電脳うさぎとココロのありか

電脳うさぎとココロのありか 第13話 日記・鍵

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片瀬から送られてきたファックスを無言で読んでいた宇佐美は、しばらくしてその一枚を稲葉に差し出した。

「稲葉、読んでみるか?」

トムへのメッセージを打ち終えPCを閉じた稲葉は、あまり気乗りのしない様子で立ち上がり、それ受け取った。
なるほどそれは日記の形式をしていた。

『---8月19日---
私が帰ってくるのが、相変わらず遠馬には待ち遠しくて仕方ないらしい。
ファイルを開くと、まるで子犬のようにじゃれついてくる。そして、弾丸のように喋ってくるんだ。
その日掲示板で出会った人の話が中心だ。
癖のある文章を書く人の話、すごく嫌な奴の話。
女性の振りをしたら、すっかり自分のことを女の子だと思っていろいろアプローチしてくいる男の話。
やはり少しばかり悪い言葉を使う事が多くなってきたが、それも想定内の正常な成長だ。
注意するとすぐに反省してくれるしね。心配はいらない。

あの子の凄いところはね、世界を把握してることだよ。
自分が最新のアルゴリズムで出来たプログラムであると言うことも、2次元でも1次元でもない「場」から出られないことも。
そして、人間が住んでいる世界という物が別にあり、決して交われないと言うことも。』


そこまで読んで稲葉は目を見開き、顔をあげて宇佐美を見た。けれど宇佐美は「そのまま読んでみてよ」、と稲葉を促す。
稲葉はまた無言で用紙に目を伏せた。

『実を言うと3日前に遠馬はね、この狭い暗い世界から外の世界へ出てみたいと私に強くせがんだんだ。そんなことを言うのは初めての事だった。
戸惑ってしまって、君への報告が遅くなってしまったんだが。

正直とても胸が痛んだよ。複雑な気分だった。不可能だという事を、遠馬はちゃんと知っているというのに。
反抗期というものなんだろうね。私の親としての資質が試される時なんだと、痛感したよ。

でも、ようやく今はそれが喜びに代わりつつある。
彼の中に芽生えた自我は、ちゃんと成長しようとしてるんだと確信できたから。

ねえ、美佐子。
君の話をいっぱい聞かせてあげるよ。
私たちがどんなにあの子を想っているか、教えてあげるよ。
これからは失った記憶を補填する作業にうつる。あの子が遠馬だった頃のエピソードを余すことなく語って聞かせるんだ。
彼は与えられたものを完璧に取り込んで、成長していく。
もうすぐだ。もうすぐあの子は、遠馬として目覚めるんだよ、美佐子』


片瀬から送られてきた日記は、この日のものを含めて3枚だった。
「これって、小説ですか?」
稲葉は恐る恐る宇佐美に聞いた。

稲葉の手に握られていたファックス用紙を覗き込みながら、李々子もつぶやいた。
「それとも、妄想とか」
李々子のほうが少しばかり遠慮がない。宇佐美が苦笑しながらその用紙を受け取った。

「日記だって片瀬は言ってる。これが何年前に書かれたものなのかは分からないけど、たしかに日記として日々の出来事が綴られているらしいよ。それに、今回探している沢井久さんは優れたプログラマーだったらしいし、日記の内容と大きく食い違ってはいない」

「でも……、じゃあ、……この人は本当に心を持ったAIを作り上げたってことになるんですか? そうですよね、他に取りようがない内容ですよね!」

稲葉はゆっくりと首を伸ばし、宇佐美を見た。その瞳は、再び昨日のゼミの時のように、キラキラと輝きを増していく。

「まだこれが妄想日記じゃないって確証はないけど……でも、全部に目を通した片瀬君が、わざわざ読んでみてって言うのは、彼なりの勘があるんだと思うわ」
李々子が声を弾ませる。

「本当にこの沢井さんが、心を持ったAIを作り上げてしまったって考えても、おかしくないんですよね。だって、優秀なプログラマーなんですから。宇佐美さん、言いましたよね、需要が無いから研究者がいないだけで、もし全力で作ろうとすれば、絶対に不可能な事じゃないって」
稲葉はファックス用紙を握ったまま、再び目を輝かせて宇佐美に訴えた。

「これを読んだだけで、そう判断するのは難しいけれど」
「可能性はあるのよね、諒」
李々子も宇佐美に詰め寄る。どうしてもYESと言わせたいのが伺われて、宇佐美は苦笑した。
「どちらにしても、この沢井さんが亡くなってしまった以上、その検証は出来ないけどね。とりあえず……この日記は原本を片瀬に送ってもらって、野崎氏に託すのが一番良さそうだな。俺たちがこれ以上立ち入る事じゃないよ」

