RIKU・5 天使の来ない夜

RIKU・5 第10話 惰性

 ←RIKU・5 第9話 均衡 →(参考画像)様々な『アモール(エロス)とプシュケ』
秋山はブグローの絵を指さして言った。

「エロスというのは、この可愛い男の子のことだよ。ラテン語でアモール。イタズラ好きのキューピッドであり、恋心と性愛を司る神。愛の女神、アフロディーテの息子でね、とても美しい少年なんだ。
でもドジを踏んで、自分の恋の矢で自分を傷つけてしまったため、人間の女なんかに心を奪われる羽目になった。勿体ない話だよ」

憮然としていう秋山の言葉に、リクは笑った。

「秋山さんの感想は、ちょっと変わっていますよね。かわいらしい神話だと思いますよ」
「そうかな」
秋山が少し残念そうに言った。

「ねえ、リク君はエロスは何のために存在すると思う? 人間はなぜ恋をすると思う? なぜ異性を好きになるんだろう」
秋山はテーブルの上に手を組み、身を乗り出した。
リクはほんの少し視線を泳がせ、秋山の思惑を探るように、当たり障りのない答えを返した。

「本能だから?」
「それが人間だから、という意味? 答えてるようで、答えていない。もっと他には無い?」
「……命をつなげるため」
「命をつなげる、か。種の保存だね?」
「……」
「君もそう思うんだね、リクくん」
その声には少しばかり落胆が伺えた。

「人も動物も命が続くまで生きて、愛や恋の名のもとにセックスを繰り返して、快楽に貪られながら自分の命をつなげていく。まるで何かに取り憑かれたように子孫を残す。それこそが尊い事だと言わんばかりに、遺伝子を残そうとする。
その果てに何があるんだろう。
恋も快楽も、生きる物すべての感情は生殖活動の奴隷だ。ねえリクくん、生き物は命をつなげて何を目指しているんだろうね。最終的に、どうなりたいんだろう」

秋山はテーブルの上で組んだ腕をほどき、ひじをついて祈りの時にするように手を組み合わせた。
じっとリクの答えを待っているようだったが、リクが何も答えないので秋山は質問を変えてきた。

「命をつなげることを拒む人種は神への冒涜なのかな。例えば、同姓を愛してしまう人種は、許されざる物なんだろうか。だから排除され、不浄なものの扱いを受けるんだろうか」

リクはようやく秋山の言いたいことがやんわりと見えてきたような気がして、体の力を抜き、そして柔らかい口調で言った。
「命は、思いがけずこの世に生まれてしまい、そして惰性で続いてると考えてみたことはありますか?」

リクの言葉がピンと来なかったのか、今度は秋山が目を見開いて見つめて来た。

「思いがけず手に入れた命を有意義に使うために恋をし、快楽をあじわい、惰性を続けるために生殖する。まるで慣性の法則のように。
そう考えればいろんなことが少し楽になるんです。自分は無能で役立たずだと嘆く必要もないし、生殖へ繋がらない同性を愛したり、子を産めない女性が苦しむ必要もない。
設定された目的や理由なんて、無いと思う。
僕らはただ、ここに存在することを幸せに思って感謝すればそれでいいし、人としてのモラルを踏み外さないのなら、誰を愛するのも自由なはずです」


秋山は組んだ手に顎をつけ、しばらくじっとリクを真顔で見つめていたが、やっと小さな声で「おどろいた」と、つぶやいた。
「生命の連鎖を惰性だと言われたのは初めてだ」

ポカンとした口調で言った後秋山は、次第に堪えきれなくなったようにクスクスと笑い出した。
「君はけっこう、大胆で怖い人だね。気に入ったよ。ますます君が気に入った。君ともっと話がしたい。今夜時間が取れる?」

「あなたはお忙しいんじゃないですか? さっきからその胸の携帯バイブが何度もあなたを呼んでるけど」
「ああ……」

秋山は手を胸に当て、苦笑した。

「明日、また会おう。いいよね? このグリッドに載ってない絵で、私が好きな絵があるんだ。行きつけの喫茶店に。もちろん複製画なんだけど原寸近い大きさで、とても迫力があって美しいよ。明日、またここに車で迎えに来るから」

椅子から立ち上がりながら秋山が強引な口調で言うと、リクはその顔から笑みを消した。
「いえ、結構です」

「……だめなのか?」

急に目のふちを引きつらせて、怯えたような表情を向けてきた秋山に、リクは一瞬とまどった。

「いえ……。わざわざ迎えに来てくださることは無いという意味です。時間と場所を言って貰えば、僕が伺いますから」
「ああ……そうか。そう言う事か。ありがとう。ごめんね、我が儘を言って」
秋山はまた少しソワソワと視線を動かし始めた。

