電脳うさぎとココロのありか

電脳うさぎとココロのありか 第4話 片づけ屋、片瀬

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「本当にこの部屋ですか? 大家さん」
片瀬は、築29年になるその古いアパートの一室を見渡した。

『片づけ屋本舗』経営者、片瀬直哉38歳。
日焼けした顔、広い肩幅、厚い胸板。いかにも力仕事のできそうな印象の持ち主だ。
アパートの2階にあるその部屋はベランダもなく、唯一の窓も隣のビルの壁に遮られ、昼間だというのに薄暗かった。
貧しさと寂しさを感じさせる空間だが、片づけ屋を商売にしている片瀬には別段珍しい部屋ではい。
ただ、すっきり片づいていることに違和感を覚えた。

「わりと綺麗に片づいてるでしょ? きちんとした方でしたからねえ、亡くなった沢村さん。遺族は部屋の物は全部捨てちゃってくださいって言ってましたよ。なんでも沢村さんとは、ほとんど付き合いの無かった遠い親戚らしいですからね。遺族って言われるのも迷惑なんでしょう。
葬式を誰が出すのかで揉めてるんで、この部屋のことまで手が回らないらしいですよ。 きっとあれですよ。葬式もやらないと思いますよ。家族葬って建前にしてね。まったくね。亡くなった沢村さんも気の毒ですよ。身寄りがないってのは、結局こういう事になるんですね」

50歳前後のでっぷりと太ったこのアパートの大家の女は、顎に手をやりながら、とにかく早口でそう言った。
お喋りな性格は、その話っぷりからも伺える。
このぶんでは側に居られるとずっと喋り続けられると思った片瀬は、礼を言うと、
「では、終わったら声をかけますので」、と自室に引き取って貰った。
階段を降りながらも大家の女は「本当になんもかんも捨てちゃってくださいよ」と付け加えた。
苦笑する片瀬。

趣味の登山の金を稼ぐために『片づけ屋本舗』を創業して8年。
片瀬直哉は、仕事上あらゆる部屋を見てきた。
主な業務内容はアパート、マンション、持ち家、事務所等の部屋の掃除だった。
人間の中にはどうもゴミを片づけられない人種が存在する。それは単にだらしがないだけのレベルのモノから、病的なものまで様々だ。

天井までゴミが蓄積し、部屋が3年間も機能していなかったマンションや、腰まであったゴミを撤去してみると、行方不明だったハムスターの死骸が何匹も出てきた家もあった。
2トントラック2台分ものゴミを送り出しガランとした部屋を見ると、仕事を終えた爽快感よりも人間の存在の愚かさを感じ、重い気分になってしまう事の方が多かった。

そして『片づけ屋本舗』のもう一つの業務として、今日のような片付け作業も請け負っていた。
身よりのない住人の孤独死の後片づけだ。
遺体の運び出されたあとの家財道具一式の撤去作業。
依頼人はマンションの大家や管理人のことが多かったが、今回は親族に連絡が付いたらしく、遺族からの依頼だった。
自腹を切らなくて良かったと、大家の女が嬉しそうに言っていた。
好き嫌いは言っていられないが、タフな片瀬にしても、こっちの作業はかなりキツイ。

今回亡くなったのは沢村久49歳。
6年前からこのアパートでひっそり暮らしていたらしいが、10日ほど前、部屋の前で倒れていたのを他の部屋の住人に発見された。
脳溢血だったらしい。
仕事以外の時間はとにかく部屋に閉じこもって過ごす、無口で穏やかな男だったと大家の女は言った。

「片瀬さん、じゃあ始めますね」
一緒に連れてきた二人の若い従業員、木ノ下と吉川が確認を取る。
二人とも大学を出たばかりの新人だが、とても気のいい頑張り屋の青年達だ。
「ああ、そうだな」
片瀬はそう合図を出したあと、もう一度部屋を見渡した。
小さな箪笥、座卓、ビニールの衣装ケース、錆びた中古と思われる冷蔵庫、食器棚。
そしてほんの少しの生活用品と雑貨。

49歳の男は、この小さな寂しげな部屋で何を生き甲斐に暮らしていたのだろう。
片瀬は今回も思った。
心も体も失い、唯一残った生活用品も、今、見ず知らずの者たちによって捨て去られようとしている。
誰にも惜しまれず、誰にも泣いてもらえず。
彼の人生とは、いったい何だったのだろう。

考えても仕方のないことについ思いを巡らせてしまうのは、片瀬の悪い癖だった。
この業務をこなす上で、一番切り捨てなければならない感情だということは分かっていたが、
必ずこの罪悪感にも似た想いに捕らわれてしまう。

二人の従業員がテキパキと荷物を運び出していくのを見ながら、今日はさほど時間はかからないなと片瀬は思った。
3人も必要なかったことをほんの少し後悔しながら、部屋をもう一度確認した。
部屋の隅の座卓の上に、まだ新しい小さなノートパソコンがあるのに目が行った。
きっちりとモデムや外付けハードが繋がれている。
そしてその横に、添えるように重ねられた4冊の大学ノート。
仕事のために、パソコンの勉強でもしていたのだろうか。
片瀬は何気なくそのノートの一冊を手にとってみた。右上に「1」と小さく番号が振ってある。

