「ラビット・ドットコム」
第1話 ようこそラビット・ドットコムへ

ラビット第1話 ようこそラビット・ドットコムへ(2)

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翌日の放課後。
高見カオルは理科準備室の椅子に一人ポツンと座り、物憂げに室内をボンヤリ眺めていた。
生前清田が主に使っていた、理科室の隣室にあたる部屋だ。

カオルは清田が顧問をしていた理化学研究部に所属していた。
顧問が急逝し、今はもう引き継ぎもされず廃部同然になってしまったのだが、部員は3年生が引退した後はカオルを含め数人で、いずれは廃部が決まっていたため、不満を言うものもいなかった。

けれどこの部屋は理科学研究部の部室であり、カオルにとって居心地のいい場所だった。
もう使えなくなると思うと、ひどく寂しい。

運動嫌いなためとりあえず入った文化部ではあったが、生物についてのいろんな話をしてくれた清田のことは、顧問としてはとても尊敬していた。
それだけに清田の死はカオルにとっても不可解で、自殺などという噂に気が滅入るばかりだった。

カタンと、どこかで軽い音がした。
直後、いきなり廊下側の戸が開き、ボンヤリ回想していたカオルは慌てて振り返った。

「あれ? 誰かいたの?」
入ってきたのは宇佐美だった。めずらしく白衣を着ている。
宇佐美はカオルの顔をじっと見つめると、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

「ちょうどよかった。君、なんて言ったっけ。前に理化学部にいた子だよね」
「高見です」
「高見さん、ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」
「……なんですか?」

カオルは少し警戒しながら宇佐美を見た。理科学部にいたことが、何か関係あるのだろうかと。

けれど宇佐美はすぐには質問を寄越してこなかった。
さっきカオルに行った事を忘れてしまったかのように、物珍しそうに部屋中に視線を彷徨わせ、物色している。

机の引き出しや棚のファイル、備品戸棚、実験器具。
カオルは眉をひそめた。

「教頭からその辺はあまり触らないように言われてるんですけど。清田先生の私物がまだたくさん残ってるみたいだから……」

「ああ、うん。そうだね。でも気にしないで」
軽い口調で言いながら、またごそごそ何かを探し続ける。

「探しものですか?」
「うーん、まあ、そんなとこ」

間延びした声に思わずムッとしてカオルは立ち上がった。
確かにこの部屋はいずれこの宇佐美が使う事になるのだろうが、清田の余韻と思い出が引っ掻き回されるような気がして、何となく面白くなかった。
それに質問はどうなったのだ。

「質問も無いみたいなんで、わたし帰ります」
「あ、ちょっと!」
「え?」
「ここ、鍵掛かってる」

宇佐美はおもちゃ箱が空かなくて困ってる子供のような目をして、机の一番下の引き出しを指さした。

「知りませんよ。清田先生が掛けたんじゃないですか? 私もう帰ります!」

何だかバカにされてるような気がしてカオルは宇佐美を睨みつけた。
この風変わりな教師にここ数日、ちょっとだけ興味を持ってしまった自分が腹立たしくもあった。

すらりと背が高いところも、独特な雰囲気や仕草も、清田よりも更に一歩踏み込んだ、生物の世界の雑学トークも。
何故か胸がときめいて、気が付くと目で追ってしまっていた。清田に対するものとは別のドキドキ……。
けれど、目の前にいるのは、やはりただの変わり者でしかなかった。
ガッカリだ。

「ねえ高見さん、清田先生がここ開けてるの、見たことある?」
「ありません」
「そっか。困ったな。清田先生より前の先生の私物なら開けても意味が無いし」
「清田先生のだと思います」
「なぜそう思うの?」
「開けてるのを見たことは無いですが、締めてるところは見ましたから。質問に答えたんで、私は帰りま……」
「いいね」
急に宇佐美が嬉しそうにカオルの肩をキュッと両手でつかんだ。

