「ラビット・ドットコム」
最終話 あの月が満ちるまでに

ラビット 最終話 あの月が満ちるまでに(8)

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宇佐美は稲葉の質問に答える代りに、静かに話を続けた。
「医学部についていたスポンサーの中に多臓器不全の患者を家族に持つ人がいてね。一部の研究員だけに、その身内の臓器を作って非公開で移植してほしいと依頼してきた。莫大な予算を提示して。そんなにすぐに実用が可能にならないのが分からないわけじゃ無かったろうに、藁をもつかむ思いだったんだろうと思う。そのスポンサーから金を受け取った俺のグループのメンバーは、秘密裏に事を進めたんだ。実験結果を正式に提出する前にそんな事をするのを俺が許さないのは分かっていたんだろう。でも・・・。まだそこまでならなんとかなったんだ」
宇佐美の声が少し辛そうに途切れた。

「彼らの研究者としての欲望と冒険心が倫理観を狂わせてしまった。彼らはES細胞を作るのとは別に、胚盤胞まで育ったヒトクローン胚をグループの中の一人の女性の子宮に戻した」
「それって・・・」
「それがマユカだ」
宇佐美はじっと一点を見つめながら言った。

「でもそれって、宇佐美さんのせいじゃないじゃないですか。その仲間のやったことでしょ?」
「・・・そうじゃない」
「そうじゃなくないですよ! あなたが何でそこまで思い詰めるのか分からないよ。悪用される可能性に気が付かなかったからですか? 管理不行き届きだから? そんなのおかしいよ」
「俺も同じなんだ」
「何が!」
「俺も同じ欲望を抱いてしまった」
「・・・え?」

「彼らの計画に気が付いたのは着床後36日。まだ止めようと思えば充分に止められたんだ。だけど母体を気遣う事をさも正当な理由に掲げて実験を中止させなかった。クローンという生命体についてのデータも把握してなかったというのに。本当は・・・。
本当はその生命にどうしようもなく興味を抱いてしまったんだ。神にしか与えられない生命の創造が、今、自分たちの研究の一端から始まってしまった。禁断の生命に、明らかに倫理を無視した感情が芽生えたんだ」

「宇佐美さん・・・」
「これは俺の罪なんだ」
「・・・でも」
「以前笹倉に偉そうに言ったけれど、何も違っちゃいない。俺も最低の人間なんだ。医学者として生きて行く資格はないんだ」

『罪』
その、しっくりこない言葉に、稲葉は胃のあたりが重くなったように感じた。

「それで大学院をやめたんですか?」
「・・・」
「その計画を実行した仲間はどうして責任とってないんです?」
「あいつは・・・その依頼者、つまり患者の父親が実験結果を待たずに亡くなったのを期に、その予算を持って消えてしまった。二つの実験の結果も見ずに。研究よりも金の魅力に負けたんだと思う」
「最低だな」
「女性の方は・・・今のマユカの母親だ。ずっと愛情を持って育ててくれている」
あの時の女性だ。稲葉はそう思った。

「でも、マユカちゃんだってあんなに元気できれいな女の子に育ってるんだし。あなたがそんなにすべてを背負う必要はないんじゃないかなあ」
「あの子が生きている間ずっと、俺は苦しまなきゃいけないんだ」
「どうして」
稲葉は眉間に皺をよせた。
「あの子は理論上、生まれた時すでに人生の半分を終えていた」
「・・・・・え?」

なに? どういうこと?

稲葉は宇佐美を見つめながら、まだまだ深い苦悩の闇へ自分も引きずり込まれてしまう感覚に陥り、
手をギュッと握りしめた。


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~ Comment ~

うーむ 

かなりシリアスな展開になってきましたね。

いつもの「ラビット」とノリが違うので、一瞬、「白昼夢」かと思いました。笑。
宇佐美さんは研究者としての欲に屈してしまったのですね。
若い頃に犯した「罪」が今まで尾を引く。
彼にとってはトラウマでしょうね。

最後まで目が離せませんね。

ヒロハルさんへ 

そうなんです。
ラビットとは思えない展開になって、作者も焦りました・笑

宇佐美が順風満帆な医学の道を諦めたのも、分かっていただけると嬉しいんですが。
どんな収拾を見せるのか、もうすこし見守ってやってください。


NoTitle 

うちの桐野くんも悲惨な医者くずれですが……。

宇佐美さんもそうとうなものですな……。

なんですかマユカちゃんの身体は次の満月の晩が来たら全身の細胞がアポトーシスを起こしたりするんですか? (まさか、とは思うが……)


ところでコワルスキーを読了するのに4日くらいしかかかってない気がするのですが気のせいですか?(^^)

それは巷間「早い」と呼ぶのではないかと……(^^)

よほど趣味に合ったんですねテリー先生。

10月が来るまでに邦訳全部読み終わってしまうのでは……といいたいところですが、ふふふさすがのアマゾンでも「雑誌バックナンバー」までは手に入れられまい。邦訳短編が読みたければ国会図書館に行くしかないぞわはははは(←鬼(^^;))

まあそんなことをしなくても、最近は各地の図書館がオンラインで結ばれているので、うまくすれば「相互貸借」で、「ミステリマガジン」や「EQ」だったらバックナンバーを読めるのではないかと思います。「ジャーロ」は知らん(汗)

ポール・ブリッツさんへ 

そうですね、アポトーシスは・・・・起こりません( ̄▽ ̄) たぶん。
めちゃくちゃな悲劇的なラストになるじゃないですか・笑
でも、やっぱり宇佐美は酷いことしたんでしょうかねえ。
私にはそこのところの答えが出ないんです。
やっぱり実験を止めてた方が良かったのか。いや・・でも・・・。

早いでしょ??
こんなに集中して小説を読むのは久しぶりなんです。
なんだか、読んでしまうんですね。
これがミステリーでなく、サスペンスだからでしょうか。
いや、やっぱり私の好みだったんでしょうね。心理描写がすごく伝わってくるんです。
今までいろんなミステリーを読んできたんですが、心のどこかで
「こんなやついないだろう」って思ってたんですよね。
でも、ホワイトさんの人物は、どんな初老の殺し屋だろうと、家出少年だろうと、心理が伝わってくるんですよ。好きだな~。

「真夜中の・・・」ほどの感動はないかもしれませんが、手に入るだけ、かき集めてみます。
え?文庫本化されてないのもある?
それは、仕方ないですねえ・・・。

昨日から読み始めた「木曜日の子供」も、だんだん楽しくなってきました。♪

クローンでしたか 

SFは好きですので、展開にはなんとかついていけてますが、むずかしくもシリアスなストーリィになってきていますね。

宇佐美さんの過去と現在と、未来にまで影を落とす存在がマユカちゃんだったのですね。
彼女もまた、自分自身のことについて考えて、あえてこういうふうにふるまっているのもあるのでしょうか。

生まれたときに人生の半分を終えていた。
この言葉もたいへんに気になります。

あかねさんへ 

あ、コメ返中に、あかねさん^^
ありがとうございます!

ここら辺は、説明がいっぱいで、読みにくい部分ですよね。
でも、SFとしてではなく、医学として捉えてほしくて、詳しく書きました。
実際に、充分有り得る話だと言う事で。
(あとは、モラルのもんだいなんですよね。そこが怖い・・・・)

実際、宇佐美のせいではないのかもしれないけど、やはり責任からは逃れられません。
宇佐美の十字架ですね、マユカは。

マユカの気持ちは、この後の重要なポイントになってきます。
あとは、ややこしい展開にはならないと思うので、また、お時間のある時に、覗いてやってください^^
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