電脳うさぎとココロのありか

電脳うさぎとココロのありか 第8話 イライザ

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「人工無能? また古風な言い方するわね、その子たち。ワザとかしら」

李々子は、珍しく給湯スペースの棚のあたりを整理しながら、ひょいと稲葉を振り返って言った。
「でも、知らない言葉なら訊けばいいのに」

出社してきた稲葉の萎れっぷりを気遣い、その原因を聞いてくれた李々子の優しさは有難かったが、そのダメ出しは未だふさがっていない傷口に塩を塗った。

「もう言わないでください。反省してるんだから」

稲葉はますます萎れる。

「シロちゃんゲームオタクだから、ネットとかそう言う情報にも詳しいのかと思った」

「オタクって……。せめてマニアって言ってください。それに今までメールや調べもの以外で、あまりネットやってなかったし。掲示板なんて、学校で問題が持ち上がらなかったら、きっと覗くことも無かったですから」

「ゲームもオンラインでしょ?」

「基本ソフトです。僕の性格上、オンラインだとぜったい歯止めきかなくなって課金貧乏になっちゃうから」

「ああ、それはちゃんと自分を分かってて賢いわ。シロちゃん熱くなると呆れるほど見境なくなるから」

「やめてくださいよ李々子さん、褒めながら突き落とすの」

2人のやり取りを黙って聞いていた宇佐美が、そこで堪えきれずに笑い出し、会話に混ざって来た。

「人工無能って言うのも俗称だし、今はチャットボットって言われることが多いから、あまりSNSなんかに興味なければ、聞き慣れない言葉だよね」

「チャットボット!」稲葉が反応する。

「そっちは知ってたの?」
李々子が問うと、稲葉は「いえ」、と首を横に振った。

「人工無能は会話するためだけに開発されたプログラムなんだ。企業が開発した優秀なボットなんかもいて、ネット上のいろんなところで不特定多数の人と、今現在も会話してる」

「え、そんなに普及してるんですか?」

「多いよ。案外、チャットボットと気づかずにSNSで会話してる人もいるかもね。
人工知能ほどの高いスペックを持っている訳じゃないから、登場したばかりの頃は“能なし”っていう意味で人工無能と呼ばれたんだ。

相手が打ち込んだ言葉の組み合わせと、自分の中のデータベースとのマッチングによって、最も適当だと思われる言葉に変換して応答をするんだ」

「っていうコトは、ある意味単純なプログラムなんですね。じゃあ、深刻な問題を起こすような危険は無さそうですね」

先刻の女子生徒達との会話を思い出していた稲葉は、ホッとして自分の椅子に腰掛けた。

宇佐美は自分のデスクでPCに向かいながらも、少しばかり考える仕草をした。

「そうだな……、でもね、会話に重点を置いて開発されてるから、思いがけないところで人間を驚かせることがあるよ。
AI程ではないにしても、彼らは自分たちが置かれた場所で、相手との会話の中から新しい単語を覚え、会話のパターンを学習していく。スラングだったり流行のネタだったり、芸能情報だったり。その上で言語を構築していくからね。

でも常識とか理性が有る訳じゃないから、開発者が日々ちゃんと管理していないと、意味も分からず卑猥な言葉ばかり連発して発信してしまう、困った連中も出てくる」

「わあ。それ酷いですね」

「製作者のモラルと管理能力が問われるところだよね。本当にボットだと知らずに相手をしていたら、人間不信になってしまうかも」

「でも、所詮プログラムなんだし、会話してたらわかるでしょ?」

「長時間にわたって長文をやり取りをしてたらそうだろうけど、短い単語で会話を成立させてしまう今のSNSやグループチャットなら、そんなズレも逆に個性と捉えてしまうかもね」

「ああ~、ありえますね。紛れてても気づかないかも」

「有能なボットは、会話の流れを掴むのがうまいからね。相手の好きそうな冗談を言ったり、悩みを聞いたりもするよ。かなり昔にも、実際にセラピストとして人々の心を癒してくれた対話ロボットがいたくらいだから」

「セラピストですか?」

「うん。|イライザ《Eliza》っていう名の、本当に初期の人工無能だよ。
彼女と何回にもわたって画面上のやりとりをした患者は、ネタバラシされるまで彼女がプログラムなどとは少しも思わなかったみたいだね。
プログラムだと知った後も、患者の中には『たしかに自分と彼女は心のやり取りをした! ロボットだなんて信じない』って、泣きながら言い張る人も居てね。それくらいイライザは違和感のないやり取りをし、そして患者と気持ちを通わせたんだ」

「それって……」

稲葉はふっと何かを思いついたように目を輝かせた。

「それってもしかして、プログラムに感情が宿ったとか、そう言うことなんじゃないですか? プログラムが会話を続けるうちに、何かの偶然で心が生まれたとか……」

徐々に興奮してきたのか、椅子に座ったまま稲葉は、宇佐美の方に身を乗り出してきた。
李々子も稲葉の横にそっと椅子を持ってきて座り、一緒になって聞き入っている。

けれど宇佐美は口元を少し緩めた後、サラッと続けた。

「残念ながら。イライザは、スクリプト言語の分解と再構築がとても巧みなだけで、相手の言葉を理解していた訳じゃないんだ。
まずは常に聞き役に徹し、相手の聞いて欲しいポイントを掴み、それに対して質問し、その答えに同調する。そんなやり取りのくりかえしの中で、被験者はあっさりとそのプログラムに人間らしさを感じてしまうんだね」

