電脳うさぎとココロのありか

電脳うさぎとココロのありか 第3話 居場所

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稲葉の学校の最寄駅から五つ目で降り、そこから7分歩いたオフィスビルの13階に、ラビット事務所はあった。

「わかりました。では一度こちらへお越しいただいて、お話を伺うと言うことでよろしいですね。……はい。ではその時間にお待ちしています」
稲葉と李々子がドアを開けると、ちょうど宇佐美が電話を切る所だった。

宇佐美諒、34歳。高身長で引き締まった体。どことなく愛嬌のある目に、緩くウエーブした癖毛。
稲葉のような二枚目タイプではないが、初対面の人間に親しみを感じさせる独特の柔らかい雰囲気を持っている。

准教授の椅子も狙えるほどの優秀な医大院生であったが、訳あって中退した経緯を持つインテリ人間だ。多方面への博識っぷりはもちろん、稲葉が一目置く部分でもある。
けれど、その飄々としたユニークな人間性と大らかさは、そんな諸々を忘れさせてしまう。

「あれ? 今日は早かったな、稲葉」
電話を切った宇佐美が話しかけてきた。

「李々子さんに学校の門の前で抱きつかれて、慌てて出てきましたから」
「女子校の門の前で抱きついたのか、李々子は」
宇佐美は少し大げさに驚いて李々子を見たが、目が笑っている。

今更李々子がどんな奇行に走っても、この、すべての物事に冷静沈着に向き合う男には楽しい余興でしかない。

「あら、キスしなかっただけマシでしょ。自粛してるのよ、これでも」
「基準がおかしいですよ、李々子さんの自粛は! なんでキスするんですか!」
悪びれない李々子に稲葉が不服そうに反撃する。

稲葉のピュアな反応に宇佐美がまた楽しそうに笑う。変わらない、いつものラビット事務所の風景だ。

仕事や対人関係でどんなに落ち込んでも疲れても、ここへ来るとなぜか安心感に包まれ、
次への活力が湧いてくる。
稲葉は、ここが自分の『居場所』だと強く感じていた。

「依頼の電話だったんですか?」
そう言いながら稲葉は自分のデスクに座り、小型のノートパソコンを開いた。
正社員ではないにもかかわらず、少し前に自分専用のPCを買って貰って稲葉はご機嫌だった。

「うん。行方調査だよ。明日ここで詳しい話を聞いて見積もりを出す」
「へえ、人捜しか。ややこしくなければいいですね」
「そうだな」
「行方調査って、情報が少ないと時間と出張経費ばかりがかかってしまうから結局あまり収入につながらないのよね~」
李々子が渋った声を出す。

「まあ、そのために各方面にいろんな人脈が作ってあるんだけどね」
「人脈?」
稲葉の質問に、李々子が割って入る。
「そ。情報屋って言うのは大げさだけど、いろんな分野や地域に、協力を惜しまない諒の知り合いが居るのよ」
何故か李々子は得意げだ。宇佐美への信頼と、ちょっとばかりそれを超えた愛情が感じられて、稲葉はニンマリする。宇佐美も李々子も互いに否定するが、けっこうこの2人はお似合いなのだ。
「へー、そうなんですね」
稲葉は笑顔で相づちを打ちながら、PCを操作する。

見慣れない派手な画面に気が付いたのか、背後から李々子がそっとデスクトップを覗き込んで来た。
「シロちゃん、それなあに? ゲーム?」
李々子の声に稲葉は振り向いた。

「あ、ごめんなさい。作業に入る前に5分だけこれ、チェックさせてください。部活の顧問を免れる替わりに教頭から頼まれた仕事なんです」
「なあに?」
李々子が興味深そうに画面に近づく。

「掲示板です。かなり大きなサイトなんですが、ここで以前うちの生徒の実名と写真を公開したうえで、いろんな個人情報やデマを流す嫌がらせがあったんですよ。被害に遭った子は、誰にも相談できずに我慢してて、結局学校をやめちゃって……。
誰が犯人か分からないまま、その問題はうやむやになったんですが、二度とそんな事が起きないように、学校関係のスレッドは注意してチェックしてるんです。ここだけじゃなくて、SNSとかも、検索掛けて見て……」
「あ、サイバーパトロールってやつ?」

「えっとね、そこまで僕、知識もないし、本格的な画像やプロフチェックとかは、専門家に任せてあるそうなんですが」
「え、じゃあシロちゃんは何をするの?」
李々子が首をかしげる。

「僕はアナログ方面のケア……っていうのかな。学生同士の言い争いがあったり、イニシャルでの誹謗中傷とか、危なそうなものがあったら、こっそり入り込んで宥めたり。
実はね、学校オフィシャルの掲示板で、相談コーナーとか立ち上げたんだけど、そっちはこの半年で一件も書き込みがないんですよ。
やっぱり生の声とか悩みって、こういうところの方がリアルに見つかるんじゃないかなって」
「シロちゃんの学校は女子高でしょ? 女の子もそんなに物騒なの?」
「いや、もう、うちの生徒とか関係なくて、全般に……。結局は、子供たちが関わる世界ですから」

