「ラビット・ドットコム」
第1話 ようこそラビット・ドットコムへ

ラビット第1話 ようこそラビット・ドットコムへ(1)

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生物


―――落ち着け、落ち着け。

稲葉幸一は生徒から提出された宿題のワークブック一式を抱え、職員室へ向かう。

廊下ですれ違った体育教諭の鈴木が、「あれ、稲葉先生、顔色悪くないですか? 大丈夫? せっかくのイケメンがくすんじゃいますよ」と、笑いながら話しかけてきたが、ボケ返す余裕もなかった。

冷静なつもりだったが、そうではなかったのだろう。段差もない廊下で、躓いて転んだ。

慌てて散らばったワークブックを拾い集めて立ち上がる。

―――落ち着け、落ち着け。すべては前園先生のために……。

そう心の中でつぶやきながら、稲葉は職員室に戻って行った。


           ***

市街地から少し離れた高台に、その白亜の校舎は佇んでいた。
まだ設立されて間もない、新しい女子高だ。
例年より早く梅雨が明け、澄んだ空気の中で少し高慢知己なその白が、ひときわ眩しい。

時刻は11時10分。
3時限目の終業のベルが響き渡ると、女の子特有の甘ったるい香りのする教室は、途端に賑やかになる。

高見カオルは一週間前に赴任してきた新しい生物の教師がテキストをまとめて教室を出ていく様子を眺めていた。

なぜか自然と目が行ってしまう。
きっと手でなでつけただけだと思えるくせっ毛の髪、愛嬌のある二重の目。特に二枚目というわけでもないが、一つ一つの動き、身のこなしがしなやかだ。

スラリと背が高く、うまくスーツを着こなしている。外見に気を使うタイプではなさそうなのに、何となく生まれつきのセンスの良さが感じられる。

さらに女生徒の気持ちを引きつける脱線トークは抜群だった。飄々としてつかみ所はないが、何故か気になる。

じっと見ていると視線に気づいたのか目が合った。

ニッと笑いかけてきたのでカオルは慌ててわざとらしくプイと顔をそむけてみる。
別に気にする様子もなく、ほんの少し笑うと彼は教室を出ていった。

後ろからポンと肩を叩かれ振り向くと、クラスメイトの香奈が上機嫌で話しかけてきた。

「ねえカオル、新しい先生の授業、けっこうイケてるよね。えーと、宇佐美先生。脱線すると元に戻らないとこなんか特に好きだなあ。今日だってモンシロチョウの恋の話でほとんど一時間使っちゃったよあのセンセ。それにさあ、笑うとちょっと可愛くない?」

「そう? でももう30過ぎじゃん。おじさんには興味ないな。時々無精ヒゲ生やしてるし髪だっていつも寝癖だし」

「そうかなあ。……まあカオルは前の生物の清田先生がお気に入りだったんだもんね。仕方ないか」

「お気に入りとか、そんなんじゃないよ」

「清田先生……なんで死んじゃったんだろうね」

香奈が大きな声で言ってしまったので、周りの生徒が一瞬シンとした。

宇佐美の前任の生物教師、清田が自宅で一人亡くなっていたのは一ヶ月前。当初は病死だと発表されていたが、服毒自殺かもしれないという噂はすぐに知れ渡って行った。

カオルはどうしても信じられなかった。口数は少ないけれど、熱心で優しかったあの先生に、自殺というワードがまるでそぐわない。

清田の不審死が知れ渡ったときは学校中がどよめき、ショックなのか好奇心なのか暫くさざ波のように生徒も教師も落ち着きを無くしていたが、それも次第に静まっていった。

ただ、それぞれがしっくり来ないしこりを残しているように、カオルは感じていた。

「まあ、ちょっと暗いとこあったからね清田センセ。なんか思い詰めてたりしたんじゃない?」

「やめてよ香奈」

「私は申し訳ないけどやっぱり歴史の稲葉先生がいいな~。本当に綺麗な顔してるよね。ちょっと子供っぽいところもあるけどさ、それもなんだか可愛くて魅力。なんか、あの顔見てるだけで歴史の時間は幸せなのよ~わたし」