ページを開いてみるとそこには、シャーペンで書かれたきっちりとした文字が並んでいた。

『---3月27日---
今日はとても寒い。
美佐子、君が生きていた頃は仕事から帰っても、家のドアを開けるとすぐに疲れが飛んでいったのを思い出す。
部屋は明るく、温かく、優しさに満ちていた。
今はね、帰ってきて電気をつけ、部屋が暖まるまでの数十分が一番辛いよ。
今日は泣きごとを言ってみた。・・・すまない。』

「日記か」
片瀬は独り言をつぶやいた。
年号が書いてないので、何年前の物なのか分からない。
ノートの番号から、これが1冊目であること、そして亡くした奥さんに宛てた日記なのだと言うことは推測できた。
片瀬はナンバー「3」を手に取り、再びパラパラとノートをめくったが、ふと違和感を感じるページで手を止めた。

『---11月15日---
遠馬は本当に素直でいい子に育っているよ。
私が帰るのをずっと首を長くしてまってるんだ。寂しがり屋なんだね。
時々、どこで覚えて来たのか酷く乱暴な言葉を使う事があるんだが、根気よくそれは悪い言葉だと教えてあげている。そうすると二度とその言葉は使わない。本当に賢くていい子だよ』

子供がいたのだろうか。だが、確か一人暮らしだったはずだ。
片瀬は不思議に思い、パラパラとページを戻した。
けれど子供の話は、仕事の愚痴や日常の何でもない話の隙間にポツポツと書かれているだけで、詳しいことは分からなかった。
たぶん、ここに移り住む前に育てていた子供であり、何らかの事情で引き離されてしまったのだろうと片瀬は思った。したがってこれは随分昔の日記なのだろう、と。

「片瀬さん、これ、片方持ってもらえますか? 吉川、今トラック移動させてるんで・・・」
ひょろりと背の高い木ノ下が、小型冷蔵庫の横に立って申し訳なさそうに言った。

「ああ、すまん。今行くよ」
側にあった小さめの紙袋にそのノート4冊をガサッと放り込むと、片瀬は急いで作業に戻った。



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~ Comment ~

NoTitle 

遠馬……「ENMA」?

ってことは、この死んだおじいさんは、「ENMA」なのか「僕」なのか……。

来ましたねえ。こういう展開好きですよ~♪

不気味な雰囲気が・・・ 

この何気ない話し、それが 大学ノートに書かれてた日記を 見た途端に 背筋が ゾーっと して来ました。

遠馬...ですか。冷蔵庫...ですか。(ii_ii)...ブルッ
その大学ノートは 日記なんですね...(iiioiii)...ゾクッ
沢村は 死んだのですね...(iiii0iiii)...ヒェ~

怖すぎて 妄想するのは中止! (T▽T:)ゞbyebye☆

ポール・ブリッツさんへ 

なんだか、展開が早いですね。
UPしてて自分で驚いています。
21話まであるのに・・・・笑

予想が当たっても外れても楽しめる作品にしていきたいと思います。

楽しんでいただけたらいいなあーー。

けいったんさんへ 

け・・・けいったんさんの中でどんな妄想が広がっているのかが見てみたい!笑

いやあ、面白いコメントに、こちらがドキドキします。

そうですね、どんな展開も想像できますね。
自分で作っていると、その方向にしか想像が行かないので、
皆さんの妄想がたのしいです。
ありがとーーー。

NoTitle 

なんか大学ノートを見て寒気が僕を襲いました。
ま、まさかlimeさんの・・・具現化かっ!?

誰にも泣いてもらえない人生・・・か。
嫌だな・・・。僕は。
17になりましたが・・・
嫌だということは・・・分かります。

そしてその大学ノートは実は昔に滅んだアトランティスの超兵器がっ!
うあ、これ以上行くと妄想が・・・止まらなく・・・。

ねみさんへ 

ちょっと大学ノートに呪詛をかけておきました・・・。うそです。

ねみさん、大学ノートアレルギーですか。

しかし17さい!
いいですねえ。全てはこれからです!

ああ、17戻れたら、あんなことや、こんなこと、いっぱいしたい。
(すべて、よこしまなことだったり・・・)

NoTitle 

何よりも、21話まであるということに小躍りしている私です(笑)。
limeさんのお話は、いつももっと読んでいたいと思うのに、わりと短いから(^^;
楽しみだな~~~。
それにしても、まだつながるようでつながらないバラバラのお話・・・
唯一「遠馬」がひっかかりますね。(皆さんのコメントを読むまで、それを「enma」と読めることに気付かなかった私です)(^^;

とにかく先を待ちます!!

秋沙さんへ 

よかったー。
21話もあるんかい、とか、思われなくって・笑

私の話って、一つの単元が4,5話でしたもんね。ラビットも白昼夢も。
(1回の更新は滅茶苦茶長いけど)
今回は1話が短いですから、ちょっと長くなった感じです。

今回は推理としてよりも、対話や心のやり取りに時間を使っています。
中盤、宇佐美と李々子と稲葉の、ウンザリするほど長い対話がありますーー。
(この辺で、飽きられてしまうかも・・・という不安が・・・・)

全てが繋がるのは早いかもしれませんが、一人、訳も分からず頑張る稲葉君を応援してやってください!!

