「ラビット・ドットコム」
最終話 あの月が満ちるまでに

ラビット 最終話 あの月が満ちるまでに(3)

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「ヨウムっていう種類なのよね、この子。ちょうど昨日テレビの特集で見てたんだけど、けっこうすぐ言葉覚えちゃうし、オウムの中では一番賢くて5歳くらいの知能持ってるんだって。案外全部分かってて喋ってるのかもね。う~~ん、でも、妙な顔してるよね。ちっとも賢そうに見えない」

マユカという少女が帰ったあと、ポーの籠を覗き込んで、李々子は饒舌にしゃべった。
普段からおしゃべりではあるが、今はひたすら空気感をかえようと頑張っているように、稲葉には見えた。

けれどここで、さっきの少女の事を全くスルーしてポーの話題に乗っかるのは、逆に不自然に思えた。
そして稲葉の中の好奇心が、これ以上黙ってる事に耐えられそうにない。今日はこれで2度目だ。

さっき宇佐美には女性のことを一切聞かずに我慢した分、今度ばかりは抑制が効かなかった。

「ねえ、李々子さん」
「なあに?」
「さっきの女の子って、誰なんでしょう。えっと……マユカちゃんって呼んでましたっけ」

李々子はポーの籠を見つめたまま、「ああ、うん。マユカ、ね」と、トーンを少し落として答えた。

「ずいぶん宇佐美さんと親しいような口ぶりでしたけど……」
「あの子と話したの?」

逆に質問が飛んできた。けれど視線はポーに向けたままだ。心なしか、焦っているようにも見えた。

「いえ、あの、12歳だって事を聞いただけで……。でもほんと、びっくりでした。絶対に高校生ぐらいだと思ったから」

「可愛くないでしょ? だいたい口の利き方がなってない。久しぶりに会ったけど、あの生意気なところはちっとも変わらない。でも色気だけは付いてきてさ……。女の子は怖いわね、まったく」

李々子は少し不機嫌そうに、ポーに向かって唇を尖らす。

「昔からよく知ってるんですか? 宇佐美さんの親戚の子とか?」
「親戚?」
「いや、けっこうタメ口っぽい感じだったし、姪っ子か、なんかかなあ~って」

「諒には兄弟居ないから、姪っ子じゃあないと思うけど」
「あ、そうなんだ。じゃあ、……友達の娘さんとか?」
「そうかもね。……そうなんじゃないかなあ」

李々子の視線は鳥かごに向けられたままだが、どこか気持ちは上の空に見えた。
この表情。話の確信に触れないようにはぐらかすしゃべり方。以前宇佐美の過去を聞いたときと同じ反応だ。

あの少女はきっと、その過去に繋がってるんだ。だからこれ以上李々子に質問しても無駄だし、きっと困らせるだけなのだ。

稲葉は質問をそこで終えた。

宇佐美の過去の話には触れないようにしよう。あの時そう思った。
けれど、このままずっと知らずに過ごすのは、何か違う気もしていた。

なにより、自分は李々子の父親、卯月総一郎から、大切なミッションを依頼されている。

《どうか あいつの側にいてやってほしい。 君に 助けてほしい》

あいつと言うのが李々子のことなのか、宇佐美のことなのかははっきりしないが、なるべく自分は二人のことを気に掛けていようと思った。

もしかしたら、こんな自分でも何か手助けができるかもしれない、と。

けれどそれは李々子を質問攻めにして聞きだすことではないはずだった。
李々子を困らせる事は、したくなかった。

「今夜は月がきれいね」

ポーの籠から顔を上げた李々子が、ガラス窓に手を当てて子供のような格好でつぶやいた。

すっかり暮れてしまった空に、月が浮かんでいる。まだ満ちきっていない上弦の月。

「遅いわね、諒」
月を見たままポツリとまた呟く。

宇佐美が出かけるのはいつものことだし、少しも遅い時間ではなかった。
あのマユカという少女のせいだろうか。

いつもスキあらば訳もなくスキンシップをはかってくる『お色気お姉さん』な李々子はここには居ない。

少し寂しげな李々子に何と話しかけて良いか分からず、稲葉はただ黙って一緒に月を見上げた。


        ◇

「宇佐美さん~。あの依頼人のお婆ちゃん、長期旅行に行っちゃったって本当なんですか?」

ポー捕獲から二日後の土曜日。午後から顔を出した稲葉はドアを開けるなり、宇佐美に即行問いかけた。
買い出しに行ったらしい李々子はまだ帰っておらず、事務所には宇佐美だけだった。

