね。
 睡眠や食事はちゃんと取ること。怪我など、しないように》

 普段、仕事の連絡以外でメールなどくれたことのない美沙のその文章は、どこかぎこちなく、僅かに戸惑いを感じさせ、心が疼いた。
 けれど春樹は返信をしなかった。
 今は本心を語る事は出来ないし、そして、そんなメールを寄越した美沙を、適当なウソで安心させてあげる優しい気持ちも湧いてこなかった。
 今までの自分とは別の自分が、ここに居る。
 ただ側にいるだけでいいと思っていた美沙に対する不可解な苦しい感情。きっとそれは、今まで自分が目を背けていた感情だ。
 けれど今はその想いの全てに鍵をかけて、改めて保留することにした。取りあえず今、自分のやるべき事は、別にあった。

 初めて自分が請け負った依頼を完結させる。町田健一郎を捜し出し、咲子に会わせるのだ。
 これをやり遂げなければ、今の自分はどこへも進めない。その意志は、自分のものと思えないほど頑なだった。

 もしかしたらそれは、咲子に触れた一瞬の感情の作用なのかもしれないとも思った。 

 一方では胸を掻きむしられるほどこの仕事の結末が見たいのに、もう一方では弱腰の何かが《見たくない、引き返せ》と警告する。
 それは咲子の声か。それとも自分か。
 結局答えなど分からないのだ。ならば動くしかない。


『間もなく終点。小倉に到着致します。皆様、お疲れさまでした。到着予定時刻は6時25分……』
 慣れないバスのシートで熟睡できぬまま、春樹は白々と明けてきた窓の外を、カーテンの隙間から薄目を開けて覗いた。

        ◇

 長距離バスを降りた後、春樹は在来線と市バスを乗り継ぎ、別府市桜ヶ丘の町田の実家があった場所まで行ってみた。

 そこには不動産屋で聞いたとおり、新築の住宅が建てられていたが、その周辺には築40年以上は経っていると思われる家屋が多く、落ち着いた雰囲気の住宅地だった。
 春樹はしばらく周辺を歩き回り、庭先で花の水やりをしていた人の良さそうな老人に声を掛けてみた。

「ん? 町田さんか? あそこは爺さん亡くなって3年くらい空き家になっとったんやけどな。東京のひとり息子が1年くらい前に売っちまったみたいだよ。
 俺は息子の事は知らんが、ウチのばあさんがずいぶん前に聞いた話じゃあ、仕事を続けらんなくなっちまったらしい。
 どうしてもまとまった金が要るらしくて実家を手放したらしいよ。何か病気でも患ってたんじゃないのかねえ」
 もう1年半以上前から町田は仕事を辞め、家を売って生活資金にすることを決めていたのだろうか。
 病気だとしても、なにか釈然としない。なにしろ、咲子があの日唯一教えてくれた町田の住所は、かなりのへき地だったのだ。
 まとまったお金を手元に置き、そんなところに引っ込んでしまう理由も分からない。咲子も知らない、何かがあるのだろうか。

 春樹は老人に礼を言うと、多分最終地点となるはずの、町田の住む東山へ向かった。

 その居場所は咲子自身が3カ月ほど前、時間と金を掛けて興信所で調べさせたものだったらしい。
 咲子がなぜそれを隠して春樹に依頼して来たのか、そしてなぜ、咲子自身がここへ来ないのかという疑問を、今はもう追求するつもりは無かった。
 ただただ、春樹は町田に会いたかった。会えば全ての苦悩から解放される。
 会って、咲子にその事を伝える。出来れば咲子に会わせる。そうしなければいけない。そうしなければ……。

 次第にじわりと背中に汗をかき、鼓動が早くなり、そして焦燥感に足元がふらつく。
 そんな異常とも言える感覚の中、延々と農道を歩き、春樹はようやく町田が借りていると言う民家に辿り着いた。
 そこは桜ヶ丘の隣町とは思えないほどの山の中で、ポツリポツリと点在する民家と田畑と、そしてすぐ近くに秘境と呼ばれる渓谷があるだけの、長閑な地だった。

 町田の借家は、リンゴ農園のすぐ横にポツンと添えられたように建つ作業小屋のような平屋で、申しわけ程度に屋根のあるガレージには、随分とホコリをかぶった黒の軽自動車が停めてあった。
 町田のものだろうか。しばらく使った形跡がない。

 ぐるりと見渡したが人の気配も物音もなく、ただその空間の時間がずいぶん前から止まってしまっているような、いやな予感だけが蠢いた。

 這い上がってくる焦燥感をなだめつつ、呼び鈴もないその小屋のささくれ立ったドアをノックしたり、「すみません」と声を掛けてみたり、ガラス戸を揺すってみたりしたが、反応は無かった。