「ぜんぜん授業聞いてないでしょ、香奈」

カオルは脳天気な友人に笑いながら溜息をついた。

四時限目の始業ベルが鳴る。
女生徒達はつかの間の休息を終え、席に戻っていった。


           ◇

まだ新しい校舎の隅々を眺めながら、のんびりとした足取りで宇佐美は職員室に戻ってきた。

出入りの慌ただしい時間帯のためか、職員の姿はまばらだったが、コピー機のすぐ前で、生徒の健康記録カードを両手に抱えた前園洋子とバッタリ出くわした。色白で黒目がちのクリッとした目が可愛らしい若い校医だ。

新人の宇佐美を気遣うように、優し気に微笑みかけて来た。

「宇佐美先生、少しは慣れました? 以前のお勤め先は女子高ではなかったんですよね。女の子ばかりの教室ってけっこう怖いでしょ?」

宇佐美はネクタイを緩めながらにこっと笑い返す。

「そんなこと無いですよ。女の子はみんな可愛いです。教壇に立つと30対の可憐な瞳ががじっと私を見つめて来る訳ですよ。どんな話をしてくれるのかと耳をすましてくれる。そしたらね、今日はどんな方向で楽しませて、どんなオチで笑わせてやろうといろいろ考えるんです。滑るのは教師として命取りですからね。これはちょっとしたスリルですよ」

「え……先生? ……ちゃんと授業されてますよね?」

「もちろんです。教科書を開くことを忘れる日は多いですが」

前園はあきれたように小さく笑い声をあげる。
けれども宇佐美をみつめる前園の視線はあくまでも穏やかに見えた。

「でも私、感謝してるんですよ。清田先生が亡くなってからというもの、生徒たちはやっぱりどこか沈んでいたり落ち着かなかったり。仕方ない事なんだけど学校中が重い空気で満たされていて……。だけど宇佐美先生が来られてから、生徒たちにまた以前のような覇気と笑顔が戻った気がして、ほっとしてるんです。清田先生の事はもちろんお気の毒だったけど、私は……」

「あれ? お二人で何話してるんですか? 楽しそうだな~。僕も次、授業無いんで話しに混ぜてくださいよ」

廊下側から掛けられた声に、前園がハッとして振り向く。

「稲葉先生」

一見ホストと見間違いそうなほど濃紺のスーツがよく似合うその若い教師は、爽やかな笑顔で二人に近づいてきた。
けれど前園の視線は不意に壁の時計に向けられた。

「あ、もうこんな時間。ごめんなさい稲葉先生。わたし保健室に戻らないといけないので。失礼しますね」

そう言うと前園は申し訳なさそうに宇佐美と稲葉に軽く頭を下げ、ぱたぱたと軽い足音を響かせ、職員室を出て行ってしまった。


「すみませんね、宇佐美先生。おじゃまだったかな?」
稲葉はちらりと意味ありげな視線を宇佐美に向ける。

「お邪魔? そんなことないですよ。僕がくだらない話をして前園先生の足を止めさせちゃっただけで」

「くだらない話?」

一つ一つに食いついて来る稲葉に宇佐美は僅かに困惑の表情を浮かべたが、サラリと話をかわした。

「それにしても……前園先生って綺麗な人ですよね。誰にでも気さくに声をかけてくれるし。いい人だな」

「そうでしょ? そうなんですよ。本当にあの人は素敵な人で。……あ、でもダメですよ、宇佐美先生」

「え? ダメって?」

「前園先生はこの学校のマドンナですから。うっかり近づくと、ここの独身男性教師みんなを敵に回しちゃいますよ」

「そうなんですか? それは気をつけなきゃ」

カラリと笑って見せる宇佐美に、稲葉の鋭い視線が刺さる。

「それからね、もう一つ忠告なんですが」

「……はい?」

「いえ。時期が時期だけにね。やたらと清田先生の話題に触れるのは、どうかな、なんて思ったもので。前園先生だって、やっぱり気持ちのいいもんじゃないと思うし。……いや、いいんです。気にしないでください」

「清田先生の話題を振ってきたのは前園先生なんですが」

「いや、だからいいんです。忘れてください」

ワザとなのか取り繕った結果なのか、少しばかり不自然な笑いを残したまま、稲葉は再び職員室を出て行った。
なんだかんだ言って、前園とのやり取りを廊下から聞いていたのは丸わかりだった。