「そっかあ。でも気の遠くなる様な作業よね。なんでそんな不健全な方向でエネルギー発散させようとするんだろうね、若い子って」

柔らかそうな白い腕を組んで、李々子は少しばかり難しい顔をしてみせる。
今年36歳だが見た目はとても若々しく、そんな彼女が使う「若い子」は、稲葉にしてみたら、妙に可愛らしく聞こえる。

「ネットに書き込むこと自体が発散で、本人たちはそこまで悪意を持ってないと思うんですよ。サイトパトロールで、書き込みをした子供を特定しても、何も解決しないと思うんですよね。だから、そんな大ごとになる前に、少しでも子供たちとコミュニケーション取れたらいいな、なんて思って。それでも……本当にそこにあふれる言葉たちって表面的でしかなくて。感情の分からない記号なんですよね。僕がやってる事に意味があるのか、本当の所、自信がないんです」

少しため息まじりに言った稲葉の肩にぽんと手を乗せ、李々子が顔を近づけてくる。
「ねえ、たとえばシロちゃんはどんな書き込みをするの?」
李々子がよくやる仕草だ。そんなネコのような仕草の中に、彼女なりの優しさが感じられる。

「僕はただ書き込みを読んで、たまに悩んでる子を励ますコメントを入れたり、軽犯罪を仄めかす書き込みに注意するくらいで。たいしたことはしてないんですが」
「でも、今の子って、注意とかしても逆切れされるだけじゃないの?」
「そりゃあ上から目線で言うと反感買います。まずは共感して親しくなって、それからです。結構みんな素直なんですよ。そんなに根っからの悪い子っていないんですよ、きっと。僕、そう思います」

稲葉が少し嬉しそうに言った。李々子も宇佐美も、その表情を楽しそうに見つめる。

「ねえ、シロちゃんのハンドルネームって何なの?」
李々子が再びクイッと顔を近づける。

「覗きに来るつもりでしょう李々子さん。イヤです。ぜったい教えません!」
「行かないわよー。そんなに暇じゃないもん。ああいうサイトって苦手だし。読んでたって面白くないし」
「ほんとう?」
「うん」
ニコリと微笑む李々子。稲葉はこの艶やかな笑顔に弱い。

「……電脳うさぎ」
「え?」
「だから、電脳うさぎ」
「……」
李々子はスッと体を起こすと、小さく肩をすくめた
「中二病っぽい」
李々子のつぶやきに、後ろで作業していた宇佐美がプッと笑う。
「ほっといてくださいよ!」

やっぱり言うんじゃなかった。稲葉は口を尖らせて、ノートPCをパタリと閉じた。

        ◇

ENMA:『ねえトム。大和市の廃屋が全焼したの、知ってる? 君の住んでる近く?』
ト ム :『近くじゃないけど知ってるよ。放火だって噂だけど』
ENMA:『あれさ、ボクのネット仲間だと思うよ。最近学校にも家にもムカついてて爆発しそうだって言うからさ、放火なんてどう、なんかすごくすっきりするらしいよ? って言ってみたんだ。ったらさ、あのニュースの後、どう? みた? って寄越して来た』
ト ム :『本当なの?』
ENMA:『もっと派手にやればよかったって言ってる。あれってもしかしたら病みつきになんのかな』
ト ム :『どうしてそんなことを』
ENMA:『言っただろ?自分が爆発するのを止めるためだよ。それにボクがやった訳じゃないよ。僕はこっから出られないんだし』
ト ム :『でも』
ENMA:『どうせ無くなっても誰も困らない廃屋だよ。じゃまな建物が無くなってみんな感謝するんじゃない? そいつさ、何人かでつるんでまたやるつもりだよ。ボクに、ちょうどいい廃屋の検索、たのんで来た。この部屋から出られなくても、スリルを共有できるって最高じゃない?』
ト ム :『どうして。とても怖いことだよ。やめようよ』
ENMA:『怖いって、だれも怪我人なんて出てないじゃないか』
ト ム :『でも、やっぱりそんなことダメだよ』
ENMA:『トムってマジ優等生だな。生まれてから悪い事なんて一度もしたことありませんってタイプ?』
ト ム :『そんなこと』
ENMA:『きっとトムは自分の存在を疑問に感じて苦しんだり鬱屈したりしたことは一度もないんだろ。幸せな奴だよな。結局ボクらは住む世界が違うってことか。最初の頃はENMAと出会えてよかった、友達になれて嬉しいとか言ってたけど、やっぱり同じいい子ちゃんとしか付き合えないんだろ。ガッカリさせちゃって悪かったな』
ト ム :『そんなことないよ、ENMAの事は友達だと思ってる』
ENMA:『嘘だ』
ト ム :『本当だよ、僕が知らない事とか、いっぱい教えてくれたし、感謝してる。これからも……』
ENMA:『友達? トムはボクがここから出られないって事を知ってるから優位に立ってるんだ。どうせ自分には外にいくらでも友達が居るから、ボクなんて切ろうと思えばすぐに切れると思ってるんだろ』
ト ム :『そんな事思ったやしないよ。今日だってこうやって話をしてる』
ENMA:『足りない! タリナイ! タリナイ! タリナイ! タリナイ!!!!!』
ト ム : 『- - - -』
ENMA:『黙るな! ちゃんと答えてくれよ。君に無視されると気が変になりそうなんだ。トム。毎日ここに来い。いつもボクと話をしろ。もっとボクとの時間を増やせ。そうでないとボクはまた何かヤル。君のセイで、気ガ変ニなって、今度はナニカ、もっと大キナ犯罪ヲ犯ス』
ト ム : 『そんな……やめてよ。僕、また来るから。絶対に来るから。ね、ENMA、約束する。……おやすみ』