「情報早いな」
コピー用紙の束をめくっていた宇佐美は、一旦顔を上げ苦笑した。

「昼に李々子さんからメール貰ったんです。苦笑いの絵文字いっぱいの」

依頼人にちゃんとポーを渡してサインをもらい、仕事を完結する喜びを味わいたかったのに、先送りされることになるのだ。それも長期。そして必然的にその間、ポーの世話はこの事務所ですることになる。

「あの飼い主も、こんなに早く稲葉がポーを見つけるとは思ってなかったんじゃないかな。ポーがいない寂しさを紛らわすために、豪華客船の旅を予約してたみたいなんだ。今朝の出発だったみたいでさ。
でも電話で伝えたら、すごく喜んでたよ。お礼は弾むって。その代わりあと3週間よろしくってさ」

「よろしくって……」

『ヨロシク! ヨロシク!』

鳥かごの中でポーがご機嫌に繰り返した。タイミングがツボだったらしく、堪えきれずに宇佐美が笑う。

「もう宇佐美さん。笑い事じゃないです。大変なんだからポーの世話。いっぱい食うし。うんちするし。飲み水で水浴びして、辺りをビシャビシャにするし、すぐ人のまねするから気が散ってしょうがないです」

「そうかな、俺は真似されたことないけど」

「宇佐美さんは昼間ほとんど調査とかで出てるから。李々子さんだって、しょっちゅう掃除して大変なんだから」

「うん、それ意外だよな。生き物とか子供とか嫌いだとか言ってたわりには、けっこう可愛がってる」

子供が嫌い……。
稲葉はふっと口をつぐんだ。脳裏にマユカのことがよぎったのだ。

結局あの少女が訪ねて来たことは、宇佐美には伝えなかった。

自分が伝えなくても、必要ならば李々子が伝えるし……と思っていたのだが、李々子が伝えた様子も無い。

また会いに来ると言っていた少女は、李々子にチラッと確認したところ、昨日は姿を見せなかったようだ。

マユカの名を出した途端、李々子の表情が曇ったので、稲葉はもうそれ以上何も触れなかった。
……触れられなかった。

宇佐美はもう笑うのをやめ、再びPC画面を見つめている。
ここの所、昼休憩や隙間時間はずっとこんな調子だった。

手元の出力された束が仕事関連の書類委ではないのはなんとなく分かった。画像やグラフが配置され、そして文章は日本語では無かった。

開いているサイトも、それとよく似ていた。英字の記事、PDFファイルを読みふけっていることもある。

「……調べ物ですか?」ほんの軽い気持ちで、何気なく稲葉は尋ねてみた。

けれど宇佐美は反応しない。

……あれ、無視されちゃった? 

わずかに凹んだ稲葉だったが、しばらくして宇佐美はぴくりと顔を上げ、振り返った。

「稲葉、今何か言った?」
「ものすごいタイムラグがありました」
「ゴメンゴメン、何?」
「いや、全然どうでもいいんですが。……その、何か調べモノなのかなあ~って思って」
「ああ……」

思いすごしだろうか、宇佐美の目に戸惑いと翳りを見た気がした。

「うん、ちょっとね」
「あ、……そうなんですか」
「今日はこの時間、ちょっと余裕があるから……。気になる?」

逆に問いかけながら、宇佐美は稲葉にさらりと視線を送って寄越す。
微々たる牽制を感じ、稲葉はドキリとした。

『悪いけど、これ以上訊かないでね』と、彼は伝えて来たのだ。

軽い拒絶。これは二日前、李々子の横にいた時に感じた疎外感と同じだ。

小さく疼く胸の痛みを隠し、ぼんやり立っていた稲葉の横で、籠の中のグレーのオウムはしきりに首をかしげている。
ポーに気持ちを見透かされているようで、ますます悲しい気持ちになった。

