RIKU・6 この胸で眠れ 

RIKU・6 第15話 もう帰れない

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土気色のその男の顔は窓の方に向けられ、はっきりとは見えない。
けれど、覗き込まなくても、それが見知らぬ男だということは分かった。
エラの張った髭だらけの風貌にも、ずんぐりした寸詰まりの体躯にも見覚えがない。

窓の外は暮れかかってはいたが、電気の灯り無しでかろうじて部屋の中の様子は確認できる。
携帯を取りだし時間を確認する気力もなく、ただ少しばかり思考が戻ってきたリクに考えられたのは、この忌まわしい空間から出ていくことだけだった。

力の入らない足で、ふらつきながら玄関口へ走る。
けれど、それを鋭い声が止めた。

《ナイフを抜け!》

ビクリとして立ち止まり、振り返った。
もちろんリク以外に呼び止めることのできる者は誰も居ない。

叫んだのは“自分自身”だった。

それがどういう事なのか考える事も出来ぬまま、リクは素早く引き返すと死体の横に立ち、目を反らしながら胸に刺さっているナイフを握った。
饐えた畳の匂いと血の匂いが混ざり、刺激臭となってと鼻を突く。
力を込めて引き抜こうとしたが、まるで肉に溶接されたかのようにナイフはびくともしない。

リクは込み上げてくる吐き気を堪え、やはり目を背けたまま死体を跨ぎ、両手でナイフの柄を掴んだ。
力を込めて一気に引く。
ヌチャリと身の毛もよだつ粘りけを含んだ音をさせ、ナイフは辛うじて抜けたが、リクの精神力は限界に来た。

慌てて流し台まで行き、何度も何度も嘔吐を繰り返したが、空っぽの胃からはわずかな苦い胃液しか出てこず、ただ苦しくて涙ばかりが流れ落ちた。

手に握ったままのナイフには赤黒い血が糊のようにこびり付いている。
リクはそれを流し台にかざすと水道の蛇口を捻り、すぐさま洗い流した。
震えの止まらない手で一振りして水を切り、折りたたんでポケットに突っ込んだ。

その処理の必要性も分からず、機械的にそんな行動を取る自分が、本当に自分であるのかどうかも分からなかった。
細かく震える体をなんとか玄関まで運び、転がっていた自分のスニーカーを履くと、すぐにリクは部屋を飛び出した。


部屋は1階で、数歩歩けばもうブロック塀で囲われた薄暗い前庭だ。
振り返って見渡すと、自分が飛び出して来た建物は、朽ちかけた見知らぬ古い文化住宅だった。
敷地内は雑草だらけで、鉄くずや廃材が積み上げてあり、他に住人がいる気配も感じられない。

塀の隙間から外の路地に飛び出してみたが、やはりそこが何処なのか、まるで分からない。
街灯が頼りなく灯された狭い路地に人通りは無く、あたりの民家もひっそりと息をひそめていた。
動くものは猫一匹いない。

すべてがリクを嘲笑うかのように無機質で余所余所しく、心臓が冷却器にかけられたように冷えてゆく。
どこを見ても何も思い出せず、不安がヒタヒタ心を浸食し、心臓はもうこれ以上の負担に耐えられそうになかった。

リクはまるで親にはぐれて迷子になった子供のように辺りを見回し、怯え、浅く早く呼吸を繰り返した。

現在地を確認することは難しくはないはずだった。
けれどそんなことは、何の意味もなかった。

見失ったのは自分自身なのだ。

もう、戻る道などないのかも知れない。
どこかで足を踏み外し、抜けられない穴に落ちてしまった。

もう、帰れない。
どこへも、逃げられない。



ポケットに入れた携帯が震えだしたのはその時だった。
しばらく細かな振動を感じてボンヤリしていたが、リクはゆっくりとそれを取りだしてボタンを押した。


『リク?』

それは、突き抜けるように明朗で力強い長谷川の声だった。

「……長谷川さん」

『な、なによ。なんて声出してんのよ。ビックリするじゃない。ねえ、あんた大丈夫? 玉城と昼間電話して、ちょっと気になってさ。またあんた達、しょうもない喧嘩してんじゃない?』

「長谷川さん」

『だから! そんな声出すなって言ってんでしょ? あんまり電話するとあんた嫌がると思って我慢してんのにさ。そんな細い声出すなら、毎日電話するよ? いいの?』

「ごめんね」
『……何が』
電話の向こうの長谷川が一瞬、息を呑んだような間が開いた。

『リク? ねえ、どうした? 何かあった?』
ただならぬものを感じ取った長谷川の声に緊張が走る。
リクも一つ、ゆっくりと息を吸った。
喉の奥が震えた。


「ごめんね、長谷川さん。……もう、終わりにしていい?」

『何? 何言ってるか分かんないよ。リク!』
長谷川の声は次第に大きく、悲痛になった。

『リク? ちゃんと会話しようよ。ねえ、聞いてあげるから。何でも聞いてあげるから。ねえ!』

リクは必死に話しかけてくる長谷川の優しさに、ほんの少し微笑んだ。けれど、
「ごめんね、長谷川さん。ありがとう」その言葉を告げて、電源をオフにした。

それがどんなに罪深い事なのか、どんなに自分を想う相手の心を苦渋の闇に落とし込む事になるのか。

そんな事も、もう今のリクには、分からなくなっていた。


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~ Comment ~

NoTitle 

うわ~ッ!

