RIKU・6 この胸で眠れ 

RIKU・6 第11話 心療内科医

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「いや、正直驚いたよ。本当に君が玄関口に立ってるんだからね。しかもこんな早朝」
荻原医師はいつもの良く通る声で快活にそう言うと、リクの前に煎れたての温かいコーヒーを置いた。
そしてまだポロシャツとスウェットパンツというラフな格好で、自身もリクの正面のソファに腰かけた。

そこはいつもリクが通う診療所に併設された、荻原の自宅の小さな応接室だった。

「診察室を開けてもいいんだけど、ここの方が落ち着くだろ?」
そう言って荻原は唐突に訪ねて来たリクを、快く招き入れてくれたのだ。

荻原は一時期総合病院に努めていたが、この内科クリニックの医師を父に持つ女性の婿養子になり、ここを引き継いだのだという。
けれど僅か8年の間にその医師も荻原の奥さんも同じ癌で亡くなり、30半ばで何の因果か、しがないやもめ暮らしとなった。
コーヒーを煎れる短い間に、荻原はサラリとそんな辛い身の上話をリクに聞かせてくれた。

思い悩んだ様子のリクの緊張を、ほぐすためなのかもしれない。
リクは荻原の声を聞きながら、そう思った。

「すみません。こんな朝早くに来てしまって。今日も診療のある日なのに」
リクが力のない声でそう言うと、荻原は目尻に皺を寄せてニコリと笑った。
「僕が言ったんだよ。いつでもおいでって。来てくれてうれしいよ。独り身の寂しい内科医は、仕事以外の時間はちょっと色っぽいDVDを見るか、白衣にアイロンを掛けるくらいしか、やることが無くてね」

そんな冗談を言う荻原にリクは何とか微笑み返したが、胸の動揺はまだ少しも治まっていなかった。
ともすれば不安から後頭部が冷えてゆく感覚に陥り、胃がムカムカと吐き気を誘う。

「ねぇ」
荻原は、そんなリクの青ざめた顔を覗き込みながら、真面目な声で続けた。
「朝、記憶にない場所で目覚めたって、本当かい?」
リクは頷いた。
ここへ通されたあと、不安のあまり、先ずそれを荻原に話したのだった。


「記憶が無くなるってこと、今までにもあった? 泥酔して、とかは別にして」
荻原はそう言うと、膝の上で手を組み、少し前屈みになってリクの目を見つめてきた。
「……いえ、初めてです」
「そんな気配もなかった? 一度も」

荻原の目線がチラリとリクの左手首に流れると、包帯が見られているわけでも無いのに、リクは意識的に手をひっこめた。

「見知らぬ場所で気が付いたのは初めてですが、寝てる間に、体が僕の知らない行動を取っていたことはあります。その形跡がありました」
「行動を? それはつまり君の意思ではないのに、何かに操られたようになったってこと? 単なる夢遊病のように、体だけが覚醒して動いた……とかじゃなく?」

荻原は険しい顔でリクの目を覗き込んでくる。
リクはその時改めて、自分が無意味なことをしているのに気が付いた。
目の前の荻原は、心療内科医の顔つきに変わっていたのだ。

動揺してつい自分の不安の種を不用意に話してしまったが、自分の問題はこの医師に何とか出来る問題ではないのだとリクは思っていた。
自分を翻弄しているモノは、とうてい説明出来ない世界の輩なのだから。

「ごめんなさい、先生。もう帰ります。診療前に時間を取らせてしまってすみませんでした」
コーヒーに手も付けず立ち上がったリクに、荻原は少し鋭い視線を投げた。

「ねぇ、その手に握っている物は何かな?」
「……」
リクはその声に改めて手元を見、ハッとした。

ポケットに突っ込まれた右手が無意識にナイフを握りしめ、その柄の部分が覗いている。
慌ててぐっと力任せにポケットに押し込む。
それと同時に襲ってきた目眩が、グラリと周りの世界を巨大な軟体動物のように歪ませ、リクは思わずテーブルに片手をついた。
すぐその横にあったコーヒーソーサーが、カシャリと甲高い音をたてた。

「岬くん、大丈夫!?」
「平気です。……大丈夫。ごめんなさい」
手を差し出してくる荻原を避けるようにリクは立ち上がり、目頭を押さえた。

動悸が再び激しくなり、貧血を起こしたように目の前が再び暗くなったが、「帰ります」と絞り出すように小さく言うとリクはドアを開け、玄関へ走った。

「岬くん!」

荻原が追いかけその肩を掴もうとしたが、リクはスルリと交わし外へ飛び出した。
「岬くん、必ずまたおいで。君はきっと医師の力が必要なんだ。今夜でもいい。明日の朝でもいい。必ずまた来なさい。私も電話するから。いいね!」
遙か後方で荻原の声が響いた。

