「ラビット・ドットコム」
第1話 ようこそラビット・ドットコムへ

ラビット第1話 ようこそラビット・ドットコムへ(3)

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「ほらね! やっぱりだよ。何かおかしいと思ってたんだ。僕が臨時講師として入った時と採用ルートが違ったし、審査も無かったでしょ。教頭が宇佐美先生に取る態度も、新人講師に対するものじゃなかった。
警察が聴取に来た時には隠してた清田先生のノートPCを、宇佐美先生にコッソリ渡してるところも見ちゃったし。教頭は裏表ない人だと思ってたから、きっと清田先生がらみでなんかあるんじゃないかって思ってたんだけど。
でもまさか、清田先生の死の真相を探ってる探偵だったなんてね。教頭も僕らに内緒でひどいよ。結局のところ、僕らも探られてたってことでしょ? 清田先生の死に関わってる容疑者として。ほんと心外だよ。これじゃ何にも信用できやしない」

まるで息継ぎを忘れたように稲葉は早口で捲し立てた。
息遣いからも錯乱気味であることが丸わかりだ。

刃物らしきものを首に当てられたままでは振り向くこともできず、宇佐美は「厄介だな」と心の中でため息をついた。

「あのさ」

「勝手にしゃべらないでください宇佐美先生。ちょっと今僕、自分でも何するか分かんないです。ん? そうか、先生じゃなくて、ただの探偵なんだ、この人は。それじゃ追い出せば済む話だ。警察じゃないんだもんな、ぜんぜん大丈夫。よしわかった。ぼくが何とかする。何とかするからね、前園先生」

自分に言い聞かせるようにしゃべりまくる。
興奮状態は収まりそうにない。

「稲葉先生?」 
「うるさいって、黙ってて」
「あのね」
「黙ってろってば。この後どうしようか今すごく考え中で……」
「痛っっ!」

「えっ! あっ。……あれっっ! ご、ごめんっ!」

はじかれたように飛びのいて稲葉は派手に尻餅をついた。
宇佐美が素早く振り向いて確認すると、手に握られていたのはペーパーナイフだ。
切れ味が悪そうなことこの上ない。

「やっぱりだ」
宇佐美はクスリと笑いながらゆっくり立ち上がる。

「人を脅すなんてやったことないんでしょ。そんな慣れないことしちゃダメだよ稲葉先生」

「……あっ、だ……、だましたな!」

「だましたなじゃねえよバ-カ。子供のふざけっこじゃないんだ。俺が訴えたらあんた人生終わるよ? 何やったか分かってんの? ちょっと正気に戻って手に持ったモン見なよ。切れ味ものすごく悪そうだけどその気になりゃあ充分人ひとり殺せる凶器だ。あんた殺人未遂になるよ。いいの?」

「……あ、え……!」

稲葉は手に持ったペーパーナイフを投げ捨てた。
まるで今、催眠術から覚めたような顔つきだ。

「いや違う。これはその……」

「まあ、訴えたりしないけどさ。面倒だし。稲葉先生って思い込んだら周りが見えなくなって突っ走るタイプ? それとも本気のバカ?」

宇佐美は辛辣な言葉とは裏腹に穏やかな表情で稲葉に手を差し出したが、稲葉はそれすら見えていないように目を泳がせ、顔面蒼白のまま自力でゆっくり立ち上がった。

「いや…その。うん。いや、はい。ちょっと……あの……」

かなりパニックになっているらしく、額から汗が噴き出ている。
宇佐美はしばらくこの残念なイケメンを観察した。自分から悪事を仕掛けるタイプには見えない。

「ねえ。稲葉先生は誰をかばってるの?」

「だ……誰もかばってなんかないよ」

「前園先生だね」

「え! 何でそれを!?」

「あんた本物のバカだろ」

「誰がバカだよ! 僕はずっとあの人を見て来たんだ。あんたがどこまで調べてるか分かんないけどさ、あの人は悪くないんだ。きっと全部清田先生の勝手な思い込みで……。仮にもしあの人が何かやったような証拠が出て来たとしても、きっとそれは何か深い訳があって、きっとどうしようもない事で。……そ、そうだよ、逆に脅されてたのかもしれない。清田先生に言い寄られて、それで身を守るために仕方なく……。そう、そう言う事なんだ。彼女は悪くない!」