初登場のマッチョの片瀬もよろしく・笑

NoTitle 

電脳を途中にして、ラビットに移っていたんだ。
今頃気がついた。
へへ

これはまた、やるせないのか不気味なのか、ミステリーなのか。
わからないから面白い。

ENMAの存在が不確実なのに、不気味さだけはMAXだよね。
どんなふうにウサギ軍団が関わるのかな。
楽しみでごザーール。
v-14

ぴゆうさんへ 

改めて、電脳ウサギへ、ようこそ(*^_^*)
そうでしたね。先にラビット本編を読んでくださったんですよね。
やっぱり、本編を読む前と読んだ後では、電脳の第一話の印象って、違いますか?

この特別編は、ちょっと長いので、ゆるゆると、読んでくださいね^^
ちょっぴり切ないミステリーに仕上げてある・・・はずです。
ENMAには、要注意ですぞ!ww
気に行ってもらえたらいいなあ~。

今回は、シロちゃんが主役です^^

遺品整理の仕事ってありますね。 

それとは限らない片付け屋さんのようですが、これ、実はfateもものすご~く興味のある職業です。
遺品というより、物。
そして、物に宿る想いという波動。
それが存在する限り、その波動を辿れる人もいるんだろう、ということと共に、そんな超能力的なことでなくても、その人が生きた証を看取るというのだろうか。
厳粛な気持ちになりますなぁ。

終末医療にも興味はあるけど、それとはまた違った趣があります。

あ、なんかナハシが違ってきた(--;
この方は幻と共に生きていた怪しい方なのか、それとも、ものすごく秘密のある方なのか、わくわくします(^^)

fateさんへ 

fateさんが、この物語を読み進めてくださることに、私はドキドキしていますよ^^
どう感じてくださるのかなあ~って。

遺品整理のお仕事。
・・・・ローズにはさせたくない仕事ですね^^;
普通の精神力でも、参ってしまう気がします。

この沢村みたいに、孤独死してしまう人の遺品整理。
やはり、その人の人生に思いをめぐらさずにいられませんよね。
現在公開中の映画に、同じテーマのものがありましたよね。
「アントキノイノチ」だったかな?
(岡田君が好きなので観に行きたかったんですが、時間が取れず・・・)

このノートと共に浮かび上がって来る、沢村の人間像。そして、日記に書いてある事柄。
それが、この物語を大きく動かします。

最初は、頭を真っ白にして、片瀬の目線で辿ってみてください^^

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NoTitle 

おや、この片瀬さんがこの事件?を広げていってくれる様子ですね♪

49歳の孤独死。
侘しい暮らしの中で唯一の手がかりになりそうなノート。
そうなるのでしょう?
続きが楽しみです♪

さやいちさんへ 

そうなんです。
けっこう、この片瀬と、この日記は大きな展開を促します。

この日記の内容に、注目していてください。
49歳のこの男性。いったいどんな人物なのか。

ゆっくり、よんでみてくださいね^^

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交錯・錯綜 

いろんな登場人物といろんな出来事と事実がからみ合い、ねじれあって物語を作っていく。

そのもつれてねじれたところをほぐしていくのが、作者の腕の見せどころなんですよねぇ。
今回もこの片づけ屋さん登場で、さまざまな角度でものごとを見て話が進んでいく。わくわくしますよ。

私もふと、謎になりそうな発端は浮かぶのですけど、それを解決させるほうが浮かばない。
だからミステリは書けないなぁ、なのです。

limeさんの作品はミステリであり、人間ドラマでもありますから、事件の真相を知ってからもう一度読み返すのもいいでしょうね。

あかねさんへ 

> いろんな登場人物といろんな出来事と事実がからみ合い、ねじれあって物語を作っていく。
>
> そのもつれてねじれたところをほぐしていくのが、作者の腕の見せどころなんですよねぇ。
> 今回もこの片づけ屋さん登場で、さまざまな角度でものごとを見て話が進んでいく。わくわくしますよ。

片付け屋片瀬くんが出てきて、話が大きく展開するはずです。
今までよりも、大きな交差で、ミステリー色は強いかもしれませんね。
作者の腕・・・どうだろう><ドキドキ

> 私もふと、謎になりそうな発端は浮かぶのですけど、それを解決させるほうが浮かばない。
> だからミステリは書けないなぁ、なのです。

あ、その、ふと浮かぶというのが、いいのですよ。
そこからどんどん発展させていくと、どこかで全体がつながる一瞬があります。
それですよ、感じの瞬間。(なかなか、成立しませんが)


> limeさんの作品はミステリであり、人間ドラマでもありますから、事件の真相を知ってからもう一度読み返すのもいいでしょうね。

うれしいですねえ。
はい、このお話も、真実がわかったあと、今までの悶々が反転して、別のものが見えてくるはずです。
ミステリーだと身構えずに、頭を真っ白にして読んでみてくださいね^^
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