RIKU・5 天使の来ない夜

RIKU・5 第3話 エロス

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「あいつは本当の馬鹿なのか?」
長谷川が呆れた声を出しながら、玉城が送ってきた色とりどりのお守りを指先でつまみあげ、
「家内安全っていうのもあるよ」、と情けない顔をした。

「長谷川さん、分からないかなあ~。玉城先輩の不器用な愛が。取材の合間をぬって、いろんな所で集めてきたんですよ。感動しちゃうなあ。ねえ、リクさん?」
多恵が同意を求めてきたが、リクは何と言ったらいいか分からない様子で、ただそのお守りの山を見つめていた。

「まあ、確かにあいつの優しさは伝わるね」
長谷川はテーブルの上に広がったお守りやお札をかき集め、再び茶封筒に入れると、リクの方に差し出した。
「要らないだろうけど、持って帰ってやって」
長谷川の身も蓋もない言い方に、リクはやっと少し笑った。
「うん。ありがとう。・・・じゃあ、僕はこれで」
「あ、待って待って、リクさん」
早々に立ち上がったリクを、多恵が甘えた声で引き止めた。

「もうちょっといいじゃないですか。ねえ、これ見てください。ジャーン! グリッド最新号~」
効果音入りで多恵は、グリッドvol.39をテーブルの中央に乗せた。
表紙はクリムトの「接吻」だ。多恵は意気揚々としゃべり出した。

「初めて私の編集後記が載ったんですよ。まあ50文字ですけどね。でも名前が載るってなんだか感動しちゃう。リクさんの自宅にも送ったんだけど、きっと見てないでしょ? ちょっと見ていきませんか? 今回はエロス特集なんですよ」
「ちがう!」
絶妙のタイミングで長谷川が突っ込んだ。
「17世紀から19世紀、バロック美術から近代美術までにおける美の探求がテーマだよ。何回も言ってる。あんたが『エロス特集、エロス特集』って言うから、編集部のみんなが面白がってそう呼ぶんだろうが」
「いいじゃないですか、長谷川さん。バロック美術、新古典主義派は特に、人物画、宗教画に至るまで、その魅力はズバリエロスです。官能です」
「肌の露出度で決めてない?」
「色気です」
少しもひるまず多恵は長谷川を正面からじっと見た。
「ねえ、リクさんもそう思うでしょ?」

急にクルリと笑顔で振り向いてきた多恵に、リクはキョトンとした。
その反応に満足して多恵がニンマリと笑う。
「表紙はクリムトよりカラバッジョがいいって言ったのに、却下されちゃいました。カラバッジョ好きなんだけどなあ。あの徹底した写実性と劇的な明暗対比、ドラマチックな構成の中に甘美で隠微な官能があるんですよねー」
「どこのエロビデオ評論家だよ多恵ちゃんは。表紙はインパクトありすぎても品位を落としてダメなんだよ」
「あら~? 34号でリクさんの写真、表紙にしたくせに長谷川さん。あんな強烈なインパクトは無いでしょ」
「あれは最高だったでしょ」
そう言って長谷川はニヤリとした。
“どうでもいいよ”とばかりにリクは、椅子の背もたれに沈み込んだ。
帰るタイミングを逃したらしい。

「レンブラント、クリムト、ブーシェ、モロー、そしてブグロー」
多恵がパラパラとページをめくりながら歌うように言う。
「ブグロー、最高ですよね。何でしょうね、あの気恥ずかしくなるような感覚。キスされる幼児にさえ漂う恍惚。透明な青っぽい官能」
「あああ、もういいよ。多恵ちゃんの話聞いてたら、すべて通俗的に聞こえるよ。あんたは飲み屋のエロじじいか」
「やだ、長谷川さんったら~」
「あの・・・」
たまらずにリクが口を挟んだ。振り向く多恵と長谷川。
「もう帰っていいかな」

無表情で言うリクに、長谷川は苦笑いを返した。
「うん、悪かったね、引き留めて。佐伯さんの画廊に寄ってから帰るんでしょ? 時間が空き次第、私も顔出すって言っといてよ。相談もあるし」
長谷川がそう言うと、リクは小さく頷いて席を立った。