「そう言えば李々子、ポーの餌とか飼育セット買いに行ったまま帰ってこないなあ。まっすぐ帰って来いって言ったのに」

プリントの束を引き出しに放り込みながら、宇佐美がつぶやいた。

「……そうですね。ここらで一番大きなペットショップに行って、いろいろ買い込んで来るんだってメールで言ってました」

稲葉は気持ちを切り替えるべく、テンション上げて返す。

「ポーの飼育代も、備品も全部、あの金持ちのお婆さんに請求するんだって息巻いて。何買ってくる気でしょうね」

「まあ、ポーの飼育グッズ飼いに行って、そのまま別の買い物に精出してるってとこかな」
「ああ、ありえますね」
「迷ってるのかもしれないし」
「何買うかを?」
「……道に」
「それは無いでしょ」
「そうかな。あいつけっこう、迷うよ」
宇佐美は、つぶやくように言った。

「ああ見えてね、……そんなとこある」そして、ほんの少し寂しげに笑う。

稲葉はなぜか奇妙な感覚を覚えた。

「宇佐美さん?」

「この事務所を閉めるって言ったら、あいつ怒るかな」

「……え」

それはあまりにも予想外な言葉で、稲葉は返事に詰まった。
冗談なのか本気なのか、その穏やかな横顔からは全く判断できない。

「宇佐美さん……」

けれどその言葉をさえぎるように、入り口のドアが勢いよく開いた。
張りつめていた事務所内の空気が一気に動く。

「宇佐美、み~っけ!」

無邪気な甲高い声を出して飛び込んできたのは、あの少女。マユカだった。

フード付き半袖Tシャツは年相応で可愛らしかったが、その下には尻をわずかにしか隠していない超ミニのレース素材のスカート。今日も長いスラリとした足が惜しげもなく晒されている。

「マユカ……」

少女の名を呼びながら、宇佐美の表情が強張っていく。

それは、友人の娘との再会を喜ぶシーンには到底思えなかった。


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~ Comment ~

NoTitle 

よほど後ろ暗いことをしていたんですかな宇佐美さん。

たしかにこれじゃ事務所をたたまざるを得なくなる、といった空気ですけど。

宇佐美が暴いた事件の犯人の娘か何かで、家族が一家離散して自殺者が出た、などという悲惨な結果に陥り、それを恨んで宇佐美をなじりにくる、とかいう筋書きくらいしか考えつきませんが、たぶん事実はもっと……悪いんでしょうねえ……。

425円は用意しました。万一あの本がつまらなかったらメールで一報ください。できるかぎりのことはします。

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさんへ

なるほど!そんな展開も想像できますね。
じゃあ、マユカは復讐に?・・・おもしろいかもしれない。
ポールさんの想像の方が面白かったら、わたしもお代はお返しします。・・・あ、貰ってなかった。
まだ、もう少しじらしますので、また予想してみてください。
(でも、当てないでください・笑)

425円♪ いえ、きっと満足するはず。まだ届かないんですよ。待ち遠しいです。

うふふ 

なるほど、ポールさんの予想も面白いですね~(笑)
あ、私は余計なことを言わないようにしないと(^^;

私もその本、読んでみようかな~?
あれですよね?刑事が二人の殺し屋を追いかけるやつですよね?

へへ 

>秋沙さんへ

ね。ポールさんの展開も面白いですよねえ。
でも、ラビットではなく、切な~い感じのドラマになっちゃいますが・笑
ラビットは一応コメディタッチで始めましたからね。
最終話はちょっと違うかな?

秋沙さんも読みましょう~。
まだアマゾンで安いのありましたよ♪
面白くなかったらポールさんが罰ゲームです・笑

それにしても・・・・・・ 

引っ張りますね~。笑。
何だか宇佐美さんと李々子さん、そしてlimeさん。
真実を知っている人に意地悪されているみたいです。笑。

でも一番歯痒いのは稲葉君ですね。きっと。

limeさんは区切り方が上手ですね。
次の展開が読みたくなるところで、続いてますね。

ごめんなさい~ 

>ヒロハルさんへ

もう、とんでもなくひっぱってますね(^^ゞ
いいかげんにしろって、怒られるのを覚悟で・・。
しかし、まだもうちょっと引っ張ります(ToT)
いえいえ、イジワルなんかじゃなく・笑