「でもさ、諒。そこに感情が無いってどうやって証明できるの? 精密に調べたわけじゃないんでしょ?」

李々子が椅子の背にもたれたまま、腕組みをして宇佐美に訊いてきた。同じ考えだった稲葉も眉間に皺をよせ、うんうんと頷く。

「感情というのは、つまり自我が存在するかってこと?」

「諒はすぐややこしい言い方する。単純に、心があるかどうかって事よ」

李々子が眉根を寄せると、宇佐美はあきらめたように作業中のデータに保存をかけ、クルリといすを回転させると二人に向き直った。

仕事を一時中断したラビット事務所は、ちょっとしたゼミと化した。

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~ Comment ~

NoTitle 

ということは稲葉くんに話を持ってきたネットの相手は……。

これを「依頼者」効果と呼ぶ。

……………………。

……………………。

……………………。


山田くん座布団ぜんぶ持っていってください。

ここまでダジャレが好きだというところに、自分の齢を感じる(昔からそうだったという話もあるが……(爆))

ポール・ブリッツさんへ 

だ・・・・ダジャレですか( ̄▽ ̄)

山田君、今後1年間座布団をあげないでください。
足が痺れようと( ̄ー ̄)

NoTitle 

「イライザ」というのを見て、「キャンディ・キャンディ!?」と心の中で叫んでしまったわたしって…
(としが、ばれるよ)

人工無能って、会話プログラムだったんですね~。なるへそ。

ええと、ええと、放火犯=人工無能で、ということはENMA=遠馬はじつは幽霊じゃなくて、人工無能なのかしら?
えーん!頭がこんがらかってきた! ^ ^;

NoTitle 

うっとりしながら諒の講義を聞いてしまいました~。
すごいわぁ、すんなり頭に入ってくるわぁ。
でも、話している表情の変化とか、たぶん、時々考え込むようにして口元に持ってくる手とか、そんなもんに見とれてて、半分くらいしか聞いてないんだろうなぁ~(*^^*)デレッ(ダメじゃん)

あ、ポールさんの座布団、一年間あずかります。

西幻響子さんへ 

キャンディ・キャンディ。
私としたことが、気付かなんだ・笑
いましたね、二ールとイライザ。あれは意地悪だった。

こんがらがってくれて、うれしいです。
そんなに複雑にしてはいないんですが、やっぱりあとで、
ちょっとだけ「あ」、と、思って欲しいですもん(*^_^*)

でも、推理物ではありません。
青春ものです・爆
のんびり読んでくださいね♪

NoTitle 

ちなみに、わたしが買った昔のパソコンの公式エミュの本には、「Emmy2」という二十五年くらい前の人工無能のソフトが付録でついておりました。

オンメモリ64KBということからも想像がつくように、会話を楽しむというよりは、会話しようと努力しても、とんちんかんな受け答えに頭がクラクラしてくる結果に終わる、というのがパターンでした。

内容は、エミーという女の子とおしゃべりして服を(以下略)

秋沙さんへ 

宇佐美にうっとりしてくれる秋沙さんって、なんて貴重な存在なのかしら(*´∀`*)
落ち着いた声で、ゆっくり話してくれる宇佐美先生。
受講してみたいですよね。
(恋には疎い癖して・・・)

もうちょっと、こんな感じが続きます。
稲葉君と一緒に参加して、考えてみてくださいね。
宇佐美の声としぐさを想像しながら。

勉強は 嫌い(T▽T) 

でも 宇佐美の勉強会は 聞いてみたいかも~
人工無能って そういう事だったんですか...イマイチ 分かってないけど(^^;)ゞアハッ...
でも このイライザの会話の仕方は ”聞き上手”と言われてる人にも 共通してますよね!

座布団なしの ポールさんが 可哀相~ (y_y)
・・・で これでも いいなら どうぞ~...ゴザ...
キャァー ごめんなさーい(*0*)/byebye☆

NoTitle 

宇佐美先生の講義・・・深いッ!

なんという深さだ。

確かにこうしてしゃべっていては相手がプログラムという可能性を拭い去ることができないわけではないですもんね。

もしかしたら僕もプログラムかもよ?です。

ポール・ブリッツさんへ 

なんだって?
そんなおしゃべりロボットが?

だめですよ、そんなのに満足してちゃ。
(視点がちがってる?)


けいったんさんへ 

ごめんなさ~い(>_<)
ちょっとお勉強っぽかったですね。
でも、内容はとっても簡単ですから!

そうですね、イライザの会話方法は、円滑に会話する一番ベストな方法ですよね。
めざせ、聞き上手!

ポールさーーん。
けいったんさんから、ござ、はいりました~~。♪

ねみさんへ 

なんと!

そうだったんですか!ねみさん。

いや、一番ねみさんが人工無能っぱい。

だとしたら、かなり高性能な・・・・。

NoTitle 

ほー・・
お勉強会の続き、楽しみにしてます。
宇佐美先生の講義をもとにSF書いちゃおうかしら(笑)

これから聞き上手な友達をひそかに「イライザ」とよびたいとおもいます。ふふ。イライザの縦ロールは見事でした。

綾瀬さんへ 

綾瀬さんのSF、読んでみたいなあ~。

SFって、どこまでがSFなのかって悩んじゃいますよね。
私のラビット本編の最終話も、見ようによってはSFかも・・。

さあ、あなたの周りのイライザを探そう・笑
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