―――役者になっていたら、結構な大根かな……。

稲葉を見送った後宇佐美はゆっくりと自分のデスクに戻り、教頭に手渡されていた全職員の名簿をめくる。

稲葉幸一。28歳。歴史科非常勤講師。

しばらくじっと名簿を見つめていた宇佐美だったが、すぐに興味を失くしたようにそれを閉じ、ひとつ欠伸をした。


―――今日までのところ、主だった収穫は無し。



           ◇

ほの暗い憶測だけ残し、独身生物教師が変死してしまった女子校から、電車でふた駅も行けば、そこは雑居ビルが立ち並ぶオフィス街となる。

慌ただしく家路に向かう人々を見下ろし、夜の街の灯りを映し込んだガラス張りのビルの一室で、女は誰かを待つように窓辺に佇んでいた。


長い栗色の髪は緩く束ねられ、胸の開いた大胆なチュニックの左肩に流されている。

白く細い首は苛立つように時折壁のアナログ時計へ向けられたが、着実に時間が過ぎるのを確認しただけで、女の口からは何度目かの溜め息がこぼれた。

思いついたように自分のデスクに駆け寄り、乱雑な引き出しから口紅を取り出して塗ってみる。鏡で確認してにっこり笑うが、ほんの少し目じりにしわを確認して、笑顔をひっこめた。

猫のような大きくて勝気な目は、自分でもお気に入りなんだけどな、と心の中でつぶやいてみる。

作業ファイルを捲りながら、くるくるスツールを回し、いい加減雷を落とそうと携帯に手を伸ばしたところで背後に気配を感じた。

別注であつらえてもらったレトロ調のドアが、これまたガチャリとレトロな音を立て、一人の長身の男を迎え入れた。

「もう~! 遅かったじゃない」

「うん、疲れた……」

いきなりソファに倒れ込んだ男に近づいて、女は真上から、主人を待ちわびた飼い犬の様にのぞき込む。
先ほどまでのイライラはすっかりどこかに消し飛んだように、上機嫌だ。

「一日中若い女の子たちに囲まれてご機嫌なんでしょ?」

女は男の髪をやさしく撫でる。甘いコロンがふわりと男を包んだ。

「バカ言うな。仕事だよ、仕事」

「そうね、仕事だもんね。聞きあきるぐらい何度も聞いたけど。でも活き活きしてるのがバレバレよ」女の手が男の頬にかかる。

「ねぇ、宇佐美せんせい」

クスクス笑う女の手を鬱陶しそうに払いのけて宇佐美は体を起こした。

「ああ~~!もう! べたべたするのやめろって言ってるだろ、李々子。ここは仕事部屋だ。そしてまだ業務中!」

「またぁ、つまんない事言って。いいじゃない触るくらい。減るもんじゃなし」

「減る。なんかいろいろ」

「あら残念。私はやる気が増えるけどなあ」

「別の事で増やしてくれ!」

真顔で宇佐美は李々子(りりこ)を仰ぎ見る。

ふふっと軽く笑いながら一旦宇佐美から体を離した李々子だが、デスクの上から分厚いファイルをすくい上げ、おもむろに開いた。

椅子を引き寄せて座り、形のいい足を組んだあと、猫のように目じりのキュッと上がった目が宇佐美を見つめる。

こうなるともう、蛇に睨まれたカエルだ。身動きが取れない。

「さ、じゃあ本題に戻るわね、諒。今日の成果を聞かせてもらえるかしら。まさか女子高で可愛い女の子たちに囲まれて、マジで先生だけやって帰ってきたわけじゃないんでしょう?」

――――やばい。

宇佐美はじわりと汗が噴き出すのを感じ、曖昧に笑って見せた。


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~ Comment ~

おめでとうございます! 

新連載スタート、おめでとうございます。
limeさんの言う通り、本当に軽いタッチで描かれていますね。
でもどこかミステリアスな感じが出ていて、なんかいいですね。
タイトルもインパクトがあります。
続き、楽しみにしてますね~。

ありがとうございますー。 

そう、本当に軽いんです・笑
どうか、登場人物たちの戯れに付き合う感覚でお付き合い下い。

このお話も、最終話までは結構長いので、キリのいいところで別のお話を挟みながら
長期戦で更新していこうと思います。
ゆるーーい感じで、覗きにきて下さると嬉しいです。

おおお、こういう始まりでしたか! 

