僕らの相対論2・シュレーディンガーの猫の章

僕らの相対論2 第1話 巻き込まれる

 ←僕らの相対論2 あらすじ →(雑記)お仕事イラスト1
「やっぱりR15指定ってだけはあったな。なんか、最後クラクラした」
映画館を後にしながら僕は光瀬に言った。光瀬も頷く。
「原作の小説よりもかなりグロかったんじゃない? 血しぶき半端ないもんな。やっぱりソラを連れてこなくて良かったよ」
光瀬はそう言いながらも楽しそうだ。

こうやって光瀬と二人で映画を見るのは初めてだった。
ルームシェアし、共同生活しているとはいえ、休日に二人で出掛けることはあまりない。
それなのに、どういう風の吹き回しか、今朝になって僕の部屋に入ってきた光瀬が、
「なあ比奈木、この映画観に行こう。こんなの貰ったんだ」
そう言って大学生200円引きの映画の割引券をピラピラさせた。
けっこう話題になっている『告白』というサスペンス系映画で、僕も気にはなっていた。
だが、まさか普段映画なんか興味無さそうな光瀬が誘ってくるとは思っても見なかった。

「あ、いいなあ~。二人で映画行くの? ボクも行きたいな。ちょうど学校も部活も休みだし」
僕が返事をする前に、後から顔を覗かせたソラが羨ましそうにつぶやいた。

そうなのだ。ソラはまだこの部屋に居候している。
僕と光瀬がルームシェアしているこの2Kのアパートに「ちょっとの間」と言うことで光瀬が連れてきたこの14歳の少年は、一ヶ月経った今も、まだ居る。
彼の姉の海外研修が伸びてると言うことなので、仕方がない。
ソラは恐縮がっているが、よく気が回り、掃除、片付け、朝食まで作ってくれるその少年を、僕はとても気に入っていた。
寝起きは光瀬の部屋でしていることだし、僕に何の支障もない。ずっとこのままいてくれればいいとさえ思う。

そんな少年の願いも、何ともかわいい。
「ソラも連れて行こうよ」
と僕が提案すると、意外にも光瀬は、
「ダメだよ、R15指定なんだから。ソラは14歳だ」と、風紀委員のように腕組みをした。
そんな杓子定規なヤツだっただろうか。
そんなこと気にしなくても、と弁護する僕に、ソラは「いいんです。僕、やっぱり血とか苦手だから」と
健気に引き下がった。
僕は後ろ髪を引かれながらも素直な弟分の頭を撫で、光瀬と二人、出かけたのだった。

   ◇

「復讐モノの中では、僕は好きなタイプの映画だったけど、やっぱり中学生には見せるの迷うよね」
僕がそう言うと光瀬は、
「そうか? あの演出は芸術だよ。純粋にあの演出の巧みさを中学生にも味わって欲しいと思うけどなあ」と、やはり楽しげに言った。
あれ、今朝と話が違う。
14歳だからダメだと真面目に却下したのは光瀬なのに。
まあ、彼は彼なりに、友人の弟を預かる保護者として自覚をもってるんだろう。
そういう律義なところは、少し見直した。ただの物理バカではなかったのかもしれない。

まだ昼過ぎだったが、二人とも遊び回るほど金があるわけでもなかったので真っ直ぐ帰ることにした。
そこからは電車よりもバスの方が乗り換えも無くて早い。僕らはバスターミナルに並んだ。

「でもさ、俺思ったんだけど」
光瀬が思い出したように口を開いた。
「あの映画のラストシーンはまるで、あれじゃね?」
「ん? あれって?」
「シュレーディンガーの猫」
「・・・は?」
また光瀬は妙な事を言い始めた。

「シュレーディンガーの猫って、あのシュレーディンガーが提出した有名なパラドックスだろ?」
「そう。波動方程式を完成させ、量子論にめちゃくちゃ貢献したにもかかわらず、彼は量子論の曖昧さが大嫌いだった。そこで提示した思考実験だよ」
「え? どこら辺が映画と重なるんだ? ミクロの量子の世界の奇妙な法則を、マクロの猫に当てはめて、『ほら、変でしょ?』って言ったんだよね」
「そうだ。量子の不思議な『重ね合わせ』を猫に反映したんだ」

