RIKU・4 君の還る場所

RIKU・4 第5話 動き始めた暗雲

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急に降り出した雨に鬱陶しそうに顔を歪めながら、男は古びた木製枠の小窓を閉めた。
今は使われていない昭和の忘れ物のようなその狭いバーは、壁紙の至る所がはげ落ちている。
日の光を浴びるのを躊躇う輩(やから)達には格好の溜まり場となっていた。

はだか電球の薄暗い光の中に浮かび上がった3人の男女は、いずれも朦朧とした目で、中綿のはみ出したソファやスツールに身を沈めている。
灰皿にまだくすぶる非合法なタバコは、甘酸っぱい匂いを漂わせながら彼らの脳を痺れさせていた。

3人のうちの一人は痛んだ赤毛に細かいウェーブをかけた不健康そうな20代半ばの女だった。
その年齢にも関わらず肌は透明感を無くし、くすんで見えた。
名をアサミ。
手に持ったブルーの携帯を、閉じたり開いたりしながら弄んでいる。

二人の男のうち、ブリーチをかけた短髪の背の低い方が、アサミの手からその携帯を無言でもぎ取った。
「なにすんのよ、孝也」
「なあ、これって本当に、あの男のか?」
孝也と呼ばれた男は携帯を眺めながら、アサミにじろりと視線を投げた。
「ああ、きっとね。今朝念のためにあそこに行って見たら、それが転がってたから。石段の角に」
「どうする?」
「どうするって? 何が」
「絶対、見られたよな。あの男に」
「まあ、見られたかもね。目え開けてたし」
「どうすんだよ。やばいって」
「仕方ないじゃん。殺る時間無かったんだからさ。・・・ねえ、アキラ」
アサミは、スツールに座る背の高いもう一人の男を見上げた。

「死んだんじゃね? あの男」
口の端で笑いながらその男は言った。3人の中で一番主導権を持っているらしいアキラ。
左の首筋に、紫の蝶のタトゥーが毒々しく貼り付いている。
「あの急な石段から落ちたんだろ。運ばれてったけど、ダメだったんじゃねえ?」
更に笑う。

「死んでくれてたらいいのになあ」
アサミが面倒くさそうにつぶやいて、孝也の手の中のブルーの携帯に、濁った目を向けた。
部屋に充満する乾燥大麻の煙が、その空間も、3人の精神も体も、濁らせて歪めて行くようだった。

時折メールを受信するその青い携帯だけが、捕らわれた小動物のように健全な世界へ返して欲しいと無言で抗議し、彼らの手の中で震えた。


        ◇

「まったく、人使いが荒いんだから~、長谷川さんは」
多恵はブツブツ文句を言いながら、分厚い洋書や写真集の束をドサリと長谷川のデスクの上に乱暴に置いた。
入社して以来コピー取りや雑用ばかりさせられて多恵はうんざりしていた。
一度ちゃんとほかの先輩について仕事がしたいとぼやいた事があるが、そう言う雑用も大事なんだと軽くあしらわれた。
一度、先輩社員の松川に「菊池さん、あんた長谷川さんに意見するなんて度胸あるねえ」と感心するように言われたが、逆に多恵は、長谷川の何が怖いのか良く分からなかった。

「わ~っ!」
山積みに置いた書籍や雑誌の山が急に崩れ落ちそうになったのを、慌てて多恵は押さえた。
それを見計らったようにデスクに置いたままになっていた長谷川の携帯がブルブルと震えて着信を知らせて来た。
液晶の小窓をチラリと覗くと、そこには『玉城』と表示されている。
「あ、玉城先輩だ」
多恵は雑誌を押さえていた左手を放し、躊躇することもなく携帯を取って通話ボタンを押した。
この現状を玉城にボヤキたかったのだ。

「は~い。長谷川で~す。なんちゃって」
相手が玉城なら気遣うこともない。多恵はワザとふざけてみた。
けれど一瞬の沈黙のあと、携帯からは玉城とは全く別の声が聞こえてきた。

「あ、すみません。長谷川さんですか?」
聞き覚えのない男の声に、多恵は首をかしげる。
「あれ? 玉城先輩じゃないの? どうして・・・あ! そう言えば昨日先輩、携帯無くしたって言ってたわ」
一瞬、電話の向こうで安堵するような間があった。
「ああ、やっぱり。これは玉城さんの携帯なんですね。実はつい先程、神社の階段の下でこれを見つけまして。本人に親しい方に繋がればと思い、着信履歴を辿って掛けさせて貰ったんです。携帯無くすとお困りでしょうからね」
「あらー。そうなんですか? それはご親切に」
「ご本人にお渡ししたいんですが、玉城さんは・・・」
「ああ、そうか、本人には連絡取れないですもんねえ。えーと、今朝はリクさんの所なんじゃないかしら。昨日ちらっと言ってたから。アドレスに『リク』って名前ないかしら。そこに掛けたらきっと玉城先輩もいるはずですよ」
「そうですか。どうもありがとうございます。では、失礼します」
「いえいえ。お世話様~」
そこで電話は切れた。

世の中には馬鹿みたいに親切な人もいるもんだと、半ばあきれ気味に多恵は携帯をパタンと閉じる。
その拍子に手がはずれ、辛うじて押さえていた雑誌の山が雪崩のようにドサドサと足元に崩れ落ちてきた。
「もう! まったく、やんなっちゃう!」
他の社員が出払った編集室で、多恵はひとり発憤した。


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NoTitle 

むむむ。明らかに不健康そうな連中が出てきましたね。

玉ちゃんをひどい目に合わせたのはこの連中のようですが、
さてさてこれからどうなるのやら。

っていうか、RIKUってこういう路線だったんですね。
最初は、「あっ、幽霊出たなあ~」と思う程度だったのですが。笑。

NoTitle 

わ~!

