RIKU・5 天使の来ない夜

RIKU・5 第12話 頼み

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「どうした? リク」
長谷川が声をかけると、リクは二台並んだ自動販売機の横の壁にもたれたまま振り向き、真っ直ぐ長谷川を見た。
蛍光灯の灯りのせいか、いつにも増してリクの顔色は青白く、長谷川を不安にさせる。

「あんたさ、なんか病気とかじゃないよね。本当にちゃんと食事してる?」
また同じ事を訊く長谷川が可笑しかったのか、リクは笑った。

「大丈夫だよ」
「それならいいけど。……で。何かあった? 珍しいよね、あんたが自分から会いに来るなんて」
「近くまで来たから、長谷川さんの顔、見たくなって」

長谷川は怪訝そうに目を細めてリクを見つめた。
いつもながらその作り物のように綺麗な顔から、内面が見えてこない。

「いつからそんな面白くもない冗談を言うようになった? 嘘つきなのは知ってるけど」
「ひどいな」
「仕事中なんだよ。用事があるなら早く言って」
わざと少し苛ついた声を出して見せた長谷川に、リクは一瞬間を置いた後、静かに切り出した。

「昔抱いた恨みが忘れられない病って、あると思う?」

その唇から唐突に発せられた言葉は、奇妙な響きをもって長谷川に届いた。

「え?」
「小さな頃抱いた感情は、時間と一緒に風化していくもんなんじゃないの?」
「……そうだね。名前は忘れたけど、そんな症候群はあるよ。でも、病気以前にその性格にも寄るだろうね。どんな体験をしたかにも寄るし」

長谷川はリクの表情を探りながら続けた。
「それは誰の話?」

「昨日、秋山さんといろんな話をしたんだ」
「あの男とまた会ったの? あの男はダメだって言ったろ? プライベートで会っちゃダメだよ。リクを見る目が普通じゃない」
「何か勘違いしてるよ、長谷川さん。秋山さんはそんなんじゃない」
「じゃあ、どんなんだ」
「僕と同じなんだ」
「え?」
「あの人は……」
リクはふと、躊躇うように言葉を止めた。

「そこまで言いかけたんなら吐き出しちゃいなさいよ。私もあんたも消化不良になる。大丈夫、プライベートな事なら私の中で止めておくから。
……だいたいあんたはさ、自分のことで手一杯なんだ。人の気苦労まで背負い込んだら死んじゃうよ」
長谷川が幾分やさしげにそう言うと、リクは少し安心したように小さく息を吐いた。

「手を差し伸べてくるんだ。小さな子供のように。でも僕は、それをどうしたらいいのか分からない」
リクは先ずそう言った。
要領を得ない言葉だったが、長谷川は辛抱強く、それに続く言葉を待った。

この青年が、自分の心の内を人に伝える順番は、もどかしいほど人と違っている。
この上なく不器用で、慎重だ。
けれど、的を外したことは一度も無かった。

人には見えない霊を見ることができるように、リクには生きている人間の持つ不穏な魂の震えを嗅ぎ分けることが出来るのかもしれない。
長谷川は勝手にそう思っていた。

そして、だからこそ、その荷の大きさに時々押しつぶされそうになり、不安になる。
その不安を緩和したくてリクが今ここに来ているのだとしたら、長谷川には喜ばしいことだった。


「長谷川さん。25年前の事件って、調べることができる?」
「25年前の事件?」
リクは長谷川に小さく頷いた。

「9歳の子供が誘拐され、犯人はその子の目の前で射殺された」
「誰の話? その子って誰よ」
「秋山章吾」
「……秋山?」
「難しい?」
不安げにそう訊くリクに、長谷川はニヤリとした。

「ここをどこだと思ってる? 朝飯前よ。秋山って男に興味はないし、どうなろうと知ったこっちゃないけど。あんたの頼みだから聞いてあげる」
「そうとう彼のこと、嫌いだね」
リクは可笑しそうに笑った後、礼を言った。

