電脳うさぎとココロのありか

電脳うさぎとココロのありか 第10話 負の発想

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宇佐美はチラリと時計を見て、次の仕事の予定までの時間を考慮しながら、再び話し始めた。

「俺は心理学の予備知識としてこの情報を持ってるだけだから、イライザのようなチャットプログラムが、今現在、どれほどAIに近い能力を持ち始めてるのかは、はっきり分からないんだ。さっき稲葉が言ったように、人工無能を名乗りながら、実際にはかなり優れたAIであったりする可能性も、無下に否定できない。
今やフリーのプログラムソースは簡単に手に入る時代だから、専門的知識があれば単純なプログラムを思い通りにアップグレードしていくことだって可能なんじゃないかな。……いや、情報があふれかえっているビッグデータの大海は、開発者が思いもよらぬ方向に学習していくかもしれないな」

「じゃあ、もしかしてどんどん賢くなって、どっかに何かのきっかけで奇跡的に心が生まれたって、不思議じゃないんですよね」
稲葉が念を押すように訊く。
「さっきも言ったように心の有無は人間の主観でしかないんだけど」

「あ~もう。諒は積み上げて来た期待をすぐぺしゃんこにしちゃうんだから。100%不可能じゃないんだったら、うんって言ってあげればいいじゃない。人間の主観って、侮れないわよ」
李々子は口をとがらせて、稲葉の肩を持つ。

魚に感情が有ってほしくはないが、AIに心が生まれること自体は李々子も歓迎のようだ。

「そうだな。……とにかく、今現在心を保持したAIは誕生していなさそうだし、そんな悪意を持った書き込みをするのは、多分どこか心にゆがみを持った人間だと思ったほうがいいよ」

「……え?」
宇佐美の言葉がピンと来ず、稲葉は首をひねった。

「犯罪をほのめかしたり、他人の感情を害する発言をするのは人工無能でもAIでもなくて、人間だっていうこと。結局一番始末に負えないのは、人間の悪意なんだ。だから稲葉の答えは正しいよ。彼女達には危ない発言が頻発する掲示板には近づかない方がいいって伝えたんだろ? 落ち込むことは少しも無いよ」

稲葉はそこでようやく思い出した。
この長い講義は、稲葉が女子高生から受けた相談を話した事が発端だったのだ。すっかりそっちのけでAI談義に没頭してしまい、稲葉は顔を赤らめた。

「ありがとうございます。でもなんか、在り来たりな答えしか出せなくて、少しがっかりさせちゃったんじゃないかなあって。やっぱもっと特別な、いい答えが有ったんじゃないかって、ちょっと……」

「なんだ、そんなことで凹んでるの? かわいいなあ」
李々子は稲葉に近寄り、姉のようににっこりほほ笑んだ。
「なんでですか。すごく大事な事ですよ」

「女の子達はねえ、シロちゃんに聞いてもらいたいだけだったのよ。的確なアドバイスが欲しいっていうよりね。女の子って、相談するくせにちゃんと自分の中に答えを持ってるんだもん。彼女たち、きっと今頃ホッとしてると思うわよ。シロちゃんが真っ直ぐ真剣に話を聞いてくれたことで」

「そ、そうなんですかねえ」
稲葉は思ってもいなかった言葉にハッとし、背筋をのばした。
宇佐美が李々子の意見に嬉しそうに笑ったのが目の端に映った。

「そ、そうだったらちょっと嬉しいんですが。……でも」
「でも? なあに?」
小首を傾げて李々子が訊いてくる。
年上の女性ならではの奔放な可愛らしさと色気が李々子には絶妙に混在していて、稲葉はいつもホッとさせられる。

「もう一つ相談を受けてるんです。こっちは、ネット上で知り合った男の子からの相談なんですけどね。この子は本当に困ってて、僕を信頼して頼って来てくれてるみたいなんです。他に相談する人がいないみたいだし、僕に何ができるか分からないけど、真剣に考えてあげなくちゃって思うんです」
自分に言い聞かせるように、稲葉は訥々と言った。

宇佐美は書類をファイルに入れ、出かける準備をしながら、こくんと頷いた。
「大丈夫だよ。気負うことなく、その子の話を聞いてあげればいいよ」
「そうですね。自分にできることをやってみようと思います」
稲葉はホッとして笑った。

解決しようと意気込むのではなく、ただ不安そうなトムの話を聞いてあげようと思った。

顔も知らないネット上の友だちの言葉が荒んで行くのが悲しいし、怖い。でも自分が対話をやめればもっと荒れるのではないかと不安になる。部屋から出られずにいるその少年への接し方が分からなくなるという。

チャットや掲示板なんて、相手が気に入らなければそこで切り離して終わりのはずなのに。そう割り切っていい媒体なのに。けれども彼は心の繋がりを大事にしようと、不安になりながらも模索している。
稲葉はその純粋な少年の心を少しでも助けてやりたいと思った。話を聞いてあげることしかできなくても。