「!!」

カオルは声にならない声を喉元から漏らしてその手から逃れ、反射的にそばにあったファイルを思いっきり宇佐美に投げつけた。

訳の分からない記号やアルファベットの書かれたプリントがパラパラと足元に散らばる。

「あ……。ごめんね。そんな驚くとは思ってなくて」
「驚くでしょ! 急に触らないでください!」
「本当にゴメン。仕事仲間がいつもやたらメッたら触って来るんで、いろいろ感覚が麻痺しちゃって」
「仕事仲間って先生でしょ? そんな先生いません! とにかく私もう、帰ります」
「ごめん、もう絶対に触らないから、もうちょっと付き合って。2、3質問するだけだから」
「だから何を!」
「そう、それを今探してる」
「は?」
「だからちょっと待ってね」
「……」

カオルは突っかかるのをいったん止め、この奇妙な教師の仕草をじっと食い入るように見つめた。

宇佐美は足元に散らばったプリントを数枚拾い上げ、一枚一枚めくりながら、描かれた文字や図形に視線を走らせている。
ようやく手に持ったプリントから目をあげ、口を開くまで30秒の間があった。

「ねえ高見さん、清田先生が亡くなる前に、何でもいいから変わったこととか気が付かなかった? 清田先生の言動とか」

「分かりません、そんなこと。いつも無口だし。話をするのは部活の時の、ほんの30分くらいだけだったし」
「話じゃなくても、なんかそわそわしたりとか、誰かの事を気にしてたりとか」
「なんでそんなことを私に?」
「女の子は男じゃわからない事に気が付いたりするから」

宇佐美はにっこりと、人懐っこい表情で笑って見せる。
さっきの事を反省したのか、手は白衣の後ろに回したままだ。

「そんなにいつも傍で見てたわけじゃないから、分かんないですけど……ただ、軽い胃腸炎だったのは知ってます」
「胃腸炎。うんうん、それで?」
主人にビーフジャーキーを見せられた犬の様に、宇佐美の目が嬉々と輝く。
「それだけです」
カオルはビーフジャーキーを谷底に落とす。
「……そうか」

けれど落胆の表情は見せずにそう呟くと、宇佐美は再びしゃがみ込んで、まだおびただしく足元に散らばったプリントの海からもう1枚拾い上げ、しばらく眺めていた。

ちらりと覗きこんだが、やはりカオルにはわからない。
何か難しい物質の構造式のようだった。

「先生?」
カオルは再び眉をひそめて宇佐美につぶやく。

「……なに?」
「宇佐美先生って、いったい何者なの?」

宇佐美はゆっくりとプリントから顔をあげた。

「何者って?」
「そのまんまの質問です」
「清田先生の代わりに雇われた生物担当の臨時非常勤講師の宇佐美諒です。あれ君、ずっと“この人だれだろう”って思いながら生物の授業受けてた?」

宇佐美は頭を掻きながら笑ったが、カオルはクスリともせず、更に宇佐美の目をねめつけた。

「……参ったな。……うん、わかった、降参。どうやらこのまま誤魔化すのは無理っぽいもんね。君だけに白状するよ。案外ヒント貰えるかもしれないし」
宇佐美は眉尻を下げて苦笑したが、カオルは眼力を緩めない。

「実はちょっとばかり調べものしてる」
「なにを?」
「清田先生の死の真相を。教頭に頼まれてね」
「なんで宇佐美先生が。……じゃあ、やっぱり先生なんかじゃないの?」
「いやちょうど教員免許持ってたしね。教師もやりながらの潜入捜査ってとこ。部外者がうろつくよりそのほうがいいでしょ?」
「私に訊かれても……。でもなんで教頭が?」
「ああ。やっぱり学校側としては気になるんじゃないの? 自分の所の教師が何で自殺なんかしちゃったのか」
「警察の人なの?」
「まさか」
「……じゃあ、探偵さん?」
「まあ、そう言われればかっこいいけど、何でも屋だよ。……あ、でもこれ、絶対内緒だよ? 報酬なしで首にされちゃう」