すると、亡くなった前任の先生について何か調べている、ということですかね?
ううむ、魅力的な男性が目白押し~
って、これは、すでにかの人物たちですね(^^)
なるほど~
出会いの頃かぁ、妙に嬉しいです。
ゆっくり楽しませていただきます。
年末くらい、心穏やかに物語に浸りたいわ~

fateさんへ 

へへ。なんか、軽いでしょ・w
「白昼夢」を一話書き終えるたびに、ラビットを一話・・・・と言うふうに、息抜きをしていました。
(ラビットは、息抜きかい^^;)

私の作品の中では、一番ミステリーっぽいかもしれません。
(前半はコメディ色強いですが、後半は宇佐美の秘密に的を絞って、ジワジワと展開します))

fateさんは唯一、電脳うさぎを読んだ後、来てくださったお客様です。
どんな印象を持たれるか、わくわくします。
率直な感想、ビシビシくださいね。
(なぜかラビットは、辛口な感想をもらっても凹まない・笑)

私も年末は、物語にひたるぞ~~。
fateさんのところにも、いっぱい通いますね!

今度はこちらに 

第一印象としましては、新任の先生の雰囲気がうちの乾隆也くんに似てる、こういうタイプ、好きというものでしたが、宇佐美先生、隆也くんとちがってわけありのようですね。

私は女子高校出身です。
とは申しましてもずいぶん昔の女子校ですけど、あのころの空気もなつかしく思い出しながら、続きを楽しみに読ませていただきます。

あ、それから、この間の漫画ネタの続き。
エロイカはだいぶ前から新連載、やってるみたいですね。
今もやっているのかどうかは知りませんが、新しいコミックスも何冊かは出てましたよ。

あかねさんへ 

> 第一印象としましては、新任の先生の雰囲気がうちの乾隆也くんに似てる、こういうタイプ、好きというものでしたが、宇佐美先生、隆也くんとちがってわけありのようですね。

おお、なるほど、乾くん!
優等生っぽいけど洒落もきいて、スマートっていうところ、そうかも。
でも、宇佐美はもう34歳のおっちゃん~~><

あかねさんは女子高生だったのですか。
私は共学でしたが、女子だけの授業とかになると、独特な空気が生まれるんですよね。
女子高って、憧れるような、ちょっぴり怖いような。
あ、でもこれは学園物ではないので、学校のシーンは1話だけです^^
あとは軽い探偵ものです。
ここのキャラ3人も、気に入ってもらえるとうれしいな~。

エロイカ、新連載ですか!
新連載って・・・スパイものじゃないのかな?
気になります。ちょっと買ってみようかしら。
(ああ、でも、小説も溜まってるしなあ・・・・・・・)
時間が欲しいです><

NoTitle 

こちら読み始めました!
あらすじ見たらポップなお話ってあったので、丁度軽いのが読みたい気分だったのでこれだ!と思いました(笑)
清田先生が亡くなった真相が気になります(>_<)
私が学生の時は宇佐美先生や稲葉先生のようなモテる先生は皆無でした(-_-;)先生にきゃーきゃー言える学園生活送ってみたかったです。そしたら成績ももっと上がったような(おい)
これからどう展開していくか楽しみです(^^)

たおるさんへ 

わ~~!たおるさん、ここに来てくださったのですね。
まさに、「ようこそラビットドットコムへ!」です^^

私の描く物語の中では、かなりポップな軽い感じだと思います。
昔に書いたものなので、ところどころ拙さが目立湯ますが、陽気な面々が主役なので、どうぞお気楽に読んでください^^
内容はやっぱりミステリーなので、事件が絡んできますが、そんなに重いものではないので大丈夫です。

やっぱりカッコいい先生の授業は、気合が入りますから、先生の人気は大事ですよね(笑)
私は現国の先生が大好きだったんで、現国、がんばりました!
でも数学の先生は苦手だったので、もう酷い点数で・・・。
ダメですね、そんな生徒^^;
私もイケメン先生だらけの学校に行きたかったなあ・・・。(まだ言う)

これから稲葉先生、頭角を現します。
ばっちりレギュラーですので、注目してやってください^^
読んでくださって、ありがとうございます!
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