うわ~ッ!

リクが殺したんじゃないとしても、死体からナイフを抜いてしまえば、ナイフの柄にはリクの指紋が……。

状況証拠としてはこれ以上ないでしょう。

祈るとすれば、その「死体」自体が霊だか深層意識だかがリクに見せている幻影、ということですが、

そんなオチになるはずもないしなあ。

これはあの最終回を(←黙れ)

管理人のみ閲覧できます 

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ポール・ブリッツさんへ 

でも、あのナイフにはどのみちリクの名前と指紋がついちゃってますしね(T_T)
リクが殺したんじゃなければ、リクを嵌めようとしたヤツが、しっかり工作してるでしょうし。
持って帰った方が無難かも。(まあ、それだけでもしっかり罪ですが(T_T))

けれど、穴だらけ。
証拠隠滅には不十分ですよね。
リクに指示した「何か」も、けっこう稚拙な奴です( ̄ー ̄) ふ。


・・・困った時には、あれをコピペ!  するもんか!(ー"ー )




NoTitle 

ヤバ過ぎです。
対警察的にも、リク自身も、そしてこの絶妙な話の切り上げどころ……。
こんなところで、読者に続きを待たせるなんて、l
limeさん、アンタ、相当の悪だよ。

鍵コメMさんへ 

え?本当ですか?

やった。副題にも効果あったんですね^^e-267

ヒロハルさんへ 

お! それは喜んでいいのですね?
「悪」だと言われると喜ぶS。

なかなか、今回問題行動ですよね、リク。
収拾つくのかな・・・。けっこう不安どころです。

この後の展開は、ちょっと奇妙かもしれません。
受け入れられるかわかりませんが、「受け入れるのだ!~」と、ごり押しします^^

NoTitle 

もーーーー
こりゃ長谷川ちゃん、リクの側に行くしかないジャロ
仕事なんておっ放してさ。
将来はリクのマネジャーみたいにして暮らせばいいし、
ああ見えて生活力だってそこそこあるし。
子供も可愛いだろうし・・・
えっ!v-405
そんな段階じゃない!
放っといて下さい。
私の妄想では、すでに二人が縁側で楽しそうにお茶を啜っているんですから。
昔話をしながら・・・
あーー楽しかった。
えっ?v-405
終わっとらん!これから佳境じゃ!
余計なツッコミありがとう。
ふん。
v-389

NoTitle 

なんだか恐くて先を読むのが…………。

これが本だったら、先に結末を読んでしまう
とんでもないヤツです。
ダメなんですよ~、こういう途中経過を読むと
不安で不安で。。。

limeさん、すっかり読者を振りまわしてますよ~。

ぴゆうさんへ 

ふはははは。
やめてくださいよ~~(≧∇≦)コメントで笑い死ぬ。
おっかしいな~。
シリアスな場面だって言うのに!

長谷川はね・・・なかなかすぐには飛んで来られません。
男は恋より仕事なんです!・・っていうのは建前で。
(もうすこし、じらしたいのでww)

あああ、リクは長谷川と結ばれちゃうんですね。ぴゆうさんの脳内では。
でも、8歳年上ですよ?
リクよりデカイですよ?
リクの方が弱いし、細いし、肌綺麗だし、色っぽいし。
でも、子供はかわいいだろうな~ (●´艸`)

・・・あれ?《リクと長谷川がナニしてるところが想像できない》って言ったのはぴゆうさんなのに。
じゃ、あれだな。
リクがママで、長谷川がパパだな。

このあと、このネタで新シリーズ始めたくなってきましたwww

玉城・・・かわいそうに。

narinariさんへ 

振りまわされていただけましたか!
うれしいですe-267

narinariさんは、こういう展開が怖いかもしれないですね^^(とか言って、わざと書きたくなるS)
そして、少しずつ読むのも苦手とおっしゃってましたよね。
私も、ここは一気に読んだ方がいいかな・・・なんて思ってるんですが^^;
(だめですよ~~、最終ページを先によんじゃ~~v-12

この先、怖い展開というよりは、奇妙な展開に入ると思います。
狐につままれながら、どうかついてきてください^^

あ、narinariさんの続編も、首を長~~くして、待ってます!