玉城が居るときのように、会話がうまく進まないな。
なんとなく長谷川はそう思った。
その事が、モヤモヤとした不快な焦りを生み出す。
玉城という翻訳機がないと、この青年とは言葉がうまく通じないのかもしれないと。


「お~お、ついにかぁ・・・。いつか被害者出ると思ってたんだよ」
席を離れようとしたリクのすぐ側で、別の編集部の男性社員がつぶやいた。
彼を始めとする数人が、ラウンジの壁に据え付けてある液晶TVを食い入るように見ている。

長谷川と多恵、そしてリクも一瞬画面に目をやった。
画面には大きく、
『連日出没する通り魔。ついに一人目の死者か』と、白抜きの文字が浮かんでいた。




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【参考画像】(「グリッド」に掲載されている作品の一部)

カラバッジョ『聖マタイの召命』
ブグロー『アムールとプシュケー、子供たち』
ブグロー『エロスの誘惑に抗する娘』
ブグロー『エレジー』
クリムト『接吻』  


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~ Comment ~

NoTitle 

確かにエロスでした・・・・・・。

カミさんと美術展や写真展なんかに行くと、
女性のヌードなんかはマジマジと見ていいものかどうか結構悩んだりしちゃいます。
まあ、展示会という空間だからこそ有りなんでしょうね。

例えば、レンタルビデオやのアダルトコーナーのDVDをマジマジ見た場合だと、鉄拳が飛んでくるかもしれません。笑。

NoTitle 

”エロス”を感じる素は 千差万別ですからね~(。-`ω´-)ンー

多恵の力説も 頷けるものが あっても 丸呑みで 共感は 出来ないですけど(私個人の意見ですが)

最後の6行に この作品の軸となる事件が!

lime様や 読者の皆様と共に これから始まる 長~い物語に いざ出陣!
気合いれて~エイエイ!オ──ヽ( ゚Д゚)人(゚Д゚ )ノ──!...byebye☆

ヒロハルさんへ 

芸術だと割り切れるかどうかですよね。
古典絵画だと平気なんだけど、なまじ友達が描いたヌード画とかは、ちょっと照れちゃいます。

でも、綺麗でしょ?ブグローの絵。

そういうDVDの表紙とか、じ~っと見てしまうのは、仕方ない!
私が男なら、ガン見します。
ホラーとか見られるより、健全な気がします。
(単に、ホラーが大っきらいなだけ・・・笑)

けいったんさんへ 

多恵ちゃんは極端ですからねぇ^^;
でも、時々「そうそう」と私も同調してしまったり。。。

何にエロスを感じるかは、本当に人それぞれですよね。
このお話、もう少し「エロス」を引っ張ります^^

最期に、少しだけ暗雲を感じていただけたでしょうか。
長~く、まどろっこしい物語の始まりです。
危なくないから、付いてきてくださいよ~~ (^o^)/ エイエイ!オ──
え?危ない方がいい?

エロス~~~\(^O^)/ 

いやいやいや、全ての芸術の根底にあるのは、エロスなのだぁ!!


・・・ぢゃなくって。

この「エロス特集」と「通り魔」どこかで結びついてくるんですかね?
(だんだん、コメントがポールさんぽくなってきたぞ)(^^;

それにしても、リクとうまく会話ができなくてイラつく長谷川さんがかわいい(*^_^*)

では次回のエロスのお話、楽しみにしてます~~~(^^)


あ、ちなみに、実家の母がよくお絵かき教室で描いてきたヌード画を堂々とリビングに置いてますが、なんというか色気がない・・・(^^;
(うちの母、人物はあまり得意でないのだ)

NoTitle 

肌の露出度でいえば……。

多恵ちゃん、エゴン・シーレからもエロスを感じるんだな!?

そうなんだな!?

(ちょっと意地悪になっている(笑))

秋沙さんへ 

>全ての芸術の根底にあるのは、エロスなのだぁ!!