「で? それを調べたら何が出てくるの。あんたを少しは楽にさせられる回答?」
「僕とは関係ないよ」
「じゃあ、さっき何で秋山が“自分と同じだ”って言ったの?」
「ああ……。あの人が言ったんだ。僕と秋山さんは同じだって」
「何が」
「二人とも、愛されずに育った子供だって」
「は!?」
「愛されずに育った人間はみんな、どこかおかしくなるんだって」
リクは一瞬自嘲じみた笑いを口元に浮かべたが、鬼のような形相になった長谷川を見て、すぐにその笑みを消した。

「秋山! 何馬鹿げた事ほざいてんだ。ああ~、やっぱりあん時一発殴っとけば良かった」
リクはその憤慨ぶりに少し気圧されたのか、反論も茶化す事もせずに口を閉じてしまった。

長谷川自身戸惑うほどの、猛烈な憤りだった。

今すぐにでも秋山の胸ぐらをつかみ、「お前に何が分かる!」と怒鳴りつけてやりたくてたまらなかったが、けれど横で、なぜか怯えた犬のような目をしているリクにあまり醜態を見せるのも癪で、長谷川は一つ呼吸を整えて、話を切り替えた。

「ねえ、話の続きは外でしない?」
リクが長谷川に視線を向けてきた。
「大丈夫。調べ物はちゃんとやっておいてあげるから」
自分よりほんの少し背の低いリクの色の薄い目を見たあと、長谷川はさりげなく外へ促す。

「ちょうどこれから佐伯さんのところに行こうと思ってたところなんだ。時間があるんだったらリクも一緒に行こうよ。ほらこの前、私が邪魔しちゃったからリクも佐伯さんと話、出来なかったでしょ? そうだ、ついでだから佐伯さんに、リクの絵を秋山にホイホイ売らないように言っとこうかな」
「それもどうかと思うよ。子供みたい」
リクが抑揚を付けずにポソリと言う。

「うるさいね。……冗談に決まってるでしょ。冗談。出る用意してくるからちょとここで待ってて。昼食まだだったら、何か食べていこうか?」

編集室のほうへ歩き出しながらせわしなく言う長谷川。
けれどリクの声がそれを止めた。

「ごめん、僕は行くところがあるから」
「え? どこ?」
「秋山さんと、デート」
長谷川は一瞬固まってリクを振り返る。

「冗談に決まってるだろ?」
リクはイタズラっぽく切り返した。

「この後、喫茶店で待ち合わせて少し話するだけだよ。
そのお店、秋山さん的に今回のグリッドのエロス特集に載せて欲しかった絵が置いてあるんだって。複製画らしいけどね、僕に見せたいんだって。何の絵なのかちょっと気になったんだ。
……長谷川さんも、いつか行ってみる?」

リクはそう言うと、小さく折り畳んだメモ紙を長谷川に手渡した。

「じゃあ、佐伯さんによろしく。仕事中につまらない事で時間取っちゃって、ごめんなさい」
それだけ言うと、リクは少し急ぐように階段を下りていってしまった。

長谷川は、青年のフワリとした柔らかそうな髪が見えなくなるまでじっと階段の方を見つめた後、その手の中のメモに目を落とした。

秋山に誘われ、これからリクが向かうのであろう喫茶店の名と、電話番号だ。
あのリクが、「不安なのだ」と、隠しもせずに、こんなふうに長谷川に伝えてくる。

ムズムズするような、奇妙な安堵と、リクを苛む不穏な空気への憤り。
相反する二つの感情を腹に収め、長谷川は一つ身震いした。

「どいつも、こいつも。 ……エロス特集じゃないって言ってんのに」

しっかりとメモを握り、ひとつつぶやくと、長谷川はゆっくり編集室へ戻って行った。



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~ Comment ~

NoTitle 

にんまり。
動き出した動き出した・・・。

今回は(珍しく)、わりといいタイミングで長谷川さんに助けを求めたね、リク。

なんとも不穏な空気に戦慄するんだけど、リクが長谷川さんをさりげなく巻き込んだから、なんか大丈夫って気がする(笑)

秋沙さんへ 

そこ、分かってもらえましたか。i-189

今回、読者様に、よけいな所で気をもませないように、ちょっとリクに動いてもらいました。
そして、ちょっとたまには長谷川にも喜んで欲しかった気持ちも少々・・・。
(やっぱりリクは、確信犯なんじゃないかと改めて思う作者w)

けど、・・・リクにはまだまだ、長谷川にも言えない事がいっぱいあるみたいです。
このお話は、その前菜というところかな?

