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最終話 あの月が満ちるまでに

ラビット 最終話 あの月が満ちるまでに(2)

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すっとんきょうな声を出した稲葉に、その少女は再び横柄な口調で繰り返す。

「ねえったら。宇佐美いるの? いないの?」

「宇佐美って……。君ねえ。宇佐美さんとどんな関係か知らないけど、なんで年上の人を呼び捨てにするの? 親戚の子か何か? それにしても感心しないな。事務所に勝手に入ってくるのもどうかと思うよ?」

「うるさいなあ。あんたこそ誰よ。宇佐美はそんな面倒くさい事言わないよ。説教する男、大嫌い! モテないよ、あんたみたいな人」

「なっ……!」

大学を卒業して以来、教職で様々な女子高生を相手にしてきた稲葉だが、さすがに頭の中で何かがブチリと切れかけた。確かに女子高生とは小生意気な生き物ではあるが、ここまでズケズケと第一印象で他人に感情をぶつけたりしない。
ちゃんと人間らしい気遣いは、若いなりに持っている。

けれどこの少女はそんな事を気に掛ける様子もなかった。

「ああ、あんたが新しく入ってきたバイトの人? ふーん、そうなの。でもどうせ入れるなら、もっと賢そうな人入れればいいのに。李々子さんの趣味ね、きっと」

何か言い返そうとするが、言葉が出てこない。

「あ~あ、せっかく久しぶりにこっちから会いに来てあげたのに。宇佐美出かけちゃったみたいね。突然押しかけて驚かそうと思ったのに、残念。
服だって気合い入れて来たのになあ~。ねえ、バイトさん、私どう? 色っぽい?」

少女はモデル立ちして稲葉にニッコリ微笑んだ。

「き、君ねえ」
いったいどういう育てられ方したら、こんな風になっちゃうんだろう。稲葉は唖然としたまま少女を見つめた。

いったい宇佐美とはどんな関係なんだろう。妙に色気をアピールしているように感じられ、親戚の子という線が少し遠ざかる。

こんなに若いのに宇佐美に好意を持っているんだろうか。

「ねえ、バイトさん」

「バイトバイト言うな。稲葉っていうんだ僕は」

「ねえ、稲葉」

「いきなり呼び捨てかよ!」

「私いくつに見える?」

「は?」

「ねえ、いくつに見える?」

「……」

まるで飲み会などで初めて出会った三十路の女性に訊かれるような質問だと思った。男が面倒くさがる質問のワースト3に入る。

だいたいの女性が、見た目よりも若い数字を言わないと機嫌が悪い。稲葉はいつも気を使って5歳程度若く言うのだが、ことごとく失敗する。

高い確率でジャストの歳を言い当ててしまい、相手をしらけさせてしまうのだ。
そして意味不明な罪悪感だけ残る。

そんな経験もありこの手の質問を振ってくる女性は苦手だったが、目の前の少女の意図は、それとは別だろう。

たぶん逆の狙いだろうが、どちらにしてもこの少女のご機嫌を取る気持ちはさらさら無い。
稲葉は思ったままをズバリと言った。

「まあ、16歳前後でしょ」

「えー、そのくらい? 18くらいには見えると思ったんだけどな」

「外見はそう見えなくもないけど、喋ったらバレるよ、年齢ってね。大人を舐めちゃいけない」

ついつい、稲葉の中の苛立ちが言葉に出てしまった。
けれど少女はそこを気にする様子はない。

「で、本当は何歳なの?」

「12歳」

「またまた」稲葉はふっと笑う。

「本当よ。……まあ、あと少しで13歳になるんだけど」
少女は目線を反らしたが、真顔だった。嘘をついている表情ではない。

「……マジ? 本当に12歳なの?」

正直12歳には全く見えなかった。その幼い喋りを考慮しても、ありえない。

改めてまじまじと、すっかり成熟しきった少女の体を眺めてしまっている自分に気付き、稲葉は慌てて目をそらした。

「まだ足りない」
ふいに、視線をポーに向けたまま、少女は言った。

「え。たりない?」
「そう。こんな年じゃぜんぜんダメ」
「どうして? 何か成りたいものがあるの?」
「大人に」
「……そんなの。すぐだよ」

稲葉は次第に先ほどまでの苛立ちが遠ざかるのを感じた。少女が言った意味を推し量るように、その横顔を見つめる。

―――いったいこの子は何だろう。宇佐美さんとどんな関係で、何のためにここに来て、なぜそんないきなり奇妙な事を言い出すのだろう。

12歳。34歳の宇佐美さんを好きになる年齢ではないはず。だってまるで親子ほどの年齢差じゃないか。

「ねえ。稲葉さん」

ポーを見飽きたのか今度はガラス窓に貼り付いて、暮れていく空を眺めながら少女がつぶやく。

「なに?」
「かぐや姫の話、知ってる?」
「かぐや姫? ああ、もちろん知ってるよ。竹取物語だろ?」
「そう。満月の夜に月に帰っていくのよね」
「うん、そうだけど」