僕は、数ヶ月前読んだ科学雑誌での記述を思い出してみた。
この「シュレーディンガーの猫」の仕組みは簡単だ。
(もちろん思考実験なので、実際に実行するわけではない。)
先ず、鉄の箱の中に、猫と放射性物質と放射能探知機、そしてそれに連動した青酸ガス発生器を入れてフタをする。放射性物質は1時間の間にある一定の確率で原子核崩壊を起こし、放射能を放出する。
もしも放射能が放出されれば検知器が働き、青酸ガスが発生し、猫は死んでしまう。
もちろん、原子核崩壊が起こらなければ猫は元気でいる。

neko_20110119091539.jpg


ここで1時間後フタを開けた瞬間、猫の生死は分かってしまう・・・というのは当たり前のこと。
けれどもこの実験の奇妙なところは、フタを開ける前の状態についてだ。
フタを開ける前の猫は、生きているか死んでいるかのどちらかではなく、「生きている」状態と、「死んでいる」状態の両方であるということ。
なぜなら、そのきっかけとなる原子核の崩壊というのはこの世界とまるで法則の違う、量子の世界の出来事。
観測者が観測するまで、その結果は存在しないのだ。

これが量子の「不確定性の法則」。
原子核崩壊は、観測した瞬間に決まるのであって、観測する前は何の決定もされない。どちらでもないわけだ。

これこそアインシュタインが量子論の学者達に嫌みっぽく言った、
「君は、君が見ているときだけ月がそこに実在すると、本気で思ってるのかね?」
と言った、事柄なのだ。

観測するまで原子核は崩壊しているし、崩壊していない。
だから猫も、死んでいるし、死んでいない。
両方の『重ね合わせ』なのだ。

そして、フタを開けて確認した途端、結果が決定され、それまでの時間が巻き戻り、その事実に収まる。
観測する前は何の決定もされていないというのだ。

これが何とも不思議な素粒子の世界。つまり量子の世界。
そう。ミクロの世界はこういう不思議なものであり、「なぜ?」なんてことは学者ですら分からない。
けれど量子論の学者達は「そういうもんなんだから、理解しろ」と言い張る。
だからアインシュタインやシュレーディンガーは量子論を嫌ったんだ。

シュレーディンガーは『納得のいかないモヤモヤ』を示すためにこのパラドックスを提出した。
ミクロの量子の現象をマクロの猫に反映させてみたんだ。
「ほら、猫って、フタを開ける前は死んでいるか生きているかのどちらかでしょ? 生きていながら死んでいるなんて事、あり得ると思うかい? だから、量子論は間違ってるんだ」と。
結果的に、量子論が間違いでないことは証明されている。
けれど、「生きながら死んでいる」状態がありえるとも思えない。
両方間違っていないとすれば、この奇妙な結果はどう見ればいいのだろう。

一見すればシュレーディンガーの負けに見えるが、量子というものはまだ、完全に解明されてはいない。
と、いうことは、このパラドックスも実は完全に崩れてはいないのかも知れない。

「それで・・・」
僕はチラチラと、腕時計とバスの時刻表を交互に見ている光瀬に聞いてみた。
「さっきの映画の何がシュレーディンガーの猫なんだ?」

光瀬はゆっくりと視線を僕に合わせ、にんまりと笑った。

ああ、また今日もこうやってこいつを嬉しがらせてしまう。
いつだってこうやって光瀬の歪んだ物理の世界に引き込まれていく。
いや、これは何となく予感なのだが、もう朝の段階で僕は、彼の仕組んだ何らかのカラクリに巻き込まれていたのかも知れない。



-------------------------------------------------------

第1話から、面倒くさい内容でごめんなさい。
どうしても「実験内容」を説明しないといけなくて。

次回からは、もっと読みやすくなるはずです。
申し訳ないです(>_<)



関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 流 鬼
もくじ  3kaku_s_L.png 凍える星
もくじ  3kaku_s_L.png モザイクの月
もくじ  3kaku_s_L.png NOISE 
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU・3 托卵
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【僕らの相対論2 あらすじ】へ
  • 【(雑記)お仕事イラスト1】へ

~ Comment ~

NoTitle 

出ましたね、たいていの人にとっての「躓きの石」となる思考実験、「シュレーディンガーの猫」。

うまく使えばリドルストーリーの陰鬱でショッキングなショートショートが書けるかもしれません……って書く余裕ありませんけど(^^;)

コメディチックなエンディングを期待します。

NoTitle 

えっ・・・と・・・。
あー・・・っ・・・と・・・。

科学から逃げて生物の道に行った僕には難しくて
何がなにやらわかりませんっ><。

バカでアホでおたんこなすですいませんっ!