 郵便物を見てみようかと、郵便受けを探したがそれも見つからず、途方に暮れかけていた時だった。砂利の音を響かせながら、私道に乗り入れてきた白い軽自動車が、その家の前まで来てゆっくり停まった。
 運転席の女は少し訝るような目を春樹に向けたまま、ゆっくりと降りてきた。純白のナース服にグレーのカーディガンを羽織っており、一瞬春樹は、往診の看護師なのだろうかと思った。
 咲子くらいの年齢だろうか。セミロングの黒髪を後ろで一つに束ねた、小柄で清楚な印象の女だ。
 もちろん会ったことなど無いはずなのに、初対面だと言う気がしなかったのが、春樹には不思議だった。

「何か、ご用ですか?」
 ナース服の女は、体に見合った細い声で訊いてきた。
「あの、こちらは町田健一郎さんのお宅ですか?」
「町田さんに何かご用でしょうか」
 春樹は、以前駅でお金を貸してもらったことがあり、返却のためにこちらの住所を教えてもらったのだという作り話を、再びでっち上げた。
 とにかく不審がられずに本人に辿り着きたい、その一心だった。ウソは町田が見つかったあとでちゃんと謝罪すればいい。

 幸いなことに、その女は春樹の作り話を疑うこともせずに、「町田さんらしいな。でもきっと町田さんがここにいたら、あなたのこと『馬鹿正直な子だ』って笑うでしょうね」と、寂しそうに微笑んだ。

 そしてそのあとの彼女の言葉を、春樹は半ば、気の遠くなる思いで聞いたのだった。

「町田さんね、20日ほど前から行方が分からないの。捜索願いは出てるんだけど……見つからなくて」



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~ Comment ~

NoTitle 

わお。
美沙ちゃんの熱い告白。素敵…。

>いざとなればいつでも離れられる。その覚悟はある。そう思っていた。

あぁ~、これすごくわかる!
そう、「いつでも離れられる」と思っていても、気がついたときには相手への愛しさでがんじがらめになっている…。そういう気持ちってとても甘いけれども、とても苦しいものでもありますよねぇ。

春樹の意地っぱり!
一文でもいいから返信してあげたらいいのにぃ…。

うーむ、やっぱり町田はいなかったか…。
どこに消えたのか…。少し嫌な予感もするけど…。
でも西幻は町田の話が聞きた~い!!

>まだこの先に、咲子も、春樹も知らない事実が待っています。

これが知りたいんです、これが!


お仕事、お忙しそうですね。
無理せず、お体ご自愛くださいませ ^^

NoTitle 

仕事忙しいのですか?

体には気をつけてくださいよ。
リクくんも心配だそうです。

NoTitle 

私も気が遠くなった・・・

えー、何でいないのぉ?
けど、いてお話が終わっちゃうより、いなくてお話が続いたほうが・・・
っとに、すいません!! (平謝り)

美沙と春樹のお互いを思いやる気持ちが・・・微妙です。。。

ピンクのナースについては、まだ静観させていただきますね。
(’ピンク’の’ナース’で静観できるのか?・・・平謝り)

お仕事最後までうまくいきますように。
睡眠や食事はちゃんと取って、怪我など、ありませんように。
良い年末をお過ごしください^^

西幻響子さんへ 

美沙、離れてる間に、ずいぶん寂しがりになっちゃったようです。

美沙の気持ち、伝わってうれしいです^^
やっぱり愛情を抱かずにはいられなかったようで・・・。
辛いところです、美沙には。
もう、ぜんぶ吐き出しちゃえ~、と、こっちは思うんですが^^;

春樹も意地っ張りでしょ。
やっぱり、咲子の事に集中するのは、意地と、ちょっとばかしのヤキモチでしょうか。
だから、どんどん危ない方へいっちゃう・・・。

町田を彼は探すことができるんでしょうかねえ。
まだまだ、ちゃんとはっきりさせないまま、年を越してしまうわけですが、
31日の更新で、なんとなく予想できるかもしれません。

事実は、そんなに意外なことじゃないと思うんですが、
問題は春樹ですよねえ。
どうなることやら・・・^^;

咲子も春樹も知らない事実・・・。(別々の事なんですが)
ああ、でも、そんなにショッキングなことではないかも・・・。

じわじわと、じれったく進んで行くので、どうぞよろしくおねがいします^^

ありがとうございます~。
今日を乗り越えたら、ちょっと体力も復活するかな??

