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最終話 あの月が満ちるまでに

ラビット 最終話 あの月が満ちるまでに(5)

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「なあ、お前にはわかるか? ポー」
次の朝。エレベーターの中で稲葉はポーを腕に乗せたままぼんやりつぶやいた。
オフィスビルのすぐ側の木でポーを見つけた稲葉は、名前を呼ぶだけで難なく捕獲に成功した。
一旦飛び出したはいいが、やはり鳥かご育ちのそのオウムは冒険する勇気が無かったのだろう。
けれど今朝は昨日のことが引っかかっていてなかなか気分が浮上しない。

『あの子は諒の十字架なの』
『この事務所閉めるって言ったら、あいつ怒るかな』
『ねえ、抱いてみる?』
いろんな言葉が脳裏を巡る。

「あのマユカって子はどういう子なんだろうな」
聞いてみても灰色のオウムは首を傾げるばかりだ。
溜息混じりに笑ってエレベーターを降り、稲葉は事務所の前まで来て立ち止まった。
「あれ?」
ドアが開いたままになっている。李々子なら用心のため閉めるはずだ。
李々子以外の誰かがいる。
稲葉はそっと音を立てないようにして中を覗き込んだ。

朝のやわらかい陽射しを背にして宇佐美が自分の机に伏せるように眠っていた。
昨夜も遅くまで起きていたのだろう。ほんの少しのぞくその表情は少し疲れているように感じられた。
そしてすぐそばで、それを見つめている幼い横顔。
マユカだった。

宇佐美の机の横に、給湯室に置いてあった小さな椅子を持ってきて座り、じっと静かに宇佐美を見つめていた。
その表情は昨日の小悪魔的なものとは別人の、やわらかい、優しさに満ちた母性の様なものを感じさせた。
口元にうっすらと微笑みを浮かべ、ただ静かに宇佐美を見つめている

・・・ああ、この子は宇佐美を愛している。どんな形であるにせよ、それだけは確実だ。
稲葉は軽い逆光の中、そのまだあどけない横顔をただ見つめていた。

少女は右手を机に突き、ゆっくりと腰をうかせて顔を宇佐美に近づけた。
鼻先が触れるくらいに。
ぱらりと少女の栗色の髪が肩から滑りその横顔を隠したが、少女が宇佐美の頬にキスをしたのが稲葉には分かった。
そしてほんの少し体を放すと左手でそっと眠っている宇佐美の髪をなでた。
今までに見たこともない、優しさに満ちたまなざしで。
不思議な光景だった。
胸がザワザワする。けれども神聖な感覚。体の芯が熱くなる。
見ていることの罪悪感が、稲葉の心臓を高鳴らせた。

髪をなでていたマユカの指が宇佐美の頬に滑ってゆく。
その感触に、宇佐美はゆっくり目をあけた。
「・・・・マユカ?」
まだ少しぼんやりしたかすれた声で言う。
「おはよう、宇佐美。疲れてるの? こんなとこで寝てたらあの女に襲われちゃうよ」
マユカは体を離しながらちょっと意地悪そうに微笑んだ。それには反応せず、一つ伸びをする宇佐美。

二人はどんな会話をするのだろう・・・稲葉は少し緊張して聞き耳を立てた。ところが、
『オソワレチャウヨ、オソワレチャウヨ』
何がツボだったのか、またもや稲葉の腕の中でポーが復唱した。驚いたように稲葉の方を振り向く二人。
「あ・・・・・・お、おはようございます」
何てバッドタイミングなんだ。稲葉は自分の不運を呪った。

「稲葉。・・・ああ、またオウム見つけてくれたんだね。良かった。ありがとう」
宇佐美は柔らかく笑う。
「なんだ、バカな鳥ね。もう捕まっちゃってさ」
マユカの言葉に稲葉の頭の中で何かがブチりと切れた。。
「君はあれかい? ごめんなさいとかいう言葉を知らないのか? 今の今まで、ごめんなさいって言葉を誰からも習わなかったのか?」
「うわー、ヤダ。学校の先生みたいな事言ってる~。うざ~い」
「学校の先生なんだよ! 女子高生教えてんだ! 悪いか!」
「えー、うそ。学校の先生がなんでいつもここに遊びにきてんの?」
「遊びにって・・・。宇佐美さん~! なんとか言ってくださいよ」
助けを求めるように宇佐美を見たが、宇佐美は少し困ったように笑っているだけだった。