そして落ち着きのない様子のまま、リクにその喫茶店の名と場所、電話番号を書き残し、玄関口まで歩いた。
その挙動の変化は、近くにいるだけのリクの心をも不安にさせる。

―――この男は、どうしようもなく負のエネルギーを抱え込んでいる。

リクの中の漠然とした不安がそう告げる。

秋山はドアを開け、リクを振り返った。
少し戸惑いがちに差し出されたその手を、リクが再びそっと握った。

もう強く握り返してくることは無かったが、僅かに震えていた。
さっきの拒否されたという勘違いが、そんなに動揺を招いたのだろうか。


「じゃあ、また明日」

消え入りそうな、弱々しい笑顔でそう囁く秋山。
リクは去ってゆくその寂しそうな背中に、思わず訊きそうになった。

『あなたが、本当に僕に伝えたかったことは、何だったのですか?』 と。





関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 凍える星
もくじ  3kaku_s_L.png モザイクの月
もくじ  3kaku_s_L.png NOISE 
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU・3 托卵
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【RIKU・5 第9話 均衡】へ
  • 【(参考画像)様々な『アモール(エロス)とプシュケ』】へ

~ Comment ~

NoTitle 

エロスについては、プラトンの「饗宴」の議論が好きです(^^)

特にあの中のアリストファネスの語る神話が好き(^^)

ソクラテスの語る議論もいいけれど。

ポール・ブリッツさんへ 

ポールさんは、そちら方面もくわしいですね^^

《紀元前四一六年頃、若き詩人アガトンが催した祝勝宴において、列席したアテネの教養人たちが愛の神エロスについて各々の見解を述べる…》
・・・というやつですね??

私は哲学には疎くて・・・。一度読んでみなきゃ。

まあ、あれですね、リクが言った発言って、それらすべてをぶち壊してますね^^;
哲学者からしたら「なんてこと!」かな・汗

無神論者だからなあ、リク。

NoTitle 

リクくんは、半村良先生の「妖星伝」という伝奇SF小説を読んだほうがいいですな。

そこで無造作に語られる「人生の目的」とは、「生まれてしまったから生きている」ですから。(^^;)

そこから半村先生はすさまじいにもほどがあるSF的発想とアクションとえっちなシーンでもって、SF史上に残る作品を組み上げるのですが、うーむあれにはわたし影響を受けまくっております。中学生のころ読んで厭世気分に浸ってしまいましたからなあ。というかあの議論を乗り越えなければいかん、という問題意識もありまして。

そもそもリクくん的な発想は、ニーチェ以後の実存主義というよりはそれ以前の、いわゆるニーチェが批判したニヒリズムにより近いのではないかとうんたらかんたらどうたらこうたら……(以下、もと哲学科の半可通の面白くもなんともない話が三十分続く(笑))

ポール・ブリッツさんへ 

おお!ポールさんは、哲学科でしたか。
意外・・・あ、いえ、なんでもありません^^;

そうかあ、リクの考えって、アンチニーチェなんですね? ニヒリズムかあーー。
是非とも、その、半村良先生の「妖星伝」を、リクに送付してみます。(読むかな)

え、でも、はげしくえっちなんですよね(*/∇\*)←(なんか省略してる?)
どうしよう、リクがはまってしまったら。
あれ以上厭世的になったら。

ポールさんになる?

NoTitle 

画廊「無門館」での 堂々とした態度で リクに会う為の 少々強引な方法を取った秋山
アトリエで リクと二人っきりの時 怯えと落ち着きの無さと弱々しさを ふとした瞬間に見せる秋山

この秋山の 非常に危うい不安定さは 何が 起因しているのでしょう。

秋山とリクの共通点と言えば、虐待されていた過去ですが。。。
それが ”昔の恨みを忘れられない病”に繋がっているのかなぁ~
秋山が 如何しても リクと会いたい原因の 一つとなっている?

また明日 リクと会う約束をした秋山は、今度は どんな話しを聞かせてくれるのでしょうね。

”難解な知恵の輪”に 挑戦している気分です。
解けたら 嬉しいだろうなぁ~(o´ェ`o)ゞエヘヘ...byebye☆


けいったんさんへ 

むむ。けいったんさん、本質を突いてきますね。
うれしいです。

この秋山の不安定さは、いったい何でしょうね。
自らを「どこかおかしい」といい、「病」だとほのめかし。
そしてリクを同類だという。

難解な知恵の輪。

いえ、じつは、本当に単純なことなのかもしれません。
ミステリー的な謎などないので、彼らの心を読むつもりで、覗いて戴ければうれしいです。

・・・でも、かなりズレてるからなぁ・・・。ここの登場人物、みんな(^.^;)

こんばんは^^ 

ひゃ~~、何か取り留めのない会話だなぁ^^;

つか、秋山はリクにどういった答えを求めてたんだろう??
リクを「同種」と思ってんのかな??(笑)
まぁそう思ったのなら、仕方のない話なのかも知れないけど・・・・。