るるさんへ 

ありがとうございます~~。

るるさんも、風邪などひかないようにね^^
大事な時ですから。

けいさんへ 

おお、気を遠くさせちゃって、ごめんなさい。(日本語、変?)
そうですよね。
ここで町田が、「はい、私が町田です」って、出てきたら、話が終わっちゃうww
むむ、けいさん、只者ではないw

ピンクのナース(ちょっと色っぽい)、突然出てきましたが^^
彼女も次話までしか出てきませんが、重要な鍵を握っています。
静観? いや、突っ込んできてくださいよ~^^

お気づかいありがとうございます。
明日はちょっとゆっくりできそうです。
掃除は・・・明後日にしようw(嫌なことは先送り~)

あと一回、大晦日に更新しちゃいますが、(だれが見に来れるねん)、
けいさんも穏やかな年末、年始をお過ごしくださいね^^
また、そちらにもおじゃまします~~。

NoTitle 

美沙さんへ。

「アクションが遅いっ!」(^^;)

NoTitle 

とうとう、美沙、自分の本心に気付きましたね・・・。
身体を壊して弱気になるのも、こうやって自分を見つめ直すことができるならたまにはいいかも・・・・(いや、良くない)。

それにしてもタイミングが悪い・・・(-"-;)

春樹もけっこう、自分の心に気づきかけているっていうのにね。

あぁ、これが、この二人にとってどういうふうに作用してくるのか、なんだか心配です。

そして、このピンクのナースは、何を知ってるんだろう。
なぜナース・・・?
そして、なぜピンク・・・?(いや、これはこの際、置いておこう)(^^;


limeさん、これを読んでくださる頃には仕事納めの後かな?
大変なお仕事、今年も1年お疲れ様でした。
あぁだけど・・・お正月って・・・ちっとも主婦にとっては安息が無いですよね(ToT)

ポール・ブリッツさんへ 

へへ。遅かったですか^^

秋沙さんへ 

美沙も、自分の春樹への感情は、うすうす気づいてたんでしょうが、ごまかしてたんでしょうね。
あるいは、封印していたか・・・。
でも、そんな自分の気持ちをごまかしてたら、病気になっちゃいますよね。

あ・・・、病気になってる。(さてはストレスか!)

病気になって、素直になれたのはイイかもしれなけど、・・・・そうですよね。
タイミングが最悪。
やっぱり、好きな人から離れちゃだめなのかな。

ピンクに反応する人が多いのは何故だ!!
ぴ・・・ピンクはだめなのか~~?と、悶える作者w
大阪には、ピンクのナース服、多いんです・汗(大阪が変なのか?)
この人、コスプレのお姉ちゃんだったら、笑いますよね^^

ああ~、やっと今年のお仕事終わった~。
体力よりも、精神力が参ってしまう日々でした^^;
(でも3日からもう仕事だ・汗)
秋沙さんは、もう少しお仕事あるんですよね。
あとひとふんばり、ファイト!

そうなんです・・・。お正月、仕事よりもハードだったり・・・・。
クリスマスは好きだけど、お正月は、なんだか気が重いです。


NoTitle 

《睡眠や食事はちゃんと取ること。怪我など、しないように》

一言、多いんだよね。美沙さん・・・・・・。
そして素直じゃない。
でもそこが彼女らしいのかな。

年末、体に気をつけて乗り切ってくださいね。

ヒロハルさんへ 

ほんとですよね。
素直じゃない^^
絶対、会いたいとか匂わせたくないんでしょうね。
こりゃあ、いつまでたっても、二人は平行線かな・・。

ありがとうございます。
ヒロハルさんもね。

NoTitle 

あっ!!すご~~~~い!!
カテゴリの色分け、大成功ですね!
すっごくわかりやすくなりました~(^^)
こんだけカテゴリーがあると、必要になってきますもんね。
(私には全然必要ない・笑)

秋沙さんへ 

へへへへ^^

できましたーーーー!(うれしい!)

秋沙さんの教えの通り、作者さんのを素直にコピーして修正したら、すぐに。

いやいや、なぜ今まで出来なかったんでしょう。(分からないところが、鳥頭)

ね? 分かりやすくなったでしょ?? 秋沙さんも、言ってる間ですよーーー^^

でも、本当は、シリーズは、章を全てたたんで、「白昼夢」や「ラビット」みたいに
子カテゴリーにしちゃった方がいいんでしょうが、もう、・・・いいや^^;
秋沙さんも、そうやってるからスッキリしてるんですよね。

でも・・・いいや(←結局は面倒くさがり)

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