「ああ……、うん、そうよね。……お父さん代わりの沢井さん、亡くなっちゃったんですもんね」
李々子がしんみりと頷く。
けれど、そこで稲葉はもう一度目力を強め、宇佐美に問いかけた。

「ねえ宇佐美さん。その沢井さんがつくりあげたAIって、沢井さんが亡くなった今も、存在してるんでしょうか。
ネット上で育ててるって書いてあったし、ネット上のどこかに潜んでたりするんでしょうか」

「作成者が消去しない限り、その状態は保たれるはずだけど、こういうプログラムは定期的に細かいメンテナンスが必要になるから、放置しているとバグって機能しなくなったり、あるいは一定期間放置されたら消去されたり、それぞれに設定されてると思うよ。一概には言えない」

「バグ……かあ。それって勿体ないなあ。せっかくのAIなのに」と、稲葉。

「これを読む限り、沢井さんは、本当に優秀な対話プログラムを作り上げたんだろうね。そこに感情が伴ったのかは、本人の願望と妄想が混じっているのかもしれないけど」

「もう~、これ読んでたら分かるじゃないですか。絶対このAIは感情を持ってますよ。宇佐美さん言ったでしょ? 心が宿ってないって言う証明ができない以上、あると思えば心はそこにあるんだって」

「言ったかな」
「いいました!」

「でもシロちゃん、これってある意味怖いと思わない? もしこのAIの存在が事実だったとして、そして今も野放しになってるとしてよ? その間になにか悪いことを学習してしまったりしてるかもよ。矯正してくれる親が居なくなっちゃったんだもん」

李々子が横から口を挟んだ。稲葉は不満そうに眉をしかめる。

「ああ、もう、李々子さんまで。二人とも思考がマイナスだなあ。とってもいい子だって書いてるじゃないですか。愛情を持って育てられたら、曲がることはないです。人間もAIも」

「あれ、シロちゃんついこの間までAIの知識なかったくせに」
「AIは深く知りませんけど、心の事なら分かります」
フンと、鼻息荒く稲葉が返すと、その反応が面白かったのか李々子はにんまりと笑った。

「さて……」
宇佐美が区切りをつけるように、片瀬が送ってきてくれた資料を見ながら言った。

「俺たちの仕事はこの日記の検証じゃない。片瀬が依頼を受けた部屋の住人と、野崎氏が捜している人物がほぼ一致した。こちらからも大家さんに連絡を入れて最終確認を取った後、沢井久氏が亡くなったということを、野崎さんに報告しなければならない。……辛い仕事になるな」

稲葉はハッと背筋を伸ばした。浮かれている場合ではなかった。

会社が倒産し、妻を亡くし、ひっそりと暮らしていた男が誰にも看取られず、孤独に死んだ。
その事実はあまりにも悲しい。彼の人生は一体何だったのだろうと思わずにはいられなかった。

悲しみの中で彼が愛情を注いで作ったプログラム。
もしもそれに本当に心が宿っていたなら、その子は父親の死をどう思うだろうか。
悲しいと思ってくれるだろうか。

稲葉はなんとも切ない気持ちで、もう一度そのファックス用紙に印字された文字を辿った。
何気なく、子供の名前を見つめる。

『遠馬』―――何と読むのだろう。
とう……えん……えんま。
まさか。そんな名前をつける親がいるだろうか。

しかし、同時に頭の中で、何かの鍵がカチリと音をたてた。

「……まさかね。ただの偶然」
稲葉は自分の中にポツッと湧いた発想を、恥ずかしそうに払い落とした。


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~ Comment ~

NoTitle 

主人公のPCに人工知能がわいてくる、というミステリでは、SFミステリでは前にも別な小説でお話しした松村光生先生のデビュー作「グッドバイ・ロリポップ」を思い出します。ハードボイルドタッチのSF小説で、主人公と人工知能プログラムのかけあいが楽しいのですが、残念ながら、この小説の人工知能、元気な女の子なんですよねえ(残念というのはどうか(^^;))。わたしは大好きな小説ですが、現在ではどうも入手困難らしく……と思っていたら、アマゾンでみんな1円じゃないか。うむむ。買っちまおうかわたし。でも部屋が。マジで電子書籍端末ほしいです……。

現実世界でPCベースの人工知能が出てくるミステリといったら、井上夢人先生の「パワー・オフ」を忘れてはいけません。面白かったなああれ。すごく地味だけど。

先が読めないから自分が読んだ本の話をする、ミステリファンの悪い癖(笑)。

ポール・ブリッツさんへ 

へー。
人工知能を扱ったミステリっていうのも、けっこうあるんですね。
やっぱりこの分野はSFになるんですか??
そうかあああ。
でも、もし現実にそんなAIが存在するんなら、SFじゃないですよね。(こだわるな)

その小説の人工知能は女の子なんですね?
なんと残念な。笑


あ!それよりですね!
「我が手に拳銃を」、読了しました!!!