「あたりまえだ。ちっとも悪くなんかない。前園先生は何も関係してないんだから」

「……え?」

稲葉は何度か目を瞬いた後、ポカンとした様子で宇佐美を見つめた。

「でも、清田先生が亡くなる朝、遠目で声は聞こえなかったけど、二人がすごく口論してたのを見ちゃったんです。その昼間、何か分からない薬を前園先生が清田先生に渡すのも、僕見ちゃってるし。清田先生、前園先生にしつこく言い寄ってたって噂、聞いたことあるし、清田先生がストーカー的に保健室に入り浸ってたって話もあったし……」

「うーん」
宇佐美は左手で髪をクシャッとかき上げてため息をついた。

「本当にあんたって噂や推測で思い込んで突っ走るんだね。あれは口論してたんじゃない。清田先生の落としたハードコンタクトレンズを前園先生が踏んじゃって、二人でちょっと慌ててたんだ。そのことは別の先生から訊いて確認済み。

薬は胃腸の薬。そのころ清田先生は胃腸の調子を悪くしてたらしくてね。その日たまたま胃薬を忘れた清田先生に、前園先生が代わりに自分が常備していた軽めの胃腸薬を渡してあげたんだ。でも結局それは飲まずに清田先生の自宅の薬箱にそのまま入っていた。あ、これは教頭が警察から事実確認のために教えてもらった情報だ。

警察の方も、怪しい部分は教頭や教師からの聴取で一応調べてるみたいだから。前園先生が怪しければもっと突っ込んだ捜査になったはずだ。
そもそも清田先生の体内から見つかったのは校医ごときが簡単に手に入れられる種類の物じゃない、特殊な劇薬だ。
薬学部にいた清田先生ならどこかから調達ルートがあったのかも分からないけど」

「……って、あんたさっき、まだ何にも調べてないって……」

「稲葉先生、盗み聞きの腕だけはぴか一だね。うん、まだなにも。ここまでは教頭からの情報で、自分からはまだ動いていない。ここからが本番ってとこ」

「そ……そうか。そうなんだ、やっぱり前園先生が渡した薬って関係なかったんだ。なんだ……じゃあやっぱり自殺なんじゃないか。ああああ、もうバカだな。そうだよな、清田先生ってけっこうネガティブなところあったし、思い詰めてる感じもあったし。第一前園先生がそんなことするわけないじゃないか。ああもう、ほんとボク馬鹿だ。死にたい」

本当に死んでしまいそうなほど肩を落として俯く稲葉に、宇佐美は少し疲れたように笑う。

「ね。だからもう俺に関わらないでくれるかな。すごくやりにくいし」

「じゃあやっぱりただ単に清田先生の自殺の理由を調べにきたの? 最初から自殺って分かってて、その真相だけ調べに?」

「ああ……、それなんだけどね。教頭ははなから自殺って思い込んでて、生徒や学校関係の悩みを抱えてたんなら、その原因を知りたいって俺を雇ったんだけど。……自殺って決まったわけでもないよ」

「え……。マジ? まさか……やっぱり殺人事件!?」

身を乗り出して訊いて来た稲葉への返事はスルーし、宇佐美はかがみ込みながら、さっき鍵のかかっていた引き出しを調べ始めた。

稲葉が興味津々で覗き込む。

「宇佐美先生、ね、そこ鍵がかかってますよね。清田先生が掛けたんですかね。鍵を掛けるって、そもそも怪しくないですか?」

「うん」

「中に何が入ってるのかな。その中までは警察、見なかったんですよね。あ、学校内の捜索ってされなかったって教頭言ってたし」

「清田先生は確実に自分でカプセルに毒物を入れて、自分で服用してる。自殺の線が強かったから、警察はそこまでの捜査はしていないんだと思うよ。警察がここに来たのは動機調べってとこかな。自殺だという裏付けを取るためにね。まあ、それも形だけに終わったみたいだけど」

「大人が自殺した時の捜査って、そんなもんだって聞いたことがありますよ。なんか可哀想。……あ、でもその引き出しから日記なんか出てきたりして。そしたら動機も分かるわけでしょ」

「……かな」

「いやでも日記を学校なんかで書くかな。書くなら家でしょ」

「……」

「そもそも日記に鍵掛けるってのも怪しいよね。もしかしたら女子生徒との禁断の恋の秘密とか……うわあ。だったらゴメン清田先生。そんなの絶対暴かれたくないよね! ほんとごめん! でもこれは探偵さんの仕事だし、化けて出るなら僕じゃなくて宇佐美さんに…」