うむ!言い切った!そんなあなたが好きだ!ww

考えてみれば、この世の美学も快楽もすべてエロス。
いったいエロスってなんだろうね。

さあ、エロスと絵画と通り魔とリクの苦悩。
これがどんなふうに絡んで行くのか、ゆっくり覗いてみてください^^

今回、長谷川さん、ちょっと可哀想で、可愛い・・・かも。

お、秋沙さんのお母様、ヌード画も?素晴らしい。
色気を感じさせないところがお母様なりの画風で、芸術なのですよ!うん。
いやあ、見てみたい^^
秋沙さんのお母さん、いつもツボ。

ポール・ブリッツさんへ 

え、エゴン・シーレか!

どうだろう。クリムトがあんまりお気に召してない多恵ちゃんは、きっとエゴン・シーレも・・・。

こんど訊いてみます^^

エゴン・シーレは夜、一人で見ると、ちょっと怖い夢を見そう・・・・。

NoTitle 

まあ、エゴン・シーレはおいといて、

TAMAさんの「マントヒヒ村上」面白いよね。

あの人の小説をまとめて読んで、「面白さで完全に負けた……」と思ったであります。その勢いでこないだのブログではあんな叫びをしてしまった。

ついでに最近のコメント欄も見ていたらなんかlimeさんのお名前が。

好みが合ったようで嬉しいような悔しいような(^^;)

NoTitle 

題名で期待したのにっ!
ルネサンスじゃないですか、うわぁん。
ミケランジェロのダビデ像とかあの辺ですよね。

世界史で勉強中であります。

ポール・ブリッツさんへ 

お、ポールさんもあそこに寄ってらっしゃいましたか。

なんとも独特の面白さがありますよね。
どこから読んでもいいし、すぐに入り込めるというところもすごい。
オチも上手いですしね。

あれは、ジャンルはなんなんでしょうね^^

で、・・・なぜ悔しいのだ!!笑ww

NoTitle 

いや、この人はと思った人が、わたしより「面白い」人の小説を読んで「ポール・ブリッツの小説より面白い」と思わないわけがないので、それを思えば、嫉妬の炎がめらめら、と(^^)

物書きの嫉妬心ほど難しいものはない(笑)。

ねみさんへ 

ははは。ひっかかりおった ( ̄ー ̄)

一人くらいひっかかると思った。そうか、ねみさんか。

ルネッサンスより、もうちょっと近代かな?

ダビデ像とか?
なんか、もうちょっと線の細い若者が好きです。
私の好みはどうでもよかったですか?爆

世界史、頑張ってください!・・・ってことは、文系ですね?
中国、ヨーロッパ、あのへん、大変ですよね。i-201

ポール・ブリッツさんへ 

あ、そう言う事ですか^^
ポールさんの負けず嫌いはきっと、エネルギーの源ですね。ww

TAMAさんとポールさんは、タイプが違うし、比べるとかできませんよ。
ケーキも好きだし、キムチも好きだし、アルコールも好きだし。
そんなもんです。

私も、悔しいとか、この人より上手くなりたい・・・とかいう闘争心や向上心が薄いな。
どうも、自分が楽しけりゃいいや、って感じで。

最近、「うまく書きたい」と思うようになってから、胃が痛い毎日です。

NoTitle 

うちの母は、なんかlimeさんに共通するものを感じますね~(笑)

limeさんみたいな透明感とか上品さとか繊細さとかは持ち合わせていませんが、のんびりしていてお嬢さんな感じがするかと思いきや、鳥や小動物が大好きで、結構野生児だったりするし(^^;


エロスと通り魔と長谷川と・・・
なんか忘れているような気がすると思ったら第一話!!
あれはべつのおはなしではなかった・・・ですよね!!??
玉ちゃんは今回どう絡んでくるのかしら。
まさか、お守りを送ってきただけで終わるわけもないし・・・(笑)

秋沙さんへ 

秋沙さんのお母さんは、私の目指すところかもww
師匠と呼びたい。
どうも私は小さくまとまってしまうから、あとはそのお母さんの、大らかさがほしいな~~。
近くにいたら、絶対いいお友達になれただろうに。(師匠じゃなかったの?)