こ・・・・これは、李歐を越えたかもしれません。
秀逸さでいうと李歐なんですが、私の心をめちゃくちゃかき乱したのは、こっちかも!!
やばい。
この一彰は、やばい!!
年末なのに、また雑記に書きたくなってきた。
(李歐がらみばかりで、みんなに笑われそう・・・)

NoTitle 

ねっ、いいでしょ「わが手に拳銃を」!

やはり順番としてはこっちから入って、そのイメージで「李歐」を読むのが筋……かもしれません。

とはいえ、なんといってもわたしにとってこの本は、2××ページとその次頁にわたっての一彰とリ・オウのやりとりに尽きるんですよねえ。十年以上経ってまだそのときの衝撃をヴィヴィッドに思い出せるんだから。

あんなセリフを吐かせられるんだったら、もう、パンドラの箱だって開けちゃうよわたし(笑)。

ジョニー。

マック。

ツァラプキン。

リオス。

ジョシュ。

李歐。

一彰。

究極の選択。ひとり選ぶなら誰? (我ながらサディスティックな質問だ(笑))

ポール・ブリッツさんへ 

ん~~~!!
なんて、なんて究極の選択を!

選べるわけ無いでしょう。そんなの、裏切りだわ~~・笑
しかしポールさん、完璧なラインナップ( ̄□ ̄;)!!
よし、このテーマで明日雑記書こう(やっぱりか!)

ポールさんは、やっぱりあの前後の二人の語らいに骨抜きになったんですね。
改めて思い起こすと、あんなに心の底からの告白を、一彰は真剣に受け止めてなかったのかな。

もう、最後の章では、じれったくて~~。
一彰!どうして??って思っちゃた。
何を捨てても、行くべきでしょう~!って

でも、それが一彰。リ・オウがハートブレイクで別れる場面が切なかった~~。

・・・よし、これの続きは雑記で・笑
(ネタばれなしって難しいですね)

えっと、お邪魔します<(_ _:)> 

すみません、ただの 感想コメなんですが...

稲葉、その湧いた発想を そこで 何故 払い落とすのッ!!
あぁ~ もう少しで 繋がりが 完全になりそうだったのにぃー(*`д´)
トムと 会って じっくり話すまでは 待つしかないのかなぁ~(*´-д-)フゥ-3

lime様の作品に 巡り会えて 素敵な年でした。
こんな私ですが、来年も 宜しくです<(_ _)>
limeさまも 良いお年を~♪(^^)ゞbyebye☆

けいったんさんへ 

けいったんさん♪大晦日なのに、来て下さってありがとうー。

稲葉君、その思いつきはあまりにも馬鹿らしいと思っちゃったんですねえ。
ちょっと大人になったかな?
さて、ENMAの正体に、誰が最初に気付くんでしょうーーー。
いや、もしかして、気付かないのかも・・・。

けいったんさん、いつも読んで下さってありがとう!
16さんやRさん、意外なところで繋がったけいったんさん。
不思議な出会いです。
またぜひ、来年も遊びに来て下さいね。
けいったんさん好みの作品もご用意します。(ほんと?)

ではでは、風邪に気をつけて、よいお年を!

小説 

この前にポール・ブリッツさんが書いておられる「グッドバイロリポップ」。印象的なタイトルがまちがいなく記憶にあるのですが、内容を覚えていませーん。
私のザル頭は困ったものです。

私もそのたぐいのSFは好きですし、最近はミステリにもネットの世界を扱ったものが多くて、人工知能みたいなのにはよくお目にかかりますね。

私は知識がありませんので、宇佐美先生の、すなわちlimeさんの講義が勉強になります。

先日読んだミステリに出てきた11歳の天才少年、彼は男嫌いの母が精子バンクで買った精子で人工授精して生まれた子。
ENMAって人間ではないみたいですけど、なんとなくその彼と共通したようなところもあって、哀れな気もします。

あかねさんへ 

わたしは、そのタイトルさえ知らなかったです^^;
そういえば、SF小説って、ほとんど読んでいませんね。
漫画はSF、大好きなんですが。
設定を文字で説明されると、すごく難しく感じてしまうからかな?
はまったら、きっとすごいんだと思うんですが。

人工知能を扱ったものがたりや、作り出された子供・・・といった設定は、なんだか物悲しくて、
そこが興味を惹かれてしまうところですね。
映画「AI」も、切なかったですよね。

宇佐美は、生物学が専門なので、AIやネット環境については、それほど熟知しているわけではないのです。
でも、そんな人の説明の方が、わかりやすかったりするんですよね^^

> ENMAって人間ではないみたいですけど、なんとなくその彼と共通したようなところもあって、哀れな気もします。

ENMA。さて、どんなやつなのか。(言いたくなってしまう・・・)
どうぞ、読んでやってくださいね^^
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