でも何だろう・・・・この陰鬱~~とした空気はi-230
しかもやっぱ、病んでるっぽいし。
秋山は一体、ナニモノなんでしょうね・・・つか、目的が知りたい。
今の状態じゃ、「情緒不安定な、ただの変態オヤジ」ですよ(笑)。

蘭さんへ 

ははは。
本当に、取り留めもない話です。
リクも、付き合ってあげてはいますが、困惑気味です。

秋山の目的は、本人も気づいていないんじゃないかと思われます。
あとで、その行動の意味が分かるわけで・・・。

それはすごく、単純なことだったりします。
リクはそれに付き合わされ、困惑するわけなんですが・・・。

>今の状態じゃ、「情緒不安定な、ただの変態オヤジ」ですよ(笑)。

いや、まさにそうですね^^
秋山って、本質的にはそんなヒト(^.^;)

生き物は命をつなげて何を目指しているんだろうね 

これ、実はfateも考えたことがあります。
人間だけではなく、ありとあらゆる生命が、何故、生きること、増えることを目的に命をつなぐのか。そこに何か意味があるのか? と。

そうすると、プリオンなんてモノにも存在価値があるのか?
プリオンとは、狂牛病、ヒトで言えば海綿状脳症の原因たんぱく質です。
たんぱく質なんです!!!
つまり、核を持っていない。fateに言わせれば、命の定義を満たしていない気持ち悪い物質です。
それに、脳を乗っ取られて、死に至る。
命が自らの子孫を遺すために他者を殺して食うのは、仕方がないことでしょう。だけど、たんぱく質ですよ? なんか許せません!!!

と、いうハナシは置いておいて。
生きる、ことにこんな風に真っ向勝負を仕掛けるこの人物。
結局、過去に、そう、親の愛に守られて、まっとうな成長を遂げる筈の時期に、生死に触れる生き方をしてしまうと、ヒトの心は歪んでしまうのか…とやるせない気持ちになります。
‘狂気’の連鎖を断ち切るのは、『愛』で足りるのだろうか?
愛が救えないものもあるのだろうか?
なんだか、そんなことを思ってしまいました。

fateさんへ 

fateさんも、そんなことを考えたことがあるんですね^^
きっと哲学なんて言うものは学問では無くて、誰の中にも「疑問」として必ず存在するのでしょうね。

そして、答えはきっと、考える人の数だけある。
リクの答えが作者の答えと言うわけではありませんが、そう感じることがあります。
(主要人物の言葉=作者の考えと捉えられて、ちょいと困った時もありますが、この場合は近いです^^)

そうですね、プリオンのように、ただ死に至らしめるために存在する有機物質、ありますよね。
癌細胞にしても、恐ろしい執着心で死に向かわせる。
細胞のアポトーシスなんて、誰がそんなシステムをプログラムしたのか。
神はきっと、「死」と言うものを持って、「命」を思い知らせようとしてるんじゃないでしょうかねぇ。
「ちんたら生きてんじゃねえぞ~」とかw けっこうイジワルかも。
一分一秒大事に生きなきゃ。

それは置いておいて。
この秋山。まだ実態が掴めませんね。
きっと本当の事がわかったら、fateさん、笑う・・・かな。怒るかな。
じわじわ、見て行ってくださいね。

NoTitle 

こんばんはー。

お馬鹿入ります!
私は所謂、「そっち系」の小説を読みなれているので(苦笑)秋山の仕掛けてきた問答が、すごく俗っぽいものに思えました。私汚れた大人です。すみません。

まさか頭の中が9歳で止まっている秋山さん、愛のない環境で育った自分は愛されてない→ただの男女の唾棄すべき性交で生まれてしまった人間だ→男女の性交など唾棄すべきものだ…なんていう三段論法の人じゃないでしょうね…?

頭9歳だったら、それくらいで止まってそうなので…。
誘拐してくれた「お兄さんたち」(ココ重要)はすごく優しかった…とかいう誤解というか勘違いをしてそうで…その上リクは美青年だしなあ…^^;

有村司さんへ 

ははは。秋山さん、有村さんの前に連れて出たら、汗ダラダラですね^^ きっと。
私も、そっち系なら得意なので、有村さんとは同志ですね^^ てへ。

9歳男児頭の秋山さん。
いやいや、安心してください。そんな事を言いに、リクに近づいたんじゃないはずです。
もっと・・・子供じみているかもしれません。

たしかに、そういうコンプレックスが秋山を卑屈な人間にしてるかもしれないし、リクの美貌は、秋山を引きつける大事な要素です。

秋山の内面が分かるまでは、どうぞ、リクと一緒に秋山の狂乱に付き合ってやってください。
まだまだ、秋山のわからんちん発言が続きますよ~~。

・・・こんなときだって、玉城はバカンス・・・。
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【RIKU・5 第9話 均衡】へ
  • 【(参考画像)様々な『アモール(エロス)とプシュケ』】へ