行っちゃいかん、

行っちゃいかんぞ、

多恵ちゃ~ん!

(パターンどおりの反応をする男であった)

鍵コメRさんへ 

う、うれしい。
そういってもらえると、幸せーな気分になります。
(すぐ木に登ります)

多恵ちゃん、これで本当に面接受かったんでしょうか・・・。

ヒロハルさんへ 

あ・・・実は幽霊も出ました。
最初、玉城を追いかけたのは、(このあと誰も触れませんが)たぶん、霊だと思われます。

この連中は、そのあと偶然出会ってしまったんですね。

どんだけ玉城、不運。

RIKUは、ほんの少しホラー要素のあるサスペンスであり、友情もの・・・で、あってほしいです(笑

ポール・ブリッツさんへ 

パターン通りの反応、嬉しいです・笑

まあ、お約束のようなトラブルメーカー。
でも、直接これで危機が訪れるかは・・・・わかりません。

まあ、あれですよ。
しっかりもののリクがいますし。

NoTitle 

トラブル・・・メーカー・・・。
ですよね。

アサミって聴いた瞬間
おばあちゃん何やってんのと。
いいたくなりましたw

おばあちゃんと同じ名前ですw

ねみさんへ 

わ、そうなんですか?ねみさん。

それはおばあちゃんに申し訳ないことをしました。

でもこっちはカタカナのアサミですからね(汗

このアサミは、悪いです(>_<)

NoTitle 

時折メールを受信するその青い携帯だけが、捕らわれた小動物のように健全な世界へ返して欲しいと無言で抗議し、彼らの手の中で震えた。

↑表現がうまいなぁ~~
携帯が可哀想になったもの。

多恵・・・馬鹿ですかあんたは!
人の携帯に出るのに躊躇まるでゼロ。
知らない相手にペラペラと。
鋭いかと思ったら・・・トラブルの種を育てる女だったのね。
いい味出している。

幽霊じゃなかった、足があった。
ホッとできない処がいやだなぁ。
v-15

ぴゆうさんへ 

そこ、気に入ってもらえて嬉しいです^^
携帯、かわいそうでしょ?

多恵は、妙なところ鋭いくせに、こういうバカなことも平気でやっちゃう。
ぴゆうさん、よく分かってらっしゃる。
危機感がないんでしょう。(長谷川に対しても)
さあ、後は何をやってくれますか^^

そう。玉城は、どえらい勘違いでした^^。(まだしばらく、本人たちは気付かないんですが)
でも・・・ホッとできないですよね。
幽霊の方が、よっぽどいい。
人間が一番怖いです(>_<)

こんにちは^^ 

はい!?
玉ちゃん、「幽霊」と勘違いしてたんですか!? 生きた人間を!?

・・・・そう考えれば、騙されたとは言え長谷川さんを霊と信じた前科ありでしたね(笑)。

てか~、玉ちゃん。
何に巻き込まれようとしてるんだ?? 事件性プンプン。
しかも、「死んでくれれば良いんだけど」とか・・・・ひぃぃぃぃぃぃ~i-282i-201

多恵、さっそくやらかしてる~。
デリカシーゼロっつーか・・・マナーさえなってない。
いくら知り合いの名前が出たとは言え、他人の携帯になんて出ませんよ、全く・・・・v-403
しかも、不用意なひと言が、また別の人間を危険に晒すんでしょうから。


こりゃ、一生リクには受け入れてもらえないな、この女(笑)。

蘭さんへ 

そうなんです!
玉城、まさか本当に殺人現場を見たとか想いもせずに、霊視だとおもったんですね。
はい、バカです><

この勘違いで、一番苦労するのは、リクだったりするんですが・・・。

多恵ちゃん、またもやポイント下がりましたね。
もはや、マイナス?
彼女は、人との垣根が低いんですね。
人懐っこくていい面でもあるし、デリカシーがなくて、トラブルメーカーだったりする・・・。
リクとは180°違う性格だなあ・・・。

さて、多恵と玉城、どちらがポイント最下位になりますか・・・。

とにかくこのお話、リクが災難です。(いや、すべてそんな感じ?)

NoTitle 

あーあぁ。なんて間の悪い・・・
これで、玉城が生きてること連中にわかっちゃいましたね。
でも、何れわかることなんでしょうが・・・
謎の3人組。
どういった連中なんでしょう?
気になりますねぇ。

最近、ちょっと取り込み気味で、
なかなかゆっくり小説を読めませんでした。
すみません(>_<)

でも、今日からは時間とれそうです。
また来まぁすっ♪

さやいちさんへ 

こちらも読んでくださって、すごくうれしいです。
いつにも増して、ややこしい感じで始まりますが、実はとても単純なミステリーです。^^

さやいちさんも、日々お忙しいと思いますし、
どうか、本当に時間のあるとき、ちょっとずつ読んでくだされば、と思います。

私も、コメントを残さない日もありますが、ちょこちょこそちらにお邪魔して、楽しませてもらっています。
猫ちゃんたちが、日々元気で過ごせるよう、祈っていますね^^
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