「宇佐美に言いつけたって無駄よ。宇佐美はぜったい私を叱ったりしないもん」
「え?」
「一度だってないもん、私が何したって。何でも許してくれるし、なんだって言うことを聞いてくれる」
「・・・どうして?」
「どうしてだか聞きたい?」
挑戦的なマユカの言葉に、稲葉は困惑して宇佐美を見た。
「マユカ・・・」

「わかってる。帰って欲しいんでしょ? ママが心配してるからもう帰るわ。でも一つだけ宇佐美に宿題を出しておく。明日は満月なの。一年で一番綺麗な満月。その夜、私の一番望むモノを私にちょうだい」
「一番・・・望むもの?」
「そう。まだ宇佐美が私にくれたことの無いものよ。なんでも買ってくれたけど、それだけは一度だってくれたことがないの。一番、・・・一番欲しかったのに」
「・・・」
「もしそれをくれなかったら私のこと、世間にバラす」
「な・・・」
宇佐美は絶句してマユカを見た。

「ジョーダンだと思ってるでしょ? 本気なんだから。試しに稲葉さんに話しちゃおうかな」
稲葉がピクリと反応した。
「そんな事して何になる」
「宇佐美が困る」
「マユカ」
「私は平気だもん」
「そんなに・・・俺が嫌い?」
悲しげに言う宇佐美に少しハッとしたように体を強ばらせるマユカ。
「言ったでしょ? 私がほしいモノをくれればいいのよ。明日の夜までに。そしたら私、もう何もしない」

“・・・満月・・、望むモノ・・・・手に入らないプレゼント・・・”

かぐや姫だ。 稲葉は思った。 



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~ Comment ~

NoTitle 

親が決めたいいなずけ?

……みたいな生易しい話じゃないよな、たぶん……。

ポール・ブリッツさんへ 

ポールさんなら、ガンガン連想すると思ったんですが・笑(ちょっとホッ)

今までの中にヒント的なものは、あまりないので卑怯ですよね。
とっても卑怯な感じの答えです。

・・・いいなずけって(●´艸`) ←今頃ツボ

NoTitle 

……弟、だったとしたら一日がっかりした気分で過ごす(笑)

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鍵コメさん 

ははは。そんなかわいい声出されても・・・(*´∀`*)
(あ、声は聞こえないか)

ポール・ブリッツさんへ 

ちが~~~う!

弟ぢゃな~~~~い!  (ノ∇≦、)ノ彡☆バンバン

あ、でもストップストップ。
マジで当てられちゃいそうだからストップです~ヾ(`ε´)ノ

※でも弟からは遠い・笑

あかん 

危なかった。また殴りそうになりました・・・・・・。
はあ、はあ・・・・・・。
「そんなことじゃあ、立派な大人になれん!」と怒鳴りそうでした。

とてもミステリアスな展開になってきましたね。

マユカの望むものいったいなんなんでしょう。
宇佐美さんがバラされたら困るものって・・・・・・。

あっしはこの手の推理はどうも苦手でして・・・・・・。
皆目検討もつきやせん。

ヒロハルさんへ 

本当にヒロハルさんはマユカが苦手ですね(^o^)
この分じゃ、最終回でも嫌いなまんまかもしれません。まあ、・・それもいいかな?

マユカの望むもの。
これこそ、このお話の中心核です。
実はマユカの正体は、そんなに重要じゃないかもしれません。

そう。マユカの(かなり突飛な)正体は、重要じゃないかもしれません!(なぜ2回も・・・・笑)

ちょっと推理してみました 

もしかしてマユカちゃんって、過去からのタイムトラベラー。
この時点では十二歳だけど、実はもっと大人で、宇佐美さんと関わった女性の過去の姿。

などとSF的に推理してみましたが、ちがいますよねえ。
それだったら現実離れしすぎですね。

彼女の望むもの。満月……狼男。
アホな推理、というよりも妄想ばかりが浮かびますので、真相を楽しみに、また読ませていただきますね。

あかねさんへ 

> もしかしてマユカちゃんって、過去からのタイムトラベラー。

おもしろいです!初めての意見ですね。
そんな想像も楽しいです。でも・・・ファンタジーっぽくなっちゃうかな?

実際は、もう少しだけ、現実的かな?

>彼女の望むもの。満月……狼男。

きゃ~~、意味深~~www

彼女の望むもの。これがこのお話の真髄。宇佐美を「はっ」とさせます。
妄想、大歓迎です^^
いろんな妄想を広げていただけたら、うれしいです^^
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