NoTitle 

「よし」

私、limeはペンを置くことにした。
リクの物語はこれでおしまい。


見たいになったりは・・・?(しません

ねみさんへ 

しませんてば。

こんなところでw

夢オチよりひどいw

NoTitle 

刺された腹に手を当て 自身の血で汚れた手を見て 叫ぶ
【なんじゃぁ コリャァーー!】と。。。
某有名刑事ドラマの某有名俳優が演じた”ジーパン”が、最後に言った言葉

突然起こった 出来事に 心深く傷を負った まさしく 今のリクの心境かと・・・

それにしても すっごいグッド(バッドか?)・タイミングで長谷川からの電話!
恋する女の感でしょうか~♪(*⌒ー⌒*)b

「ごめんね。ありがとう。」だなんて!
傍に すぐに飛んで行けない距離、携帯も繋がらない。
lime様、これから...ヾ(´・ω・`)ノ...どうする気なの?...byebye☆

けいったんさんへ 

懐かしい刑事の名が出てきましたね〜。
リアルタイムで見てなかったな。
私は彼の息子の龍平くんがけっこう好き♪
いや、関係ないですね。

そう、【なんじゃぁ コリャァーー!】・・・的状況ですよね。
ジーパンはすぐに死んじゃったけど・・・(>_<)

長谷川さんはいつでも、ここ一番で現れるんですっw
ヒーローの鉄則です。
でも、今回ばかりは、どうすることもできませんよね。
リクも、罪な子です。

たぶんもう、二度と繋がりませんよ、リクの携帯。

うーん、どうなることやら・・・。(´_`。)

NoTitle 

あぁもう、ホント、narinariさんと同じく、これを本で読んでいたら、絶対に先の方を読んじゃいます。こわくて、心配で。
それができないネット連載で、こんな展開を書くなんて・・・

limeさん、アクマ(・_・、)

も~~~~眠れなくなる~~~~!!

秋沙さんへ 

うれしい反応♪
ありがとうございます~^^

TVのCMのように、嫌なところで切ってしまいましたが。
ここまでで、一つの区切り・・・かな。

先の方を・・・今は読めないけど、いろいろ想像してみてくださいね。
このあと、また別の流れになっていくかもしれませんが。

でも、なんだろう。
終わりに近づくのが寂しいな。

やっぱり、この物語、終わらせたくないよお。i-201

NoTitle 

うわあ…っうわあっ…物語が、どんどん最悪の方向へ…!

「ごめんね」ってリクあなた…っ!

何だか胸が痛いです…。

有村司さんへ 

わ~~!
ごめんなさい有村さん~~!
コメ返、飛ばしていました><
またやってしまった~~。
なんかもう・・・今週バタバタしてて(いやいや私が迂闊なだけで)

昼間にコメントを携帯でチェックして、頭の中で返信を考えて、帰宅してすぐにコメ返するのが日課なんですが、時々頭の中で完了しちゃうんですよね。i-201
(今までに何度もやったな・・・)

はい、物語は更に酷い状況に・・・・。

ど、どうかまた、宜しくお願いします(汗

NoTitle 

limeさん。
こんばんは♪

久々のコメになってしまい、お許しください。

人間って何日食べないでいられるものねんでしょう?
インドなどで、断食をしたりしますが、
彼らはそれなりに調節してるのだと思いますが。
リクがご飯も食べず、こんなに苦しんでるなんて、
とてもかわいそうですね。

玉城もリクが突き放すのは、いつものことなのに、
どうしてそんなにムキになってしまったんでしょう。

長谷川は口惜しいでしょうね。
大好きな大切な人が窮地にたってるというのに、
電話をかけることしかできなくて。

さやいちは、あの先生があやしいと思いますけど。
きっとリクが意識混濁してるのをいいことに、
利用したのでは・・・と。

優しい先生なので、そうじゃないことを祈りますが。

この後も、続き楽しみです。

さやいちさんへ 

さやいちさん、RIKU最終章へ、ようこそ!

一気にここまで読んでくださったんですね。うれしいです。

最終章は、かなり無茶なことをしてしまいました。
このあとも、「え」と言う感じの展開が続くかと思いますが、
どうぞ、応援よろしくお願いします^^

現時点のリクは、摂食障害などで、かなり衰弱していますが、
これも「やつ」の仕業なのかも・・・。
リクの敵は、だれなのか、ジワジワと分かって来るはずです。

あの、怪しげな先生ですが・・・。
これも、おいおいと^^

玉城、今回はブチ切れてしまいました。
そういうふうに、リクが仕向けたからですが、やはり玉城はまだまだ子供ですね。
だけど、今のリクには、そんな玉城が必要です。
玉城、目をさませ、リクを見失うな~~!

長谷川は今回、本当につらいです。
遠く離れてしまって、手も足も出ない。

だけど・・・・・・長谷川は、このあと、(おっと。お口チャック)

あと半分。お時間のあるときに、また、お立ち寄りください^^
ありがとうございました!
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