あ、そういえば、第一話。
あれは、忘れてくれてていいです・笑
そのうち、またひょっこり出てくるかも、です。

え? 玉ちゃん??

・・・・彼こそ、忘れてください(●´艸`)
今回は「玉ちゃんがいない」ってことが、大事なんです。
(かわいそうな彼)

おはようございます^^ 

あは! limeさんが趣味に走ってる~~~~(爆)。

私、クリムトの「接吻」大好き!!
本に掲載されてる物とか、手に取って見た事はないのですけど、TVで何度か観た事があって。
一度目は軟化のドラマで出て来て、次は何かのプロモーションビデオで観ました。

何と言うか・・・・「静」と「動」を兼ね備えてる雰囲気。
肉感とか全くないのに、どこかエロティック。
色使いが際どくて、一度見たら忘れられない画ですよね。
(私の記憶が間違ってなければ良いけど・・・・ひざまずいた女の人に覆いかぶさるような体位で、首筋?か頬の辺りに口付けてるヤツですよね?? 違ってたたらごめんなさい><;)

ブグロー辺りの会話になったら、「これはlimeさんの気持ちを多恵ちゃんに言わせてるな?」とか思って読んじゃいましたよv-411

しかし・・・・ホントlimeさんが仰るようになかなか展開しないなぁe-330

蘭さんへ 

蘭さんも、『接吻』すきですか^^
我が家の玄関にも、この絵の複製画が飾ってあります。

う・・・趣味にちょっとばかり走ったのを見破られちゃいましたね(^^ゞ
いや、でもね、今回のお話は、この《絵画のエロス》が重要なポイントなんですよ。
(まあ、半分は趣味ですが(≧∇≦)

本当にね・・・申し訳ないくらい、進展が遅いです。
このお話は、事件が起こるまでの、じりじりしたやり取りを楽しんでやってください。
長谷川といっしょに(*^_^*)

NoTitle 

私の大好きなクリムトの接吻をエロスというかっ!!

多恵ちゃんの手にかかったら全部「エロス」になっちゃうんですねえ…(苦笑)

なんか長谷川さんとこの多恵ちゃんだけでは不安だわー…玉ちゃん早く帰ってこーい!!

有村司さんへ 

有村さんも接吻ファンですか。あの作品の人気はすごいですね。
我が家の玄関にも、接吻の複製画が飾ってあります^^
(私はブグローも好きなんですが、あっちは文句なくエロスですから)

今回は玉城がいないので、長谷川さんも調子が出ないみたいです。
玉城も、あれはあれで、役に立ってたのかも。

でも、まあ、帰って来たところで、邪魔になるだけですが(爆

NoTitle 

こんばんは♪

う~ん。
玉城は優しいなぁ。
優しすぎる!!
こんな彼氏(旦那)がいたら、私だったら調子に乗ってしまう。

リクにあんな事をさせてしまって、
余計心配なんでしょうね。
本当は仕事じゃなかったら、
一緒にいたいんでしょうけど。

やはりリクはまだ開けてしまった扉のせいで
悩んでる(悩まされてる)んでしょうか?

そして、通り魔。
どうなるのかなぁ~
最初の回顧シーンも気になるなぁ~

さやいちさんへ 

えへへ。
玉城ったら、やさしいでしょ?
きっと、いい奥さんになります。
・・・違うか^^;

そうなんですよね、玉城はもう、リクに申し訳ないって気持ちがすごく大きくて。
今回も、出張、辛かったと思います。
でも、長谷川さんがいるから、ちょっと安心してる面もあるかな?

今回は玉城が居ません・涙
そのぶん、長谷川が、がんばりますが、どうもぎくしゃく・・・。

ややこしい事件に巻き込まれてしまいます。
どうか、またのんびりゆっくり、覗いてやってください。^^

冒頭の公園のシーンも、中盤でどういう事か分かって来るはずです。
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