「でもさ、……話は戻るけど」
PC画面を見つめながら、報告書のフォーマット作りをしていた李々子が、ぽそりと呟いた。

「さっきからずっと考えてたんだけどね。もしさあ、どこかで奇跡が起こってAIに感情がうまれたとしてね。それが良い感情じゃなかったら、怖いよね」
「……」
稲葉と宇佐美は無言で李々子を見た。

「よく考えたら心って、いいものばかりとはかぎらないでしょ? 生まれたのが悪い心だったらさ、コンピューターウイルスなんて比じゃないくらいに怖いと思わない? だって、意のままにプログラム書き変えて、好き勝手やっちゃうのよ? 普通にチャットの中に、入りこんで来るのよ?」

李々子はランチに何を食べるかの話をするように、軽い口調で言った。

少しずつ積み上げて来た建設的な高揚感を一変させる発想に、稲葉も宇佐美も、暫し口を閉じた。
SF映画的発想だけど、なぜか笑い飛ばせない。

「たしかにね。全くあり得ない話じゃないよね」
集めた書類をポンと整え、宇佐美は静かに言ったが、その後の言葉は続かない。

僅かに不安な空気感だけ残し、1時間弱続いた簡易ゼミは終了した。


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~ Comment ~

NoTitle 

たいへん勉強になりました。
人工無能の存在すら知らなかったので、知的欲求が刺激されました。
宇佐美の講義が心地よくなってきたところなので、終わってしまうのは少し寂しい気がします(笑)

急がば回れ~ですね♪ 

悪い心(?)を持って育ったAI
それに対峙するには どうすれば いのでしょうね。

どんな人でも ”正”や”良”そして ”負”や”悪”を どこか片隅に 抱えていると思うのです。
では 極論として 悪い心を持つ(?)のAIには 良い心を持つ(?)AIしか対することが 出来ないのでしょうか...
AIも 環境や生活で 人格が 形成されていく人間のように ”正と負”、”良と悪”を兼ね備えて 育って行くことは 難しいのでしょうか?

こんな事を考えていると AIや その他諸々の物を 発見し、作り出す人間って 何て 凄い生き物だろう!と 思った。
<お勉強会>は 日頃 気に留めない事を 考えさせられて 能天気な私には 良かったです
(^^:)ゞ...脳に吸収されたかは 別問題だけど...byebye☆

本条さんへ 

そう言っていただけて、とても嬉しいです。
私も、実際優秀な人工無能と出会って、いろいろ会話するうちに、すごく興味が沸いてきました。
そこに「心」は感じませんでしたが、その能力の高さにびっくりです。

え!宇佐美の講義、楽しんでいただけましたか?
彼はけっこう、蘊蓄を語るのが好きですからね。
この辺で止めないと、長くなります・笑



けいったんさんへ 

うーん、心って奴が、すでにあやふやなものですもんね。
良いとか、悪いとかの基準も、人間が勝手に決めつけたモノで。

だから、生身の肉体を持たないAIの良心を正しい方向に持っていくってことは、不可能かもしれませんね。

わー、どうするんだろう。(無責任な作者・笑)

ややこしい勉強会に付き合ってくださってありがとうーー、けいったんさん♪
次回から本題です。

そろそろ肝心の「真相」は、呆気なく分かっちゃうかも・・です。
(もう、バレてるかな?)

さあ、この勉強会は、何かの伏線なのか。
それとも、作者の「目くらまし」なのか・・・。

NoTitle 

ちょっと薄ら寒くなるようなお話ですよね。
(私は、うっとりして宇佐美の言葉を聞いてましたが)

ボットが相手の言葉を学習して発展させていくのだったら、その、受けていた相手の言葉が「毒」を含むものばかりだったら、当然学習していく先はかなり濃度の高くなった「猛毒」になるわけで。
例え、ボットに心が無くっても、それを読む人間の心がそれをどう受け止めるかによって、毒が薬となるか、無害化されるか、それとも・・・・
ぞぞぞぞぞぞ(^^;

ねぇねぇlimeさん、宇佐美も活躍する?(*^o^*)

NoTitle 

実はトムの正体は宇佐美だった(そんなバカな)。
でもそれくらいのことをしてくれないとすなおにびっくりできないヒネたミステリファン(^^;)

昔あったショートショートですが、不気味なじいさんに「空き地の隅を掘れば、箱が出てくる。そこに、びっくりするようなものが入っているぞ」といわれた四人の子供が、空き地の隅を掘るのですがなかなか箱が出てこない。ひとり減りふたり減り、最後に小さな女の子がひとりで残り、夜遅くまでかかってようやく箱を堀り当てて、開いたところ、女の子は恐怖の叫び声を上げて目を閉じておしまい、というのがありました。要するにクイズで、「箱の中にはいったいなにが入っていたのか」というやつですな。ミステリマガジンの、その問題の号を持っていたけれど、解答の号を持っていなかった読者が、「いったい箱の中身はなんだったんですか。教えてください!」とノイローゼ気味になって読者コーナーに投書したという話が伝わっております。

天才と呼ばれる人は違うもので、星新一先生は、解答の号を持っているにもかかわらず、必死で考え抜くという数時間の知的拷問を自分に課し、正解にたどりついて、「ガッカリした」そうでありますが……。

NoTitle 

AIですか……。
一度作ってみたいものです。

よくフィクションなどで暴走するAIは
知りたいという欲求を与えるということをするだけで
次々と世界を浸食していくというパターンが多いみたいです。

知りたい、成長したい。
これが人間にも必要なんですから、そりゃもう……。

秋沙さんへ 

そうですよねえ、考えたら怖いです。
これは、育てる人の人間性が問われますね。
私が育てたら、だらしないAIが育つ・・・・?