慌てたように人差し指を口に持っていく仕草が何となく子供っぽくて愛嬌があった。思わず笑いそうになるのをぐっと堪える。

複雑な思いが湧き上がっては来たが、そう言われれば、すべてがしっくりいき、納得できる気がした。
そしてもし宇佐美の言ったことが全部本当ならば、ぜひとも自分も知りたいと思った。
清田の自殺の原因を。

「分かりました。誰にも言いません。で、……何か分かったんですか?」
「残念ながらまるっきり。何しろ本格的に探り始めたのは今日からだもん」
「は?」

「うちのマネージャーと同じ反応するね。昨日彼女に同じ事言ったら、一発ビンタ喰らって、そのあとこっぴどく絞られた」
 痛みを思い出したように宇佐美はそっと左頬を手で押さえた。

「思いのほか生物教師やるのがが楽しくてね。ここ数日ずっと夜中まで当面のカリキュラム検討したりしてさ。ついつい本業を忘れるところだった。教頭が決めた期限が2週間もあるから、ついのんびりしちゃって」

―――何だろう、このいい加減で頼りない探偵は。

カオルは思わず口を開けたまま白衣の偽教師を唖然と見つめた。

「ねえ、高見さん。せっかくだからもう一つ訊いていい? 清田先生と特に仲良かった先生とか知ってる?」
「さあ……。仲いいっていうか、前園先生とつき合ってたって噂は聞いたことがあります。まあ女の子の噂ほどあてにならないものはありませんけど」
「うん。冷静な判断だ」
宇佐美はクスッと笑った。

その時廊下側の戸がガタンと音を立てた。
スッと戸がスライドし、顔をのぞかせたのは歴史の非常勤講師、稲葉だ。

「あれ? 宇佐美先生、何してるんですか、こんなところで。 ……おっと、僕またお邪魔しちゃったかな?」
「あ、良い雰囲気に見えましたか?」
宇佐美の悪乗りに、稲葉の顔が一瞬ムッとしたように歪んだ。

「……冗談ですよ。ここはまだあまり立ち入らないように教頭から言われてるんですけどね」

宇佐美とカオルはちらりと視線を合わせる。先に機転を利かせたのはカオルだった。

「じゃあ宇佐美先生、ありがとうございました。先生の説明、とても分かりやすかったです」

「うん、いつでも質問しに来てね。勉強熱心な生徒に出会えて、先生うれしいよ。じゃ、また明日ね、高見さん」

カオルは宇佐美に会釈をし、稲葉の横を走り抜けて教室を出て行った。

「なんだ、補講だったんですか? 宇佐美先生」
「ええ、ちょっとね。分からないところがあったらしくって彼女の方から」
「それにしてはすごく部屋が散らかってますけど。何だか空き巣が引っ掻き回したあとのような大惨事だけど」
宇佐美の足元には先程落としたプリントがまだ床一面に散らばったままだ。

「女子生徒と二人で、こんなに部屋を散らかして何の補講ですか」
「ああ、ちょっと手をすべらせちゃって。ごめんなさい。すぐ片づけますから」

散らばったプリントをひざまづいて拾い始めた宇佐美に、背後から無言で歩み寄って来た稲葉の影が、ゆっくりと重なる。

「宇佐美先生?」

「はい?」

「いい加減にもう、やめてもらえませんか?」

「え?」

「ゴソゴソかぎ回るの」

トーンの低い声に驚き振り向こうとした宇佐美だが、ゾクッとする冷たさを感じ、動きを止めた。

鋭い金属の刃先を宇佐美の首すじにぴたりと当てたまま、稲葉は引きつったように笑った。


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鍵コメMさん♪ 

いつも拍手&ぽち、ありがとう!
うれしくて涙出ます。こんな軽いのでいいですか?
更新しときましたので、またお寄りください(#^.^#)
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