稲葉は椅子に座ったまま、再びその人形のように整った少女の横顔をじっと見上げる。

「行かないでくれって言う男達に絶対手に入れられないプレゼントを要求してさ。それをくれなきゃ残ってあげないとか言っちゃって。男達が苦しむのは分かってるのにさ。すごく意地悪な女だと思わない?」

「まあ、そう言われればね。たしかに」
「でも、何か分かる気がするんだ、私」
「……へえ。それは女の子だからかな」
「さあ、どうかな」
「じゃあ、ちょっと“S”なのかも」
言った後、12歳の子供に何言ってんだと稲葉はひとり恥じ入った。

けれど少女はそんな事気にする様子も無く、ゆっくりと稲葉に視線を向けた。

「もうすぐ満月なの」
「え?」
「あと4日で満月の夜が来るの。私ね、宇佐美にそれを伝えに来たのよ」

少女は12歳とは思えない意味深な微笑みを浮かべたあと、“もうあなたとの話は終わった”とでもいうように、再び窓の外に視線を戻す。

その少女がいったい何を考えているのか、稲葉には勿論まるで分からない。

けれど、第一印象の“生意気なガキ”とはまた別の、ただならぬ強い意志をこの少女の中に感じ、ゾクリとした。

微かに廊下を走って来る足音が響き、カチャリと入り口のドアが開いた。

「シロちゃーん! オウム捕まえたんですって? 諒からメールがあったのよ。すごいじゃない!」

息を弾ませ、嬉々として飛び込んできたのは予想通り李々子だった。
稲葉にとって初めての大手柄を、祝福してくれているのだ。

その気持ちと同時に、奇妙な空間から解放された安堵で、稲葉はほっと息を吐いた。たまにこんな風に、李々子が女神に見える瞬間がある。

けれど、その女神がもたらした安堵も、ほんの一瞬だった。
稲葉の横に立つ少女の姿を見た李々子の顔から、一切の笑顔が消えたのだ。

「……マユカちゃん」

李々子は声のトーンを落とし、今まで稲葉が見たことも無い、微妙な笑顔を作った。相手を歓迎している笑顔ではなさそうだった。

「お久しぶり、李々子さん。お元気そうですね」

少女も大人びた口調で挨拶をしながらニコリとする。けれどやはり、心からの笑みでは無いのが、稲葉にははっきりわかる。

お互いにそれは了解の上での社交辞令なのだ。

先ほどよりもヒリヒリした空気に満たされ、稲葉は椅子に座ったまま身を固くした。今さら逃げ出すこともできない。
もうこうなったらと腹をくくり、稲葉は二人の表情をそれとなく目で追った。

「せっかく来てもらったのに残念だけど、諒は今いないわよ。帰ってくるのは夜になると思うわ。どうしても会いたいならここで待ってもいいけど」

李々子の声も表情も、落ち着いてはいるが、余裕が無いのが稲葉にはわかる。視線がせわしなく泳いでいる。

「ここで待たれても、李々子さん困るでしょ? 落ち着いて仕事が出来なさそうだし。いいよ、今日の所は帰る。また改めて会いに来るから」

対して少女の方はまったくペースを乱されておらず、不敵な笑みまで浮かべている。

「そうね、そのほうがいいわ。じゃ、気をつけて帰ってね、マユカちゃん」

李々子が笑顔を作って手を振る。それはもう「さあ今すぐに帰って」と言っているようにも見えた。

少女がそれに応え一瞬笑みを返したが、すぐに視線をそらせ、李々子の前を横切りそのままドアに向かった。李々子は見送る素振りも無い。

空気中に満ち溢れた電気が、ビリビリと稲葉の目や肌や心臓を刺激して、痛い。

――――なんだこれ。

少女が幾分強めに締めたドアの音が反響した。驚いたのだろうか、鳥かごの中のポーが止まり木を右往左往し、しきりに首をかしげる。

『キヲツケテネ、キヲツケテネ』

今度もタイミングなど関係なく、いきなりスイッチの入ったポーの言葉が、まだ妙な緊張の解けない事務所内に寒々しく響き渡った。


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~ Comment ~

NoTitle 

いかにもわけありな女の子ですね。

これまでライトミステリーできた話が急にSFになるわけもないので、女の子の裏にはなにか理屈に合った話があると思うのですが。今のところ想像がつきません。まさか宇佐美さんは……(思わず赤面)。

女と男の禁じられた関係の話で、いちばん驚いたのは松村光生氏のハードボイルドSF「わが母の教えたまいし歌」のラストだなあ。あれはやられた……って話しても読んでませんよね。20年近く前の作品ですしね。絶版で入手困難ですしね。失礼しました。

東京へ行ったとき、ちょっと大きなブクオフに入り、前にお話ししたテリー・ホワイト「真夜中の相棒」があったら買っておこうかと思ったけれど売っておらんかった……。「白昼夢」やそれ以外の小説を書くのにぜったいなにかインスパイアされるものがあるはずの小説ですから、limeさんにはアマゾンで大枚はたいても読んでいただきたいんですけどねえ。

こういう話なんですけど。
http://www.cl.bias.ne.jp/~sobae/sobae/triangel.htm
http://huuu.blog6.fc2.com/blog-entry-343.html

なに? 陽と坂木はこんなやつらじゃない?