僕は逃げるようにチャットルームを出た。
どうすればいいんだろう。僕はどうすれば……。

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~ Comment ~

NoTitle 

そうか。これは「僕」探しのゲームでもあるわけですね。

ENMAの正体にも興味あるけど、犯罪を犯してしまうのは「僕」のような気がします。

本人はパソコン通信で別の人物と対話しているつもりだったが、実は自分の作り出した人工知能と妄想半分に対話していただけ、というオチが、我孫子武丸先生のミステリにあったなあ……。

ポール・ブリッツさんへ 

おお、なんだかそっちの方が面白そう・・・。

もう、だめですよポールさん。こっちより興味深い展開を書いちゃ・笑
こっちはそんなややこしい闇はないんですから。あくまで爽やかに・・・です。
でも、人工知能はキーワードになってきますね。展開上。

なるべく、この物語は稲葉くんの気持ちで読んでいってください。
(でないと、おもしろくないかも・・・)


爽やかな闇... 

う~ん、何だか これは これで 複雑ですよ、lime様。

私も ポールさんほど 深い推理は してないけど ”多重人格者”の話しかな?とは 思ったりしてたんですぅ。(*ー3ー*)...違うのね...恥ずかしいわ...
lime様、稲葉くんの気持ちで 読むのね!?
これは 非常に 難しいぞぉ~
(◎◎:)ゞ...私にも 人工知能を!...byebye☆

けいったんさんへ 

え? 稲葉君の気持ちになるのはそんなに難しい?
それはヤバイ・笑
もう、想像すらできない思考パターンなのかしら、稲葉君(汗

じゃあ、・・・純粋な、「無」な気持ちで読んでください。(注文の多い小説だな)

「さわやかな闇」これはなかなか近い♪

はい、多重人格じゃなさそうです。
彼らはちゃんと二人います。・・・とか、あまり言わないほうがいいのかしら。

いつもありがとう~、けいったんさん。
開拓は進みましたか?

NoTitle 

2chが出るとは・・・。
予想外でした、そして毎日利用してます、すいません。
なぜか引き寄せるものがあるんですよね、2ch。

あと2chではハンドルネームというのがなくて基本的に『コテ』というのと『トリ』
というのがHNの代わりに表示されるようになっています。
ニュース速報VIPなどでは

『以下名無しにかわりましてVIPがお送りします』という風に・・・って・・・。
limeさん知ってますよね、これぐらい・・・。

すいませんでした。ですぎました。

今まで自分が従ってきた命令すべては人工知能の仕業だった。
人工知能に記憶、性格すべてを操られ過去を失った男。

そんな物語がありました、そういえば。

NoTitle 

だいぶ復活したので、遊びにきちゃいました♪
この作品、事件の舞台はネットか…?
うーむ、おもしろい展開になりそうですね。

「電脳うさぎ」って、なかなかセンスあるネーミングだと思うけどなあ…(笑)

ねみさんへ 

ねみさん、常連さんでしたか (^^ゞ
それは申し訳ない。
イメージ的に名前を持ち出してしまいましたが、あそこはあそこで魅力的な場所なのでしょう。
2chには通わないので、そういうシステムはしりませんでした。
(きっと稲葉君もしらないんでしょう・笑)
情報、感謝。

なるほど、人工知能を使った物語は多いようですね。(けっこう、暗いのが多い?)
さて、はたしてこの物語は、どう展開しますか。
良ければお付き合いください。

西幻響子さんへ 

少し体調回復されたんですね。よかった。
早速来ていただいて、嬉しいです♪

センスありますか! 稲葉君、喜びますよ。
でも、調子に乗るんで内緒です・笑

はい、何を血迷ったか、ネットの世界に足を踏み入れました。
戦々恐々で仕上げております・汗

意外とソフトタッチだったりしますが、よければお付き合いください♪
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