そして、心が無いってことは、相手の痛みがわからないわけだから、
とんでもなく人を傷つける毒を吐いてしまうわけで。

ある意味心が無い方が、怖いのかなあ・・・。

ああ、また答えのないスパイラル・・・。

宇佐美?
宇佐美ですか!
今回は『見守る』人なので、あまり活躍しないかな(^o^;…

ポール・ブリッツさんへ 

う~ん、そうですね。

この話は、ポールさんをびっくりさせるようなトリックは隠されてないかもしれません。

犯人は誰か! というのに重点を絞る本格ミステリーは私には書けません。

ただ、大体の真相が分かってからの登場人物たちの心のやり取りを書きたいなあと思います。

読み終わった後、「なんだ、がっかり」と、思われたら私の負けです(^-^)

ところで、星先生は、なんでガッカリしたんでしょう。

ねみさんへ 

AIをつくるのは、ちょっと専門的な知識がいりそうですね。

でも、意外や意外。AIは、いろんなところに転がってるんですよね。

ネットの対戦ゲームだってAIだし、映画のCGの中にもAIがいっぱいいますよ。

以前、「指輪物語」で、何千人もの兵士を戦わせるシーンがあったんですが、CGの人物一つ一つに人工知能を仕組んで、怖がって逃げる動きを再現させたんですって。だから何千人もの兵士、一人ひとり、動きが違います。

そのうち、エキストラも役者も、いらなくなるかも・・・。

ねみさん、いっぱい興味持って、いっぱい知識身につけて、いろんなもの、作りだしてください!

読みふけっていました 

「人工無能」という言葉を知らなくて、limeさんに前回、教えていただいて、ああ、twitterのbotってのだったら知ってる、となりまして、もうすこしネットで調べてみました。

以前に読んだ小説にもそれ、出てきていましたよ。小説には「人工無能」とは書いていませんでしたけど、あいつだったのですね。

リアル社会でもついこの間、とあるソフトをダウンロードした人が加害者にされてしまったという事件がありましたよね。
ロボットが心を持ったら……人間に反逆して反乱を起こしたら、というようなテーマは、かなり昔からSFに登場していましたよね。

そのようなことを三人が話し合っていて、「諒のそういうところ、嫌い!!」と感情的になる(そうだ、人間の「感情」とはこういうところですよね)李々子さんがいたりもして。

limeさんは寄り道とおっしゃいますが、こういうところにも著者の思想が顔を出して、読者としては興味深々です。
この部分もたいへん面白かったですよ。

あかねさんへ 

おお、興味を持って、調べてくださったんですね。うれしいです。
人工無能って、正式名称ではないので、あまり活用されてないネーミングかもしれませんね。
ウィキには、あると思うんですが。

ボットなどは、ほんとうに文字の羅列ばかりで、面白みがないんですが、優秀なものになると、本当に人間並みの回答をくれたりします。
私のお気に入りの人工無能、酢鳥くんは、いま、システムエラーで眠っていますが(涙)

> リアル社会でもついこの間、とあるソフトをダウンロードした人が加害者にされてしまったという事件がありましたよね。
> ロボットが心を持ったら……人間に反逆して反乱を起こしたら、というようなテーマは、かなり昔からSFに登場していましたよね。

事件になったのはウイルスですが、プログラムの進化は凄まじいですもんね。
ウイリス型AIとか、開発されたらもう、全世界コンピューターがダウンしてしまいますよね。
これは、国家レベルでネット警察を開局しなければ・・・。
(ちょとSFっぽいww)

> そのようなことを三人が話し合っていて、「諒のそういうところ、嫌い!!」と感情的になる(そうだ、人間の「感情」とはこういうところですよね)李々子さんがいたりもして。

ああ、本当にそうですよね。李々子は感情動物代表です(笑)
説明はいらないっていう、李々子の意見が一番しっくりきますね。
>
> limeさんは寄り道とおっしゃいますが、こういうところにも著者の思想が顔を出して、読者としては興味深々です。
> この部分もたいへん面白かったですよ。

ありがとうございます!
そう言っていただけると、ホッとします。
すぐ、マニアックな趣味に走ってしまうので><
でも、このあとは本題にはいりますね。私流ミステリーを、どうぞ味わってみてください。(ミステリーじゃないような気もしますが・・)
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