門を飛び出したところで出勤してきた若い看護師とぶつかりそうになり、驚いたように凝視されたが、構わずリクは走り抜けた。

“何かが居る。僕じゃない、何かが。”

渇いた喉が痛みを感じるほど激しく呼吸し、リクは来た道を戻った。
おぼつかない足取りでバスの停留所のあった通りに足を進める。

駅から離れ、古い文化住宅と寂れた店舗が混在する寂しげな通りは、8時を回っても閑散として人通りが少なかった。
閉まったガレージのシャッターにはお粗末なグラフィティーアートが殴り描きされていて、カラースプレーの歪んだ髑髏がこちらを見て嗤っているように見えた。


―――どこへ行こう。


人恋しさに似た何かが胸を締め付けて来て、息をするのも苦しかった。
そんな気持ちになったことは初めてだった。
けれど、どこへ行く当てもなく、誰に縋ることもできなかった。

そのすべてを、自分が潰してしまったのだから。




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~ Comment ~

NoTitle 

独りは淋しいね、リク

潰した?
癒しの人への命綱は まだ断ち切れてないと思うけどな。。。


リクの内に潜む存在は、虎視眈々と 何を企んでいるのでしょうね
闇に紛れて いつか牙を剥くのでしょうか

m( ^▼▿ー▿▼ ^)m≪≪≪ガルルルゥ...byebye☆



NoTitle 

せつねぇなぁ・・・・(ToT)

せっかくRIKUが、珍しく自分から誰かに救いを求めたのに・・・。

いつになったらRIKUを動かしてる物の正体がわかるんですか~~~?
霊的な物なのかどうかも、RIKUには今のところわかってないんですよねぇ(ToT)
なんだかわからないのって恐怖だ~~~(ToT)
最初のエイリアンだって何がコワイって、イマイチ全貌がわからないところだったんだよねぇ~~~。
出てきても素早すぎて画面に写りきってなかったり、形も抽象的すぎてはっきりしてなくてさぁ・・・。
(って、またエイリアンに話を戻すと怒られそうだ)(^^;)

けいったんさんへ 

まだ潰れてない?
うん、そうだといいですねえ。
リク、やっと人間並みに人恋しくなったんですもん。

「けいったんさんが、潰れてないよ~って、言ってたよ」って、伝えておきます。
なんか、アクション起こすかも^^

リクの中にいるものが、現れる瞬間は、・・・ちょっと見ものですよ(●´艸`)ヾ www

「はあ~~???」って、言わせたい。

秋沙さんへ 

なんか、余りにも不器用で、イラッと来ますね^^;
まあ、何かに操られるって、結構怖いことなんでしょうが。
(作者とも思えない冷たい言葉)

そう、リク本人にも、その正体が分かっていないんです。
この、「分からない」というところが、なんかありそうなんですが。

そうか、エイリアンって最初、そんな風に正体を隠しつつ進んでいくんでしたね。
それもチラリズムでしょうか。
・・え? ちがう??i-201

とにかく、ある時いきなり「それ」は正体を表します。
ちょっとね・・・その回は楽しいんです(*^_^*)

もうちょっと先だけど、見てやってくださいねe-267

NoTitle 

うちの桐野くんだったらもうちょっと的確なアドバイスが……(^^;)

それとも「麗澄真理心理学研究所」に入信するとか(^^;)

うーんもうちょっと早ければねえ(^^;)

ポール・ブリッツさんへ 

桐野さん、夢の中にさえ入って来なけりゃ、リクを通わせてもいいかな。
まだ彼は塀の中??
「麗澄真理心理学研究所」かあ。・・・手遅れですね(ToT)

やっぱりリクは、精神的治療がいると思うんですよね(T_T)霊媒師とかじゃなく。
でも、私が出会った心療内科は、どれも今一つだったしなあ・・・。

NoTitle 

心の病……。
なったことがないです。

心と体は密接に結びついているということですが……。
僕の場合、体が……。

ねみさんへ 

心の病は、ならない方がいいですよ~~(T^T)
あいつはしつこいですから。

あ、そういえばねみさんは・・・。
肉体の方は無かったですね ( ̄ー ̄)

NoTitle 

ふむふむ、三ページ分を読んでしまった。
玉ちゃんに悪たれをつく辺り、リクはリクなりに進歩をしているし、変化している気がするなぁ。

リクは多重人格なのか、悪魔が乗っ取ろうとしているのか。
一番気になるのはそのきっかけなんだよね。
何か呼び覚ますものがなければならい。
開けた扉の向こうにいた者だとしても、なんだろう?