ぜったい人には言っちゃいけないような事なんですもん。
稲葉くんだって、本当は聞いちゃいけないことなんですもん。
・・・あっさりバレますけど・笑

もうしばらく、もうしばらくお付き合いください~。

NoTitle 

>罰ゲーム

なんか知らないうちに賭け金のレートが釣り上げられている「カイジ」みたいな気分なんですけど(^^;)

わたし破産しちまうんじゃ……(^^;)

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさんへ

そんな・笑
負けを覚悟してどうするんですか。
ついさっき、アマゾンから届きましたよ!
2~3ページだけ読みましたが、すごくいい感じです。わくわく!
私、実はとっても読むのが遅いんです。だから、感想は待ってくださいね~。

あ、罰ゲームはお金じゃないですよ~~。お金よりもΔ☆♯ω†∞☓・・・(以下略)

NoTitle 

いよいよ、宇佐美の過去が明らかになりそうですね☆

マユカが12歳で宇佐美が34歳。
もしかしたら親子?
大学を止めたのには、子供が出来ちゃったから?

事務所を閉めて、あの女性とやり直すのでしょうか?
う~ん、それとも、マユカが身体の具合が悪くて、
そのせいで海外に行き、手術するのを、
事務所を閉めた宇佐美が執刀まではいかないにしろ、
何らかの形でかかわるのでしょうか?

想像はどんどん膨らみますね♪

さやいちさんへ 

最終話へ、ようこそ。

なんか、昼ドラチックにはじまりましたが。
さてさて、マユカは、宇佐美の娘なんでしょうかねえ。

ふふ。
さやいちさんの推理か、とっても楽しいです^^
いっぱい、いっぱい想像してください。

でも、宇佐美の罪は、けっこう大きなものです。
きっと「え~~?そんな方向?」と、思われるはずです。

ややこしいかもしれませんが、どうぞゆっくり読んでやってくださいね^^

推理は苦手なので 

みなさまのコメントを読ませていただいて、ふむふむ、こうも考えられる、でも、真相はどうなのかな? ってわくわくしています。
こういう生意気娘、私もけっこう書くのは好きですが、limeさんのキャラのこのタイプの女の子はいきいきしていていいですね。

ところで、奥田英朗氏の「無理」ってごぞんじでしょうか?
この中に宇佐美と稲葉が出てくるのですよ。
宇佐美、稲葉、そんなにありふれてはいない姓がふたつそろって、limeさんと奥田さんの小説に出てくるとは、すごい偶然ですよね。

ただ、奥田さんのほうの宇佐美と稲葉はいやな奴です。
小説自体はとーっても面白かったのですが、ものすごーく長いです。

あかねさんへ 

あかねさん、いらっしゃい。^^

今日はね、今更新中の最新話のコメント欄を(訳があって)閉じてるので、とても寂しかったのです。
来て下さって、うれしいわあ。
コメント欄が大好きな私。もう、コメント欄を閉じるなんて、やめよう〜〜><
(ネタばれ防止の苦肉の策だったんですが><)←私がコメ返で、ばらしそうだったから。

ラビット最終章、皆さんの推理も、面白いですよね^^
ちょっと昼ドラっぽい推理が多かったですが。

でも、これはとんでもない筋書きなので、見破られる心配はないのです(びしっ)

マユカ、破壊力のあるキャラでしょ・笑
こういう子を書くのは、とっても楽しいです。あかねさんもですか??
逆に、大人しい、天使のような女の子を書くのはとっても苦手です。
(天使みたいな男の子なら、・・・・ふふふ)

>ところで、奥田英朗氏の「無理」ってごぞんじでしょうか?
>この中に宇佐美と稲葉が出てくるのですよ。

ええ??そうなんですか? 初めて聞く作品です。
ほんと、珍しい名前なのに、不思議ですねえ。でもなんか、楽しいです。
ん? 嫌な奴なんですか??それも楽しそう。

そういえば、嫌な奴って、私の作品にはあまり登場しませんね。
これからはちょっと、嫌な奴も描こうかな・・・。
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