この秋山の話と並行して進んでゆく、もうひとつの影が、そろそろ出てくるでしょうか。

(読み返してないので、実は細かい部分を、忘れている作者・・・・・)

NoTitle 

リクに頼られて ニンマリ顔の長谷川が 目に浮かぶ~(;´-`).。oO(ぇ、ちょっと 怖いかも・・・)

秋山の「昔抱いた恨みを忘れられない病」
その恨みの矛先は・・・
虐待をした親?、誘拐した犯人?、懐いていた犯人の一人の幸田を殺した人?、それとも これまでの 自分の人生?でしょうか。

これから会う喫茶店で もっと具体的な話しを 秋山が してくれたら 少しは この胸のモヤモヤが すっきりするのかなぁ~

長谷川が調べた情報にも ヒントが隠されてたりするかも!?

limeさまの前菜は とっても創作力が豊かで 美味しいよ~♪
まぃぅ―( ´)艸(` )―♪...byebye☆




けいったんさんへ 

ははは。にんまり顔の長谷川、ちょっと怖い?
「けいったんさんがそんなこと言ってました」と報告しておきます( ̄∀ ̄)

秋山を狂わせているものは、なんでしょうね。
けいったんさんの挙げた中に、いるのでしょうか!(ここで効果音w)

次回の喫茶店の秋山の発言で、もしかしたら、じんわり予想がつくかも。
長谷川が調べるあたりでは、もうほぼ全体像が見えてくるはず。

・・・で、やっと前菜中程ですって言ったら、怒られるでしょうか。
「もう、食えねえって。下げて頂戴」
って、お客様に言われそうな不安・汗

けいったんさん、いつも楽しいコメありがとう。
顔文字が、かわゆすぎる~(*^_^*)

NoTitle 

シリーズ一番初めの頃に比べると、
リクがとても人間らしくなってきたというか、心を開くようになってきたというか、そんな感じがします。

初めはものすごく孤独で、殻に閉じこもっているような印象だったのに。
前のリクだったら、秋山のことを調べたりしなかったかな?
でもやっぱり自分と同じ匂いを感じるから調べたのかな?


ヒロハルさんへ 

私も、さっきちょうどRIKUの第一話を読んでて、改めてそう思いました。
最初はもう、とっつきにくくて、人間不信で、他人に興味無かったですから。

玉城や長谷川の優しさに触れて、変わってきたんでしょうね。
最近じゃ、甘え上手になって来てる・・・汗。

秋山のことは、たぶん今のところ興味本位半分・・・といった感じじゃないでしょうか。
人に興味を持てるようになったのも、彼の場合、成長でしょうね。
ただ、「君子危うきに近寄らず」っていう精神は、持ち合わせてないみたいで・・・(^_^;)

NoTitle 

えー…と、私も殴っていいでしょうか>秋山

長谷川さんは「おかーさん」しちゃってますね。リクを守りたくてしょうがない。
リクのほうがよほど大人なのかも。ちょっと長谷川さんを利用しちゃってる?(笑)

綾瀬さんへ 

殴っちゃっていいです・笑
リクはああ見えて、言われたことをストレートに受けてしまうウブなところがありますからねえ。
そんなリクに、秋山は自己中なことを言いまくってたわけで。
困った男です。

長谷川さん、母性本能強い人ですから(^.^;)そこをくすぐられると、弱いです。
リク、分かってやってるとしたら、相当なワルですね・笑
(いや、きっと彼も天然なんでしょうが・・・)

NoTitle 

昔の恨み……。
いじめられた人はいつまでも覚えているらしいですね。
いじめた方は忘れているというのに。

しつこいというよりは必然というべきなんでしょうか。

人間というのはよくわかりませんね。
(僕は人間です、AIじゃないですよ)