玉ちゃんと長谷川が人間らしくてホッとする。
リクは人の中に居るべきだよ。

ぴゆうさんへ 

一気読み、ありがとうございます!
二度目のいらっしゃいませ、ですね。

リク、進歩していますか♪うれしいです。
何やってんだ馬鹿やろーって言われなくて、良かったね、リク(T_T)

リクの中に居るものの正体が、いつ、どうやって出てくるかも注目していて下さい。
そこへ行くまでには、もう少しショック療法が必要になってきますが・・・。
まだまだ、リクの災難は続くかもしれません。
いや、これからが本番です。

玉ちゃんと長谷川。
やっぱり彼らはリクの傍に居て欲しい(>_<)
人間らしいけど短気な玉城。その優しさが、再び戻ってくるかどうか・・・。
次回、その二人の登場です。



孤独 

自分が一人だと気付かないときって、‘孤独’も知らない。優ちゃんのように。
だけど、一旦、知ってしまってから奪われるのって、相当なダメージだろうなぁ、と…。
ヒトは、初めからないものは欲しがらないんだよね。
その存在すら知らないから。
奪われるのと切り捨てるのだったら、自ら捨てる方がキツイかな~。

心療内科かぁ。
でも、心と身体って別々に扱って良いもんじゃないような気がするな~。
ほら、多重人格者のアレルギーの話とか聞くと。
‘病’ってココロに宿るものらしいし。
そして、霊媒体質って、治るってことはないのかね。
避け方を学ぶとか、そんな感じですね。江原さんの話とか聞くと…。

う~ん、悶々としてしまったわい(--;
(オッサンかい!)


fateさんへ 

そうなんですよね。

与えられて、再び奪われる。私の物語は、そんな悲劇が多いかも・・・。
(イジワルなんですね)

RIKUなんて、本当に一人でひっそり、野の小鳥のように生きてきたんですが。
優しい連中に、すっかり手名づけられちゃいましたね^^;

>奪われるのと切り捨てるのだったら、自ら捨てる方がキツイかな~。

ああ、そうかも。しみじみ、そう思いました。
リク、いい子ちゃん過ぎますね。
きっと読者さんの「悶々」は、少しばかりそこにあるのかも。

この心療内科医の診療治療は、リクの心の病を治してはくれなさそうですが。
どうなるんでしょうね。
・・・・って、fateさんは少しばかり、予感してるかな??

NoTitle 

うーん…この心療内科医怪しいし!!(まだ言うか)

心療内科医としての範疇から逸脱してるんですよね…。

リクが怯えるものの正体は、意外と「ええ!?」なものかも知れない気がします…。

有村司さんへ 

ですよね・・・・。
ここで、本当にただ、お節介なだけな医者だったら・・・いや、それも面白いかも(^^ゞ

なんたって、最終章ですから。

・・・ああ、やっぱり寂しいなあ。終わらせるんじゃなかった。(←どこまでも未練がましい)

コトバ 

売り言葉に買い言葉、リクくんと玉ちゃんのちょっと前の諍いはそんな感じで、玉ちゃんもきっと後悔してるのでしょうね。
言ってはいけないといつもは思っていることまで言ってしまって、その場から出ていって激しく悔やんでいる。
そんな経験もあるし、とてもよくわかります。

終わるのはすぐ、って感覚もよくわかりますけど、玉ちゃんとリクくんはこんなことでは終わらないと信じたい。
でも、玉ちゃんも意地を張りそうですね。

この医者、怪しい。
私もそう思うんですけど。。。

あかねさんへ 

玉城、悪い癖がでてしまいました。
優しい癖に、短気で子供っぽい。

そうなんです、本人もわかっているのに、乱暴な言動止められない・・・。
ありますよね^^;
玉城は常習犯です。

まあ、リクも、悪い。もっと他に言いようがあったのに。
奴も不器用です><

終わるのは簡単。
でも、終わって欲しくないですね。
玉城が居なくなったら、リクはまたひとりぼっち。(いい大人なんだけど^^;)

このあとも、けっこう大荒れになる予定です。
皆さんが気にしているあの医師も、重要な位置に居ます。
ふふ。あかねさんも、怪しいんでいますね、荻原医師。
いったい、何者?

どうか、リクたちを応援してやってくださいーーー。
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