ポール・ブリッツさんへ 

ポールさんの手にかかったら、陰鬱でショッキングになるんですね・笑

面白いテーマなので、いろいろ料理が出来そうですが、本質的にはめちゃくちゃ奥が深いので、
うっかり読み違えると痛い目に遭いそうです。

今回も他愛のない学生たちの戯れですから、のんびり読んでやってください。

コメディ・・・になるかな?
煙に巻くかもしれません。

ねみさんへ 

おたんこなすって・笑

いえいえ、私も理数系は苦手な人間です。
そんな私が書くんですから、一見難しそうに見えて、じつはとても単純です。

量子論はめちゃくちゃ難しいですが、真っ向から戦ってません・笑

試しに読んでみてやってください。

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメRさんへ 

Rさんのイケズ(´∩`。)

いや~、この作品ばかりは謝ってしまいますね。
絶対読むのめんどい! でも、細かい説明しないと、あとの展開に響かない。
最後まで読ませる魅力があるのか疑問ですし。
先に謝っておこうと。

たまたまここに物理好きな方が多くて、なんとか救われます。

「告白」の部分は単純です。
シュレーディンガーの猫の、ちょうどいいたとえになるんじゃないかしら。

次回は、あやまらないもん(`ε´)

おはようございますー。 

再び馬鹿参上!!

この猫さん理論、何度聞いても理解できないんです。
つまり「蓋をあけてみるまでは分かんないでしょ!?」ということだと思うのですが、猫好きのワタシとしては喩え仮説でも「ネコをそんな実験に使うなんて!」ぷんすかしてしまうんですね(苦笑)

とことん理数系の頭ではないようです。
そして光瀬君の動きが気になります(笑)

有村司さんへ 

猫さんパラドックスへようこそ^^

わかりづらいですよね。でも、考え方としては、シンプルなんです。
難しいのは、量子の性質だけで。

観測すること自体が結果に影響する、へんてこな量子の性質を、シュレーディンガーは受け入れられなくって。
マクロの世界で、そんなことは起こらないだろ?と、猫を使った思考実験でやってみたわけです。

蓋を開けなくても、箱の中の猫の運命はきまっているのが普通なんだけど、
量子の世界は、蓋を開ける前の猫の運命は、決まってないんですね。

・・・ますますややこしいかな?

猫を実験に使うことへの感想も、彼らは語ってくれますよ^^
このあとは、物理を離れて、ちょっとサスペンスチックになります。
気楽に楽しんでくださいね。

聴いたことだけはありましたが 

「シュレーディンガーの猫」、何度聞いてもじきに忘れる理論だったのですが、ああ、そうだったかな、って感じです。
猫でなくてもいいのでしょうけど、「猫」だからこそ印象的だというか?
アインシュタインの言い方だとわりとわかりやすいですね。

「告白」は映画ではなくて小説を読みました。
イヤミスって大好きですし、救いようのない結末も大好きですので、面白かったです。
それにしてもいやな奴ばっかり出てくる。

私が読んだ文庫本には映画の監督さんが文章を寄せていて「登場人物の言っていることだって、すべて本当だとは限らない」とありました。
それ、ずるくない? でもありましたが、目からうろこでもありましたね。

光瀬くんの、つまり、limeさんの映画の感想はいかに?
映画と小説はいくらかちがっているのでしょうか?

で、
今年は本当にいろいろいっぱいありがとうございました。
来年もなにとぞよろしく。
よいお年をお迎えくださいませね。

あかねさんへ 

あかねさん、シュレーディンガーの猫へ、ようこそ!

> 「シュレーディンガーの猫」、何度聞いてもじきに忘れる理論だったのですが、ああ、そうだったかな、って感じです。

そうなんです。意外とこの理論、間違えて理解されていることが多いようです。
よく耳にするんですが、現実離れしていますしね。

> 猫でなくてもいいのでしょうけど、「猫」だからこそ印象的だというか?
> アインシュタインの言い方だとわりとわかりやすいですね。

そうですよね。マウスでは、このインパクトは出なかっただろうと思います。

> 「告白」は映画ではなくて小説を読みました。

あ、そうなんですね?
私はいちおう両方見たんですが、やはり映画のインパクトはすごいです。
悪趣味とも言えるほど。
小説の方も、斬新な書き方で「え」と思いました。
でも、湊かなえさんの作風は、どちらかというと、人間の嫌な部分ばかり掘り起こすので、苦手です^^;
読み終わったあと、ちょっと人間嫌いになっちゃいそうで(弱)
でも、このテーマを語るきっかけとして、これはちょうどいい作品です。

こちらこそ、今年はあかねさんにいっぱい来てもらえて、すっごく嬉しかったです。
過去の作品を読んでくださる方は、あまりいないので、めちゃくちゃ感激でした。
また来年も、よろしくお願いします^^
私も、おじゃましますね♪
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【僕らの相対論2 あらすじ】へ
  • 【(雑記)お仕事イラスト1】へ