「あのさ、気が散るからちょっと黙っててくれる?」

「……ごめんなさい」

宇佐美はやんわりと稲葉を制すると、さっき拾い上げたプリントに書かれてあった構造式を、改めてじっと見つめた。

稲葉もやはり横からのぞき込む。
さっき反省した素振りを見せたはずが、好奇心にはあっさり負けてしまうタイプのようだ。

「それなに? 何か重要な手がかり?」

「うん。……少し流れが見えて来たかも」

「え! なに? この記号みたいなのが、今回の事となんか関係あるの?」

「いや、まだ何とも言えないけど。もしそういう事だったら」

「何?」

「知るのが辛いなって思って」

「……? それって、どういう……」

宇佐美は一番上の引き出しにあった細い針金を取り出すと器用に折り曲げ、一番下の施錠された引き出しの鍵穴にゆっくりと差し込んだ。

「えーーっ?」

「大声出さないで」

「そんなんで鍵が開くの? うそ、それってほら、刑事ドラマなんかでよく見かけるけど、あんなのあり得ないわよねってよく姉ちゃんが言ってたんだ。マジでアリなの?」

もう注意するのもやめ、宇佐美は指先に神経を集中する。
小さな鍵穴の中に微かな手ごたえを感じ、宇佐美がその引き出しに手を掛けると、スルスルとそれは開いた。

「やったね、宇佐美先生!」

中から出てきたのは数枚の植物の写真と乾燥してしまった葉っぱ。そしてプラケースに入った小さな種だった。

あとは薬局で処方されるような薬のパッケージと、それを閉じる封入機。
それらを見た宇佐美の顔が曇った。

「何なんですか? それ」

「マチンの葉と種だよ」

「ん?」

稲葉は子供のようにじっと宇佐美の目を見つめてその後の説明を待った。

「偶然なのかは分からないけど、どこかでマチンを手に入れちゃったんだね、清田先生は。そして自分で生合成して、作り出してしまったんだろう。ストリキニーネを」

「なんですか? それ」

「アルカロイド系の毒物だよ。理解できないかもしれないけど彼はただ生合成の過程を楽しんでたんだ。自殺のためなんかじゃなく……。本当に死にたかったら種を飲めばいいんだから」
 
「自殺……じゃない?」

「警察からはアルカロイド系毒物としか聞かされていなかったけど、さっきの構造式を見て、もしやって思ったんだ。いろんな書物やネットを調べてコピーを取ってる。きっとこれを生成してた時の清田先生は、好奇心の塊だったと思う。古い有名なミステリーに出て来た薬物だから、そう意味でもワクワクしたんじゃないかな。必要な器具が揃ってるからここに鍵をかけて保管したんだろう。こんな物騒なものを引き出しに残して、自宅で自殺するはずがない」

「じゃあ、いったい、なんで……」
稲葉は宇佐美をじっと見つめた。

「明日、もしかしたら全てがわかるかもしれない」

宇佐美も稲葉を見て小さく息を吐いた。

「俺の考えが違っていてくれたらと思うよ。今回は」

稲葉はまだポカンとした表情で宇佐美を見ていた。
けれどどうやらそれは、宇佐美の言葉への反応ではないようだ。

稲葉の視線は、なぜか宇佐美の首のあたりに貼りついている。

「……ねえ、宇佐美先生?」

「え?」

「ここ、どうしたんです?」

稲葉は目を見開いたまま宇佐美の襟元を指さした。

宇佐美が自分の首を手で触るとヌルリとした嫌な感触。
指先は赤く染まっていた。

「どうしたんですかって、あんたがさっきやったんだろ、ペーパーナイフで。
切れなさそうなやつが一番痛いんだよ」

「え………! あ!! うわ、どうしよう。ごめんなさい、本当にごめんなさい、僕、どうしよう、ほんと、ごめんなさい!」

「大声出すなって! もういいから、ここであったことは全部忘れろマジで。……ほらしゃんとして! 自分で立って」

真っ青になって倒れそうになった稲葉を逆に支えながら、すっかり疲れ果ててしまった宇佐美だった。

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~ Comment ~

ほう~ 

limeさんは薬物も詳しいのでしょうか。
ミステリーを書くとなると、そういったことや
トリックなんかを考えないといけないので、
大変なんですよね。

私が苦手としている分野です。笑。
後、歴史物。

第一話はもう終わりそうな感じなんでしょうか?
頑張ってくださいね。

小説を書くって・・・ 

いろんな雑学が必要ですよね。改めて痛感しました。
私は、医学、生物学が大好きなんです。
もちろん、好きなだけで専門的な知識はないんですが。
調べながら創作するのって楽しいですね。ああ、でも、医学に詳しいブレーンが欲しい・涙
このあともラビットには医学に関するお話が出てきます。
宇佐美は医学部出身なもので。

第一話は次回で終わりですが、さらに馬鹿馬鹿しく第2話に続きます(*^-^*)
よろしければ、お付き合いください。
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