ねみさんへ 

そうか~、忘れてました。
ねみさんがAIだったこと・笑(え? ちがう? 隠しても無駄です)

嫌なことほど、忘れたいのに忘れられないもんですよね。
過去の恨みを忘れられない病はあるようです。
あえてここでは名前を出しませんでしたが、この秋山が、この病に当てはまるのかどうかは、微妙です。

人間が、嫌なことをすぐ忘れられる生き物だったら、ストレス無いでしょうねえ。
あ、でも、成長もしないか・・・。


こんばんは^^ 

いやいや~、長谷川さんでなくても、秋山のリクに対する態度は「変」と思っちゃいますよ~(笑)。

いや~、それにしてもなかなか先に動かないなぁ。
25年前の事件が明るみになったら、もっと真相が見えて来るのか??
ここまでリクに頼られてるんだから、長谷川さん、張り切らなきゃ~~!!
でも、玉城が帰って来たら、二の次の存在になっちゃうんだろうな・・・彼女・・・・v-406

蘭さんへ 

う~ん、本当に事態は進みませんね^^

まだ、もうしばらく秋山の奇行に付き合ってください。
(その結果、なんの事件も起こらなかったら、怒る?ww)

今回の長谷川さんは、リクを想うあまり、ちょっといつもの長谷川さんじゃない部分も見せたりしますが・・・。

・・・そうなんですよね。
「6」では、すっかりリクを、玉城に取られちゃう感じの長谷川さんなんです・(T_T)
彼女も、応援してやってください。

NoTitle 

limeさんが以前、「描写するのが楽しくてしかたない」と言っていたのって、この作品のことでしたっけ??
なんというか、「4」までと比べると、「描写の層」が厚くなったような気がしました。読みごたえ、あります。

秋山がああいう性格だったとは、意外でした。
それに、少年が誘拐されるシーン。
てっきりリクの少年時代の話かと思ってました ^^ヾ

長谷川さん、かわいいですね~。
リクが好きなのに、冷たい態度とっちゃって…。

でも今回、リクが長谷川さんにさりげなく助けを求められたのはよかったですね。
(玉ちゃんより、長谷川さんのほうが頼りになる気がするもんで(笑))

西幻響子さんへ 

ああ、たぶん、この頃からでしょう。
やたらと描写が長くなってしまって。
短くしようと努力するんですが、そうしても切れなくて。

楽しい反面、ネット小説向きでは無くなるので、心配でもありました。
もう、「1」とかと比べると、描写の仕方がまるで違いますね・汗
でも、読み応えあると言って貰えて、うれしいです^^

あの少年の回想シーン、リクだと思われないかな・・・・という懸念は大いにありました^^
でも、いろいろ想像して貰った方が、楽しいです(作者がw)
秋山は・・・けっこう困ったちゃんです。さて、どんな奴なのか。

今回、玉城がいない分、長谷川さん役得です。
かわいいでしょ?長谷川さん。
この後も、長谷川さん、いっぱい頑張ります!
報われるといいんだけど・・・・。

NoTitle 

よっし!よっし!リク!キミの選択は間違っていない!!ジャンヌダルク長谷川に助けを求めて正解だ!!

やっとお話が回り始めましたねえ…中途をすっ飛ばしたりせず、丁寧な丁寧な描写をしてきて、さあここから…!ですね。

運命の輪が、どう回るのか…楽しみでもあり不安でもあり…。

有村司さんへ 

そう言っていただけると嬉しいです。
今回、リクには珍しく、長谷川に助けを求めてしまいました。
(そうとう不安なんですぜ、奴も^^)

途中をすっ飛ばしたい気持ちを抑え・・・ここまで来ました・・・が!

まだもうちょっと周りを固めさせてください。
じわりジワリと、秋山の狂気に迫ります。(まあ、9歳児ですが)

長谷川さん、かな~~り、張り切っています! でも、すぐに飛んでいかないのも、長谷川さんww
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