それでも人間の絆をみごとに描いた名作だから読んでくださいよ。お願い。ミステリファンとしてのお願い(^^;)

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさんへ

思わず赤面した内容を教えてください・笑
そうですね、あの女の子が曲者です。
宇佐美さんたらあんな女の子に・・・・いやいや・笑
少女の正体はすぐに分かりますが、それは主題ではないので、突っ込まないでくださいね(#^.^#)

「わが母の教えたまいし歌」のラストってどんなんでしょう。気になります。
ラストだけ教えてほしい・・・・だめ?
禁じられた恋は、切なくていいですね。

そ、そして、「真夜中の相棒」のレビュー読みました。
なんと!設定は違えど、白昼夢の世界観になんて似ているんでしょう。
ジョニーは陽ですね。重荷に感じながらもジョニーを手放せないマックは坂木。
二人を追うもう一人の孤独な男。これがまたぐっと切ない。
これは読んでみなければ。
(読みかけの本を5冊抱えている私ですが)

NoTitle 

たとえハードボイルドSFだろうと、ミステリのトリックをバラしてしまうことには慎重にならざるをえないわたしだった(^^)

それに今、現物が手元にないし(^^;)


「真夜中の相棒」は今、amazonで89円という出物が出ています。これを逃せば200円台にはね上がります。本というのはチャンスを逃すと一生手に入りません。今なら送料入れても本屋でライトノベル買うより安く買えます。文春文庫の昔の作品は入手がムチャクチャ難しいのです。

それを除いても、MWA賞という権威ある賞を受賞した傑作中の傑作です。つまらなかったら代金を補償してもいいくらいです。

どうか一刻も早くご決断を!

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさんへ

そうですね、たとえ読むことがないにしろ、結末をばらすのは良くないですね。
(気になりますが・笑)

「真夜中の相棒」、さっそくAmazonで購入しました。
送料込みで425円。安い。
危うく、同名のコミックを購入しそうになりました。
セーフでした。 (^.^)
早く読みたいです~~。

うっ…なんか、切ない… 

古今東西、「かぐや姫」は切ない。それから、「人魚姫」も。
そういえば、「人魚姫」をモチーフに『マーメイド~』を描いたら、それに刺激されて「人魚姫」を描いた作家さんが2名!
お一人目はポールさん、もうお一人目があびさん(水の森文庫)でしたが、あびさんの人魚は黒くて怖くてびっくりです~(^^;
でも、闇って美しい、と思うfateはやはりすでに変(--;

「あ、実写でやってほしいって、秋沙さんも言ってくれました。」

↑あ、これを勝手に読んだので、実は「おお! そうだ!」と思ったのです。
そうですかぁ。やはり画面を意識されてましたか! だって、まるでテレビ画像を観ているような背景描写ですもんなぁ(^^)
すごく好きです。

いや、ここまでたいした活躍の場がなかった稲葉くんが、最後に大活躍! って感じで「おお! やるじゃん!」で終わるのかな、とは思ったのですが、それまでにも何かやって欲しかったな、ってことで。
彼のことは信じてますよ!
きっと、卯月さんの依頼を完遂すると!
だって、恐らく彼にしか出来ないんでしょう。
あれですよね、人ってけっこう難しい。何でも分かりあえている人と一緒にいることが苦しくなることがある。
自分には悩みなんてないんじゃないか、と思われている相手と一緒にいて、お気楽な人間を演じてみたいときがあったりする。
意外に、お気楽な人間を演じていると、本当に楽になることがありますよね~

などと思ったのでした。
はい、『花籠』は、まだ出てきてませんから、fateにしか分からない焦りでした(^^;
まぁ、お気になさらずに。

ではでは、また明日来ます(^^)



fateさんへ 

かぐや姫って、昔話なのに、思いっきりファンタジーですよね。
あれも、いろんな説があるけど、どこかせつないイメージがありますね。
「人魚姫」は、もう文句なしのバッドエンドだし・・・。
でも、なんか、昔話の中では唯一好きです。この二つ。

そっか、ここまでまったく稲葉君、活躍してませんでしたもんね^^;
どっちかというと、足を引っ張ってただけで。
まあ、李々子のペットと言う感じでしたでしょうかw

最終話でも、そんなに期待しちゃだめですよ~。(笑
そもそも、宇佐美の悩みは解決できる感じのものじゃないような気もするし・・・。

でも、がんばるのです!いなばくん。
残念な子だけど、ハートだけは熱いのです!
(なんか、この子は可愛くて仕方ないww・・28歳だけど)

お気楽な人間。ポジティブって事でもありますよね。
そういう人の傍にいると、確かに気持ちが落ち着きますよねぇ。
でも、なおかつ根底にちゃんと、痛みを持っている人がいいな~。

宇佐美って、実はそういうコンセプトで描いています。
稲葉君は・・・もうちょっとだけ、落ち着いてほしいかな(爆
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